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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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二十三話 苦しみは似合わない

 クロートの研究室の一角に隠された、小さな部屋の中。そこにリリムは立ち尽くしていた。クロートの目的は、アンジュよりも自分が優れていることを認めさせたいといったところだろう。

 おそらくはクロートよりも幼いアンジュが、彼にはできていない『人体錬成』をはるかに短い期間で終わらせてしまったことがその原因。それと、アンジュが人間だったこともあるかもしれない。彼の日記から見るに、人間のことを自分よりもかなり下に見ているようだった。そこに突き付けられた、人間であるアンジュの方が優れているという現実。天才と言われていたのなら、初めての挫折でも何らおかしくは無い。ただこれを、アンジュに伝えるかどうかをリリムは悩んでいた。彼女に伝えれば、自分を責めてしまうのではないかとそう思っていた。自分を責めてしまうのは、辛い。リリムはそれを知っていたから。


「何そのノート……分厚すぎでしょ」


 すぐ後ろから声がして、リリムは振り返った。アンジュだ。考え事をしていると注意散漫になってしまう、悪い癖だなぁと思いつつ、どうにもできないよなと少し諦めてもいた。


「クロートの日記みたいです。そして、彼の行動の目的を推測できるものかと」


 見られてしまった以上、誤魔化すのは無理だろうと判断し、リリムは日記を手渡した。自分の気になったところから読んでもらうように、そのページを開いて。


「ありがと、ちょっと待ってね」


 それを受け取り、アンジュは静かに目をノートに落とした。黙々と読み進めていくアンジュを、リリムは見守っていた。もしも彼女が自分を責めてしまうようなら、すぐに否定できるように。彼女はなにも悪くない、ただ自分のやることをやっただけ。クロートが嫉妬を抑えられなかっただけなのだから。アンジュがページをめくる音だけが、小さな部屋に響く。

 長い時間が経ったように、リリムには感じられた。実際は大した時間は経っていないのだろうが。


「……そっか、そんな風に思われてたんだ」


 ノートを閉じたアンジュが、小さくそう呟いた。一度瞳をぎゅっと閉じて、目頭を軽く抑える。


「あ……あの……」


 リリムが何かを言おうとしたのを、アンジュは遮った。


「大丈夫、ちょっと寂しくなっただけだから。別に私のせいで彼が、なんて思ってない。その分別はきっちりとできてるよ」


 自信満々に、アンジュはそう言った。一瞬間を置いた後に、更に言葉を続ける。


「まぁ、それでも苦しいものはあるよ。私っていう壁に当たったことでクロートの心は折れちゃったわけだし。でもそれだけ私が凄いってことの証明にならない?」


 アンジュの顔は、少しだけ曇っていた。リリムには、彼女の言葉は全て自分に言い聞かせているように聞こえていた。リリムのそんな思考に気づいたのか、アンジュは大きくため息をついた。


「そう思えたらどれだけ楽かな……私が居なかったら、彼はこうはならなかったんだもん……」


 リリムは、何も言えなかった。彼女は、クロートが悪いのだと理屈では分かっているのに、自分を責めているようだった。それを止めようと思っているのに、良い言葉が見つからない。思考の中、リリムは必死に答えを探した。一つ、言葉を思い出した。リリムが過去に自分を責めた時、楽になれた言葉を。今度はリリムがその言葉を伝えるときだった。


「アンジュさんは悪くないです。今回のきっかけは、クロートの的外れな嫉妬じゃないですか。自分の才能がかなわない相手を見て、逆恨みしてるだけです。自分を責めないで下さい。これ以上アンジュさんが悪いって言うのなら、全部に反論しますから」


 勢いのある彼女の言葉を聞いて、アンジュの顔が少し晴れる。


「……ありがとう。私が思ってるより、リリムちゃんはずっと大人だったみたい……もう悪いって言わないよ、大丈夫」

「別に大人なわけじゃないです。自分を責める苦しさを知っているだけなんです。アンジュさんに、その苦しみを味わってほしくないだけです」


 リリムはアンジュのことを、自分よりも年上ではあるが、どこかに大人の欠片を落としてきた人だと思っていた。パシフィストの王の座に就くまでに、他の大人が集めた欠片を、アンジュだけは集められていないのだと。だからこそ、リリムは彼女のことを十歳離れていながらも気の置けない友人と思っていた。


「才能が無ければ蔑まれ、逆にありすぎても疎まれるのは、正しい世界だとは言えないと私は思っています。だから私は、その歪みも変えますよ」


 リリムの爽やかな笑顔につられて、アンジュの顔にも笑みが浮かぶ。


「そういえば、そちらの首尾はどうなんです?」


 確かアンジュは、悪夢を見せる装置を回収していたはずだった。リリムからの質問に、彼女がハッとしたような顔をして答える。


「そうそう、それでリリムちゃんを呼びに来たんだよね。ついてきて欲しいんだ」


 アンジュに連れられて、リリムは研究室の奥へと向かった。そこにあったのは、アンジュの背丈ほどの、大きな装置だった。その装置の上部には美しい白色の花の飾りがついていた。メアがそれに手を触れて、何かを行っている。


