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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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百十話 杯を汲む者

 戦火の消えた荒野で座り込み、リリム=ロワ=エガリテは顎に手を添えて思考を巡らせる。何故そんな状況に陥っているのか、理由は一つ。


「そんなに迷う事かなぁ?」


 ――そうぼやきながら少々困惑気味に頭を掻く、金髪の少女が自身へ告げた提案……聖杯を使ってみないか、という事であった。


「迷ってるんじゃ……なくて、困ってるんじゃないかな……? リルフィンちゃん、ちょっと言葉が足りないよ……」


 少し困惑しているようなリルフィンの姿に軽いため息を吐きながら、彼女の親友は彫刻のように微動だにしないリリムの目の前に、対面するように座り込んだ。当然のように、リルフィンもその隣に。


「ごめんなさい、魔王様。あの子はこういうことを上手く人に説明するのが苦手で……私が代わって説明しますね」

「……えぇ。お願いするわ」


 結局、リリムの中では聖杯を使うかどうかに関しての結論は出なかったようだ。彼女の知っている情報は、聖杯は願いを叶える器であること、そして作成に魂を使うということ――後者を知っているからこそ、結論が出なかったと言ってもいいだろう。


「まず、私とリルフィンちゃんは、元々魔王様の……リリム様の、敵です」


 深く被ったフードを脱ぎ、その下に隠していた兎の耳を露わにしながら、エウレカは淡々と言葉を発していく。その瞳は、リリムの顔色を伺うかのように忙しなく揺れていた。


「あの人たちに加担して、リリム様の仲間を傷つけたことを、最初に陳謝させて下さい」


 どこか怯えているような彼女の姿に、魔王は言葉を発する事は無かった。ただ沈黙と共に瞳の奥を見つめるリリムの視線から逃れるように、エウレカは大地に手を着き、深く、深く頭を下げる。


「こんな言葉で許されるなど微塵も思っていません。如何なる裁きも、罰も受け入れるつもりでいます。本当に、申し訳ありませんでした」


  文字通り平身低頭の姿勢を見せるエウレカから視線を外し、リリムが次にその瞳に映したのは、親友とは違い、自分のことをまっすぐと見るリルフィンの姿。


「……私もエウレカと同じく、どんな罰も受けるつもり……申し訳、ありませんでした」


 先程の、軽い調子の言葉と態度とは一転、落ち着いた声と合わせて――少し不慣れな様子ではあったが――彼女も隣の少女と同じく、深く頭を下げていた。嘘にも思えるその二面性こそが、彼女なのだろう。


「二人とも、顔を上げて」


 リリムの声に従い、ゆっくりと頭を上げた二人が見たのは、月の光のように優しい笑みを讃えたリリムの顔。そこに、彼女らを責める意思などは微塵も存在していない。


「罪だと思っているのなら、償いの姿勢をこれから見せてくれれば構わないわ。それこそが大切なことだと私は思うから。それじゃあ、説明をお願いできるかしら?」

「……はい。ありがとうございます」


 その表情と同じ、柔らかな声で続きを促す声にもう一度深く頭を下げ、エウレカは改めて説明を始める。その瞳は揺らぐことなく、リリムを見据えていた。


「私達が行おうとしていた計画は主に二つ。一つは暴食の厄災(ベルゼブブ)を手中に収めること。そしてもう一つがこの国を触媒とした聖杯の鋳造です」


 それは、リリムも知っている。故に当然、彼女が聞きたいのはその次の段階の話。無論、エウレカの方もそれは理解していた。


「聖杯は、膨大な魔力と精巧に組み上げられた術式を利用して鋳造されます。しかしそれだけでは不完全なものなのです」


 その言葉を聞いて、彼女の脳裏に浮かんでいたのは、あの地下室でメルディラールと対面した時に見せてもらった()()()()()()


「魂を組み込まなければ、その器はただの魔力を貯めた物に過ぎない。そこに願いを叶える力は無い……そういう事で良いのよね?」


 自身の知識との擦り合わせ、確認するリリムの問いかけにエウレカは深く頷く。


「魂は、未だ研究の進まないブラックボックスなんです。分かっていることよりも、分かっていないことの方が多い。実際のところ、聖杯の理論を提唱した錬金術師も、何故魂を混ぜれば願いを叶えるほどの出力を持つのかについて、はっきりと理解できていないそうです」


 一瞬、リリムの顔に怪訝な表情が浮かぶ。彼女の発言には『魂を混ぜれば』というものがあった。それは逆説的に考えていくと、結局魂を混ぜ無ければ聖杯は造れないということになるのではないか――リリムは当然、そんな行為を働く気が無かったが故である。


「そこで、話は本題に戻ります。私とリルフィンちゃんは、リリム様の魔力ならば魂を代用することができるのでは無いかと考えています」


 だがエウレカが告げたのはそんな突拍子もないことだった。だがそれは、本当にそんなことが可能なのか、というリリムの疑念を晴れさせるものでは無いが、興味を酷く唆るものでもあった。


