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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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三十九話 片鱗

 リリムが機械人形(ゴーレム)との激闘に終止符を打った頃。時を同じくして、キャロルはトニクと共に、迷宮の狭い通路を駆けていた。


「……まだ来てるか?」

「はい、まだ全然元気に追いかけてきてます」


 そんな会話をした二人の目の前に、巨大な蜘蛛が轟音と共に壁を破壊して現れる。正確には、蜘蛛ではなく、原型を留めない死体がツギハギにされて蜘蛛のような形になった何かが、通路を完全に塞ぐように立っていた。二人が走っていたのは、背後からこれが追ってきているためであった。


「先回りされた……って訳じゃなくて、二体居ますね」


 目の前の異形を見つめ、冷静にキャロルは分析する。自身の目の前のものと同じものが、後ろからも追ってきているのを彼女は感じていた。


「どうする?」

「一旦開けたところまで逃げたいですね。こんな狭い場所で戦うのはちょっと……」

「了解」


 リキャロルの提案にトニクはなんの異も唱えることなく賛同する。直剣を斜めに振り下ろすと、空間に裂け目が誕生する。二人はそこに飛び込んだ。直後彼女達が居たのは、蜘蛛の背後。短い距離を転移し、立ち止まる事なくキャロル達は走り出した。背後から迫る魔力が倍に増えたところで、トニクはキャロルへと尋ねた。


「なんかこの状況どうにかする精霊とか呼べないのか?」

「ここだと呼べないんです、なんだか召喚しようとしたら魔力がかき消されてしまって……」


 少し申し訳なさそうにキャロルは答えた。


「そうか、悪い」


 そんな彼女に対して何も言うことはなく――そもそも言うのは間違っているが――トニクは走った。

 時折飛んでくる蜘蛛からの攻撃を迎撃しつつ走っているうちに、二人は広い部屋へと出た。リリムの居た無機質で真っ白な部屋とは対照的に、赤黒く汚れた部屋だった。辺りには肉が腐ったような異臭が立ち込めており、その匂いの発生源であろう、変色した肉塊が無数に転がっていた。


「うっ……」


 その光景のあまりの悲惨さに、キャロルの喉元まで、何か生温い液体が込み上げてくる。それをグッと抑えるのにキャロルは必死だった。


「大丈夫か?」

「大丈夫……です……ちょっとこういうのは苦手で……」


 トニクの言葉に対する返事はあまりにも弱々しく、彼女の心にかかった負担を暗に示していた。トニクが部屋を落ち着いて見回すと、肉塊達がツギハギにされてできたものが無数に存在していた。樹のような形の物、さっき二人を追っていた蜘蛛と同じような見た目の物、巨大な人のようなもの……その形は様々で、一つとして同じものは無かった。


「……ったく趣味が悪い」


 トニクの口から、思わずそんな感想が漏れる。こんなもの、自然にできるはずが無い。恐らく、人為的に何者かがこれを作っているのだ。それがトニクの不快感をより一層呼び起こす。


「誰の趣味が悪いって?」


 どこかから、そんな声が発された。男とも、女ともとれる中世的な声。声の主は、肉塊の山のすぐ側に居た。身体中に縫い目のある、整った顔の男だった。太い角を頭に生やし、鳥の翼を背中に持つ六本の腕。種族の分からないそれが普通の存在では無いことは、キャロルたちにもすぐに分かった。


「ここに勝手に足を踏み入れた大罪人を、芸術という素晴らしい作品に昇華してあげているんだ。趣味が悪いではなく、もっと讃えるべきだろう?」


 悪びれる事なくそう言う男に、キャロルの背筋が冷たくなる。


「君たちも、メレフ・アペレース様直属の配下であるこの僕、バルマの手によって素晴らしい作品に変えてあげよう。純粋な人猫族(ケットシー)人蛇族(ラミア)混血(混じり)なんて、素材としては実に良い。名前も教えて欲しいな、作品の名前に……」


 言い終わる前に、トニクがパルマへと斬りかかった。その不意打ちに少し傷を負いながら、パルマはその場を飛び退いた。


「人の話は最後まで聞きたまえ」

「知るかよ。お前の話長いし面白くないんだよ」


 そう言い放つと再びトニクはパルマのすぐ側まで踏み込む。トニクの持つ直剣と、パルマが懐から取り出した、六本の真紅の手斧が交差する。ただその剣戟は、一方的にトニクが押していた。


「くっそ……」


 パルマは小さく声を漏らし、何かを仕掛けようと剣戟を交わしながら、魔力を溜め始めた。


「トニクさん、避けて下さい!」


 剣戟をこなすトニクへと、キャロルが叫ぶ。彼女の手には、荒れる魔力を纏う大砲が既に装備されていた。


豪風砲(カノン・オブ・エアリ)!」


 キャロルが唱えるとともに、荒れ狂う魔力が砲口から解き放たれる。大砲から発された小さな嵐の球がパルマへと命中し、彼の体を振り回しながら吹き飛ばした。


「助かった、ありがとう……近距離は弱いな、もう一度詰めれば勝てると思う」

「そうですね、さっきの魔力溜めの後が何か分かりませんが……気をつければどうにかなりそうです。トニクさん、強いんですね」


 トニクの意見に、キャロルは賛同する。それと、トニクの強さを侮っていたなとも思った。近距離の強さ、剣捌きにおいては、素晴らしいとしか言いようがなかった。


「ただ、数が多いな。どこにいるのかはっきりと掴めない」


 そう呟いた彼の視線の先には、二人をこの部屋まで追ってきた蜘蛛のようなものや、巨大な歩く人間の手のようなもの、様々な種族の体が繋がり、蛇のように動くもの……見た目だけで吐き気を催すほどの嫌悪感を抱かせる異形達が、そこには無数に居た。パルマはその中に紛れているようだった。


