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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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三十七話 灯火が消える時

業火(オルマ・イグニス)


 無機質な声が、何もない部屋に響く。リリムと瓜二つの容姿を持つ機械人形(ゴーレム)が、右腕を空に掲げていた。その先に、巨大な火炎球が形成される。


豪水(オルマ・アクア)


 リリムもそれに応えるように、巨大な水球を作り出す。彼女達がそれぞれの右腕を振り下ろすのに呼応して、魔力弾が放たれる。規格外の魔力を持つリリムと、彼女と同等の魔力を纏う機械人形。彼女らの魔力が激突することは、破壊の波が周囲を襲うことを意味していた。二つの魔力弾が、正面から激突する。対照的な色で輝くそれは、互いが触れた瞬間に弾けた。双方に込められた魔力が炸裂し、激しい衝撃が空間を走る。

 次の瞬間には、機械人形が、リリムのすぐ目の前に立っていた。両の手の平が、彼女の腹部に触れていた。その手には強烈な魔力が纏われている。


『魔王闘技 雷霆装(ケラノウス)


 刹那、機械人形の手の平から、黒い雷が真っ直ぐ放たれる。躱すことなど出来るはずもなく、雷撃が、リリムの腹部を穿った。魔王闘技は、エガリテに伝わる一子相伝の技能。魔力や肉体だけでなく、技さえも機械人形は模倣しているようだった。


「づあっ……」


 燃えるような痛みに、リリムは思わず声を漏らした。黒い電気を両手に纏わせた機械人形が、そのままリリムへと攻撃を仕掛ける。腹部の風穴を魔力で再生させ、リリムはその猛攻を受けていた。同じ身体能力、同じ魔力量。それがぶつかり合う。先に攻撃を受けてしまったリリムは、その回復に力を使う必要があった為に、少し劣勢であると言えた。


「強いなぁっ……」


 機械人形は恐らく、長い間この迷宮を守っていたのだろう。リリムと同じ肉体にも関わらず、リリムよりも強い。そもそも優勢劣勢なんて関係なく、技の選び方、攻撃の仕方にリリムよりも無駄がなかった。経験の差だ。ただリリムも、負けじとそれに食らいついていく。

 

『しぶとい』


 そう呟いた機械人形の、雷を纏う手の平が、リリムの頭部に触れた。神速のその接触は強烈な攻撃となり、彼女は壁に激突する。その速さは、リリムが壁に激突して初めて攻撃を受けたと自覚するほどだった。リリムがふらふらとしながらも体勢を立て直した頃、既に彼女の死角に機械人形は回り込んでいた。


「二回目は、通さない……」


 今度は攻撃を受ける瞬間に身を躱し、反撃を撃ち込む。消費なんて考えずに溢れんばかりの魔力を身に纏わせての、、五連撃。大きく飛び退いたそれは、まだ涼しい顔をしていた。様子を伺うように距離を取り、時計の針のようにゆっくりとリリムの周りを回る機械人形には、一分の隙も無かった。

 ただ、機械人形もリリムに対して迂闊に攻められないのが現状だった。リリムの方が経験の差で劣っているとはいえ、能力は同じ。不用意な攻めはリリムに反撃の芽を与えるだけなのだ。二人の睨み合いが、続いていた。


「リリム……様……?」


 二人の静寂を破るきっかけは、小さな言葉だった。空間に突然開いた、人が一人通れるくらいの穴。そこから飛び込んできた、青髪の女性の言葉。外から、固有魔力で無理矢理侵入してきたのだろう。ディアナは、この部屋に入ってきた瞬間に化け物達の魔力に圧され、動けなくなっていた。


「逃げて!」


 リリムが叫んだ瞬間、既に機械人形は異分子の排除へと動き出していた。地を蹴ったそれに向かって、リリムは飛び込む。


「禁術 凍時(タイム・オブ・ゼロ)


 機械人形に一撃を入れると共に、リリムの瞳が鮮やかに輝く。機械人形の動きが、ピタリと止まった。


「リリム様、これは一体……」

「説明は後で、早く逃げてください。そう長くは止められませんので」


 リリムの放った禁術は、対象の時間を止めるもの。普通なら、発動者が解除するまで解けることはない。ただ今回は状況が違う。相手が悪い。リリムが放ったから、僅かに止めていられるだけなのだ。


「……死なないで下さいね。貴女のことが好きな方、沢山居ますから」


 ディアナはそう言うと、空間に穴を開けその中に消えていった。死なないでなど、言われなくとも分かっている。


「はぁ……勝たなきゃ」


 ただ、その言葉はリリムの心に火をつけた。大剣を構え、止まったままの機械人形に、それを振り下ろした。刃が触れた瞬間に、機械人形の時が動き出す。それは不自然な挙動で、大剣が自身を断つ前に大きく動いた。


「嘘でしょ」


 それにできるならリリムにもできることなのだろうが、やれと言われてできる自信が無い。今までリリムは、自分は負けないと思っていた。自分は誰よりも強いのだと、自惚れていた。まだ未熟な頃に強大力を手に入れたが故の、傲慢があった。


