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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
序章 魔王降誕
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三話 平穏の花畑

 朝日が昇る、エガリテの王都。あけぼの色の空を、悠々とリリムが飛んでいた。何かのルールにも縛られず、自由に、気ままに。夜通しの試験を終えて、自分の城へと帰っているところだった。空から街を見ていると、活動を始た人々の姿が見えた。有羽族(セイレーン)の少女が、家々の郵便受けに紙の束を入れているところを見て、リリムはそのすぐそばに舞い降りた。


「おはよう。カル」


 幼なじみを見つけ、声を掛ける。水色の制服を身に着けて、鞄にぱんぱんの紙束を詰めた彼女が、リリムを見て、笑った。


「おはよ! 試験どうだった?」


 カルがリリムに問う。リリムは満面の笑みで、指を二本立てて見せた。


「結果は後日らしいけど、恐らく満点だと思うよ」

「さっすが、()()()()。あ、今日は学校来るの? 試験の次の日だから休んでも大丈夫らしいけど」


 そう問われたリリムは、少し悩んだ素振りを見せてから答えた。


「私は人魔族、夜に強い種族だから一日くらいなら寝なくて大丈夫だし、今日は学校、午前中しかないもの。今日は行くわ」

「そっか。それじゃあ私は配達しなきゃいけないからまた後でね」


 そう言った後、カルは配達作業に戻った。リリムも一旦家に帰ることにして再び飛んだ。街の一番大きな建物、自分の城へと向かう。城の一室、自分の部屋がある場所の窓に、ふわふわと近寄り窓を叩く。窓が内から開いた。窓を開けたのはキアレ。少しムッとした顔でリリムを見ていた。


「全く、リリム様。窓から入るのはおやめくださいと何度も言ってるじゃないですか……」


 そう言われながらも、リリムは悪びれる様子は無かった。


「はいはい、ごめんごめん」


 キアレの小言を右から左に聞き流しながら、リリムは学校に行く支度をする。制服に着替えて部屋を出る。そこには、背の高い、立派な角を持つ、筋骨隆々な悪魔族の男が立っていた。


「おはようございます。お父様。今日は忙しくないのですか?」


 彼は、リリムの父親、アンプル=ロワ=エガリテ。


「あぁ、おはよう。試験お疲れ様。今日は暇だな」


 エガリテは共存国家。他の国からの風当たりは余りいいものではない。それを改善するために彼は日々奔走していた。それが理由で、愛娘との時間はなかなか取れなかった。でもリリムはそれをしっかり理解していたし、父親のことを尊敬していた。


「でしたら、今日は学校が午前中で終わりなのです。午後に、ゆっくりお茶会でもどうですか?」


 稀にできる、父親とゆっくり話す時間。リリムが大好きな時間だった。


「そうだな、午後はゆっくりするとしようか。とりあえず学校に行っておいで」


 父にそう促される。とりあえずそうするかと考え、城を出る。リリムの後ろにはいつものようにキアレがついて来ている。門を出ると、竜人族(リザードマン)の門番、アルトがリリムたちに挨拶。


「おはようございます。リリム様、キアレ様」

「おはようアルト。今日も頑張ってね」


 昨日の夕方のように、丁寧な、見本のような敬礼。キアレも敬礼を返し、リリムもぺこりと礼をする。その三人の後ろから、爽やかな大きな声が聞こえた。


「おはよう、キアレさんにリリム!」


 声の主は、カルだった。


「おはようカル! 今日も元気だね」


 いつも通りの、快活な親友に対し、同じように挨拶を返す。リリムとカルの二人で、共に登校する。その二人を見守るように、少し後ろからキアレがついていく。


「ねぇえぇリリム。キアレさんっていっつも学校までわざわざ送ってくれるよね。リリムって大事にされてるよねぇ」


 少しからかうような口調でカルが言った。


「まぁ一応、私はこの国の跡継ぎなわけだし。キアレは私のボディーガードみたいなものだよ」


 思ったよりも真面目な返答に、カルは少し戸惑う。それ以降は、何の実りもない、他愛もない話を繰り返しながら学校へと歩いて行った。


「それではリリム様、行ってらっしゃいませ」


 校門にたどり着いたところで、キアレがそう言った。リリムが振り返り手を振る。キアレも小さく手を振り返した。


 午前中の授業を普通に、まあある程度は集中して受けることにした。


「今日の授業は、固有魔力の進化についてです」


 リリムにとっては、小さな頃から教えられた、分かり切ったこと。ただ昨日のように怒られたくはないので復習のつもりでちゃんと聞くことにした。


「固有魔力は、人それぞれが持っている能力のことです。まあそれは周知の事実でしょう。しかし、稀に固有魔力は進化することがあります」


 授業を受けている生徒の数人から、へぇ、と感心したような声が上がった。教師はそのまま続ける。


「進化の条件としてははっきりとはわかっていません。ただ、一度進化した能力はもとの能力に戻らない、進化前よりも圧倒的に強い。そして感情がトリガーになっているということは分かっています」