「……続けて」


 エウレカに言葉を促す魔王の顔に浮かんでいた表情は、先程の怪訝な顔から一転、思索を蜘蛛の巣のように張り巡らせる真剣なものへと変わっていた。


「聖杯で願いを叶えるという行為は、言語化すれば『叶えたい願い』という設計図を、そこに秘められた魂の力を以て具現化すること――例えるならば、料理のレシピと腕の良い調理人のようなものと言えば近いでしょうか」

「それは分かっていること? それとも分かっていない中で立てた予測かしら?」

「前者です。聖杯を造る際に、その術式を動かすのは私達の役割でしたから、理解の働きくらいは理解しておこうと思って調べたんです」


 差し込まれた質問に澱みなく答えながら、彼女はは更に言葉を続ける。


「あくまで、願いを叶える過程における魂の役割は、願いを叶えるための力を産み出す原動力です。それは本来魔力で代用できるものを逸脱していますが、リリム様の魔力はその出力、総量共に常軌を逸していますので……」

「その性質は違えど、私ならば膨大な原動力を代用できる、という訳ね」


 リリムの脳内で出た結論を肯定するように、深くエウレカは頷いた。


「それなら、誰も犠牲にせず聖杯を使うことができるのよね。是非使わせて貰おうと思うのだけど、必要な準備は?」


 聖杯を使うと聞いて、リリムが最初に懸念していたのは、その聖杯は誰の魂を使ったものなのかという事。何者かの命を使って造られたものを利用するのは、彼女に深い嫌悪感を抱かせるものであったが故である。それが無いと分かった以上、リルフィンの提案を断る理由はリリムには無い。


「聖杯を作れる魔力、そして作成の為の術式とその改変です。魂ではなく、リリム様の魔力を使うように書き換えなければいけませんから」


 そこまで話して、一瞬エウレカの言葉が詰まった。一体どうしたのかと疑問の視線をリリムが向けるよりも早く、彼女は小さな声で告げる。


「……ただ、私はそこまで錬金術に対して造詣が深い訳ではなく、術式の改良は私ではなく、その専門家にやって頂かなければならなくて――」

「エウレカ、連れて来たよ! もう錬金王さんは帰っちゃったみたい!」


 だんだんと声が小さくなっていく彼女とは正反対の、少々鼓膜を揺らしすぎる程の声が、リリムとエウレカの会話に割り込む。声の主ーーリルフィンの方へリリムが目線を向けて見れば、彼女が錬金術の専門家を、おそらく半ば無理矢理に近しい形で手を引いている様子が写る。


「待ちたまえよ、第一私はまだ協力するなんて一言も言っていないだろう……!」


 相変わらずトニアを背負ったまま、珍しく押され気味のメルディラールが抗議の声をあげる。だがそれはリルフィンの耳には届いていないようで、彼女が彼の腕を離す事はない。


「メルディラールさん、実は――」

「あぁ説明は不要だよ。全部聞こえていた上にこの元気な子が制止を無視して詳しく話してくれたからね。術式の改良をやって欲しいんだろう?」


 リリムの言葉を遮り、ため息混じりの不満そうな声でメルディラールは言う。


「……言っておくが、成功するかどうかの保証は無いよ。既に聖杯鋳造の術式は完成されているものだ。そこから手を加えるのは蛇足に近しい。万が一失敗した際、何が起こるかは分からない。それでもいいのかい?」


 願いを叶える器に、危険性が無いはずがない。夢に込められた僅かな不安を指摘し、彼はリリムに覚悟を問う。おそらくこの四人の中で聖杯の危険性を最も理解しているのは大公錬金術である彼だろう。知っているからこそ――というものであった。


「……私はメルディラールさんを信じています。失敗なんて、大公の貴方が許すはずが無いでしょうから」


 首飾りを握り、僅かな間を置いてリリムの口から告げられた、彼からの問いの答えは、聖杯を使うと判断した時点でリリムの中で決まっている。それが今更変わることなど無い。


「……やれやれ。そういう答えは困るよ。私の逃げ道が無くなってしまったじゃぁないか」


 彼女の想定外の言葉に、彼は苦笑を浮かべていた。


「良いよ、やってあげよう。無論失敗など私がする筈が無いからね」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」


 背中のトニアを背負い直しながら、メルディラールは手を貸すことを表明してくれた。その顔には、彼にしては珍しく柔らかな笑顔が浮かんでいるようにリリムには見えた。


「行こうか。あの地下室でやるんだろう?」


 誰かからの答えを待つこと無く、メルディラールは動き出す。彼の発言に、リリムがそうなのかと問う視線をエウレカへ向けて見れば、返ってきたのは頷きでの肯定。ならば彼女も、彼の後に続くより他ない。


「願いを叶える器、それをまさか使うことになるなんて……」


 聖杯が輝くのは、そこから少しの時間を置いてのこと――

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