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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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四十五話 決戦前夜

 黒い葉を持つ木々の生い茂る、深い森の中。メレフの迷宮より足を踏み出したリリムがいたのは、そんな場所だった。


「……どこだろ、ここ。キャロル(あの子)達に転移魔法かけといて良かった」


 辺りを見回してみるも、目印になりそうな物は無い。濃い魔力が辺りに充満しており、余り体に良いとは思えなかった。一度周囲の把握のために高い木々の枝に足をかけ、駆け上がる。


「いい景色。ただ本当に何にも見当たらないわね……」


 少し太い枝に腰掛け、目を閉じる。


全てを見通す鷹の眼(アポロア・ホークアイ)


 今リリムのいる場所よりも遥かに遠く。プラドーラの景色が、今のリリムには見えていた。正確には、そこで奔走するキャロル達の姿が――


 ――現在キャロル達が居たのは、プラドーラの中心。壊れかけた白亜の城と、それとは対照的に少しも欠けていない漆黒の城壁のすぐ傍にある、小さな建物の中だった。目的地はすぐそこにも関わらず彼女たちがそこへ行けないのには理由があった。


「敵が多すぎます……」


 全てを見通す精霊千瞳鳥(ホルス)の力を借り、城壁の内側を偵察していたキャロルが、小さくそう呟いた。今の彼女達の戦力は、僅か七人。本来は八人だったが、サリオンにはキャロルの判断で耳長の妖精(エルフ)達の元へと戻ってもらった。それは精霊術師の直感が何かを告げていたからだった。偵察でキャロルが見たのは、鎧を全身に纏った騎士達。多くが名無し(ノンネームド)級の魔力ではあるものの、如何せん七人で倒しきれる量かと言えば首を縦に振ることはできない。


「私達の目的は戦闘ではなく、プラドーラ王を正気に戻すことです。戦闘はできれば避けたいですね、彼がどこまで強いのかが分かりませんし」


 ディアナの言う事は最もで、誰もそれに異を唱える者は居なかった。出来れば戦力を温存しながら、プラドーラ王の元へ向かいたい。


「先に言っておくが、俺の固有魔力を使うのはオススメしないぞ。すぐに玉座までは行けるだろうが、滅茶苦茶に目立つからな」


 キャロルの頭に浮かんでいたのは、トニクの固有魔力を使うことだったが、本人に否定されてはどうしようもない。言葉にはしないことにした。


「……僕らが注意を引きましょうか」


 膠着状態に陥っていた作戦会議に一石を投じたのは、アナトのそんな提案だった。


「僕とテリスの固有魔力は注意を引くのにかなり向いていると思います。時間停止なのでそう簡単には捕まったりはしないでしょうし……ダメですかね?」


 あまり賛同しているとは思えない視線を向けるキャロルへ、アナトは言う。キャロルとしては、一度戦ったが故にアナトの言っている事は理解できているし、良い提案だとも思っている。ただそれは囮になるということであり、あまり認めたいものではなかった。


「猫の嬢ちゃん、気持ちは分かるがこれ以上の作戦は無いと思うぞ? それに陽動をやるって言うなら、俺はそっちの手助けをするしな。多数戦は得意だから、どんと任せな。リリム様が居ない以上、今は嬢ちゃんが俺達の大将だ。命預けるぜ」


 リリムは『みんなを任せる』と言った。目の前のテクニは、命を預けると言ってくれた。他の皆の顔を覗いてみれば、皆自分を信じてくれている。きっとこの先、リリムが居ない状況も多く訪れるだろう。元々無理を言って彼女についていくと決めた身だ。


「……このメンバーの中で一番強いのは吾輩です。だから、本丸への突入は吾輩が行きます。ただ、一人ついて来て欲しいんです。トニクさん、お願いできますか?」

「別に構わないけど、俺なのか……ディアナさんじゃなく?」


 キャロルの言葉に、トニクは困惑を隠せないで居た。隣にいたディアナも、彼と同じ表情を浮かべている。彼女からすれば、もし同行を求められるのなら、恐らく自分だろうと思っていたから。


「戦力の分散です。本丸突入は確かに大事ですけど、そこに戦力を集中させすぎるのも良くないと思おうんです。なにせ陽動側は敵の数が多すぎますし、それだと不測の事態も起こりえますから、対応力が高いであろうディアナさんにはそっちに回ってもらうかなと」


 彼女の提案の理由に、ひとまずは納得できたようで異を唱える者はそこには居なかった。


「キャロル、私は? 私は何すればいい?」


 次にキャロルへと言葉をかけたのは、リズだった。そわそわとして、どこか落ち着かない様子だった。


「リズちゃんの固有魔力は攻めよりも守りに向いてると思うから、陽動側のサポートをしてもらおうかな。あと、吾輩達の切り札でもあるし」

「私が切り札……?」


 そんな大役に仕立て上げられている理由が分からず、リズは首を傾げていた。


「うん。リズちゃんは間違いなく切り札だよ。このメンバーの中だと、一番地形を造り変えたりするのに長けているし、個人の戦闘力も高い。後ろから戦場をコントロールする、切り札って感じ」

