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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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二十話 悪夢は夢のままに

 地下に広がる大きな空間で、リリムは巨大な獣と相対していた。さっきまでクロートだったはずのそれに対して、リリムは手出しができないでいた。魔力を全く感じない異質さへの一種の恐怖と、負のエネルギーに対しての理解が足りていないから。もしもこの獣を倒したことで何か不都合なことが起きたら? そう考えると、なにもできなかった。逆に獣の方も、リリムに対しては全く攻撃を加えようとはしなかった。ただ静かな睨み合いが、そこでは起きていた。


「リリムさん、危ないっ……」


 メアのか細い声が聞こえると同時に、獣の足元から無数の淀んだ魔力弾が放たれた。リリムだけでなく、メア達まで巻き込めるほどの範囲に、魔力弾の雨が降る。


断絶の壁(ジル・ウォーリア)


 それと同時に、リリムはメアとパランの傍に走ると同時に、自身を中心とした、空間のひずみを引き起こした。魔力弾の雨は全て、彼女達に届くことは無く、その周りだけを壊していく。雨が止むまでは、少しの時間が必要だった。それが止んだのを確認して、リリムがひずみを閉じた頃、もうそこにはあの獣はいなかった。この空間唯一の入り口である扉が壊れているのが見えた。リリムがメアを抱きかかえ、頭の上に乗せる。


「追いかけるから、しっかり捕まっててね」


 メアの返事を待たずに、リリムは軽く床を蹴った。勢いそのままに翼を広げ、暗闇の階段を飛ぶ。


「あいつが何なのか、分かる?」


 少しでも、あの獣を理解しようとリリムはそう聞いた。


「負のエネルギーって、人の負の感情から生まれるんです。苦しいとか、辛いとか。負の感情って、少しきっかけがあれば爆発するんです。だから負のエネルギーは強い武器になります。ただ、相応に扱いも難しいんです……」

「つまり、純粋に力に飲み込まれたってこと良いのね?」


 リリムからの問いに、メアは頷いた。あの中でクロートが生きているのか死んでいるのかを、メアは言わなかった。それは少しだけ、リリムの心に不安を残した。階段を上り切り、重い扉を開く。リリムの目の前に広がるのは、激しく荒らされた酒場だった。


「大丈夫ですか?」


 幸いと言うべきか、酒場に居たのは店主一人で、客は皆帰ってしまっていたようだった。店主は肩の辺りに爪で裂かれたような傷を負っていた。リリムがその傷口に触れ、治す。


「あいつ、どこ行った?」

「ここで少し暴れてから飛び出して行きました……見えたのは、街の真ん中へ走っていく様子だけです、あまり参考にならず申し訳ございません」


 治療している間に、そんな短い会話をメアと店主は交わした。


「十分参考になります。念のため、すぐ逃げられる準備を」


 治療を終え、リリムとメアは酒場を飛び出した。深夜にどっぷりと沈む街の中を駆ける。


「メア、あいつのこと見つけたりってできない?」


獣の闇に溶け込む姿と、魔力を感じない特異性から、自力で探すのは手間取りそうだとリリムは思っていた。


「街全体に負のエネルギーが散らばってて……なんとなくしか分かりませんが一応は可能です」


 メアが、リリムを先導し駆けてゆく。二人の正面、遠くから何かが飛んでくるのをリリムは見た。大きなリュックサックを背負った、人間の少年。その姿を認め、リリムは彼を優しく受け止めた。


「クロア君……だったっけ? 大丈夫?」


 恐らくあの獣と交戦したのだろう。彼は決して浅くは無い傷を負っていた。彼の体を降ろし、傷口に触れる。


「貴女は昼の……危険です、逃げてください。あの惨劇に巻き込まれて欲しくありません」

「あの惨劇……どういう意味?」


 何か別のことが起きているのか、含みのある彼の言葉を、リリムは追求する。


「僕の固有魔力は、未来予知なんです。あの獣に、沢山の人が殺される未来が見えたんです、だから……」

「その見えた未来、変えられないの?」


 リリムからの質問に、クロアは無言で首を振った。ただ、そんな未来が見えたからといってリリムは引き下がる気は無かった。そもそもこれは自分の撒いた種だろうと、彼女は考えていた。


「メア、あいつって生きてるの? 頭吹き飛ばせば止まる?」

「命あるものじゃなくてエネルギーの集合体なので……恐らく全てを消さないと止まらないかと」


 そんな会話をしている二人を見て、クロアは困惑したような顔をしていた。


「何で戦うつもりなんですか、僕は巻き込まれて欲しく無いのに、何で逃げてくれないんですか……」


 そんなクロアの悲痛な声に、リリムは彼の手を握って答えた。


「たとえ未来が変わらないとして、私が逃げたらそれは見殺しにするのと同じ。誰かを見捨てて生きた私なんかに、綺麗な世界は創れない。だから逃げない」


 クロアは、まだリリムのことをよく知らない。でも、彼女の自信満々の言葉に、なぜだか安心させられた。もしかしたら彼女ならばと、そう思った。


「……気をつけてくださいね」


 そも言葉にリリムは頷き、クロアの飛んできた方向へと向かった。メアは巻き込まれないようにクロアの元へ置いて。()()は街の中心の大きな広場に居た。リリムを待っていたのか、彼女を見るなり歪んだ声で叫んだ。びりびりと、耳をつんざく声が街に響く。リリムが即座に距離を詰め、右足で蹴りを叩き込む。獣の腹部に風穴が空き、叫び声が止まる。


