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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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三十五話 終幕への一歩

 靄のかかった意識の中、少年は目を覚ました。明かりの少ない暗い部屋の中で、痛む頭を無理矢理酷使する。ここがどこなのか、一体どういう状況なのか。上体を起こし、隣で眠る自らの妹を見つめながら、考えていた。


「……目、覚ましたのか」


 少年に声をかけたのは、綺麗な銀髪を持つ耳長の妖精(エルフ)の少年……サリオンだった。


「あ……」


 掠れた声が、少年の、アナトの口から漏れた。頭蓋の内から無理矢理穴を開けられているかのような、道理から外れた痛みに襲われながら、彼は現状に至るまでの過程を思い出していた。頭を抱え苦しむ彼に、サリオンは何もできずにいた。


「落ち着いて。大丈夫、痛くないよ」


 立ち尽くすサリオンの代わりに、アナトへ手を差し伸べたのは、リリムだった。アナトの高さに合わせて座り込み、彼の瞳を優しい顔で、じっと見つめていた。アナトを襲う激しい痛みは、それを合図にしたかのように、ピタリと治まった。


「……ごめんなさい」


 彼は小さく呟くと、ふらふらした足取りで立ち上がった。サリオンの前に立つと、両膝を地に着き、そのまま腰を曲げた。両腕を上に向け、抵抗しない意思を見せつつ、最上位の謝罪を示す行為を彼は取っていた。


「僕は、貴方の仲間の命を、たくさんの命を奪いました。報いが必要ならなんでも受けます。僕を殺すと言うのなら抵抗しません。ただ、どうか妹だけは……あの子はただ、操られていただけなんです。あの子の本意でやっていた訳じゃ無いんです」


 震える声で、絞り出すようにアナトは言った。サリオンはと言うと、どうすれば良いのか分からない、と言った感じで頭を掻いていた。


「えーっと……妹は、って言ってるけどお前も操られてたんだろ? そもそもの話、もう俺たちはお前達兄妹を恨んだりしちゃいないよ。罪を憎んで人を憎まずとか言うらしいしな?……だから、顔上げてくれない?」


 居心地が悪そうに、サリオンは早口でそう言った。先程、リリムからこの双子の境遇を教えられ、耳長の妖精の中では、既に彼らのことを許す、と言うよりは最初から恨まないという結論が出ていた。悪いのは彼らではなく、リーデルだからと。その結論を出した彼らに、リリムは感心していた。

 リリムが双子のことを恨まなくてもいいんじゃないかと、その判断を下すことができたのは、彼女が当事者では無いからである。言葉を選ばずに言うと、自分とは関係のない事だから、客観的に、冷静に見ることができた。でもサリオン達は、リリムとは違う。被害者なのだ。もしもリリムが同じ境遇だったら許せなかっただろうなと、そう考えていた。


「さて、和解も済んだみたいだし……話をしても大丈夫かしら?」


 その様子を見ていたリリムが、口を開いた。2人はそれに対し頷く。


「えっと……まず名前があるんだったら、教えてくれるかしら?」

「はい、僕はアナト・キロシアで、妹はテリス・キロシアです……多分」


 少し確証はできていないようであるが、アナトは自身と、妹の名前をリリムに伝えた。


「いい名前ね。目を覚ましてすぐで、まだ現状把握もうまくできていないところ悪いんだけど、あなた達兄妹の力を貸してほしいの。いいかしら?」


 そのリリムの提案に、アナトは頷く。


「僕の罪を贖う為にも、この手に入れた力、使わせていただきます」


 静かに寝息を立てる妹を横目で意識しつつ、アナトはリリムの前に片膝を付く。彼女に敬意を示すかのように。


「……お姉様、色んな人に凄く慕われやすいよね」


 リリムたちの会話に、キャロルの呟きが混じった。


「もう大丈夫なの?」

「うん、大方の魔力は回復したよ。精霊術師は精霊さえ呼ばなければ魔力の回復は早いんだ」


 大丈夫というキャロルの声に、強がりなどは含まれていないことを感じ取り、リリムは安心していた。


「あ……あの……」


 か細い声が、部屋に鳴った。テリスが目を覚ましていた。少しおびえたような眼をして、リリムのことを見ていた。


「大丈夫だよ、この人達はいい人だから」


 兄の言葉に、震えていた彼女の瞳が落ち着く。兄がそういうならと、安心したような、リリム達の事を信用するような表情を浮かべていた。


「さて、全員揃いましたし、これからどうするか考えませんか?」


 そう提案したのは、ディアナ。リリムもちょうど、これからどうするかを考えようとしていたところだった。


「私たちがやらなきゃいけない事は、大きく分けて二つよ。一つはテクニさんの救出及び、終戦への助力の取り付けね。まぁ、これは多分救出さえできれば大丈夫かしらね」


 リリムが横目でトニクの方を見ると、彼はリリムの言葉を肯定するように深く頷いていた。


「そしてもう一つは、この国(プラドーラ)のトップをどうにかすることかしらね。サリオン達が言うように急に変わったなら、何かおかしなことをされていても不思議じゃない」

