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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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四十八話 決戦 Ⅱ

「成長する人造人間(ホムンクルス)? まさかそんなわけ」


 目の前の女性が、ディアナがそれであることを、アルキュアは認めることができずにいた。そんなはずがないと。彼の知っている中で、その成功例はたった一つだけ。そんな特例が、自分の前に現れるはずが無いだろうと。


「さぁ、信じる信じないは貴方の自由ですから」

「……まぁどっちでも良いか。戦えば分かるだろうし」


 少しの思考の後にアルキュアがそう言い放ち、七体の土人形を造り出す。今度は頭部に兜のようなものを被っていた。


「確かに、人形(ゴーレム)の弱点は頭部ですからね……」


 そうディアナが呟くように、人形共通の弱点は頭部である。錬金術として造り上げられる際に、頭部に様々な術式が刻まれるからである。故に頭部を破壊すれば人形は機能を停止し、崩壊する。


「でも、私のは少し違いますから」


 不敵な笑みを浮かべ、ディアナがその場にぐっと屈み、直後軽やかに跳んだ。魔力によって強化されていない、純粋な()()()()()()の跳躍は、人間にはあり得ない速度を出し、瞬く間に土人形のうち一体の眼前へと到達していた。

 速度を乗せて攻撃するわけでも無く、ただ優しく、土人形の兜に触れる。その触れた点を起点として、土人形の全身が塵となり、消えていく。その消えゆく巨体を踏み台にさらに跳び、流れるように残りの六体も、全てを塵に変えていた。


「……なんでだよ」


 不愉快だと言わんばかりに表情を浮かべ、アルキュアが大きく動く。今まで創造した土人形の全てが、全くと言っていいほどにディアナには通用していない。ならば彼自身が直接戦うしかないとの判断である。


人造人間・(ホムンクルス・)贋作(イミスタシオン)


 アルキュアの両腕に魔力が走る。筆舌に尽くしがたい、音を立てながら、その魔力が広がっていく。自分自身の身体を作り替えようとしている彼の顔には、苦悶の表情が張り付いていた。


「はぁ……やっぱ痛いな……これ」


 錬成が終わったのか、息を切らしながら、アルキュアが小さく呟く。肌には、五角形を基礎とした魔法陣が浮かんでいる。異様な雰囲気を発する彼に、ディアナは全ての意識を集中させ、その動きを静かに見つめる。何か仕掛けてきてもすぐに返せるようにと。


「……ぇ?」


 ディアナの口から、困惑の声が漏れる。全ての意識を集中させていたのにも関わらず、彼女の眼前にはアルキュアの拳が迫っていた。

 その距離まで近づかれ、避けることなど無理な話だろう。固有魔力で逃げる暇もなく、ディアナの体は低く宙を待った。何度か大地に打ちつけられ、バウンドしながら転がる彼女は、漆黒の城壁を大きく凹ませて、ようやく止まった。


「が……はぁっ……」


 数秒の意識の空白ののち、ふらふらとディアナは体を起こす。全身に決して浅くない傷が刻まれ、少し動かすだけでも激痛が走る。アルキュアの攻撃をもろに受けたからか、視界は少し揺らいでいた。


「もうやめにしない? その体じゃ、もう動くのも辛いでしょ。殺すつもりは無いからさ、早く帰って。君の仲間も止めなきゃいけないんだから」

「……油断しました、申し訳ありません……」


 会話が噛み合っていない事に、アルキュアは違和感を抱いた。が、それと同時に彼女の意識が朦朧としているが故だろうと、自身の中で結論づける。事実、ディアナは立ち上がってはいるものの、その足は震え、目は焦点が定まっていないように見えた。


「嫌な予感に従ってよかった……だいぶこっぴどくやられたね」


 全くの意識外から聞こえた声に、アルキュアが思わず振り返る。ただそこに人影は無く、ただ微かな魔力の残滓が見えただけだった。

 視線をディアナへと戻すと、深くフードを被った黒いローブ姿の存在が、ディアナの前に立っていた。何も言わず、傷ついた彼女を抱きしめ、その頭を優しく撫でていた。


「後は私に任せて」


 少し低い、柔らかい声が響く。直後、ディアナの姿が消えた――いや、正確には()()()()というべきだろう。黒ローブの右腕に握られる、瑠璃色の直剣に。


「悪い、待たせたね」


 そう告げると同時に、それはフードを外す。中から現れたその顔は、幼さの残る男とも女ともとれる中性的なもの。深い紅色の髪に、同色の澄んだ瞳。右耳に、六芒星の耳飾りをつけていた。


「アンジュ=アトメント大公錬金術師……!」

「私のこと、知ってるんだ。有名人みたいでちょっと嬉しいね」


 そんなことを言って微笑む彼女に、アルキュアは内心で知ってて当たり前だろうとため息をつく。有名人みたい、ではなく彼女は有名人なのだ。過去誰も成し得なかった人体錬成(偉業)を成功させた存在として。


