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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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二十一話 夜の騒動はもう少し

 真夜中の戦いから少しの時間が経ち、朝がやって来たパシフィスト。その中心に鎮座する城の、小さな部屋にリリムは居た。机を挟んで、反対側にはアンジュが座っている。


「えーっと……夜中にあったことをざっくりいくとこんな感じです」

「なるほどね、大体は分かった。あのクロートがね……」


 昨夜起こったことについて、リリムは話していた。あの騒動が終わってすぐにリリムは城に戻り、夜通し事情聴取を受けていた。アンジュはその話を聞きながらメモを取っていた。先の言葉から察するに、アンジュとクロートには面識があるようだった。


「ごめんね、こんな夜通しで聞くことになっちゃって。一応事件が起きたら記録しとかなきゃいけないんだよね……」


 アンジュが小さくため息を吐く。面倒くさい、やりたくないという気持ちが、そのため息と一緒に漏れる。

懐から何かを取り出そうとして、彼女はその腕を止めた。


「飲まないんですか?」

「私そんな節度無いように……見えるか。ちょっと今日はやめとく。昨日飲み過ぎたから、ディアナに怒られる……あと一応公務中だから」


 後半の理由は別に守る気は無いよなとリリムは思った。アンジュが自身の書いたメモに目を落とし、内容に間違いが無いかを見直す。


「あ、魔犬くんはどうなったの?」

「メアならとりあえず、あの後一緒に城まで戻ってきました。変なことは出来ないでしょうし」


 そっかそっかと、聞いた割には淡白な反応をするアンジュ。手元のメモに、その内容も小さく書き足していた。

 部屋の扉から四回、乾いたノック音が鳴った。


「アンジュ様、今大丈夫でしょうか」

「良いよ、ちょうどひと段落ついたとこ」


 部屋へ入ってきたのは、ディアナとキャロル、それとその上にちょこんと座ったメアだった。メアがそこからリリムの膝の上に飛び移る。


「一応自由組合には連絡を入れているのですが……まだ終わりそうに無いですかね?」


 そういえば、今日はそこに行くはずだったなぁと思いつつ、アンジュの方へ目線をやるも、静かに彼女は首を振った。少しだけリリムが黙り、そして口を開いた。


「……キャロル、貴女が頼りなの。やってくれるかしら?」


 短いその言葉で、リリムの言いたいことをキャロルは理解した。今日一日、国のための行動を自分に任せると、そう言っているのだと。まだ、二人が出会ってから大して時間は経っていない。それでも、リリムはキャロルのことを信用していたし、キャロルはリリムの力になりたいと思っていた。故に、答えは一択だった。


「任せて、吾輩ちゃんとやって来る」


 少し声を震わせながらも、瞳はしっかりと据えて、キャロルは答えた。それを見て、リリムは安心したように穏やかな笑みを浮かべていた。


「……アンジュ様、今日はお暇をいただいてもよろしいでしょうか?」


 ディアナからの唐突な申し出に、アンジュはどこか幼さの残るその顔をきょとんとさせる。


「良いけど……普段はそんなこと言わないよね、むしろ私とかから働きすぎって休暇言い渡すくらいなのに」

「まぁ、お暇をとは言っても、休むわけではなくてですね。今日はキャロル様のお手伝いをしようかと。私、リリム様にお力添えがしたくてですね」


 瞳をどこか輝かせ、楽しそうにディアナが言う。


「……私の部下なのに」


 不服そうに、アンジュはそう呟いた。


「私にはそんなこと言ってくれないのに、リリムちゃんだけ……」


 そのまま机に突っ伏し、なにかをブツブツと呟いている。リリムが耳を澄ますと、どうせ私なんか、と自分を卑下しているような言葉が聞こえた。宥めようとしたリリムを、ディアナが手を伸ばして制止する。


「アンジュ様、顔あげてください」


 素直に上がったアンジュの顔は、玩具を取り上げられた子供のような、寂しそうな顔だった。今にも泣き出しそうな、弱々しい顔をする彼女の頬に、ディアナの薄い唇がそっと触れる。


「安心して下さい。私は貴女が1番の主人だと思っていますよ。それに……今更お力添えが、なんて言わなくてもいいじゃないですか」


 落ち着いた声で、優しく諭すようにディアナは言った。彼女の、普段の凛とした表情は少し崩れ、顔を少し赤くしながらも、自分の本心を吐露し続けた。不意にアンジュが立ち上がり、その長身でディアナを抱きしめる。ディアナは驚きと困惑とで、指先がピーンと伸び、固まっていた。


「そうだよね。ディアナを信じられないなんて、ディアナに失礼だよね……ごめんね」


 その様子を、リリムは側から見守っていた。アンジュの意外な一面と、それを受け止めるディアナの優しさを。少しの間彼女を抱きしめて満足したのか、アンジュはディアナを離し、そのまま椅子に座った。

 