「負けたら死ぬよなぁ。死ぬのは、嫌だな」


 うわ言のようにリリムはそう呟いた。こんなところで死にたくないという意志が、リリムの意識を冷静にしていた。


「……魔王闘技 雷霆装(ケラノウス)


 機械人形と同じように、黒い雷を両手に纏う。透明になった意識と思考の末に出た行動はそれだった。そこから更に魔力を広げ、雷を纏う部位を両手から全身へと広げていく。全身を完全に黒い雷が纏った時、それは漆黒のオーラとなってリリムを包んでいた。


黒き雷(ノワール)の戦乙女(・ヴァルキリー)


 元々の魔王闘技には無い、リリムだけの派生技。彼女の膨大な魔力量と、天性の魔力操作技術により編み出された、現状のリリムの最速の状態。対抗する様に、機械人形も黒い雷を全身へと広げていく。リリムはそれに攻撃を仕掛けるつもりは無い。隙だらけに見えるこの瞬間も、間合いに入れば迎撃されることをリリムは理解しているから。


「仕切り直しといきましょうか」


 その言葉を開戦の合図にするかのように、機械人形が大きく跳んだ。真っ直ぐと、最速でリリムの懐へと間合いを詰め、的確に心臓を目掛けて、左腕を突く。それをリリムは、()()()()()()()()()()()()。少しだけ上体を逸らしながら、伸ばされた左腕を掴み、勢いを乗せて投げる。


「雷鎚」


 投げ飛ばした機械人形に追いつき、雷の走る手のひらでその腹部を突き、地面に叩きつける。床に大きく入るヒビが、その威力を物語っていた。ただすぐにそれは起き上がり、休む暇もなくリリムへと攻撃を仕掛けてくる。彼女はそれを、しっかりと見ていた。同じ速度ならば、反応できず避けられないなんてことはあり得ないのだ。限界まで機械人形の行動を観察しながら、細かいカウンターを入れていく。ただそれは、機械人形に届く前に捌かれる。全く互角の攻防が、密着状態で起こっていた。

 少しでも判断を間違えば、重い一撃が入る。死がの足音がすぐ側まで近づいている感覚が、リリムの意識をかえって集中させていた。繰り返される攻防は、変わらず一進一退で続いている。


「轟雷鎚」


 リリムが小さくそう唱えると同時に、機械人形の腹部に風穴が空いた。突然のダメージに、機械人形の攻撃の手が止まる。『轟雷鎚』は『雷鎚』の派生技。『雷鎚』を命中させた部位に魔力で目印をつけ、そこを炸裂させる。炸裂させるまでの間は、目印をつけた部位には使用者の魔力が留まり続ける。そしてそれは攻撃を当てることで更に増えていく。留まる魔力が多い……即ち攻撃を繰り返すたびにその炸裂の威力は上昇する。繰り返される攻防の中で、『轟雷鎚』の威力は跳ね上がっていた。


『急に強くなった……一体何を』

「そんな事考える意思、あったんですね」


 急に明確な意思を持っ言葉を紡いだ機械人形に、リリムはそう言葉を返した。そのまま距離を詰め、また近距離の戦いが始まる。


『貴女の肉体を模倣しているから、当然その意思も模倣してる。そもそも機械人形は、元々意思を持ってる』

「そうですか……それは失礼しました」


 機械人形の腹部の穴は、既に治っていた。ただ、先の一撃から、完全にリリムへと流れは来ていた。


「自分よりもそちらの方が強いって認めただけです。だから完全に受けに回ろうと。ただ受け切るだけなら、同じ強さだから簡単ですしね」


 その流れは、戦闘中のリリムにそんな事を語らせるほどの余裕をもたらしていた。そう話をしながらも、彼女のスタンスは変わらず、機械人形の攻撃を捌く。リリムの表情は涼しく、対照的に機械人形の表情には余裕が無いように見えた。


『穿て 雷霆槍』


 勝負を焦ったのか、機械人形が両腕をリリムへと向けて、黒い雷と魔力を放った。それを軽やかに跳んで躱し、同じ技を空中で構える。魔力を放った後の、絶対の隙を突き、リリムは機械人形の懐に飛び込んだ。


「これで終わり。雷怒(ブリューナク)


 右腕だけに黒き雷を集めて、巨大な槍へと変える。その槍を、真っ直ぐと機械人形へと放とうとした瞬間、それは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。リリムが先の攻撃と、それに至るまでの機械人形の態度は、彼女の攻撃を誘うための罠だったことに気がついた頃には、もう遅かった。


『轟雷鎚』


 リリムの左目が、鮮やかな鮮血を辺りに撒き散らしながら、破裂した。


「ぇ……?」


 突然遅い来る、リリムが今までに知らない痛みと、視界半分の暗転。一瞬のうちに、戦闘の記憶を思い返す。いつ『雷鎚』を受けたのか。心当たりは一つだけ。手のひらで触れられ、吹き飛んだあの時だけだった。あれから無数の攻撃を受けて、威力は相当上がっているはず。吹き飛んだのが左目だけで、逆に良かったのかも知れない。


「あはっ……油断、しちゃった……」


 当然、その大きな隙が見逃されるはずが無い。ぐらりと揺れたリリムの心臓を、機械人形の握りしめた直剣が、正確に、そして無慈悲に貫いていた。

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