三十三話 信じる理由
「さてと、キャロル達のところ行くかな」
束縛の棺桶少女……リズとの契約を終え、リリムは歩き出した。半分ほどが消し飛ばされ荒野へと変わっているプラドーラを、トントンと駆けていく。リズは、一度リリムのつける青い指輪の中へと消えてしまっていた。
「……リリム、誰か居るよ」
荒野を抜け、まだ街の形を保っている場所へ足を踏み入れた時、リズの声が指輪から聞こえてきた。リリムも、同じく四つの魔力をを感じていた。そしてそのうち二つはリリムがよく知る者だった。静かに息をする、耳の長い小柄な二人組と、二人を見守るようにその前に座り、こくりこくりと居眠りをする猫人族の少女。それと、そのすぐそばに立つ、立派な角を持つ純白の精霊馬にリリムが手を伸ばすと、白馬はそれに首を擦り寄せていた。
「キャロル、こんなところで何してるの」
リリムが声をかけると、キャロルの背筋がピンと伸びる。慌てたような素振りを見せて、リリムの方へと彼女は向き直った。
「お姉様……リーデルは?」
「逃しちゃった。この子達、何者かしら」
リリムから返ってきた質問に、キャロルの言葉が一瞬詰まる。どう答えようかと少しの間考えて、彼女は口を開いた。
「さぁ……ただ、こんなところに二人だけで居るから危ないなって思って、少しの間様子を見てあげようと思って……」
この二人がやった事を、リリムが知る必要はないとキャロルは判断した。双子の背負う罪は、双子ではなく彼らを操っていた人形……即ちリーデルが背負うべきものなのだ。
「そっか。それで様子見してたら寝ちゃったと」
リリムは、キャロルの言葉の真偽を追求するようなことはしなかった。代わりに飛んできた、少し笑いながら言う彼女の言葉に、キャロルは項垂れる。何も間違えた事を言っていないから、彼女は姉に反論する事ができなかった。
「まぁ、貴女は一度魔力が尽きてるから疲労が溜まってるわけでしょうし、しょうがないんじゃない? この子達は置いていけないし……連れて行きましょ」
項垂れるキャロルをリリムは励ましつつ、双子へそっと手を伸ばした。眠っている……正確に言えば気を失っている彼らの頭を、優しく彼女は撫でていた。
「リズ、ちょっと出てきてくれる?」
指輪へ向けてリリムが言うと、そこから『ぴょん』と言う擬音がぴったりの勢いで、リズが飛び出してくる。自身を人形と縛る鎖は外し、目隠しは変わらずつけたまま、リズだけが指輪の外へと出てきていた。
「私の出番? 何したら良いの、リリム!」
目隠しで見えないものの、その状態でも彼女が瞳を輝かせているのがリリムには伝わっていた。
「この子達を運べる乗り物とか、創れる? 目的地……この街の端の祠まで結構遠いからさ」
「余裕だよ、任せて」
リズが張り切って、指をパチンと鳴らした。乾いた音が鳴ると同時に、十人はゆうに乗ることができるであろう、少し大きな馬車が創り上げられていた。それを引いてもらおうと、彼女は精霊馬の側に歩み寄った。
「引いてもらっても大丈夫かな?」
精霊馬の正面に立ち、首筋を撫でようと手を伸ばしながらリズは言った。その様子を、キャロルが少しハラハラしながら見つめていた。彼は特に抵抗することなく、リズの事を信頼しているように見えた。
「精霊馬が初対面で懐くんだ……珍しい」
キャロルがそう呟いた。精霊馬というものは自尊心が高く、中々懐いてくれないものなのである。主のキャロルでさえ、心を開いてもらうのにはかなりの時間を要した。リズがぎこちない動作で馬具を取り付ける間も、精霊馬は動く事はなく、大人しくしていた。
「……ニコさぁ、普段もこうだと吾輩ありがたいんだけど」
ため息混じりに発されたキャロルの言葉に、精霊馬はフンと荒い鼻息を鳴らして見せる。嫌だね、と言うかのようだった。
「よし、大人しくしててくれてありがとね……リリム、準備できたよ!」
得意気な声で、リズがそう宣言する。精霊馬も彼女に合わせて、どこか自慢気にしているようにリリムには感じられた。リリムとキャロルで、それぞれ双子の片割れを背負い馬車に乗り込む。中には向かい合うように置かれた長椅子二つと、小さなベッドが二つ。そこに双子を横たわらたせ、キャロルは馬車から出ようとした。誰かが精霊馬の手綱を握る必要があるだろうと考えたから。
キャロルが馬車から降り、御者席に向かうと、もうそこにはリズが座っていた。自分を見るキャロルの存在に気がついたのか、彼女は御者席からふわりと降りた。どうしたのかと小首を傾げるリズに対して、キャロルは質問をぶつけた。
