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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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二十六話 潜入、プラドーラ

「変に大人数で行くのは目立つ……かと言って少なければ万が一の対処が面倒……」


 トニクの用意したプラドーラの地図と、自身のメモとを見ながら、ディアナは一人ぶつぶつと唱えていた。キャロルはその近くで座って体を休め、トニクはそんなキャロルを静かに見守っていた。


「よし、私とキャロル様、トニクさんの三人で行きましょう」


 ディアナの中で、考えが纏まったらしかった。


「今回は内戦を止めるのではなく、テクニさんの救出です。私とキャロル様なら万が一が起きても自力で対処可能です。それとトニクさんは来た方が良いと考えます」

「分かった。少し準備するとしよう」


 トニクはまた、奥の部屋へと入っていってしまった。キャロルも準備のために立ち上がり、その柔らかな体をぐっと伸ばす。先の偵察で感じた疲労は、大分和らいでいた。


「メイドさんにキャロルちゃん、もしもこの中で使えるものがあれば持っていってくれ」


 奥の部屋から戻ってきたトニクは、大きな木箱を抱えていた。その中には沢山の道具や武器が収められている。


「私は固有魔力的に両手は開けておきたいので大丈夫です」


 そう断ったディアナとは対照的に、キャロルは箱をごそごそと漁っていた。玩具箱からお気に入りの玩具を探す子供のように。キャロルが箱から取り出したのは、自身の背丈よりも長い、とても大きな、弦の張られていない弓。


「その弓、持っていくか? 大きすぎて若干取り回しが悪いけど、威力は補償する。弦と矢は魔力を込めれば準備されるから、撃ちすぎないようにな」


 トニクの言葉に、キャロルはこくりと頷いた。弓を受け取り、背負う。それは鳥の羽のように、全く重みを持っていなかった。


「準備完了ですか?」


 ディアナが、二人に声をかけた。キャロルはナイフと弓を、トニクは長い直剣を装備していた。


「いつでも行けます」

「大丈夫だ。まずはプラドーラのどこに向かう?」

 

 トニクが地図を持ち、ディアナに聞く。彼女は地図の端にある、小さな建物の集まった地帯を指差した。


「ここを目指します。入り組んでいるし、目立たない場所でしょうから」

「そうか、じゃあ()()()


 トニクの言葉を聞き、ディアナの頭には疑問符が浮かんでいた。そんな彼女を意に介することもなく、彼は直剣をゆっくりと斜めに振った。バリバリと何かが割れるような音がして、直剣の軌跡が空中に残る。キャロルには、何かそこに吸い込まれているように感じられた。


「一方通行だが、転移できる。俺の固有魔力だ。使ってくれ」

「直接移動するつもりだったのですが……ありがとうございます」


 ディアナが礼を言うも、このくらいでとトニクは手を振る。そのまま彼に促され、二人は軌跡に手を触れた。眩しい光と、引き込まれるような感覚。彼女達は思わず、ぎゅっと目を瞑っていた。

 ゆっくりと瞼を開いた二人の視界に映ったのは、曇った空の下の、薄暗い路地だった。静かではあるが、耳を澄ませば微かに破壊音が聞こえてくる。キャロルが眉間に皺を寄せた。


「嫌な匂い……」


 彼女は人猫族(ケットシー)故に、人間よりも鼻が効く。その彼女の嗅覚に、嫌な匂いーー具体的に言えば、血の香りーーが纏わりついていた。二人より少し遅れて、トニクも路地へと転移してきていた。


「ここから、街の反対側にあるトニクさんのいる祠を目指します。恐らく見回りなども厳重でしょうから……なるべく見つからないように。戦闘は避けます」


 ディアナの言葉に、他の二人は頷いた。ひとまず路地を出ると、そこは街の大通りのようだった。キャロルが感覚を研ぎ澄ませ、周りを探る。精霊術師の性質と、生まれ持った魔力の大きさ。今のキャロルの探知範囲は、プラドーラほぼ全域に及んでいた。


「近くには誰も居ません。行けます」


 彼女を先頭に、静かに三人は街を移動していく。至るところに赤黒い跡があったが、骸が一つも転がっていないのを、ディアナは不自然に思っていた。

 不意に、キャロルの足が止まった。後を続く二人も、それと同じように足を止める。彼女達の少し先の、破壊され瓦礫の散らばる大通りに、数人がたむろしているのを彼女は感知していた。近くの物陰に一旦身を隠す。キャロルが猫耳をピンと立てて、耳を澄まして様子を窺っていた。


「一旦聴覚共有しますね」


 二つの小さな光の粒が、彼女の手から放たれ、ディアナとトニクに触れる。二人に、猫人族と同じ少し鋭い聴覚が共有される。

 

「……一体いつまでこんなこと続くんですかね」


 たむろする人々の会話が三人に聞こえてきていた。その会話のトーンは暗く、どこか嫌な感じがした。


「そんなこと分かんないよ……急に私達の事を認めない、だから皆殺しなんて、国王の人が変わったみたい。ずっと昔から、耳長の妖精(エルフ)小人(ドワーフ)とで共存して来たって言うのに」

