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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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五十話 決戦 Ⅳ

「……いくらなんでもおかしいでしょ」


 リルスのいた階段を抜け、長い廊下をキャロルは走っていた。窓の一切ない、薄暗い廊下の果ては暗闇に包まれ、よく見えない。無限に続くように思えるそれに、キャロルは違和感を抱き、足を止めた。


千瞳鳥(ホルス)、来て」


 鮮やかな橙の羽を持つ、大きな鳥がどこからともなく飛来し、彼女が伸ばした右腕に留まる。


「先を見て来て欲しいの。もしも危険だと思ったら、すぐに戻って良いからね」


 キャロルからの命に、澄んだ鳴き声を上げ、千瞳鳥は飛び立つ。光無き暗闇へ、橙の翼は消えていった。それを見届け、キャロルは一度足を止める。廊下の壁に体を預け、疲労を感じる足を休ませる。一応敵地ではあるので最低限の警戒は解かず、ただ待っていた。

 少しの時間の後、キャロルの元に橙の鳥は戻ってきた。()()()()()()()()()()()


「……真っ直ぐ飛んでたんだよね?」


 伸ばされた腕に留まった千瞳鳥は、不思議そうに首を傾げる。


「後ろから戻ってきたってことは、ぐるぐる回ってるのかな?」


 キャロルの今いる場所が、無限に繰り返される回廊のようになっているのだろうと、そう考えていた。それならば、千瞳鳥が後ろから戻ってきたことにも説明がつく。ならば問題は、いつの間にここに迷い込んだのかだろう。

 階段を登り切った頃から、見える景色は大して変わっていない。ならばその時にはすでにここに居たと考えるのが自然か。


「まぁ、とりあえず」


 左腕を真っ直ぐに伸ばし、一瞬の躊躇もなく、壁へと向けて小さな魔力弾を撃ち込んだ。が、壁には少しの傷もつかなかった。もう三発ほど、追加で魔力を撃ち込むも、その結果は変わらない。そもそも壁に触れた瞬間に、魔力弾は何かに呑まれるように消えていた。


「ダメか」


 前に進んでも、結局戻ってくるが故に、進むことに意味は無い。戻っても恐らく同じだろう。キャロルは内心、少し焦っていた。せっかくトニクが足止めをしてくれているのに、こんなところで立ち止まって居られない。


「テクニさん、聞こえますか?」


 内からどうにもできない以上、外部を頼るしかないだろう。


『猫じょ……どう……た?』


 返答はあったものの、それは途切れ途切れにしか聞こえない。


「……少し面倒なことになってまして、よければ一度こちらに来てもらえませんか?」


 恐らく聞こえて居ないのはむこうも同じだろう。テクニがキャロルの意志を汲み取ってくれるだろうか。テクニからの返答は、何か言葉を発しているようには聞こえたが、その内容までは聞き取れ無かった。

 しばしの間、外部からの干渉を待ってみる。その間に一度目を閉じ、魔力を探ってみる。さっきまで自分以外何も居なかったはずの回廊に、一つの魔力反応をキャロルは感じ取った。()()は少しも迷うことなく、キャロルの元へと迫って来ていた。


「良かった、ちゃんと罠に引っかかっててくれた」


 真っ赤な長髪を揺らし、リルスはキャロルに追いついた。と言うよりは、それをキャロルが待っていたと言う方が正しいか。ギラつく瞳をキャロルへと向け、怪しい笑みを彼女は浮かべていた。


「トニクさんは……貴女に負けたんですね」


 リルスの雰囲気は、階段の前にいた頃とはまるで違う。あの時は落ち着いているように見えたが、今の彼女は、戦いたくてたまらないといった様子だった。


「そうだね、でも殺してないから安心して? ()()()()()()()()()()強い人は私好きだからね。それに命を奪うのは嫌いだし。ただ私は戦いたいだけ」

「呼び出した……? どういうことですか」


 できる限りの情報を引き出そうと、キャロルが尋ねる。


「私は精霊、メルト。この体の主である(リルス)のもう一つの人格みたいな? あの子が負けた時だけ出ることにしてるの。あの子はなんでも最強らしいからさ、私が出ることを許してくれないからね」


 楽しそうに、彼女は答えた。言葉から推察するに、表に出られていることが嬉しいのだろうか。


「出たいなら、私と戦って。勝ったらここも壊れるから」


 拒否権は、無さそうだった。メルトを倒し、ここから脱出。その後来てくれるであろうテクニと合流し、本丸へ。それを自身のやるべきこととし、臨戦体勢をとる。


「よろしくね、人猫族(ケットシー)さん」


 先に仕掛けたのは、メルトだった。その戦闘スタイルは、影での攻撃を主としたリルスとは真逆の、体術に影を纏わせたもの。メルトが地を蹴ったとキャロルが認識した時には、すでにその脚が、彼女の眼前に迫っていた。

 キャロルが反射的に体勢を大きく下げ、蹴りを躱す。一撃でもまともに受ければ致命傷になるということを、その蹴りの余波で起こった衝撃波が物語っていた。躱したことで発生した短い隙に、キャロルが大きく距離を取る。


