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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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十七話 真夜中に迫る影

「……キャロル、キャロル!」


 月明かりの差し込む部屋で、リリムが妹の名を呼んでいた。必死に、というわけではないが少し心配そうに。その呼び声に、キャロルは目を覚ました。寝ぼけたような目を擦りながら、リリムのことをみつめる。


「お姉様……どうしたの……?」


 甘えたような声で、キャロルがリリムに尋ねる。睡眠を邪魔されたからか、少しだけ不機嫌だ。


「なんか目が覚めたら、貴女が苦しそうにうなされてて……変な夢でも見た?」


 リリムのその言葉を聞いて、キャロルの深い緑の目がぱちりと開かれる。


「夢は見た。怖い夢」


 さっきまでの甘えた声ではなく、いつものはつらつとした声でキャロルは答えた。ただ、そう言った後に彼女は腕を組んで、何かを考えている様子だった。


「見たんだけど……どんな夢だったのかな……」


 夢の内容を覚えていないらしかった。まぁ、夢を見ても内容まで覚えている事って意外と少ないからと思い、特段珍しいことではないかとリリムはこれ以上追及するのをやめた。怖い夢を無理に思い出させるのは辛いだろうしという、リリムなりの気遣いもそこにはあった。冷や汗をかいている彼女にタオルを手渡し、その頭を軽く撫でる。キャロルも大人しく、されるがままにしていた。


「怖かったはずなんだけどなぁ……」


 何か引っかかるものがあるのか、そんなことを呟きながらリリムはまだ考えている様子だった。


「変に思い出すと疲れるだけよ。寝た方が良いんじゃない?」


 リリムに促され、キャロルはそこで考えることをやめた。確かに怖いものだと分かっているのなら、思い出す必要はないかと、その結論に辿り着いた。


「そうだね。おやすみお姉様」


 キャロルが目を閉じる。そのすぐ後に穏やかな寝息が聞こえてきて、リリムは少し安心した。

 真夜中なのだが、一度目が覚めてしまったからかリリムはなんだか眠れなかった。とは言っても、やることは無い。キャロルを起こしてしまうのは悪いなと考え、彼女は部屋を出た。壁に取り付けられた大きな窓から、廊下にも月光は差し込んでいる。長い廊下を、リリムは少し歩いた。誰も居ないなと、一瞬思った後にそれはそうかと、今の時間をリリムは思い出した。


「もう少し少し歩き回ってみたいけど……」


 溢れ出す好奇心を抑えるように自分の足を止める。窓の外を見ると、満点の星空と控えめな明かりに彩られた庭園が見えた。


「こんな時間に何してるの?」


 リリムの隣にあった扉が嫌な音を立てながら開き、アンジュが顔を出す。急に開いた扉に驚き、リリムはそこから飛び退いていた。


「……そんなに驚かなくてよくない?」

「すみません、あまりに突然だったもので……」


 ランタンを手に持ち、少ししょんぼりしていた。リリムがアンジュに招かれ、その部屋の中に入る。そこには、無数の本が収められていた。建物の三階ほどの高さの天井まで伸びる本棚にまで綺麗に本が並ぶ様は、圧巻だった。


「ちょっと話し相手になってよ」


 そう誘われ、リリムは頷く。彼女からしても、話し相手になって貰えるのは嬉しかった。部屋に備え付けられた、布地の柔らかいソファに座ると、その隣にアンジュも座った。その手には小さな瓶が握られていて、微かに酒の匂いがした。


「いつもこんな夜中まで起きているんですか?」


 人間は、特別なことをしない限りは夜に強い種族ではない。だから大丈夫なのかと、リリムの心配がその一言に込められていた。


「いや、いつもは早く寝るんだよ。だけど最近変な夢見るから寝たくなくて……」


 瓶の中の酒を一口飲んで、アンジュは答えた。変な夢、という言葉に、リリムは引っかかった。さっきのキャロルとの会話を思い出して。


「どんな内容なんですか?」

「それがね、起きるとすっかり忘れてるの。気持ち悪い、怖い夢を見たってぼんやりした感覚だけ残ってて」


 キャロルとアンジュの言っていることが重なるなと、リリムは感じた。ただ、気にしすぎでは無いかという感情も同時に湧いていた。


「まぁ、所詮夢だから良いんだけど、あんまり気持ちの良いものじゃ無いからね」


 少し弱ったような顔でアンジュが笑う。その顔には疲れが残っていて、本当に寝心地が悪いんだと、そうリリムに伝わった。彼女の頬にそっと手を触れる。細く、柔らかな指がアンジュに温かい魔力を注いでいく。


「何したの……?」


 とろけたような顔をして、アンジュがそう言った。


「休息の魔法です。アンジュさん、相当疲れてますから。これならきっと、変な夢を見る前に熟睡できるはずです」


 その説明を、もう彼女は聞いていなかった。リリムの魔法に誘われ、深い眠りへと落ちていく。体をリリムに預けて、静かにゆっくりと。リリムは立ち上がり、その彼女の体をそっと静かに、ソファに寝転がらせる。近くにあった毛布をアンジュに優しく被せ、彼女の顔をちらりと見た。穏やかに、静かに寝息をたてている様子を見て、リリムは安心した。