「それで、戦う? 私はどっちでも……」


 アンジュが言葉をいい終える前に、不意打ち気味にアルキュアが踏み込んだ。ディアナへの攻撃と同じ、瞬時に間合いを詰めてからの拳の一撃を、アンジュへと叩き込もうとしていた。


「話してる途中で攻撃って……まぁ卑怯だなんて言わないけどさ」


 突き出された彼の拳を、アンジュが瑠璃色の直剣で受け止める。そのまま腰に刺したもう一本の直剣を抜き、真っ直ぐ横に切り払う。切っ先が触れる直前で、アルキュアが身を引き、そのまま飛び退く。


「遅いね」


 飛び退いた着地地点のすぐ後ろに、アンジュが立っていた。反射的に、身を守るための壁を創ろうとする。が、足を起点に発動しようとした錬金術の術式は、魔法陣を形成する途中で音を立てて砕け散った。


「なんでか分かんないって顔、してるね?」


 アンジュがアルキュアの前へ出て、その顔を覗き込む。彼女の言う通り、アルキュアの顔には困惑が張り付いていた。


「+1という数を0にするには、何を加えればいいと思う?」


 殺気などは無い、自分への純粋な質問であることを探りつつ、アルキュアは答える。


「……−1」


 その簡単な答えに、アンジュは満足したような笑みを浮かべている。


「錬金術の基本は、物体の分解、そして再構築なのは分かるでしょ? その二つのうち、分解が−1、再構築が+1という事になるわけ。私は君の術式のうち、再構築(+1)に対して全く同じ術式の分解(−1)をぶつけて消したんだ。ディアナにも同じ術式を刻んである。暴発しないように、あの子が発動の意思を持って触れた時だけしか発動しないけど。多分、戦いにくかったんじゃない?」

「……は?」


 確かに、アンジュの言っていることで理屈は通る。彼女が言うように、寸分の間違いもなく、同じ術式をぶつけることが出来ればそれは発動出来なくなる。それも頭の中で理解はできる。ただそんなこと、()()()()()()()()のだ。壁を造るような単純なものならともかく、土人形を造るものは複雑で、幾つかの術式を組み合わせて発動させるものなのだ。


「そんなこと……」

「できるさ。私だもん」


 できるはずない、と否定しようとしたアルキュアの言葉を、アンジュが更に否定する。


「私は全ての錬金術を知っている。私は王にならなきゃいけなかったから、強くなる為に、必死に覚えたの。だから私は、『大公』の爵位まで貰ってる」


 もうアルキュアは、何も言うことは出来なかった。ただ目の前に立つ、一人の人間と自分との差に、彼の戦う気力はすっかりと無くなっているように、へなへなとその場に座り込む。そんな彼の額にアンジュはそっと手を触れた。


「な、急に何を」

「良いから動かないで」


 言われるがまま、アルキュアはじっとしていた。彼女の手から魔力が流れ込んでくる。少しずつ、四肢に走っていた鈍い痛みが薄れていく。


「だめだよ、無理矢理自分の身体を作り替えちゃ。ちゃんと理解しないと、痛い上に強化幅も小さいんだから……どうかな、かなり動きやすくなったはずだけど」


 アルキュアの四肢は、軽くなったように彼には感じられた。彼女の言葉から察するに、正しい方法での肉体の作り替えが行われたのだろう。


「こんなことして、僕が暴れでもしたらどうするつもり……?」

「何を言うかと思えば。別に君が暴れても倒せるから問題無いよ。何より、アルキュア君はそんなことするタイプじゃ無いと思うし」


 確かに、彼にはそんなことをするつもりは毛頭無い。無いのだが……


「僕の名前……どうして」


 出会って一度も、彼は名前を言っていない。


「この子のおかげだよ」


 握っていた瑠璃色の剣を自身の膝の上に置き、その上に指で星を描く。するとその剣は青髪の女性(ディアナ)へと戻る。彼女はアンジュの脚を枕に、静かに眠っていた。


「私の固有魔力はね、この世の物質を私の武器にするって、錬金術の延長みたいなものでさ。それに宿る記憶もついでに読めるんだよね。基本的に生物は武器には出来ないけど、この子は例外。生きているけど、私が()()()()()だから」


 ディアナの髪を指で梳きながら、そう説明する。結局研究者気質と言うべきか、その間のアンジュはとても楽しそうに見えた。まだ目を開ける様子のないディアナをもう一度剣に変え、立ち上がる。


「これからどうするの? きっと君の雇い主は、キャロル(あの子)が倒すよ」

「……別に、薄情ですけど、助けには行きませんよ」

「そっか……じゃあさ、私の……」


 アンジュが何かを言おうとしたとき、二人からは遠い、城の中央で、魔力が弾けた。視界を塗りつぶすほどの激しい光がそこから広がっていく。それが届く前にアンジュが地に触れ、幾重にも重なる岩のドームを、自分たちを守るように創り出す。光が、全てを包み込んだ。

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