「すごいね、今の避けれるんだ」

「避けないと下手したら死にますので……」


 当然の答えを返すキャロルに、メルトは嬉々として、また攻撃を仕掛ける。今度は影を纏った両腕による、乱打。速度も威力も自身のものより上なその攻撃に、キャロルは防戦一方となっていた。メルトの拳が触れたと認識した瞬間に身を捩り、それを躱す。反撃を入れる隙はない――それは、キャロルが一人なら、だった。


「おいで、豪雷の精霊(ボルト)!」


 キャロルが叫ぶと同時に、二人の攻防を遮るように電撃が走る。キャロルのすぐ側に、黄色の髪の少年が立っていた。見た目だけなら、アナトと同程度に見える。


「ごめんね、急に呼んで。怪我したって聞いたけど戦える?」

「うん。任せてよ」


 豪雷の精霊は胸を張り、自らの腕をキャロルに伸ばす。少年だったその姿が、一本の長槍とシルエットの大きな、ドレスのような鎧へと変わり、キャロルに纏われる。


「精霊同調――接続(コネクト)

 

 彼女が唱えると同時に、その背から雷光が迸る。広がっていくその光は、まるで翼のように見えた。


「……変身は終わり? とっても綺麗だね」


 隙だらけのそれを、メルトは邪魔することなく見ていた。彼女を捌きながらこれを行うつもりだったキャロルは、内心少し困惑していた。


「余裕そうですね。邪魔しないなんて」

「こういうのは邪魔をしないのが礼儀でしょ? じゃあ、私も本気でいくよ」

「ご自由にどうぞ、ただし貴女はついて来れませんが」

「言ってくれるじゃん」


 心底嬉しそうな笑みを浮かべると同時に、リルスもまた姿を変える。頭部には鍔の拾い帽子、体にはロングコートのように影を纏い、アザの刻まれていた、閉じていた左目を開く。その瞳には光も、色もなく、ただ吸い込まれるような異様さだけがそこにあった。


「いくよ、人猫族の精霊術師さん」


 そう言い終わるや否や、キャロルのすぐ側までメルトが詰め寄り、右足で蹴り込む。その速度は、先の攻防よりも数段速い。それを更に上回る速度で、キャロルはその足を槍の柄で弾く。体勢が崩れた瞬間、その右肩をキャロルの長槍が貫いた。


「あぐっ……」


 不意の痛みに一瞬の喘ぎを漏らしつつ、自身の右肩に深々と突き刺さる長槍を掴もうとするも、リルスの左手は空を切った。もう既に、キャロルはメルトから槍を引き抜いていた。間髪入れずに槍を構え、キャロルが二撃目を繰り出す。二人の立場は、さっきとは逆になっていた。キャロルが一方的に攻め立て、メルトが必死にそれを躱す。

 そんな状況に陥っているにも関わらず、メルトの顔は笑顔だった。戦いを、心の底から楽しんでいるのだろう。彼女にとって幸せでたまらないはずの時間は、()()()()()()()

 メルトの胸を、細い腕が貫いていた。その主はキャロルではない。メルトの背後に立つ、薄気味悪い笑みを浮かべる悪魔族の少年――リーデルだった。


「この程度も出来ないなら死んどいてくれ」


 彼がメルトから腕を引き抜き、支えを無くしたその体は地へ倒れる。


「ごめん……なさいっ……私まだやれるから……死にたくないです……っ」


 地を這いながら、メルトが懇願する。その四肢は少しずつ、透け始めていた。それが精霊にとっての死、契約の破棄による存在の消失が始まっていることを示していた。


「はいはい、うるさいからさ」


 そこに追い討ちをかけんと、メルトの頭を踏みつけようとしたリーデルの足を、キャロルが自身の右足を滑り込ませ、受け止める。


「あ?」


 苛立ちを露わに、リーデルがキャロルへと目を向ける。負けじとキャロルもその目を睨み返す。


「俺の道具の処理、邪魔しないでくれない? えーっと……名前聞いたっけ? 覚えてないや」


 その言葉が、キャロルの逆鱗に触れた。温存していた彼女の魔力が爆発する。彼女にとって、精霊は共に戦う仲間。それを道具として扱うリーデルが、どうしても許せなかった。槍を握り直し、リーデルへと目掛けて突き出した。


「危なっ……」


 それを躱しながら、リーデルが呟く。距離が少し離れた隙に、キャロルはメルトの手に触れる。胸からの出血が止まると同時に、メルトの姿は消えた。キャロルと()()()()()()のだ。彼女が消えるのと合わせて、影で造られた回廊も崩れていく。


「あんなのの契約上書きするとか物好きだな。使い物にならないのにさ」

「精霊を道具扱いしないでください。あの子達もみんな、吾輩達と同じ命ですから」


 嘲笑うような、リーデルの態度がキャロルはどうも癪に触る。根本的に何かが合わないのだろうと、そう考えることにした。

 完全に回廊は消え去り、二人の精霊術師は、玉座へ繋がる大扉の前で相対していた。リーデルは自分とは違うことを言う者への興味を、キャロルは精霊を無碍に扱う者への怒りを、それぞれ抱いて。

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