「ねぇ、リズちゃんだっけ。あなた一体何者なの? 纏う魔力は精霊のものと似ているけれど、あくまで似ているだけ。吾輩はあなたのことを知らない。だから、少しだけ怖い。あなたのこと、少しだけ教えて?」
「……私はリズ。名前はリリムから貰った。私のことを、リリムは助けてくれた。だから私は、リリムの事、大好き。私が自分の事で知っているのはこれだけ……これじゃ、信用してなんて言えないよね」
リズの少し寂しそうな表情に、彼女の言葉に、微塵の嘘も含まれていないことをキャロルは悟った。彼女にとってはそれだけで十分だった。
「……自己紹介、まだだったね。吾輩はキャロル=エガリテ。リズちゃんと同じく、リリムを……お姉様のことを大好きだって思ってる、人猫族だよ。お姉様のことが好きなんだよね。理由なんてそれだけで十分だよ。吾輩はリズちゃんのこと、信用するよ」
キャロルだって、リリムに救われている。もしもあの宿で、リリムと出会うことがなかったら、キャロルは今、ここには絶対に居ない。下手すれば、生きているのかすらも危うい。境遇は違えど、リリムに救われたこと、そして彼女を敬愛していることは同じである。ならば、疑う理由などない。
「ありがとう、キャロル……さん」
少しぎこちなく、そしてどこか他人行儀にリズは答えた。
「お姉様と同じように、呼び捨てで良いよ。全部終わったら、またお話しよ。運転、任せるね」
「任せて。私も、キャロルともっと仲良くなりたい!」
無邪気な言葉を発するリズの頭をぽんぽんと撫で、馬車の運転を任せる。なんでもリズ曰く、『何かを駆るのは得意なんだ』とのことだった。精霊馬もリズのことをいたく気に入っているようなので、その言葉に甘えて馬車へと戻る。
キャロルが馬車に乗り、椅子に座った頃、馬車がゆっくりと走り出した。馬車は徐々に速度を上げ、街の中を進んでいく。荒れた場所を通っているとは思えないほどに心地いい揺れに、ゆらゆらと揺られながらキャロルは遠くを眺め、物思いに耽っていた。
「……リズのこと、気になるの?」
「へ?」
向き合って反対側に座るリリムに、突然心の内を見透かされるような質問をされ、キャロルは思わず気の抜けた声で答えていた。
「……まぁ、そりゃ気になるよ。精霊術を使えないはずのお姉様が急に精霊術使って、呼び出した精霊っぽい何かなんて、気にならないわけが無いじゃん」
一度落ち着き、改めてキャロルはそう答えた。
「まぁ、それもそうね。少し長くなるけど……聞くかしら?」
「でもそれって、勝手に聞いちゃって良いものなの?」
一瞬、キャロルは迷った。勝手に踏み込んでも良いものなのだろうかと思ったから。
「リズのことを本当に受け入れるなら、聞くべきだと思う。きっとこの話を聞いても、キャロルならその意思は変わることはないでしょうし」
「……じゃあ聞く。聞かせて」
一瞬の沈黙の後、キャロルはそう答えた。たとえどんな過去を持っていようと、リリムが——敬愛する自信の義姉が——認めている以上、悪い子では無いというのは明らかである。そのキャロルの意思を確認し、リリムは話し始めた。
「まず、あの子はどんな存在だったのかっていうと――」
リズは元々、リーデルの切り札のような存在だったこと、ずっと、自分を怖がらない、受け入れてくれる人を求めていたこと……そして周りの大人のエゴで、全てを朽ちさせる呪縛を手にし、人間から、精霊へと成ってしまったこと。それらをできるだけ簡単に、リリムは語った。
「今のリズちゃんは、人間時代の記憶が無いんだよね……?」
話が終わり、最初にキャロルの口から発されたのはこの質問だった。リリムはそれをに対し、頷きで肯定する。
「それだけは救いなのかな……リズちゃん、凄く可哀想じゃん……」
猫耳をペタリと倒して、まるでその過去を自分が体験したかのような悲しそうな表情をキャロルは浮かべていた。やるせない感情をどこかへ逃すように、尻尾を右へ左へと振り回す。それを見てリリムは、やっぱりこの子はとても優しい子なんだな、と思った。それと同時に、その優しさで傷つかないと良いけれど、なんて余計な心配を一瞬してしまった。それ以上は何も話すことは無く、ただ静かに、時間が過ぎていった。
少しの時間をおいて、馬車が止まった。軽い足音を立てて、リズが客車に顔を出す。リリムには、彼女が目隠しの下で、何故か不安そうな顔をしているように感じられた。
「街の端の祠って言ってたから……魔力の集まってるところに来たけど、ここで合ってる?」
「合ってるよ。ごめんね、指示が適当で」
その表情の原因が、細かく場所を伝えなかった自分にあると理解し、リリムは軽く謝罪する。それに対して自分の予想が合っていたことに安心したのか、リズは小さく笑みを浮かべていた。




