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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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二十五話 もう一つの騒乱

「少し散らかってるので足元に気をつけて……」


 半鳥人(ハーピー)の青年に導かれ、キャロル達が辿り着いたのはパシフィスト地下街の最奥、テクニの工房だった。色々な道具や武器を作っているらしい。そこには数人の男達が居て、皆黙々と作業を行なっていた。キャロルがその作業を見ていると、彼らは激しく燃える炉から取り出した真っ赤に輝く物体を、小さなハンマーで手早く叩いていく。そのどこか心地いい音が、工房の中に響いていた。


「兄貴、この人達が親方の救出に手を貸してくれるって……」


 男達の中でも、一際背の高い人物に対して、青年がそう声をかけた。声をかけられた男は作業を中断して立ち上がる。座っていてもわかるその背丈は、立ち上がることで更に強調される。キャロル二人分ほどはありそうだった。姿は人間だが、彼の瞳孔は縦に長く、一瞬見えた舌は二股に分かれていた。おそらくは、人蛇族(ラミア)と人間のハーフだろうか。その縦長の瞳で、ディアナとキャロルの事をじっと見つめていた。自分のことを格下だと見下すような、彼のどこか冷たい感情と、底知れぬ本能的な恐怖に、キャロルは一瞬身震いした。


「なんで連れてきた?」


 乾いた声で、男はそう言った。青年は、その言葉に含まれている感情が少なくとも明るいものでは無いと感じ、困惑しているような表情を浮かべていた。


「なんでこの人たちを巻き込んだんだって聞いているんだ。まぁこのメイドさんは分かる。確かアンジュの姉貴のところのメイドさんだ。親方と城に邪魔しに行った時に見た覚えがある。力を貸してくれるだろうな。でもこの猫の嬢ちゃんは? 親方を助けたいのは分かるが、頼る相手を考えるべきじゃ無いか?」


 男のその言い草は、やはりキャロルは力を貸すのには不十分であると言っているように、見下しているように彼女には感じられた。


「大丈夫です。吾輩、強いので心配しないでください」

「嬢ちゃん、そうは言っても……」


 男の言葉は、そこで止まった。先の男の言葉に、キャロルは少し怒っていた。自身の魔力を少し解放させ、ついでに獄炎の精霊(イフリート)と、白の精霊馬(ユニコーン)を顕現させる。


「吾輩、強いので心配しないでください」


 キャロルの魔力の全容の大きさ、そこから測れる彼女の実力を、男は理解したようだった。同時にディアナも、姉のことを凄いと言っていたが、彼女自身の力も大概なものではないかと思っていた。


「すまない、あんたの事を侮っていた。俺はトニク。この工房の二番手だ」


 どうやら、トニクはキャロルの事を認めたようだった。キャロルの感じていた、先の見下すような感情はすっかり消え失せていた。


「私はディアナ=ブロッサム。先程言われていたように、アンジュ様直属のメイドです」

「吾輩はキャロル……キャロル=エガリテです。訳あってテクニさんの力をお借りしようと思い、ここに来ました」


 トニクが名を名乗ったのに続き、二人も自身の名を名乗った。キャロルは姉と同じ、エガリテの名を勝手に名乗って。彼女はどこか、自分に力が少しみなぎるのを感じた。


「親方の救出に手を貸してくれるのは感謝する。ひとまず、現状を伝える」


 トニクは、一度工房の奥の部屋へと引っ込んだ。するとすぐに、そこから大きな紙を持ってきた。その紙にはパシフィスト近辺の地図が描かれていた。彼がその地図の、パシフィストと山を挟んで隣の国にペンで印をつけた。


「ここの国が親方が今いる所だ。プラドーラっていう国でな」

「ですが今、プラドーラは内戦中では……? 確か酷い圧政だったそうで、それに国民が反発して……結構激しいものだそうですが」


 トニクの言葉を遮り、ディアナが言う。その言葉を肯定しながら、彼は続けた。


「そうだ。親方にきたのは、その内戦の政府軍からの依頼だったんだ。最初は匿名で、大量の高性能な武器を造ってくれってな。それに違和感を覚えた親方が断ったら、今度は人質を取って……って感じだ。むこうは一つの軍だから俺たちだけじゃどうしようもできなくて、無事に親方が帰ってくるのを待つしか無かったんだ」


 彼の言葉の最後は、少し声が細くなっていた。内戦が終わっても、無事に帰って来れるとは思っていないようだった。それはキャロルもそう感じていた。


「テクニさんの救出には力を貸します。ただ、内戦の情勢に直接手を出さないということを絶対に守ってください」


 少し苦い顔をして、いつもよりも少し圧のかかった声でディアナは三人にそう言った。


「私は立場上、アンジュ様の右腕。パシフィストのナンバー2です。何も要請されていないのに、私たちがもしもこの内戦に手を出し、プラドーラが変わった場合、それは一つの外交問題へと発展する恐れがあります。故に、内戦への干渉はしないと約束してください」


