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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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四十七話 決戦 I

 プラドーラ王城、城壁内にて。キャロルとトニクが突入する直前の出来事だった。決められたところへ、()()()()()()()()()、鎧をまとう騎士達が配備されていた。


「いいかテリス。もう少し近づいて、あいつらが動き出したら止めるぞ」

「分かってるよ、お兄ちゃん」


 その隊列へと向かって、兄妹が駆けていた。目的は騎士たちの注意を自分達の元へと集めること。故に隠れることはなく、真正面から。


「……侵入者、排除行動開始」


 先頭の騎士が、感情のこもっていない声でそう言った。それと同時に、隊列が動き出した。槍や両手斧、大剣など、巨大な武器を構え、兄妹を迎え撃つように。


「行くぞ」

「うん!」


 二人が静かに固有魔力を解放する。時間が、止まった。その止まった時に縛られない二人は綺麗に並んだ隊列の合間を縫うように動きながら、彼らの握る巨大な武器を奪い取っていく。限られた時間の中で一番騒ぎを大きくできるであろう行動を二人は行った。


「三……二……一……」


 アナトの呟きに合わせて、時が動き出す。


「騎士さんたち、あなた達の武器はここですよー」


 武器を失くし困惑したような所作を取る騎士達を、良く響く声を出してテリスが煽る。当然、騎士達の意識は先程よりも双子へと集中する。


「……絶対に捕まるなよ!」

「当たり前!」


 その短い言葉の中には、互いへの信頼が込められていた。いくつもの巨大な武器を背負い、二人は城壁内を駆ける。背中にずっしりとした重みを感じながらも、速度を落とさずに。


捕縛(バインド)


 二人の背後からは、定期的にそんな声が聞こえる。それと同時に、黒い縄のような、鎖のようなものが彼らを目掛けて飛来してきていた。


「またかっ……」


 その度に二人のどちらかが一瞬、時を止めて躱す。それは少しずつではあるものの、二人の魔力を確実にすり減らしていた。逃げる足取りも、それに合わせて少しずつ重くなっていく。背負った武器が、彼らを疲弊させるのに一役買っていた。


「お兄ちゃん、まだ……?」

「まだ、もう少し走れ。頑張れ……」


 限界、という訳ではないが、二人の息はすでに上がっていた。それでも、彼らは決して足を止めることは無かった。ただ一心不乱に、逃げ続けた。


「……来たか」


 少しの時間を置いて、逃げていた最中のアナトがそう呟いた。それに反応して顔を上げたテリスが見たのは、自分たちの前で待ち構える騎士達。今まで追ってきていた騎士達とは比べ物にならないほどの数が、そこには居た。

 完全に騎士の組んだ陣形に取り囲まれた二人は、当然、迎撃の姿勢を向けていた。背負った武器は足元に降ろし、どこから仕掛けられても良いように力を抜き、視界を広く持つ。じりじりと、騎士達と双子の距離は近づいていた。


「よくやったな、双子ちゃん。後は俺に任せろ!」


 騎士のうち一人の刃が振り上げられた瞬間、高らかな声が空から響く。直後、巨大な影(テクニ)が空から現れる。着地の衝撃で激しい土煙が上がり、足元の大地には大きく亀裂が走っていた。


「そらよっ……」


 小さな声と同時に、背負った大鎚を振り下ろす。その直線上の大地が大きく隆起し、騎士達を突き上げる。陣形が崩れたことに一瞬の動揺を見せた彼らの元に素早くテクニが飛び込むと、豪快に大鎚を振り回し、自身の周囲の陣形を吹き飛ばしていく。すでに騎士達の注目は双子からテクニへと移り変わり、双子を無視して彼の元へと向かっていた。


「……すごい」


 テリスの口から、そんな短い言葉が思わず漏れる。それほどまでに、テクニの戦うさまは派手で、そして圧倒的だった。


「お二人とも、こちらに」


 優しい声の方へと二人が視線を向けると、そこにはディアナが立っていた。そのすぐ傍にはぽっかりと穴が開いている。


「リズ様の造った簡易拠点に繋がっています。お疲れでしょうし、一度お休みください」


 そう言われるがままに、双子はその穴へと飛び込む。その先はディアナの言う通り、簡素な小屋へと繋がっていた。部屋の中心には淡く輝く柱のようなものが建てられており、そのすぐ傍でリズが目を閉じ、それに魔力を注いでいた。