「うるさいよ、夜中なんだから」


 獣がリリムから距離を取った。その短い時間に、腹部の穴は治っているようにリリムには見えた。メアの予想通り、一撃で全てを消滅させる必要がありそうで、彼女は少し面倒だと感じた。なるべく街を巻き込まない、被害を出さないように加減しつつ獣を一撃で屠るというさじ加減が、面倒だった。

 獣が一度、低く吠えた。それと同時に、獣の足元から、無数の淀んだ魔力弾が放たれる。地下室で見た、あの攻撃なのだが、範囲はそれよりも格段に広かった。


「リリム様、ここは私にお任せを」


 そんな声がすると同時に、空にぽっかりと大きな穴が開いた。無数の魔力弾の雨はそれにすべて吸い込まれ、消えていった。それと同時に、リリムの隣に同じような穴が開き、青髪の女性が現れた。


「リリム様、大丈夫でしょうか」

「大丈夫です。ありがとうございます、ディアナさん」


 獣は、ディアナを見るなり即座に敵と認定したのか、濁った触手を目にも止まらぬ速さで伸ばす。しかしそれは、彼女の眼前に開いたあの穴に吸い込まれていく。


「リリム様、本気で戦えばあの獣はすぐに倒せますよね」


 その問いに、リリムは頷いた。正直なところ、リリムが変にクロートやこの獣に変に時間をかけているのは周りへの被害を抑えるという理由があるからだった。それさえ無いのなら、彼らはリリムの相手にはならなかった。


「私の固有魔力は、あの穴に吸い込まれたものを異空間へと送り込み、破壊するものです。その異空間から外部へは干渉できません。その中で倒していただけますか?」


 名案ではあると思ったが、リリムには少し引っかかるところもあった。リリムの反応を見て、彼女も自分で説明不足だと思った部分を補足する。


「破壊するとは言いましたが、適応されるのは無生物のみです。故に取り込むだけでは倒せず、中に入って頂く必要があるのです。ただ……まだ私が未熟なので生物を閉じ込めておけるのは一分……長くて二分程度です」

「任せてください、それだけあれば十分です」


 リリムの自信満々の答えを聞くと同時に、ディアナは獣のすぐそばに詰め寄った。リリムもそれに続く。ディアナが獣に右腕で、リリムに左手で触れると、それらは一瞬で姿を消した。

 リリムが送り込まれた異空間は、ただっぴろい、何もない明るい空間だった。そこに、リリムと獣は居た。


「それじゃあ、始めましょうか」


 その言葉を放つと同時に、リリムが魔力を解放する。異空間全体が大きく震え、暗くなる。獣は一瞬その強大な魔力に怯みながらも、彼女へと向かって来た。無数の触手と魔力弾と共に、本体が共に攻撃を仕掛ける。その全てを、リリムは大剣の一振りと、それに引き起こされた魔力の衝撃波で吹き飛ばす。


「誰にも見えてないから……使っても良いよね」


 リリムが両腕で、弓を引くような構えを取る。紅の左目が煌々と輝くと同時に、その構えに合わせて深紅の弓矢が形作られる。獣はそれに対して、触手と魔力弾を一つに集め、巨大な漆黒の魔力弾を作り上げる。そのまま、巨大な魔力弾をリリムへと向かって打ち込んだ。


「禁術 世界を奪う(デストルーク)終末の矢(アレイション)


 彼女が矢を放つ。それは獣の魔力弾をさも当然のように貫いた。そのままに、獣へ深々と突き刺さる。それと同時に、空間へヒビが入る。そのヒビは段々と大きくなり、異空間全体へと広がっていく。


(デリヴレ)


 リリムがそう唱えると、彼女の手のひらから小さな光が放たれる。異空間全体のヒビは、それをきっかけにして崩壊した。獣を巻き込み、リリムだけを残して異空間は、消えた。

 突然目の前に現れたリリムを見て、ディアナは驚いた顔をしていた。無理もないだろう。異空間からは自分の意志で戻ってこられるはずはないのだから。


「……何したんです?」

「壊してきました」


 何もおかしくないというように言ったリリムを見て、ディアナは少し笑った。


「キャロル様からお昼に聞いた通り、凄いことしますね……」


 そのまま、彼女はリリムへ深く頭を下げた。


「この国に隠れていた面倒を祓っていただき、ありがとうございます」


 見えた未来、確定した未来へと、全ては転がっていく。ただ一人の例外、何にも縛られない彼女を除いて。

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