 トニクと半鳥人の青年は、その言葉に頷いた。キャロルは、曖昧な返事しか出来なかった。全くもって、自信が無かったのだ。先のディアナの言葉は、目の前で起きている殺し合いを無視しろということである。彼女も本心ではそんなことを肯定したくは無いのだろう。


「……ひとまず、作戦を考えましょう。プラドーラにテクニさんがいるのは分かりました。もっと詳しい場所が分かれば良いのですが」

「それなら吾輩、探せます。トニクさん、テクニさんがよく使っていた道具だとか、よく身に付けていたようなものってありますか? それと、地面に何か文字を書けるようなものがあれば助かるのですが」


 キャロルの言葉を聞き、トニクは一瞬考える素振りを見せた。少し待っていてくれ、と言うと、そのまま地図を持ってきた奥の部屋へと入っていく。


「……本当に、力を貸してくれてありがとうございます」


 おもむろに、半鳥人の青年が、キャロル達二人にそう言った。


「お礼は全部終わってからにしましょう。まだテクニさんを絶対に救えると保証ができたわけではありませんし……まぁ、必ず救ってみせますが」


 冷静に、でもどこか自信のこもった声でディアナはそう言った。


「キャロルちゃん、これで大丈夫か?」


 トニクが持ってきたのは、鈍い銀色に輝く懐中時計と、使い古されて頭の潰れてしまった少し大きなハンマー、真っ白な液体と筆だった。


「はい、充分です。少し離れててくださいね」


 キャロルはそれを受け取ると、筆にたっぷりの液体を染み込ませ、ディアナ達三人とは少し離れたところに何かを描き始めた。間に人が立てるくらいの、大きいとも小さいとも言えない魔法陣。その中心には瞳を基調とした、どこか不気味な模様が描かれている。


「じゃあ、一旦テクニさんを探しますね」


 彼女はその中心に時計とハンマーを置くと、魔法陣の前に立ち、手をそれに触れる。魔法陣が鮮やかに輝くと、人の背丈ほどの大きな鳥がそこに現れた。ディアナは鮮やかな橙色の羽を持つその鳥から、どこかこの世のものとは思えない不気味さを感じた。


「目を貸して。千瞳鳥(ホルス)


 キャロルがその鳥に触れると、それは澄んだ一声を上げ、飛び立った。工房の屋根を当然のようにすり抜け、高く、高く飛び上がる。そのままスピードを上げ、パシフィストの街を離れ、すぐ近くの山を越えていく。山を越えると、すぐに目的の場所は見えてきた。千瞳鳥の視界に――それと共有しているキャロルの視界に――映ったのは、内戦中とは思えないほどに静かな街。しかし、破壊された無数の建物と、あちこちで上がる炎、それと街中に倒れ、もう動くことのない人々がこの街で起きている惨状を静かに見せつけていた。


「……さっきから苦しそうな顔をしてるが、本当にこの子、大丈夫なのか?」


 工房では、トニクがキャロルの事を心配しているようだった。彼女は魔法陣の中心に座り込み、彼の言う通り辛そうな顔を浮かべている。ただ、その心配する声も当の本人には聞こえていない。千瞳鳥に全ての感覚を共有させているから。


「きっと大丈夫です。今は待ちましょう」


 ディアナがそう言った時のことだった。突然キャロルが、激しい咳をしながら、前のめりに倒れた。トニクがすぐそばに駆け寄り、彼女の体を起こす。


「キャロルちゃん、大丈夫か……?」

「大丈夫……です……ちょっと感覚共有の切断に慣れていなかっただけです……」


 肩で息をしながら、キャロルは言った。感覚共有は精霊術の中でもかなりの高等技術。故に彼女がここまで苦しむも、なんら不思議なものではない。


「テクニさんがいるらしき場所は見つけました。プラドーラの街の外れにある、小さな祠のような場所です。そこから微かに、時計やハンマーに残っていた魔力と同じものを感じました。いくつも魔力の封印が施されいたのでほぼ間違いないかと」


 少し休み、息を整えるとキャロルは今回の情報の収穫を伝えた。テクニの居場所を探し当て、その上で現在のそこの状況まで把握して来た彼女の事を、ディアナは心の底から褒め称えたい気分だった。ただそれは、今ではなく終わらせてからだろうと、そうも考えていた。


「お手軽です。これで作戦も立てやすい……キャロル様、もう少し休んでいてください。少なくとも私が作戦を考えている間は」


 ディアナの言葉に、キャロルは頷いた。青年が奥の部屋から椅子を運んで来た。キャロルにそれに座るように促す。彼女は言葉に甘え、しばしの間休むことにした。ディアナは地図をじっと見つめ、顎に手を当てて考えていた。

 騒乱の前の静けさが、工房に満ちていた。

 

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