「行ってらっしゃい、ちゃんとキャロルちゃんの手助けしてあげて」

「もちろんです。お土産は、期待しないでくださいね」


 さっきとは真反対の、満面の笑みを浮かべて、ひらひらとアンジュは手を振る。


「キャロル、任せたわよ。良い報告を持ってきてくれるの、楽しみにしてる。ディアナさん、キャロルをお願いします。この子も強いから心配いらないでしょうけど……少し抜けてるので」

「抜けてないよ……行ってきます。お姉様」

「お任せください。精一杯手助けします」


 ディアナとキャロルの二人が、部屋を出た。思い思いの言葉を交わして。

 二人が部屋を出るのと同時にアンジュは立ち上がり、両手で顔を覆い、リリムに背を向け部屋の隅に座り込んだ。


「ど……どうしたんですか?」

「恥ずかしいよ……カッコ悪いところ見せちゃった……」


 明らかに声が上擦っていた。彼女からすれば、リリムの前では格好つけたい、歳上としての姿を見せたいと考えているのだろうか。


「別にカッコ悪くなんて無くないですか? アンジュさんの格好良さはこういうところでは無いでしょうし。むしろあんなところ見れて、ちょっと可愛いなって思いましたよ」


 リリムがそう言って笑う。一度深く呼吸して、アンジュは元の席へと戻ってきた。


「私のあれが可愛いとか……リリムちゃんも変わってるね」


 ちょっと不満そうに言いながら、アンジュはペンを手に取る。


「メア君も来たし、もう少しだけ詳しく教えてよ」


 彼女の言葉に、部屋の空気ががらりと変わる。今からの時間は、パシフィストの王、アンジュ=アトメントとしての会話だとリリムは感じた。彼女の膝の上から、メアが机の上にぴょんと跳び乗る。リリムと二人で、今度はアンジュからの質問に答える形で、それは始まった。


「えーっと……メア君にまず聞いてほしい。私はリリムちゃんの話を聞いただけでしか今は判断できないけど、君のやっていた、人から負のエネルギー? とかいうのを奪うのは、今回の事件の首謀者に加担してるって私は判断する。何か自己弁護するつもりがあるなら言ってみてほしい」


 アンジュの言っていることは真面目。でも顔はどこか笑みをたたえていて、先の言葉は真意のみから出てきたようにはリリムは思えなかった。


「自分のやった行為を正しいとは思っていません。罰するならなんなりと受けます」


 瞳をまっすぐアンジュへ向けて、毅然とした態度でメアが言った。自分の行いが間違っているものであったと、分かっていた。それならその分の罰を受けるべきだと、彼はちゃんと覚悟できていた。アンジュも、メアの瞳を真っ直ぐに見つめる。彼の瞳に、全くの揺らぎがないことを確認して、その小さな体をアンジュは優しく撫でた。


「私は君を罰しない。さっきの質問は君を見極めたかったんだよね。君を悪くないとは言わないけれど、直接の被害を出した訳じゃない。それに、反省もしてるように見えるし条件付きで不問かな」


 困惑顔を浮かべるメアに、アンジュが自分の意思を伝える。そのまま、彼女は質問を続けた。


「悪夢を見せて負のエネルギーを奪っていたってことは、悪夢を見せる何かがあるんだよね?」

「はい、恐らくですが研究所にあるんだと思います……」


 ふむふむと、彼女は軽くメモをして、更に続ける。


「クロートの目的って知ってる?」


 それはリリムも気になっていた。忠実な部下を作り上げると昨夜クロートが言っていたが、その先にあるはずの目的は言っていたなかったから。


「あの人はよく、『うまくいけばあの女を見返せる』って言ってました……恐らくそれが大きな目的なのではないかなって思います」

「見返したかったか……」


 どこか心当たりがあるのか、アンジュの顔が少し曇る。


「リリムちゃん、錬金術って知ってるかな」

「まぁ一応、知識としては」


 魔法術、精霊術、そして錬金術という三つの技術。その全ては魔力を媒体とするもので、魔法術は魔力をそのまま武器などにして扱い、精霊術は魔力を用いて、物質に宿る精霊に力を借りる。そして錬金術は魔力で、ある物体を別のものに作り替えるというもの……というのがリリムの持っている知識だった。精霊術と錬金術は才能の必要性と使いこなす難易度から使用者が少ないというのも。

 アンジュは何かを話そうとしていた。しかしその瞳の奥はどこか揺らいでいて、眉間には皺が寄っている。


「……話したくなったらでも良いですよ?」


 気がつくと、リリムはそう言っていた。何を言おうとしているのかは気にはなる。ただそれよりも、自身の友人が辛い顔をしているのが嫌だった。アンジュは、なにも言わず立ち上がる。


「後で整理して話すよ。ひとまず、昨日の後始末しに行こう」


 彼女が扉を開き、リリムとメアに手招きする。三人は、明るい陽光の差す街へ出た。

 


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