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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
序章 魔王降誕
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二話 魔法力実技試験

リリムが小説を半分ほど読み進めた頃。試験会場には多くの人が集まっていた。そろそろ始まるか、と思い本を閉じたところで、木の下から声が聞こえた。


「あの、貴女がリリム様ですか」


 ふわりと、軽い動作でリリムが木から降りる。そこに居たのは、竜人族(リザードマン)の少年と、人蜘蛛(アラクネ)と人間の少女の三人組だった。


「ええ、私がリリムだけど……あなたたちは?」


 リリムが先の言葉を肯定すると、三人は目を輝かせた。


「私たち、リリム様に一度お目にかかりたかったんです。私たちと同じ年なのに、国を継ぐために努力なさっているって聞いて、尊敬してます」


 蜘蛛人の少女がはつらつとした声でそう言った。他の二人も、うんうんと相槌を打っていた。リリムにとっては、王家として生まれた以上、至極当然のことをしているだけなのだが、同年代からはそう思われていると考えると、少しむずがゆいものがあった。


「そんな大したものじゃないよ。私よりも努力してる人はいっぱいいるもの。もうすぐ試験始まるでしょうし、あなたたちも頑張ってね」


 リリムの励ましに、三人は大きく頷いて見せた。リリムとしては、これで会話は終わるはずだった。少し人見知りの気があるリリムにとって、初対面の人との会話は苦手なものだったから。ただ、この三人はリリムを逃がすことなく質問攻めにした。憧れの人が目の前に居たらそうなるのも無理はない。十六歳という多感な時期ならばなおさらのことだった。結果、リリムが三人から解放されたのは十数分が経ってからのことだった。


「それでは試験開始します。説明があるので集合してください」


 中庭の中心で、そう呼びかける声が聞こえた。質問攻めされた後の重い足取りでリリムはそこへ向かった。試験会場に居た人の数は十数人ほどだろうか。エガリテにはいくつも会場があるにしても、少ないなとリリムは思った。全員がそろったことを確認して、杖をついた老人が話しだした。


「今年の実技試験は直接戦闘とする。参加者全員でトーナメント方式で行い、結果を鑑みて評価される。魔法力を確かめる試験故、固有魔力の使用は厳禁とする」


 ここまで説明があったところで、質問が飛んだ。


「あの、固有魔力が常時解放の人はどうするのでしょう」


 先程リリムに話しかけてきた蜘蛛人の少女だった。一人一人が生まれ持つ、固有の能力。確かに人によっては常時発動している固有魔力もある。老人が、小さな、紅い指輪を取り出した。


「魔力を封じる鉱石、ラピスラの純度の低い物で作った指輪を全員にはめてもらう。固有魔力だけを封印するものである。不正はしないように」


 老人が指を鳴らした。中庭に、少し広いステージが地下からせりあがって来た。


「これが会場。魔法で作る仮想空間で戦ってもらう。どちらかが死ぬか降参するまで続ける。死んでも仮想空間だから安心せい」


 老人はここまで一気に説明すると、それ以降は何も言葉を発することはなかった。老人とは別の、若い男の試験官が箱を持って、受験者一人一人にそこから何かを引かせている。リリムのところにも、もちろん回ってきた。リリムが箱から引いたのは、①と書かれた札。まあ恐らく、試験の組み合わせだろうと考え、リリムは少し人ごみから離れた。


「ほんとに、人ごみの中は無意識に警戒しちゃって疲れるな……」


 一息ついているリリムの前に、人間の少年が三人、近づいてきた。


「貴様がこの国を継ぐリリムとかいう奴か?」


 赤髪の少年が、リリムにそう言った。


「そうですけど……何か用でしょうか?」


 リリムが聞き返すと、赤髪の傍に立つ二人が口を開いた。


「黙れ、ダスト様の許可なく喋るな」

「下賤な魔物が、わざわざダスト様がお声がけなさっているのだぞ。分をわきまえろ」


 取り巻き二人の態度で、リリムは何となくこのダストという少年が分かった。


「俺はダスト。少し遠いが、ウレード王国の王位継承者だ。理由あってここでしか試験が受けられないからな、この国に俺の力を見せつけてやろうと思ってんだ。宣戦布告ってやつだよ」


 リリムはウレード王国という言葉を聞いてもう、ダストから興味を無くして話を聞き流していた。ウレード王国はエガリテの南の、人間の国。人間の国の中でも、特に排他的で魔物を毛嫌いしている国だった。そこの跡継ぎが、目的無くこの国で試験を受けるはずがないだろう。そのくらい、分かっていた。


