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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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二十八話 双子との戦い

 アナトとテリス兄妹と、キャロルの戦いの始まりは、静かなものだった。三人のうち全員が、誰かが仕掛ける事を待っているような感じで、互いの魔力をぶつけて、牽制し合っていた。お互いが戦力の底を見せていない状況では、不用意に仕掛けることは死を引き寄せるのと同義。故に、誰も仕掛けないでいるのだった。


「さて、固有魔力気になるなぁ……」


 キャロルは小さく、そう呟いた。手を出せない以上、警戒しつつも最優先に考えるべきはこれだろうと思っていた。一度、今まで見た兄妹の固有魔力らしき挙動を考える。一度目は、アナトがディアナとの距離を詰めた時。二度目は、テリスの手がキャロルに、いつの間にか触れていた時。そして三度目は、その直後のアナトがキャロルの背後を取っていた時。一応その三つには共通点が無いわけではなかった。


「戦闘中に考え事って悠長が過ぎないか?」


 アナトの言葉と同時に、彼の姿はキャロルのすぐ目の前にあった。共通点はこれだ。気がつけば距離を詰められている。速いだとかの次元ではなく、一瞬のうちにすぐ近くにいるのだ。見てから避けるのは不可能に近い。彼女の首筋に刃が届く直前に、一瞬体勢を低く下げてそれを避け、そこから元に戻る勢いでアナトの顎を蹴り上げる。彼の体が、宙へと浮かんだ。それを右腕の大砲で……撃ち抜く前に、キャロルは数歩飛び退いた。飛び退く前の場所に、テリスが現れていた。キャロルが間合いの外に移動したのを確認すると、落ちてくるアナトをしっかりと受け止めていた。


「ありがと」

「どういたしまして。お兄ちゃん、やっぱこの猫さん強くない?」


 小さな声で、短い会話を交わす二人。キャロルはそこに狙いを定め、大砲を発射した。放たれた魔法弾が着弾する頃にはもうそこに彼らは居らず、キャロルのすぐ近くに、彼女を挟み込むように前後にいた。ここまで近づかれると意味がないため、一度大砲を弓に戻し、背負う。


「合わせろ、テリス」

「分かってる」


 最初の攻撃は、アナト。キャロルが縦に振り下ろされた刃を横に避けると同時に、その先をテリスが狙って斬りつける。流石と言うべきか、見事な連携能力で、キャロルは交わすのに手一杯で反撃できずにいた。そしてそれと同時に、やはり違和感も抱いていた。正面からのアナトの一撃を避けると、背後からテリスがそこをカバーする。それを更に躱すと、いつの間にかアナトが背後に回っている。キャロルの脅威的な察知能力は、ずっと展開されたままである。それにも関わらず、いつ動いているのかが分からなかった。それが違和感だった。


精霊達の紡ぎ歌(エスピリト・ポルカ)


 キャロルが、そう唱えた。彼女の手から、無数の光が放たれる。それらはキャロル周りを囲むようにふわふわと浮かんだ。光の粒に少し戸惑いながらも、テリスはキャロルへと、攻撃を仕掛けようとした。もちろん、アナトと合わせて。


「歌え、雷霆の歌(トルエノ)


 キャロルを中心に、雷の雨が降り注ぐ領域が創り上げられる。雷が自身に命中する直前に、アナト達二人は大きく距離を取った。先程と同じく、キャロルに全く勘付かせる事なく一瞬で。

 戦況は、一時リセットされる。今度は、キャロルから仕掛けてみることにした。二人の固有魔力を見極め、戦闘の流れを作るために。現状、彼らの能力で分かっていることは、気がつく間もなく距離を詰めているということ。ただそれだけだ。あまりにも情報が少ない。瞬間移動なのか、そうでは無いのか。ひとまずそこの見分けから始める事にした。


「おいで。大地の精霊(ガイア)獄炎の精霊(イフリート)


 燃え盛る炎を纏う男の魔人と、大地色(アースカラー)のドレスを纏う女の魔人が、キャロルの側に現れる。


「大精霊二体の同時顕現……!」


 テリスが、そう呟いた。それと同時に、キャロルが自身の最高速度で距離を詰める。


精霊捕縛(アリカデナ)


 自身の周りをふわふわと浮かぶ光の粒が、一列に並ぶ。小さな精霊に創られた長い鎖を振るうと、兄妹を縛り上げる。このまま攻撃を仕掛けても良かったが、不意の反撃を喰らうのは避けたかった彼女は、そのまま少し距離をとる素振りを見せた。それを確認した大地の精霊が足元に手を触れる。地面が隆起し、アナト達を閉じ込める小さなドームを形成する。キャロルだけは、閉じる寸前にそこから飛び出した。


紅蓮の雨(フレイムレイン)


 キャロルが背負った弓を大砲に変え、砲口を空に向ける。それに合わせるように、獄炎の精霊もそれと合わせて、右腕を空に向け、人差し指を真っ直ぐと伸ばす。砲口から、無数の魔力弾が放たれる。それらは空から落ちてくると、大地のドームに当たる寸前で止まった。この間、鎖に縛られた兄妹は抵抗できていなかった。


