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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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三十六話 邂逅

 街の外れに小さく佇む、眩しい朝日を受ける祠は、その大きさからは予測できないほどに強大な魔力を放っていた。何かを拒絶する、弾くような魔力を。底の見えないその魔力は、どこか恐ろしさを感じさせるようなものでもあった。


「準備は良いかしら? それじゃあ行くよ」


 祠の扉に、リリムが手を触れた。リリムの干渉に反応して、真紅の魔法陣がそこに現れる。外部からの干渉を拒むような魔力が、その魔法陣には刻まれていた。


「邪魔よ」


 扉をノックするように、リリムがその魔法陣に触れる。するとそれは硝子の窓を割ったかのような騒々しい音を立てて、粉々に砕け散った。それと同時に、扉から真っ黒な魔力が流れ出し、リリム達一行を覆い尽くした。しばらく後、その魔力が消えた時には、彼女達の姿はそこにはなかった。


 魔力に覆われ、視界が黒く染まったリリムが、元の世界を取り戻したのはほんの少しの時間が経ってからだった。彼女が居たのは祠の前ではなく、無機質な白い壁で覆われたただっぴろい部屋。いくつかの通路が、その部屋から伸びていた。一度自身の魔力を軽く解放する。彼女にとってこの方法が周りの安全を確保するには一番楽で、尚且つ確実な方法だった。


「キャロル――」


 安全なことを確かめ、妹の名前を大声で呼ぶ。声は全くの不自然さもなく、遠くへと反響して消えていった。返答は無い。


「あの魔力の雰囲気は……個別転送術かしら」


 リリムの見立てでは、あの黒い魔力は迷宮へ入ろうとした者を、迷宮内へ転送する魔法であり、なおかつその対象を一箇所ではなくバラバラの場所に転送するものだ。さっきの一瞬だけが故に断定はできないが、それならば、リリムと同じように孤立している者がいる可能性が高い。


「皆を探さなきゃ。魔倉庫・抽出(レヨン・リリース)


 虚空を開き、そこから小さな円盤のような物を引っ張り出す。その表面に息を吹きかけ、積もる埃を払う。思わず咳き込むほどの量の埃は、それが長い間使われていないことを示していた。


「さて、初めて使うけど大丈夫かしら」


 リリムが取り出した円盤は、魔力で造られた建造物の構造を調べるもの。言うなれば、地図を自動で作ってくれるものだ。入り組んだ迷宮の中では、魔力を頼りに進むよりずっと頼りになる。円盤を地面に置き、魔力を注ぐ。蒼く輝き、見慣れぬ文字が浮かび上がった後、円盤が浮遊し、ゆっくりと回り出した。


「動いた……壊れてなくて良かった」


 回る円盤に、リリムの右手が触れる。円盤は、魔力で造られた建造物の情報を、注がれた魔力量に比例して使用者に共有する。彼女の膨大な魔力を注がれた円盤は、この迷宮全ての地図だけで無く、仕掛けられた罠、生息するモンスター、そしてリリムと共に迷宮に足を踏み入れた者たちの現状——文字通りこの迷宮の全てを、彼女の脳内に刻む。リリムの中に、滝のような情報量が一気に流れ込む。常人ならば、脳が理解を受け付けず壊れてしまってももおかしくない。


「……これは使われなくなるのも納得ね」


 そう呟やくリリムは、渋い顔を浮かべていた。彼女の脳内に流し込まれ、刻まれた情報によると、この迷宮は思ったよりも遥かに大きく、テクニは最下層に居ることが分かった。そして、リリム以外のメンバーは、大方誰かと合流しているようだった。アナトはサリオンと、トニクはキャロルと、テリスはリズと。

 ……何故かディアナだけが、孤立している状況だった。本来は自分と同じ場所に飛ばされるはずだったのだろうか、などとリリムは少し考えてはみたものの、現状結論の見えないことを考え続けるのも無駄だと思い、考えるのをやめた。


「ディアナさんと合流しなきゃ」


 リリムの中で、ディアナとの合流が最優先の目的に定められる。幸い、今リリムのいる部屋とディアナのいる場所はそこまで離れていない。部屋から伸びるいくつかの通路のうち一つを見据えると彼女は軽く飛び上がり、背中の翼をはためかせ、軽やかに迷宮を進み始めた。

 リリムが足を止めた……いや、正確には飛行を辞めたのは、新たな部屋にたどり着いた時だった。先の部屋よりもさらに天井が高く、少し暗い。彼女がこの部屋で一度止まった理由は、壁や床に紅い何かがこびりついており、部屋に不自然な量の魔力が満ちていたからだった。自然と、リリムの意識が警戒へと移る。脳内の地図を頼ると、この部屋には『下層への鍵』なる物があることも分かっていた。テクニ救出のためには下層に行かなければならない、つまり鍵を回収する必要があるのだった。


