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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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四十二話 伝説の竜

 テクニを救出し、力を借りることに成功したリリム一行は、プラドーラでの最後の戦いに向けて軽く計画を練っていた。正確には、リリム以外で。彼女は計画を練る一行とは少し離れ、このただっぴろい空間を一人探索していた。理由は二つ。一つはテクニのやっていた行為の理由がどうしても気になったこと。もう一つは、彼女は計画で縛らぬほうが強いことだった。


「一体何の為にあんなことを……リーデルの目的は……」


  ぶつぶつと独り言を呟きながら、ただっぴろい空間を一人リリムは歩く。もう既にテクニがあの行為を行っていた場所は調べ終えている。ただ、そこで見つけたのは赤黒く輝く魔法陣だけ。それはリリムの知識にはない。恐らく精霊術関係だろうと考えていた。


「まぁ、後から考えましょうか」


 お手上げ……というわけではないが優先度は低いと考え、リリムは皆の元へと戻ることにした。彼女が空間の入口へと戻ったころ、ちょうど計画を立てるのも終わったようだった。


「お帰りお姉様。何かあった?」

「あったにはあったけど、今の私たちが優先するものではないわよ。準備できてるなら行きましょうか」


 ――リリム達一行が最後の決戦へと出立しようとしたときのことだった。心臓を貫くかのような鋭い魔力を、彼女たちは感じていた。


「お姉様……」

「分かってる」


 短い言葉だけを交わし、リリムはそれ以上言葉を発することはなかった。異様な、本能的な恐怖を搔き立てる程の魔力の主が姿を現す前に、一行を包む程の大きな魔法陣を手早く組み上げる。そこに組み込まれるは、迷宮脱出の魔法と、もしもこの迷宮が遥か遠くの地だった場合のプラドーラへの転移魔法。おまけにその魔法が何からも干渉されることはないというリリムの力をそこに込め、魔法陣を起動させる。ただ、それにリリムは入らない。


「ごめん、キャロル。みんなを任せるわ。リーデルのかけた洗脳なら、同じ精霊術の貴女でも解けるはず。もしも無理だったら、すぐに追いつくからそれまで待ってて。できるわよね?」

「……もちろん。お姉様、また後でね」


 この場に残り、あの魔力を止めるつもりなのだろう。危険だと思わなかったわけではないが、例え止めたとしてもリリムは残るだろうと、キャロルは分かっていた。それにリリムならば大丈夫だろうと信用させる強さも彼女にはある。ならば何も言わず、与えられた役目を果たすべきだ。

 魔法が完全に起動し、リリムを残して他の者は地上へと消える。自身に纏わりつくような魔力を吹き飛ばすように、リリムも魔力を軽く解き放つ。


「客人か……?」


 吐き出すような声とともに、何もなかった空間から、()()は現れた。大きな黒い二本の捻じれた角を頭に生やし、足元まで伸びる長い黒髪を持つ少女……見た目だけならテリスと同じくらいの年齢らしき人物。

 背には大きな竜の翼を持ち、髪と同じ漆黒のローブと手袋を身に纏っている。ただリリムが気になっていたのは、他とは少し異質な魔力と、少女にはリリムが見たあの魔法陣と同じ赤黒い鎖が、枷につながれて右腕に巻き付いていたこと、そして右の手の甲に竜の頭のような痣があったことの三点。彼女の纏う魔力は、リリムたちのものとは違い、精霊たちのようなものに近い。

 少し警戒しながら、静かにリリムは彼女を見ていた。少しの沈黙の時間を挟んで、少女は口を開いた。


「すまぬな、普段なら客人はもてなすところだが、少しある男に嵌められてな……なるべく早めに離れるが良いぞ……意識を保っているのがやっとなのだ……」


 言葉遣い自体は尊大そうなものであったが、その中にはリリムのことを気遣うものが含まれている。それだけで、敵意があるわけではないことはすぐに分かった。


「ある男って、悪魔族ですか」

「何か知っておるような口振りだな、確かにそいつは悪魔族だったぞ……」


 リリムからの問いに対し、頭を抑えながら少女は答える。やはりリーデルが一枚嚙んでいるのだと確認すると同時に、キャロルにリーデルの能力をちゃんと具体的に聞いておけば良かったと後悔していた。彼女もアナトやテリスのようにリーデルに操られかけている。それに対して必死で抵抗しているような感じなのだろう。


「どうにかして解かないと」

「貴様、何かできるというのか……?」


 透き通るような魔力を腕に宿すリリムを見て、少女は弱く、それでも安堵したような笑みを浮かべる。


「力を抜いて、少しじっとして下さいね」


 言葉通りに、少女は肩の力を抜き、じっと動かない。リーデルの魔力が変わらず、ずっと彼女を支配しようとしているであろうに、ぐっとそれを堪えていた。

 言う通りにしてくれている少女に心の中で軽く感謝しつつ、リリムは彼女の心臓の辺りに手を触れた。少女の魔力の中で、絶対にあるであろう違和感を探る。予想通りに、それはすぐに見つかった。少女がずっと抑えていた頭部に、彼女の少し不思議な魔力とは違う澱んだ魔力があった。


