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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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三十四話 命を懸けるということ

 プラドーラ外れに、ポツンと存在する小さな祠。リリムが妹から、この国に来ることになった経緯を聞いているうちに、そこにたどり着いていた。全員が馬車から降りると、それは空気に溶けるように消えていた。


「リリム様、キャロル様、こちらです」


 近くの廃墟から、そんな声が聞こえてきた。声の方向に目を向けると、長い青髪と共に手を揺らし、リリム達へと合図するディアナの姿がそこにあった。気を失ったままの双子を背負い、二人はそこへと向かった。


「キャロル様、足止め感謝致します。おかげで安全にここまで来ることが出来ました……それとリリム様も、わざわざ私たちの所へ来ていただき、ありがとうございます」


 丁寧に感謝を述べるディアナに、リリムは気にしないていいよと返す。彼女に先導され、二人は廃墟の地下室へと足を踏み入れた。そこに居たのは、サリオン達五人の耳長の精霊(エルフ)と、トニク。廃墟に残されていた、壊れかけのベッドに双子を横たわらせると、リリムは耳長の精霊達と何かを話し始めた。その間、一人で部屋の隅に置かれた椅子に座ったキャロルのそばに、ディアナが尋ねる。


「キャロル様、あの双子は……」


 キャロルには、彼女の言いたいことは分かっていた。どうして連れてきてしまったのかと、そう聞きたいのだろう。


「あの子達、操られてたんです。恐らく吾輩よりも幼いであろう二人です。だから……」

「酌量の余地がある、と?」


 ディアナからの短い聞き返しに、キャロルは静かに頷く。


「……私は納得しました。ただ、同じことをサリオンさん達の前で言えますか?」

「それは……」


 ディアナからのその言葉は、鋭い針のようにキャロルの胸に突き刺さる。恐らくではあるが、彼らの戦闘時の口振りから察するに、多くの耳長の妖精の命を奪っている。即ち、サリオンの同胞の命を。そんな存在を、操られていたから許してあげて、などと言えるはずも無い。ずっと、心のどこかで分かっていた。それでも、この双子を殺す判断はキャロルにはできなかった。


「ねえキャロル、ちょっといい?」


 悩むキャロルの思考は、その言葉に遮られた。気がつけば、リリムがすぐ近くに立っていた。


「どうしたの、お姉様」

「話があるの。少しついてきてくれるかしら」


 そう問うリリムの表情は真剣だった。彼女に連れられ、キャロルは地下室から出る。地上へ出る階段に、リリムは腰掛け、キャロルの瞳を真っ直ぐに見つめる。扉一枚を越えただけなのに、雰囲気は重苦しくなっていた。


「何の話したいか、分かる?」


 試すように、リリムが尋ねた。


「双子についての話かな……」


 キャロルからの少し歯切れの悪い返事に、リリムは頷いた。


「さっき、サリオン達から少しだけ聞いたわ。教えて。あの子達が何者なのか。貴女は知っているでしょう?」


 やっぱり、この姉に対して隠し事はできないなと、キャロルは素直に話し始めた。

 あの双子は元々、プラドーラ国王の子供である事、リーデルによって操られてしまっていたこと……そしてその間に、恐らくではあるが数多の命を奪っていることを。


「……どうしてあの時、知らないって言ったの? 私はキャロルが意味もなく嘘をつくことなんて無いと思ってるから、理由を教えてくれない?」

「命を奪ったのは、あの子達の本意じゃなくて、操られてたからだから。罪を背負うのはあの子達じゃ無いって思ったから、伝える必要がないって判断したから」


 キャロルは内心、責められると思っていた。何故そんな大事な事を言わなかったのかと。でも実際は、リリムはキャロルを責める事は無く、優しい笑みを浮かべていた。


「正直に言ってくれてありがとう」

「……吾輩の事、責めないの?」


 恐る恐る尋ねるキャロルの頭を、リリムの手が優しく撫でる。


「責めないわよ。誰かを傷つけるような嘘じゃないし、キャロルの優しさ、気遣いから出た嘘だから」


 子供に言い聞かせる親のように、リリムは穏やかな声でそう言った。肯定の言葉と、優しい声の響きに包まれて、キャロルの胸からは何か突っ掛かりが取れたようだった。


「サリオン達には、私から話すわ」

「でも……」


 連れてきた原因は自分にある。リリムにその判断をさせた原因は。ならば自分が話すべきなんじゃないかと、キャロルは言おうとした。


「良いから。私から言う方が冷静に話が進むでしょう。それにキャロルの顔色、少し悪いわよ。まだ全然回復しきっていないんでしょうし、少し休みなさい」

「……分かったよ。ありがとう」


 リリムの指摘する事は尤もである。サリオン達へ、感情的にならずに話すことのできる自信はない。少なくとも、キャロルよりもリリムの方が冷静に話ができるだろう。双子の対応はリリムに任せることにした。