「……寝よっかな」


 扉の音を立てないよう慎重に開け、部屋を出る。廊下を照らす月の光が、先ほどまでよりも弱まっているように感じた。窓の外をぼんやりと見ながら、リリムは歩いた。

 元の部屋に戻ると、リリムはすぐに異変に気づいた。眠っているキャロルの枕元に、真っ黒な小型犬のような『何か』がいる。それはなにかを一心不乱に貪っているようだった。キャロルの方は、また苦しそうな声をあげていた。その『何か』はリリムに気が付いたのか、一度大きく飛び跳ねると部屋の奥に走り出し、闇に溶けるように消えてしまった。


「キャロル、大丈夫?」

「ん……だいじょう……ぶ……」


 そう呟いて、彼女はまた眠った。念のため、アンジュにかけた魔法と同じものをキャロルにもかけて、リリムは部屋の窓を開けた。そこから飛び立ち、城の屋根に登る。


「さて、どこに行ったのかしら……?」


 静かな夜空の下で、リリムは自分の目に魔力を集中させる。害のない鳥一匹の持つ小さな魔力も見逃さないように、目を凝らした。そして、()()は案外あっさりと見つかった。庭園の中に、いくつかの魔力が混じり合ったような不自然な魔力の澱みを、リリムは見つけた。


「かくれんぼなんかしないわよ……」


 真夜中であることも考えて、なるべく音を立てないようにリリムは屋根から庭園に向かって飛び降りた。魔力の澱みの中に、さっきの『何か』は座っていた。リリムに気が付き、走り出す。それよりも早く、リリムはそれを捕まえて、両手で持ち上げた。


「さぁ観念しなさい」


 ひとまずそれを持ち上げたまま、昼にアンジュと話していた建物に移動する。リリムが椅子に座り、その膝の上にその『何か』を乗せる。


「あなたは何者か、なにをしてたのか、理由と一緒に教えてくれたら悪いようにはしないわよ。そもそも、喋れる?」


 『何か』はリリムを信用したのか、逃げ出す素振りは見せなかった。


「ボクは魔犬のメア。さっきのは悪夢からエネルギーを貰ってたんです……」


 メアと、そう名乗った彼は流暢に喋り出した。


「悪夢を見ると、負のエネルギーが溢れるんです。それを頂いて持っていくのがボクの受けた命令なので……」


 悪かったと思っているのか、メアの声はあまり大きくない。耳と尻尾は萎れており、それを見たリリムは、落ち込んでいる時の自分の従者の姿を思い出して、少し笑った。


「命令ってことは、誰かあなたの主人がいるのよね」

「は、はい。ご主人様がいます」


 悪夢から負のエネルギーとやらを貰うというメアの発言、最近変な夢を見るというアンジュの発言を重ねて、リリムはメアが悪夢を見せているのではないだろうと考えていた。


「じゃあ、その主人のところに私を連れて行ってくれない?」

「ご主人様のところに、ですか……?」


 メアの声が、戸惑ったような感じになる。リリムは強気に、その後に言葉を続けた。


「勝手に人の夢に踏み込むって悪いことしてるんだから断れる立場じゃないでしょ」

「悪いこと……」


 その言葉を、メアは噛み締めるように反芻した。リリムの膝から飛び降りると、彼女の方へと向き直る。


「案内します。ついてきてください」


 そう言って、メアは走り出した。小さな体からは考えられないほどに速く、城を越えて城下町を駆け抜けていく。リリムはその後ろを追いかけて飛んでいた。メアが、酒場の前で止まった。リリムは静かに勢いを殺すために一旦高く舞い上がり、ゆっくりと羽ばたいて降りた。


「ここがボクの主人のいる場所です」


 その酒場は、昼にアンジュと出会った小さな酒場だった。入る前に一旦、耳を扉に押し当ててみる。中からは、何人かの話し声や笑い声が聞こえてきていた。


「あのさ、負のエネルギーだっけ? それを集めてどうするかとか、聞いた?」


 リリムからの問いに、メアは首を横に振る。目的を知らないというよりは、教えてもらえていないといった感じだろうか。ひとまずは入ってみたいとどうしようもないと考え、リリムは酒場の扉を押し、中に入った。メアはその肩に乗る。


「いらっしゃいませ!」


 酒場は昼とは真反対で、たくさんの人が集まって、賑やかな様子だった。


「一旦カウンターに」


 メアからそう言われ、リリムは酒をあおり盛り上がっている者たちには目もくれず、カウンター席の端に座る。


「ご注文は」


 落ち着いた雰囲気を纏う、酒場の店主がリリムにそう聞いた。


「ボクの友達。奥までよろしく」


 店主はリリムの肩に乗っているメアの姿を認め、リリムを店の奥の重そうな扉へ案内した。


「ではどうぞ」


 扉を開けると、真っ暗で長い階段が続いていた。その長い階段を、ゆっくりとリリムは下って行った。

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