「……これか。これを消すことができれば」


 確認し、一度少女から手を放した時、少女の腕に巻き付く鎖がリリムに触れた――明らかに不自然な挙動で。


「え……?」


 全身を襲う急激な脱力感に、リリムは思わず膝を着いた。魔力がかなり消耗している。あの赤黒い鎖に彼女の魔力がごっそりと奪われたようだった。


「あ……あぁ……!!」


 頭を抑えて、少女が苦しそうな声を上げる。腕につけられた枷が音を立てて砕け、少女の背の翼が明らかに肥大化し、纏う魔力も異質なものになる。元々少し異質な魔力が、更に異質なものへと変貌する。


「客人、逃げよ……貴様を傷つけたくはない……」


 少女が自分の意志のこもった言葉を発したのはこれが最後だった。すぐそばに居るリリムを吹き飛ばす程の膨大な魔力の奔流が辺り一体に吹き荒れる。吹き飛ばされた体が地へ叩きつけられる直前にリリムは何とか姿勢を立て直し、ふわりと着地した。


「私は貴方を知らない。私は貴方を助ける義理はない……」


 小さくそう呟いていた。少女が言った通り、逃げても良かったのだ。見て見ぬふりをして、キャロル達を追っても。


「でも、私は貴方を見捨てられないわ」


 リリムが当然、そんな判断をするはずが無かった。例え関わりがなかったとしても、自他共に認めるお節介のリリムが苦しんでいる者を放っておけるはずがない。


「さてと、そろそろかしら?」


 荒れ狂う魔力の本流が落ち着くまで、静かにリリムはそれを見守っていた。しばらくしてそこより現れたのは、漆黒の竜だった。四本の足に大きな翼、そして二本のねじれた黒角。少女が、巨大な竜(ドラゴン)へと姿を変えていた。


「余は原初の……この世の闇に眠り、その全てを……我が下に持つ者。余は……余は……種の、頂点である……」


 先までの、他者への敬意などなく、全てを見下すかのような傲慢な言葉。その後響いた咆哮は、まともに聞けば耳が破裂するかのようだった。彼女は――今の状態をそう呼んで良いものかは些か疑問ではあるが――今、リーデルに操られているとはまた違うように見えた。本能が表面に剝き出しにされているかのようで、自我はあるが自制心は無いように。恐らくはあの少女と同じ存在なのだろうが、それを疑わせる程に、尊大であった。その意識の中に、リリムの存在は無さそうだった。


「さて、とりあえず大人しくさせるしかないかしらね」


 リーデルの魔力を解こうにも、戦いながらそんなことができるほどこの竜は弱くないことを、周囲に溢れる魔力の大きさからリリムは感じ取っていた。それならば一度戦闘不能にまで追い込むほうが確実で安全で、そして彼女が苦しむ時間も短くなる……リリムが少しだけ罪悪感を抱くことに目を瞑れば、メリットしか存在しない。


「ちょっと痛いけど、ごめんね。なるべく早く終わらせるから」


 事前に謝罪の意を示し、リリムは魔力を解放する。彼女の魔力に、竜はようやくリリムを自身に仇なす者であると認めたようだった。


「余を狩ると言うか、下級魔族が!」


 本能のままに放たれた言葉と共に一度激しい咆哮を上げると、竜はその大きな口から黒い火炎球をリリム目掛けて数度、放った。飛来する恐ろしく高密度な魔力の塊を前に、リリムは躱すことなどせず、逆に真っ直ぐそれに駆け出した。


属性付与(エンチャント)神聖の光(リュミエール)


 走りながら、全身に曇りなき純白の魔力を纏わせる。肉体に収まらず溢れ出した魔力が、リリムの背で光の輪を作り出す。まるで後光が差しているかのように。その光輪から眩く輝く魔力球を生成し、自身へと放たれた黒き火炎球とぶつけ、相殺しながら距離を詰めていた。


「余に反逆するなど不敬が過ぎるぞ、下級魔族よ。神竜の裁きを受けるが良い!」


 歪んだ声でそう叫ぶと、黒竜は大翼を羽ばたかせ飛び上がった。


「七魔の裁き・闇 黒天より落(ジャッジメント・)つ裁きの柱(ダークネスピラー)


 リリム達の相対する空間の天井が、真っ黒に染まる。黒竜が空間に、夜空を開いていた。そこへ七つの、赤く輝く魔法陣が浮かび上がる。リリムがそれを認識した次の瞬間、その魔法陣から漆黒の柱が、彼女を押しつぶさんとするように現れていた。


絶対不壊の(キャッスル・)守護の城(オブ・アイギス)


 リリムを中心に彼女を守るように、純白の城を象る巨大な結界を形成する。まともに受ければ、リリムがであってもどれほどダメージを喰らうか分からない。それほどにあの漆黒の柱は強力なものだった。


「……魔族が、面白いではないか」

「お褒めにあずかり光栄ね」


 自身の大技を受け止めたリリムを、黒竜は、少なくとも格下ではないと認めたらしかった。リリムはというと、この戦いを内心楽しんでいるようだった。


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