「貴方が本当に強いなら最終戦で戦うでしょう。ではその時にお会いしましょう」


 一息つこうとしたのに、変なのに絡まれてリリムは少し気を落としていた。


「それでは一回戦を始めます。①と④の札を持つ方、ステージに上がってください」


 リリムがステージに上がると、相手はさっきの取り巻きの片割れだった。二人がステージに上がったことを確認すると、老人が杖を振った。ステージが透明な壁に包まれ、鐘が鳴る。戦闘が始まった……はずだった。

 だったと言ったのは、二人が全く動く気配が無かったから。リリムは黒槍を持ったまま動かず、取り巻きを見つめていた。


「私は、あまり戦闘が得意では無い……というよりは好きではありません。投降していただけると嬉しいです」


 リリムはそう言うと同時に、自身の持つ魔力を解き放った。周りの空気が、目に見えて分かるようにどす黒く変色する。その色の濃さはリリムの魔力が規格外に大きいことを表していた。魔力が大きすぎて、ステージと外を隔てる壁に少しヒビが入ってしまうほどに。動く気配のない取り巻きに、リリムが一歩一歩歩み寄る。取り巻きの顔は恐怖に支配されていた。槍を真っ直ぐに向け、短く一言。


「投降しますか?」


 その言葉に、取り巻きは首を縦に激しく振った。それと同時に、鐘の音。戦闘でも蹂躙でも無く、「屈服」が終わったことを告げていた。リリムがステージから降りると、あの三人がまたリリムの元へやって来て、口々にリリムを称えた。それが少し嬉しかったことは、リリムは表に出すことは無かった。その試合の後、リリムが戦うことは最後まで無かった。リリムが蜘蛛人の少女から聞いた話によると、圧倒的すぎたために急遽トーナメントが組み替えられたらしかった。当の本人は、特に気にすることなく三人と談笑しながら小説を読み進めていたのだが。


「それでは最終戦です。リリム様、ダスト様、ステージへどうぞ」


 やっぱりあいつと戦わなきゃいけないのか、と面倒に思いながらも、リリムはステージへ登った。ステージの反対から登ってくるダストの顔からは、イライラした様子が伝わってくる。彼の取り巻きのもう片方は、三人組の人間の少女に敗北したらしく、彼とっては同じ人間でも魔物と仲良くしているような奴は気に入らないのだろう。明らかに不機嫌だった。


「最終戦、堂々と戦うように。では、始め」


 鐘の音と共に、壁が張られる。開戦と同時に、ダストが叫んだ。


「死ね!」


 リリムががくりと、膝から崩れ落ちる。ダストが、勝ち誇ったように高笑いしだした。見ていた人も、試験官も、何が起きたのか分からず動けない。静寂の中、ダストの笑い声だけが響いていた。


「なんで戦う前に指輪のチェックもしねえのかなぁ! ズルができるならするに決まってんだろ、だって俺は魔物なんか大嫌いなんだからなあ!」


 高らかに叫んだあと、意気揚々とダストは何が起きたのかを丁寧に説明しだした。


「俺の固有魔力はな福音(エワンゲリウム)って言ってなあ。言葉にしたことが実際に起きるんだよ。だからそれでこのクソ魔物を討伐してあげたってわけだ!」

「すごいわね。その能力。もう一度見せてくれないかしら」


 その説明に返答したのは、ダストが殺したはずの、リリムだった。


「な……死ね! 死ね!」


 驚きながら、何度も何度もリリムに言い放つダスト。しかし、その言霊がリリムには全く効いている様子が無かった。


「効かないから怖い? なんで効かないか分からないでしょう? 私の固有魔力よ。純然自由(カルメン)。自己蘇生と一度受けた事象への耐性。それが能力効果よ」


 近づいてくるリリムに、後ずさりしながらダストが問う。


「でも、お前はあの指輪をしてる、だから固有魔力が使えるはずが……!」

「あんなもので私の能力を封じれるわけないじゃない。流石にラピスラの純度が低すぎるわ」


 この理屈が通じるのは、今この会場ではリリムだけだった。ダストは、自分と相手の差を理解したのか、固まって動くことができなかった。


「ルール違反したから、私の本気を受けてもらうわよ」


 リリムが右腕を真っ直ぐに上に掲げる。七色の眩い光が、そこに集まっていく。炎 水 風 土 雷 光 闇の全てを使いこなす、たゆまぬ努力と圧倒的な才能、比類なき技術の元に成り立つ魔法。


「極大魔法 全てを統べる光(フェアリーレン・レイ)


 右腕から放たれた眩い光が炸裂する。その衝撃波は凄まじく、ステージと外界を隔てる魔力壁を完全に破壊し、見ている人も吹き飛ばす程だった。もちろん、勝者はリリムで最終戦が終わった。

 長い試験だったようで、朝日が昇りだしていた。その空を、優雅に魔王の卵が飛んでいた。

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