「えーっと……リズさん?」

「……あ、休みに来たんでしょ。これ繋いで」


 二人の存在に気づいたリズが立ち上がり、柱に鎖で繋がった腕輪を差し出す。それを嵌めると、二人の枯渇した魔力が少しずつ回復していく。


「魔力が完全に回復しきったらまた戦えるよ。この柱にはたくさん魔力を蓄えておいたから、何回でも大丈夫。ただし、動くと回復が遅くなるから絶対に安静にしてね」


 腰に手を当て、そう注意するリズに素直に従い、二人は柱のすぐ傍設置された椅子に座り、静かに体を休めることにした。軽く談笑をしながら。


 騎士達の軍勢をかき回すように暴れ続けるテクニの姿を少し遠くで眺めながら、ディアナは小さくため息をついた。


「全く、相変わらず戦い方は変わりませんね……無謀というか、なんというか」


 呆れたような言葉を漏らしながらも、その顔は少し笑みを浮かべていた。


「まだまだぁ! 巨人の豪拳(ギガントモウラート)!」


 両手で握りしめた大鎚を空へかざすと、上空に巨大な拳が形成される。テクニが獲物を振り回すとそれに呼応して空の拳も暴れだす。彼の巨体が示す膂力と、大鎚と拳の質量が引き起こす破壊力は圧倒的だった。彼が攻撃の手を一度止めるまでの間に、無数の騎士達は半分ほどが壊滅していた。


『テクニ……ん……聞こ……』

「猫嬢? どうした?」


 急に耳元でキャロルの声が聞こえ、そういえば通信ができるようにしていたなと自身の作品のことを思い出す。


『少し……んどうな……ければ……』

「大丈夫か? ……うまく聞こえねぇな、こんなすぐに壊れちまったか……?」


 ノイズがかかったかのように、キャロルの声は途切れ途切れにしか聞こえなかった。そして彼女の声は、どこか少し疲弊しているようにテクニには感じられた。一体どうしたのかと考えているうちに、テクニの動きは止まってしまっていた。

 ディアナがそんな彼の元へと飛び込み、右腕をまっすぐ空へと伸ばす。城壁の内側から見えていた青空が、澱んだ灰色の空へと変わる。


虚雨(ウツロアメ)


 ディアナが空へ伸ばした腕を振り下ろすと、澱んだ空から無数の銀色の雨が降り始めた。その雨は魔力の弾丸のように騎士達を貫いていた。跡形を残すこともなく、何度も。


「ありがとよ。メイドの姐さん、あんたそんな派手な攻撃できたのか」

「ええ、私はちゃんと強いですよ?」


 そんな会話をしながらも二人は警戒を解くことはなかった。騎士達はほぼ全て倒したはずなのに、似たような魔力がその場から消えていなかったから。


「あー……やっぱ騎士(こいつら)弱いじゃん……めんどくさい……」


 少し気怠そうな声とともに、一人の小柄な青年が二人の前に姿を現した。長く伸び、片目を隠す緑色の髪に、光のない同色の瞳。少しゆったりとしたマントコートを身に纏い、何かの液体に漬けられた目玉のようなものが入れられた瓶を腰のベルトにぶら下げていた。


「……何者ですか」

「それはこっちが聞くものだと思うんだよね。君たちがここに攻めてきた訳じゃん」


 面倒くさそうに、ディアナの問いに対して青年はそう言う。


「まぁ名前くらいは……アルキュアです。雇われ者で、この城を守らされてます。だからまあ、あんたらにはちょっと帰ってほしいんだよね。ダメかな?」

「申し訳ございません、こちらにも引けない理由がありますので」

「そっか……あんまり戦いたくないんだよな。僕は弱いし」


 呆れたような溜息と同時に、アルキュアはそう言った。それと同時に、彼が魔力を解放させる。彼の魔力量としては、『弱い』と本人が言うように、余り大きくは感じられなかった。


「……なあメイドの姐さん」

「なんでしょう」

「あいつ、任せても良いか? 猫嬢が少し足止めされてるみたいだからよ」

「なるほど……まぁ恐らく大丈夫だと思います。こちらにはリズ様達もいらっしゃいますし」


 その返答を受け取り、テクニが走り出す。ゆったりとした走り方だが、巨体が故に速い。


「頼むから帰ってくれってのに」


 アルキュアが懐から小さなナイフを取り出し、少し遠くへと放り投げる。それが刺さった場所に大きな魔法陣が展開され、テクニと同程度の大きさの土人形(マッドゴーレム)が造られる。完全に体が完成しきった瞬間、それは大きく踏み込み、走りだそうとしていた――が、ディアナが瞬時に距離を詰め、その頭部に触れると、巨大な土人形はまるで溶けるかのようにその姿を消し、それが居た場所には小さな土の山ができていた。


「貴方のお相手は私が務めますので」

「……どうやってそんな壊し方」


 戸惑うように、アルキュアが呟く。


「さぁ、一体何の話でしょう?」


 彼の質問に答える義理も、理由もない。


「……別に何でも良い。来い。愚かな軍勢(ヴラカス・ゴーレムズ)


 さっきと同じ、丸い図体の土人形がアルキュアのすぐ傍に造り出される。今度は十体程度。それに対して、迷うこともなくディアナは飛び込む。錬金術によって造られたものならば、彼女にとって()()()()()。さっきと同じように、ディアナが触れるだけで土人形達は崩れていく。


「違う……そんな壊し方、僕は知らない……一体君は、何者?」

「私はディアナ=ブロッサム。この世界でたった一人の、成長する人造人間(ホムンクルス)です」


 静かに、ディアナはそう告げた。

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