「ご主人様、当てなくていいのか」

「うん。これでいいの」


 キャロルが左の指を鳴らすと、小さな精霊達が彼女のすぐ側に戻ってきた。瞬間移動ならば、この状況でもすぐに抜けてくるはずだ。念のために、小さな精霊に命令を下し、大地のドームに精霊の鎖で創られた結界を張り巡らせた。

 少しの間、静寂が辺りを包んだ。精霊二人はずっと魔力を維持したまま。キャロルも静かに、大砲に魔力を集めていた。いつ行動が起きても反撃できるように。


「キャロちゃん、本当にまだあの中に居るの?」


 少しおっとりとした声で、大地の精霊が尋ねた。


「間違いないよ。絶対居る」


 ドームの中に居るのは分かるのだが、魔力に動きが見えない。少し不気味でもあった。出られないと言うことは、瞬間移動では無いのか、それとも隠すためにあえて能力を使っていないだけなのか……ただ、今のところは相手の動きに合わせれるキャロル達に分がある。ただひたすらに、動きを待っていた。

 静寂が破られたのは、突然のことだった。キャロルの察知能力に全く引っかかることなく、()()()()()()()()()()()()()()、全く同時に、兄妹を閉じ込めた全てが破壊された。


「ごめん、キャロちゃん」

「ご主人様、悪い」


 二人の精霊の胸に、いつの間にか深い傷が刻まれていた。キャロルが彼らの側に駆け寄り、優しく手を触れると、彼女に吸い込まれるようにその姿は消えた。


「十分だよ。ゆっくり治して」


 胸に手を当て、小さく呟いた。今の一瞬に起きた出来事と、今までの違和感を繋げる。一番可能性の高い固有魔力はどんなものか……彼女なりに結論は出ていた。


「大精霊の二体顕現、それに加えてあれだけの魔力の大砲……もう魔力は残っていないでしょう?」


 直剣をクルクルと回しながら、テリスがキャロルに敵意のない声で言った。その後ろで、アナトが何か魔法陣を描いている。


「残ってなかったら……何?」

「貴女は強いですからね。殺してしまうのは惜しいので、貴女もリーデル様の下につきませんか? 承諾してくれるなら、この魔法陣ですぐ終わります」


 リーデル、キャロルには全く聞き馴染みのない名前だ。それがプラドーラのトップなのだろうか。そんな質問に対する答えなど、最初から決まっていた。


「お断り。吾輩はお姉様の下にしかつかない」

「そうですか……残念です」


 大きなため息と共に、彼女の言葉に敵意が戻る。キャロルは先程辿り着いた結論に確信を持つために、目に魔力を集めていた。刹那、キャロルと兄妹の距離が急激に縮まる。戦闘が始まってからずっと変わらない、接近からの直剣で攻撃。キャロルも流石に、対応に慣れてきていた。先に振り下ろされたアナトの刃を避け、その勢いを乗せてテリスへと投げつけた。二人は少し強い勢いで飛ばされる。また、距離が開いた。


「……最初は、瞬間移動能力だと思っていました」


 キャロルが話し出した。


「一瞬で距離を詰めて、かつ吾輩が気がつけなかったですから。でも違いますね。貴方達の固有魔力は、時間停止。止めた時の中を移動しているんだったら、察知出来るはずがない。全く同時に破壊された結界と、さっき距離を詰められる時に足跡が急に増えたのを見てやっと、自信が持てましたよ。時間停止中は、命あるものには攻撃できないんですかね? 精霊達は吾輩が呼び出した存在だから攻撃できたと、そんな感じでしょうか」


 それを聞いていた兄妹は、感心している様子だった。


「よく気づいたなぁ。大体あってるわ」


 アナトのその言葉は、純粋に敬意を持ったもので、敵味方以前に、キャロルを称賛する言葉だった。


「だからって、私たちに勝てないでしょう。第一、貴女の魔力は尽きかけのはず!」


 テリスが、地を蹴った。世界の動きが止まる。兄妹だけが、その中で動けていた。二人で、キャロルに刃を向ける。キャロルの予測には、一つ誤りがあった。


「やるよ、テリス」

「うん、お兄ちゃん」


 それは、止まった時の中で、命あるものには攻撃できないというもの。実際は、二人で全力で、同時に攻撃するという条件さえ満たせば、攻撃は可能だ。息をそろえて、二人は刃を振り下ろした。


「……時の精霊神(クロノス)


 止まったはずの世界の中で、キャロルはその身を動かした。右の手の甲に時計型のアザが浮かんで、そのアザの針は動いている。纏う魔力は底の見えないもので、テリスの予想は外れていた。


「吾輩がこの力を使えるのは、まだ十五秒だけです」


 そう呟くや否や、両手で何かの韻を結ぶ。


時空の(クロノシア)審判(ディエティティス)


 兄妹の足元に魔法陣が浮かび、二人の動きが固まる。そこに、空の彼方から光の雨が降り注いだ。アザの時計が、一周に達した時、世界はまた動き始めた。兄妹を捕らえていた魔法陣は消え、キャロルのアザも薄れていく。テリスは気を失って、テリスはまだ意識があると言う違いはあれど、二人はもう動くこともできないようだった。


「本当はあの時、確信なんて持てていませんでした。貴方達が肯定してくれたおかげで、あの力を躊躇なく使えましたよ」

「まじか……完敗だな……」


 掠れた声で、テリスはそう言った。キャロルはその場に、ゆっくりと腰を下ろした。


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