『侵入者感知。排除システム起動』


 リリムが部屋の中を探索しようとした時、感情のこもっていない、温かみの無い声がその広い部屋に響いた。リリムが通ってきた通路はいつの間にか真っ白な壁に変わっており、戻ることが出来なくなっていた。大気中に存在していた濃密な魔力が、一点に集中する。リリムはその様子に手を出すことはせず、静かに待っていた。

 一点に集中し濃縮された魔力は、はっきりとした形を持つ機械人形(ゴーレム)へと成った。その大きさは、パシフィストへ向かう途中で遭遇した、漆黒の巨人——亜空間の獣(ヴェルト・ビースト)と同等の大きさを誇っていた。こいつが鍵を持っていると、リリムは核心した。部屋に満ちた魔力の奔流が収まり、機械人形の体が完成すると同時に、人間でいうところの目の辺りが、黄色く輝いた。それと同時に、人形の拳が、リリムを襲った。一旦様子を見ようとしていた彼女の虚を突くのには十分過ぎるほどの速度で放たれた拳が、小さな体を正確に撃ち抜いた。反射的に受け止め、衝撃を和らげたのにも関わらず、その速度と膂力が生み出す衝撃によって、リリムの体は猛烈な勢いで吹き飛び、壁に激突した。あまりの衝撃に、彼女を中心に壁が大きく凹んでいた。


「速いね、良い準備運動になる」


 ここから先は、プラドーラの騒動を治めるまでに戦闘が起きない可能性の方が低いと、リリムは考えていた。そのための準備運動に、この機械人形を利用しようと考えていたのだった。

 勢いよく立ち上がったリリムに向けて、巨大な岩が飛来する。機械人形が岩石を作り、それを彼女目掛けて投げていた。それに対してリリムが取った行動は、回避では無く、突進。固く重い岩石を、自身に近づいたものから破壊しつつ、機械人形へと距離を詰める。瞬く間に、リリムの姿は機械人形の直接攻撃の射程内に入っていた。


大地の拳(テルスフィスト)


 思わず耳を塞ぎたくなるような音量で、機械人形がそう言葉を発した。その右腕に魔力が集まり、肥大化する。巨体に見合わぬ速度で、リリム目掛けてその拳が振り下ろされる。先程の岩石と同じように、リリムは躱すことなくその拳を、真正面から受け止める。不意を突かれた一撃目とは違い、リリムの体はびくともしていなかった。


「せーのっ」


  受け止めた機械人形の拳を掴み、リリムはそれを投げ飛ばした。規格外の魔力により強化された肉体は、そのサイズの差などは無に帰すほどの強さを誇る。流れを取ったリリムを止めることは、誰にもできはしない。

 投げ飛ばした直後に始まったのは、戦闘などと呼べるものでは無かった。機械人形が、その巨体を起き上がらせると同時に、再びリリムへと投石。今度はさっきのとは違い、一発一発は小さく数が多い。そして速いものだった。


「そんなのじゃ、私に当たらないよ?」


 リリムはその場で、最低限の動きだけで投石を全て躱す。その様子は軽やかで、まるで優雅に舞っているかのようだった。


「遠距離攻撃ってのはこうやるのよ」


 変わらず飛来し続ける岩石の中から一つを、リリムは片手で受け止め、投げ返した。彼女の規格外の魔力に強化された膂力から放たれたそれは、もはや隕石と何ら違いは無い。あまりの速度に激しく燃え上がり赫い輝きを放つそれは、地面を大きく削りながら機械人形に直撃した。命中した部位は右肩にも関わらず、そのあまりの衝撃に巻き込まれ、機械人形の頭部と上体の右半分が消失していた。


「これで終わり……ってわけではなさそうだけど」


 頭部を無くし、機械人形は動きを止めた。しかしリリムの言葉の通りに、まだ終わっていないようだった。まだ濃い魔力はその場に渦巻いている。少しの沈黙の後、機械人形の巨体が土煙と轟音を立て、崩壊した。そこに渦巻いていた魔力は消えることなく、むしろもっと大きくなっているようにリリムには感じられた。

 土煙が収まった頃、リリムの視界に一瞬、銀色に輝く鋭い光が見えた。反射的に漆黒の大剣を召喚し、それを受け止める。リリムに向けられた鋭い光は、一つの刃だった。リリムの大剣とその刃は一度だけ交わる。互角の力で触れ合った刃は双方共に大きく弾かれた。


「……私?」


 完全に土煙が収まり、元に戻ったリリムの視界に映ったのは、己と瓜二つの容姿を持つ『何か』だった。容姿だけでは無く、纏う魔力の性質も、大きささえも、同じように彼女には感じられた。


『侵入者を、迷宮の脅威に指定。メレフ・アペレースの名の下に、殲滅を開始します』


 声だけは、相変わらず感情のない冷たい声のままだった。そして先の言葉より、リリムは機械人形が、自身と同じ姿、同じ力を持った『者』に——どんな原理かは知らないが——成ったことを理解した。


「面白いじゃない」


 そう小さく呟いたリリムの顔は不敵に、そして年相応の無邪気さを持って、笑っていた。

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