「……大丈夫かな」


 キャロルの言っている事は理解できたが、自分にそんな大役が務まるだろうかと、少し不安げな声を漏らしていた。もちろんキャロルも、彼女のそんな心情は察している。そのためにディアナには陽動側に回ってもらったのだ。


「リズさん、私がサポートするので大丈夫です。そんなに気を張る必要はありませんよ」


  見かねたディアナの言葉に荷が軽くなったのか、リズは一度深呼吸したあとキャロルに向かって親指を立てて見せた。任せておけ、という意味だろう。その表情は自信満々だった。


「突入は明日の早朝かな。今日はここで一旦休んで備えましょう」


 メレフの迷宮に突入する前にはまだ昇り始めだった陽光は、既に一日の役目を終えて地平線の向こうへと沈み切っていた。一日中歩き回り、人によっては結構な戦いをして、疲労が溜まっていないはずがない。完全にそれが抜けるとは思わないが、少しは気分も変わるだろうとキャロル達は休むことにした。


 月と星が空の頂点で輝く、深夜の荒廃した街。休養を取るように皆に提案したものの、キャロル自身は眠れずにいた。眠っているメンバーを起こさないように、静かに彼女は立ち上がり、小さな建物から出る。どうしても落ち着かない自分の心を落ち着かせるために、街を歩くことにした。


「眠れないか?」


 後ろから聞こえたその言葉に、キャロルは小さく飛び上がった。驚きでバクバク鳴る胸を抑えつつ、声の方へと振り返る。


「と、トニクさんでしたか。驚かせないで下さい……」

「悪い悪い。ちょっと目が覚めたらキャロルちゃんが見当たらなくて少し探したもんでな」

「……もしかして、心配かけちゃいました?」


 キャロルの問いに、トニクは頷く。それならば申し訳ないなと、キャロルは一度頭を下げた。構わない、と言わんばかりに、彼女の頭を大きな手のひらでトニクは軽く撫でた。


「……眠れませんね、なんだか、眠ろうとすると気持ち悪くなっちゃって。吾輩が今はここのリーダーじゃないですか。それがとっても怖くて」

「大丈夫……なんて無責任な事は言えないな。俺はそんな役目やったことないから、その重圧も分かんないからな」


 そう言ってバツが悪そうに笑うトニクの顔が、何故かキャロルの心をとても落ち着かせた。酷く痛かった胸の痛みが、少しずつ和らいでいく。


「どうせ眠れないなら少し話すか? 俺は元々睡眠時間は短いから構わないぞ?」


 トニクさえ良いのなら、その願いはキャロルにとって有難いものだった。適当な場所に二人が並んで座る。


「……ありがとな、キャロルちゃん」


 不意に飛んできた感謝の言葉に、キャロルの耳と尻尾がピンと立つ。


「あ、ありがとうってそんな……別に吾輩は何も……」

「何もしてないなんてことは無いぞ。俺は親方の救助なんてできないもんだと思ってたからな。そんな時にキャロルちゃん達が来たわけだ。最初は信用してなかったからあんな態度とっちまって悪かったな……本当に、親方の救出に手を貸してくれてありがとな」


 彼女からすれば当然やるべきと思ったことをやっただけのこと。それで礼を言われるのはなんだかむずがゆいものがあった。それでも謝意を否定するのは違うよなと、受け入れておく。


「トニクさんは、全部終わったらエガリテに一緒に来るんですか? 出来れば、吾輩としては……その、来てほしいんですけど……」


 尻尾を揺らしながら、キャロルは尋ねた。彼女は内心、トニクのことをどこか気に入っていた。理由ははっきりとはしないが、何か波長が合うというか、キャロルにとって彼はとても話しやすい相手だった。


「もちろん、ついて行くぞ。もうそれは魔王様にも伝えてあるし、承諾してもらえているからな。だからこれからもよろしく頼む」


 彼の返答に、キャロルの尻尾がさっきよりも激しく揺れる。表情は落ち着きを装っているが、喜びが隠しきれていないのははたから見ると明らかだった。


「はい! よろしくお願いします!」


 声色も、明るく輝いていた。


「明日の突入は俺たちが鍵だな。他のみんなが頑張ってる間にさっさと終わらせなきゃいけないからな……お互い頑張ろうな」

「はい。本当に吾輩たちが……頑張らないと……」


 急に返答がふわふわとしたものへと変わり、トニクが隣に座るキャロルを見ると、彼女はこくりこくりと睡眠と覚醒の狭間を行ったり来たりしている。


「吾輩……頑張ります……」


 その言葉を最後に、キャロルの意識は完全に睡眠に落ちる。トニクへと体を預けて。


「……俺も頑張るか」


 静かな寝息をたてるキャロルを背負い、トニクは小さな建物へと戻った。最後の戦いの始まりが、静かに近づいてきていた。


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