「ただ、そんな横暴が認められてたまるものか。俺達が戦わなきゃ、この国の耳長の妖精はこの先やっていけないんだよ」


 キャロルは、聞いていた話と違うような気がした。少なくとも、この内戦は、今の会話を聞く限りは圧政への反乱というような、大義の元に起こっていることのようには思えなかった。


「……あの」


 彼女の体は動いていた。物陰から出て、先の会話を交わしていた者へと声をかける。ボロボロの格好をした耳長の妖精達は、彼女を見るなり臨戦態勢を取る。


「敵意はありません、吾輩たちは外部の者です」


 両手を上げ、敵意はない事を示すためににこりと笑って見せる。声が少し震えていたが、人見知りなんかよりもこの人たちを救いたいという願いが彼女の中で上回っていた。


「外部の者がなんの用?」


 リーダーらしき、綺麗な銀髪の少年がそう言った。この国で何があったのかを聞こうとしたキャロルの言葉は、ディアナによって遮られた。


「手を出さないと約束したではありませんか……」

「本当に内戦だったなら、手を出さないつもりでした。でもディアナさんも聞いたでしょう、絶対おかしいですよ。この人たちを放っておけませんよ」


 そんなことはディアナにだって分かっていた。彼女の本心だって、助けたいと思っていた。ただ、『国』を背負っているという重圧が、彼女の本心を縛っていた。二人を、気まずい静寂が包んだ。


「耳長、はっけーん」


 その静寂を破ったのは、当事者の二人でも、傍観していたトニクでも、はたまた耳長の妖精達でも無かった。大きな鼻と、長い髭を蓄え、重厚な手斧を持つ大男。口角を吊り上げて、気味の悪い笑みを浮かべていた。妖精達は、怯えているように見えた。


「トニクさん、この方達を連れて撤退を。私とキャロル様で戦います」

「了解」


 言われた通りに、トニクが彼らを先導し、転移させる。一旦は耳長の妖精達はキャロル達のことを信用したようだった。


「耳長はぁ、おいらたちよりも下の種族なんだ、王様がそう言ってたんだ。だから殺して良いんだぁ」


 頭をボリボリとかきながら、どこかのんびりとした口調で大男が言う。先ほどの耳長の妖精の会話から推測すると、この男は小人なのだろうか。この大きさで。


「おいらはフール・フー。邪魔するなら、お前らも邪魔するなら殺すぞぉ」


 名持ち(ネームド)。彼は自分の名を告げるや否や、戦闘が始まる。一瞬で二人にフーが詰め寄り、手斧を振り上げる。巨体に裏付けられた膂力と、それに似合わぬ速度に生み出される破壊力は強大だった。受け止めたキャロルのナイフにはヒビが入り、彼女の小さな肉体は大きく吹き飛ばされる。追撃しようとしたフーの背面に、ディアナが飛び蹴りを叩き込んだ。


「小さい癖に痛いなぁ」

「これを鍛えなきゃ私は戦えませんからね」


 キャロルが戻ってくるまでの間、彼の攻撃を引きつける。彼女の方へ向き直り、手斧が振り下ろされる。ディアナはそれを最低限の動きで躱した上で、その手斧を強く踏みつけ、地面にめり込ませる。踏みつけた勢いそのままに軽く飛び上がり、フーの顎を横から蹴り飛ばした。肉体の基礎構造は、どんな種族も大体同じ。顎に強い衝撃を受け、フーの脳は激しく揺らされた。ふらふらとした彼の動きと虚な目が、それを示していた。

 彼が大きな隙を晒した瞬間、巨大な魔力の塊がそこに落とされた。地面に触れた瞬間、その塊は激しい光と轟音を響かせ爆裂した。それを一瞬で察知し、寸でのところでディアナはそこを離れていた。


「巻き込みかねないじゃないですか。私がいること考えてください」

「ディアナさんなら避けられるでしょうって思ったんですよ」


 ディアナの不満そうな声に対して、キャロルは少し笑いながらそう言った。


「……そんな重そうな武器どこで見つけたんです?」


 キャロルが背負っていたのは大きな箱。そこから管が伸び、彼女の右腕と一体化した、大砲のようなものを形成していた。


「トニクさんからもらった弓が色々あってこうなったんです……」


 長くなりそうだと感じ、ディアナはそれ以上詮索することをやめた。彼女の意識の先は、あの魔力の直撃を受けてなお原型を留めるフーへと向けられている。彼はうわ言のように、何かをぶつぶつと、苦しそうに唱えていた。


「今の私の行動はエガリテの行動です。この国で何があったのかは知りません。ですが私はこの戦いを止めます。お姉様もきっとそう言うでしょうから。ディアナさんは……どうしますか」


 リリムならそう言うという言葉に、ディアナはお人好しがすぎるんじゃないかと思った。わざわざ戦争に手を出すなどと命を賭ける行為をして、助けられるかわからない人を助けるのかと。ただ、それと同時に自身の主人のことも思い出していた。


「アンジュ様もそう言うでしょうね……戦いを止めましょう」


 それは結局、彼女の本心に過ぎない。プラドーラの空にかかる雲が、少し晴れ間を見せていた。



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