「何かおかしなこと……例えば、洗脳されているとか、そんな感じですか?」


 リリムの言葉を確認するかのように、サリオンが問う。ただ、その問いに答えたのはリリムではなく、キャロルだった。


「おそらくそれで間違い無いと思います。リーデル(あの馬鹿)が自分で言ってました。国王に力を分けた上で、洗脳したって。暇潰しとか言ってましたが……許せません」


 答えると同時に、キャロルが自身の中に込み上げる怒りを、少しだけ露わにする。その気持ちは、リリムも同じだった。


「そいつを止めるってのはできないのか? 止めない限り、またこの国みたいなことが起きると思うんだが」


 素朴な疑問を、トニクは口にする。彼の言い分は尤もである。リーデルは今回の事変に於いての黒幕であり、その性質は愉快犯である。きっと同じことを繰り返すだろう。そんな事はリリムには分かっている。ただ……


「止めなきゃいけないのは分かっています。ただ、私が彼のことを逃しちゃって……リーデルの消息が分からない以上、どうしようもないというのが現状なんです」


 その現状を生み出したのは自身の不甲斐なさ故だと言わんばかりに、少し声の調子を落としてリリムがトニクの問いに答える。ただ、リーデルの逃げの判断と方法も、的確なものであった。


「……リリム様が取り逃すなら、大半の方は追う事は不可能なのでは? リリム様と戦闘したのなら、正面から戦いを仕掛けてくる事は無いでしょうし、なんならもうこの事変に関わらない判断をとっても、何も不自然ではありません。後手にはなってしまいますが、その男をどうするかは現れてから、でも良いと思います」


 少し調子を落としたリリムをフォローしながら、ディアナが提案する。彼女が出した案に、特に異論を唱える者はいない。リーデルへの対応は、一旦無視するということで纏まっていた。


「お父様の洗脳って、どうやって解くんですか?」


 テリスが、リリムをじっと見て、そう尋ねた。具体的な解答を求めているその目に、どう答えれば良いのか。リリムの喉に、言葉が詰まる。


「お姉様なら簡単に解けるよ。リーデルは、国王に対しては明確に『洗脳』って言ってた。固有魔力で操った、じゃなくてね。だからできる。だって、吾輩のお姉様なんだもん」


 無責任に、できるなんて言ってくれるなと思いながらも、期待されるのには慣れている。少し前までは、期待は嬉しくも怖いものであったが、いつの間にか期待という重圧への恐怖は無くなっていた。


「どうやってかは、かけられた洗脳によるわ。だけど安心して。私は絶対に貴方の父親も助けるから」


 テリスの小さな手を握り、リリムは答えた。親を失う気持ちを、この双子に知って欲しく無い。そんな事は起きてはならない、起こさせるわけにはいかないと、一つの誓いでもあった。


「さて、話を戻しましょうか。テクニさんはあの小さな祠に居るんですよね?」

「はい、少し調べてみましたが、あの祠を入り口にした迷宮が作られているようです。そこから彼の魔力を感じたので、間違いは無いかと思います」


 ディアナがリリムからの問いに答える。


「祠を壊したら、迷宮が崩れたりしないのか?」

「そう単純じゃありませんよ……」


 トニクの呟きに、ため息をつきながらディアナが答える。


「別に、トニクさんの言ったことは悪くない着眼点ですよ。迷宮全体が結界魔術で作られたものなら、入り口となるものを全て壊せば結界は保てなくなり、崩壊します」


 リリムの説明に、やっぱりなと、トニクはしたり顔を浮かべる。


「ただ、迷宮が結界魔術により作られたものではなく、純粋にどこかに存在するものだった場合、祠を壊せばこちらから迷宮へ干渉する手段は無くなります。確証が持てない以上、やるべきでは無いでしょうね」

「そうなのか……」


 自身の考えが軽率なものだったと、トニクが少し肩を落とした。ただ、先程リリムが言ったように悪い着眼点では無いのだ。あくまで打つ手が無くなった際の最終手段ではあるが、一つの選択肢には確実に入るものだった。


「ひとまずは、トニクさんの救出に向かいましょうか。迷宮の構造が分からない以上、戦略も何もありませんからね」


 リリムの言葉に、その場にいる全員が賛同する。


「じゃあ、一応みんなに覚えておいて欲しいことがあるのだけど」


 リリムが改まり、全員の見やすい場所へと移動する。皆の意識が自分に集まってことを確認して、リリムは口を開いた。


「誰も、死なないで欲しい。きっと、もう少しだけ戦闘はあるはず。状況によっては、私が居ない時もあるかもしれない。万が一勝てない敵と遭遇したら、迷わず逃げて、私を呼んで。絶対に助けるから。今日はこのまま休んで、明日の朝、祠へ向かいましょう」


 切に願うように、リリムは言った。決して仲間の強さを信用しているわけではない。ただ、自分が皆の後ろにいる事を、覚えておいて欲しかったのだ。

 一つの国を巻き込んだ騒動は、間違いなく解決の最終局面へと向かおうとしていた。

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