「メア君、どう……?」

「全然ダメです……すみません……」


 申し訳なさそうにメアが言う。リリムの姿を認め、彼は今の状況を説明した。


「この装置が悪夢を見せるものなんです。破壊しようと思ったのですが、それを防ぐための封印がされてまして……その封印がかなり厄介なんです。あの人の友人が作っていたようなんですが……」


 彼がもう一度装置に触れると、幾重にも重なった魔法陣がそこに浮かんだ。そのうちの数枚をメアが破壊する。その全てを破壊しきる前に、不思議とその魔法陣が復活した。


「こんな風に、全部破壊しきる前に、再生してしまうんです……」

「そうなんだよね、どうにかしようにも、私は魔法術に関してはからっきしだからどうすればいいか分からないし……」


 メア達のその声は、どこか諦めているような、お手上げといったような感じだった。


「任せて。私がどうにかするよ」


 ひとまずリリムが、魔法陣に触れる。先ずは性質を理解しようと、そう考えていた。瞳を閉じて、魔法陣に触れたままリリムは動かない。少しの間、静寂が辺りを包む。


「封印魔法、感知魔法、反復魔法の複合封印ですね、中々ハイレベルな封印です。ただ、それだけには見えないんですけどね……」


 静寂のなかのリリムの言葉に、メアがなるほどと頷き、アンジュは首を傾げる。彼女にもわかるように、嚙み砕いてリリムが説明する。


「まず、封印魔法が十五枚重なっています。そしてその全てに、別の封印が消えたことを感知する魔法と、それに反応してもう一度封印を施す反復魔法が刻まれてるんです」

「一枚残したら全部修復されちゃうって認識で良いの?」


 アンジュのその認識で合っている。封印を解除する方法は、反復魔法でもう一度封印される前に全てを解くこと。単純ではあるが、十五枚ともなると簡単なことではない。


「面倒ではありますけど……やれますね」


 瞳を赤く輝かせ、幾重にも折り重なった魔法陣に触れる。一枚目が崩壊すると共に、連鎖的に十五枚の封印全てが砕けた。それと同時に、二体の機械人形(ゴーレム)が現れる。先ほどのリリムの違和感の正体はこれだった。その二体は明らかに、リリム達へと敵意をむき出しにしていた。


「ここは私に任せてよ」


 アンジュが剣を握る。そう言うのならと、リリムは彼女に任せることにした。鬼才とまで称された錬金術師の戦いも見てみたかったから。

 機械人形のうち一体がアンジュの背後へと回る。ちょうど彼女を挟むような形で、アンジュと機械人形は相対していた。機械人形が力を溜め、一体はアンジュへと突進。もう一体は無数の魔法弾を放つ。


「近接と遠隔両方ね……厄介」


 彼女のすぐ目の前の床が大きくせり上がり、彼女を守る壁となる。機械人形の攻撃を壁がはじいたと同時にその壁が開き、アンジュが飛び出す。壁に弾かれ体勢を崩した機械人形へと一瞬で距離を詰め、彼女の握った直剣が機械人形の頭部を貫く。


「君に罪は無いんだけど、ごめんね」


 剣を突き刺したまま手を離し、右腕で機械人形の腹部を穿つ。腹部と頭部、二つの穴が開いたそれは、もう動くことは無かった。間髪入れずに機械人形の頭部から剣を引き抜くと、次はもう一体の機械人形へと駆ける。

 魔法弾の雨の中を彼女は走る。それに付随するように、彼女を守るように壁が作られる。彼女が創っているのだが、あまりにも滑らかで自動的に生成されているかのようだった。


「君も……ごめんね」


 機械人形の頭を左手で掴むと、直剣をそこに突き刺し、捻る。鈍い音が鳴り、機械人形の頭部と胴体が離れる。アンジュはそのまま軽く跳びあがり、上空から頭部の刺さったままの直剣で機械人形を貫き、止めを刺した。


「どうか安らかに……」


 アンジュは静かに機械人形二体の亡骸を集めると、何かを小さく唱えた。するとそれらは光の粒となり、小さな水晶玉へと姿を変えた。それを拾い上げて、彼女は装置へと向き直った。破壊しようと剣を振り上げた瞬間、装置が激しい音と閃光を放ち、爆発した。しかしその爆炎は、アンジュに届く前に、何かに阻まれたように届かない。リリムが彼女のすぐそばに立ち、魔力で守っていた。


「大丈夫ですか?」

「別に助けてくれなくても大丈夫だったのに」


 大丈夫だったのに、とは言いつつもアンジュはリリムの頭を軽く撫でた。


「ありがと。帰ろっか」


 少し疲れたような声で言うアンジュに、リリムは頷いた。

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