 リリムはそうだねと、心の中で頷く。自らの父親も、能力が進化していたりするのだろうか。そんなことを考えながら、引き続き説明を聞く。聞いているうちに、授業の時間は終わった。聞いたことがない人には面白いと思えた内容なのだろうが、リリムにとってはただの復習だった。


「それでは、午後は職員会議があるので今日は放課となります」


 そう教師が告げ、教室から出る。それと共に生徒たちも教室から飛び出す。自由な時間は、十六歳の子供にとって嬉しいものだった。それはリリムも同じだった。


「リリム、今日は何か予定ある?」


 カルが聞く。


「ごめん、今日はお父様とゆっくりできる日なの」


 その短い言葉だけで、カルは親友の言いたいことを察した。


「相変わらずお父さん大好きちゃんだね。それじゃあ、待った明日」


 そう言って、彼女は他の友人に声をかけに行った。誰とでも仲が良いなとリリムは感心する。学校から出ると、いつものようにキアレが立っていた。その表情がいつもよりも曇っていた。


「今日もありがとう。キアレ、どうかした?」


 リリムが礼を伝えると、少し言葉に詰まってからキアレが言葉を発した。


「リリム様、アンプル様から伝言です。急な会談の用事が入ったので午後は忙しくなってしまうとのことです。すまないと伝えるように言われました」


 腰を折り、頭を深く下げるキアレ。


「そっか……まぁしょうがないよね。邪魔しないようにどこか行った方が良いよね」


 少しため息をつきながら、リリムはそう答えた。彼女は残念に思いながらも、言葉にした通りしょうがないと思っていた。父親が悪意を持ってやったことではない。そんなことは分かり切っているから、できるなら邪魔をしないことが、自分にできる最善の行動だと思った。


「キアレ、()()()行きましょ」


 リリムの提案を聞き、従者は頷く。その場でくるりと宙返りをすると、その姿は綺麗な女性から、黒い毛並みを持つ大きな狼へと変わる。その背中にリリムは飛び乗った。それを合図に、狼が走り出す。街の邪魔にはならぬよう、建物の上を駆けてゆく。風のように。王都を囲む巨大な壁を駆けのぼり、街を飛び出す。綺麗な草原を、太く逞しい足で、駆け抜けていく。


「ここはずっと変わらないわね。綺麗な草原のまま」

「そうですね。何かが作られたりとかは無く、このまま」


 リリムの呟きに、草原を駆けながらキアレは答える。この会話事態に意味はない。そこからは何かの会話をすることは無かった。狼の足音だけが響く。草原を越えて、山を越えて、ただただ駆け抜けていく。そこに広がっていたのは、大きな滝だった。その滝に、止まることなくキアレは突っ込む。


「あはは!」


 背に乗るリリムが楽しそうな笑い声をあげる。キアレも、つられて少し楽しい気分になる。滝の裏には長い洞窟があり、その果てには、綺麗な花畑が広がっていた。中心には大樹がそびえ立っており、この場所はリリムとキアレのお気に入りの場所だった。何か不都合なことがあったり、暇つぶしだったり、色々なタイミングで、よくここに来ていた。


「よいしょっと」


 花畑の中に、リリムは寝転がった。そのすぐ近くに元の姿に戻ったキアレが、彼女を見守るように座る。洞窟の中にぽっかりとできたこの空間には、気持ちのいい陽光が差し込む。


「ねぇキアレ、少し話しても良い?」

「良いですよ。しっかりと聞いています」


 花を摘み、飾りを作りながらキアレが答える。


「私はエガリテを継ぐ立場にいる。沢山の人に期待されているの。その期待は凄く大きくて、頼もしくて……辛い」


 珍しく弱気だなと、そうキアレは感じた。決して表情には出さないが。彼女の顔をちらりと見て、リリムは言葉を続ける。


「辛くなって逃げ出したくなって。でもその時はいつも、貴女に助けられてる」

「私に……ですか?」


 花の冠を作っていたキアレの手が止まる。頬を薄くピンク色に染め、リリムは黙ってしまった。


「いつもありがとう」


 ぶっきらぼうにそう言って、リリムはキアレの座る方向とは逆方向に寝返りをうった。主人の言葉の真意を追求することはなく、彼女は黙々と飾りを作る。そのうちに、リリムは穏やかな寝息を立て始めた。


「私の方こそ、いつもありがとうございます……」


 さっきの作った花の冠をリリムに乗せ、その頭を自分の足の上に乗せる。膝枕の上で、年相応の可愛らしい寝息をたてるリリムを、キアレ優しく見守っていた。


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