「吾輩の出番ですね。任せてください」


 一度大砲を弓に戻し、キャロルは空に魔法陣を描く。彼女がそれを書き上げた後に手を合わせると、獄炎・暴風・大地・純水の四種の精霊が現れる。


獄炎の精霊(イフリート)豪雷の精霊(ボルト)は?」


 召喚したはずの精霊のうち、一人の姿が見えないことをキャロルは尋ねた。


「あいつはちょっと治療中。ご主人の為に鍛えてたらなんかやっちゃったみたいでさ」

「そっか……まぁそれなら良いか。皆、暴れて良いよ」


 主人のその言葉を引き金に、四人の精霊が動き始めた。たった四人で、無数に群がる異形達を一方的に狩っていく。キャロルとトニクの二人もそれに加勢する。パルマへの間に積もる邪魔者を、全て壊す為に。

 異形達を屠り続けるキャロルの手が止まったのは、ある異形を大砲で撃ち抜いた時だった。


「ありが……とう……」


 激しい音に紛れて、彼女の耳に、確かにそんな声が聞こえ気がしたのだ。瞬間抱いた疑念を自分の奥底に押し殺し、別の異形と相対する。無意識のうちに、彼女は耳をピンと立てていた。


「ころして」


 魔力を放とうとしたキャロルの耳に、また声が聞こえた。掠れた、絞り出すような声。声の聞こえた方向は、目の前に居る蜘蛛。


「……嘘だよね」


 反射的に、キャロルは過剰なまでの魔力を蜘蛛へと打ち込んでいた。


「ありがとう、これで楽に……」


 魔力が蜘蛛を飲み込む瞬間、さっきと同じように礼が聞こえた。継がれ、異形へ変えられてしまった者達の中に、まだ死にきれていない人がいる。終わらない苦しみに襲われている人がいるのだと、先程考えないようにしていたことに確信を持ってしまった。


「……許さない」


 再び喉元に湧き上がってきた不快感と同時に、激しい怒りが彼女の中に込み上げてきていた。その感情の昂りに合わせて、彼女の魔力が沸々と燃え上がっていく。昂るその魔力に、トニクは何か本能的な恐怖を覚えた。


「捕まえた」


 ふと消えたキャロルの姿は、異形の群れの真ん中にあった。そこに立つ、群れの首領(パルマ)の右肩を掴んでいた。


「なっ……」


 パルマが逃げ出そうとするよりも速く、キャロルは攻撃を始めていた。何か魔法を使うわけでも、精霊を召喚するわけでも無い。ただ魔力を纏った純粋な打撃をパルマへと叩き込むだけだった。それだけでも、今の彼女の魔力なら、強烈な攻撃へと変わる。事実、パルマが近距離が強く無いというのを差し引いても戦闘は一方的だった。


「っ……弾けろ! 継ぎ人形!」


 パルマの叫び声に合わせて、キャロルの魔力に圧され動かなかった異形達が一斉に、内側から破裂する。その破裂は、爆散するから肉塊と発散される魔力とで馬鹿にできない威力を持っていた。ただその衝撃を受けようとも、キャロルの攻撃は止まらない。むしろ、彼の行為は火に油を注ぐものと同義だったと言えるかもしれない。


「人の命を……弄ぶな!」


 右腕に装備した大砲が、彼女の荒れ狂う魔力に耐えきれず、大きな音を立てて砕け散った。その中から現れた細い腕の先には、魔力で形成された鋭い爪が備わっていた。左腕も同様に。


断罪の爪(コルデ・ガロン)


 キャロルがぐっと体を丸め、地を蹴った。パルマのすぐ側に踏み込み、その鋭い爪を振り払う。パルマの皮膚が裂け、濁った血が溢れ出す。そこにはキャロルの慈悲はない。抵抗するパルマを、肉片と化すまで延々と刻み続けた。

 もう原型を留めておらず、動くことのない『パルマだったもの』の中に何か光っている物を見つけ、キャロルはそれを拾い上げた。濁った赤い宝石の埋め込まれた鍵。その動作と同時に、彼女の足腰からふと力が抜ける。そのふらついた体を、トニクがそっと受け止めていた。


「……お疲れ、キャロルちゃん。大丈夫か?」

「えへへ……ちょっと飛ばしすぎただけです、大丈夫。ただ少し休みたいです……」


 そう言って少し微笑むキャロルのことを軽く背負い、トニクは迷宮を歩き始めた。キャロルも特に何も言うことはなく、その背中に大人しくおさまっていた。


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