 二人は地下室に戻った。キャロルはサリオン達耳長の妖精の元へ、そしてキャロルは部屋の隅へ。そこにある椅子に腰掛け、キャロルは全身の力を抜いた。


「キャロルちゃん、大丈夫か?」


 頭上からそんな声がして、キャロルは顔を上げる。トニクが、彼女の事を見下ろしていた。


「大丈夫です。ただ、休めってお姉様に言われてしまったので……」


 トニクが足を曲げ、キャロルと同じ目線の高さに自身の目線を揃える。休めと言われたことに不満そうな顔を浮かべている彼女を見つめると、少し小さなため息をついた。呆れたような、そしてどこか同情するような、そんなため息だった。


「休養は大事だぞ? キャロルちゃんを見てると昔の俺を見ているようでな……キャロルちゃん、あの魔王様のためなら何を懸けてもいいって思ってるだろ?」


 キャロルにとって、それは当たり前のことだった。彼女からすれば、リリムは自分を救い、受け入れてくれた存在。そんな人になら、例え命でも賭けることができると、そう考えていた。


「……それって、懸けられる本人からしたら、結構大変らしい」


 キャロルの隣に、トニクは腰を降ろした。それを特にキャロルが拒むことはしなかった。


「大変って……どういうことですか?」

「俺も昔、キャロルちゃんと同じ考えだったんだよ。親方のためなら何懸けても構わないってな。でもな、工房がちょっと事件に巻き込まれたことがあって、その時に怒られたんだよな。『恩返ししたいなら命を懸けるな』って。死ぬことが一番恩を仇で返すことだからってな。まぁその……なんだ?」


 どうやら上手い言葉が見つかっていないらしい。ただ、彼の言わんとしていることは何となくではあるが、キャロルにも伝わっていた。リリムへの恩返しをしたいと思うのなら、先ずは生きろと、死んだら何の恩返しにもならないと、そんな感じのことを言いたいのだと思う。


「……そっか。そうですね」


 言われてみれば、当然のことではある。何をするにも、命があってこそ。リリムの為に命を懸け、その結果死んでしまうなど、恐らく彼女が一番嫌うことだろう。なぜなら、彼女は強いから。全てを守らなければいけないと考えているから。なら、少しでも負担を減らすために、守られる必要が無いように、万全の状態でいるべきだろう。


「ありがとうございます。トニクさん。今は休みます」

「別に礼を言われるようなことはしちゃいないよ。ゆっくり休みな」


 短い会話を終え、キャロルは瞳を閉じた。トニクのおかげで、今の彼女の中には休むという余裕のある選択肢が生まれていた。そのそばで、彼女のことを静かにトニクは見守っていた。

 そんな彼の傍に、軽い足音が近づいていた。


「……お話は終わりで?」

「はい、ただサリオン以外の耳長の妖精達にここに残るよう説得していただけですから。キャロルに余裕、持たせてくれてありがとうございます」


 耳長の妖精達への説明を終えたリリムが、トニクとキャロルの傍に居た。トニクからの質問に答えつつ、静かに寝息を立てるキャロルの頬を手の甲でそっと撫でる。くすぐったそうに、キャロルはもぞもぞと動いていた。


「……キャロルちゃんにも言ったけどさ、魔王様、別に俺は礼を言われるようなことはしちゃいないよ」


 少し照れくさそうに、トニクはそう答えた。


「そんなことないですよ。トニクさんが何も言ってくれなかったら、キャロルはきっと休むつもりはなかったでしょうし」


 礼を言われなれていないのか、真っ直ぐに謝意を伝えられたトニクは、目線をリリムから外し、遠くを見ていた。


「魔王様、キャロルちゃんが言ってたんだけど、親方の力を借りに来たんだよな。一体何のために?」

「……少し長くなりますが、聞きます?」


 リリムからの問いに、トニクは静かに頷いた。リリムはエガリテ壊滅から今まで起こったことを、できるだけ簡潔に、でも分かりやすいようにしつつ、話した。


「……それで、新生エガリテに住んでくれる人、出来れば技術を持っている人を探してて、アンジュさんからテクニさんを紹介されたんです」

「なるほどな……悪いな、話すの辛かっただろ?」


 トニクからの言葉に、別に大丈夫と、リリムはひらひらと手を振る。もう、その悲しみは乗り越えているのだ。いちいち辛いなんて、思っていられない。


「まぁ、アンジュの姉貴の判断は正しいな。親方なら十中八九賛同するだろうよ……なぁ魔王様、全部終わったら、俺もそれについて行っても構わないか?」

「もちろんですよ。人手が増えるなら大歓迎です」


 トニクの問いを、リリムはノータイムで承諾する。トニクの縦長い特徴的な瞳孔が、輝いていた。

 しばらくの時間が経った頃、その部屋の隅で眠る双子の元に、意識が戻ってきていた。

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