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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
序章 魔王降誕
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十一話 夜明けのための一歩

「起きて、お姉ちゃん」


 綺麗な声に呼ばれて、リリムは目を覚ました。どうやら、いつの間にか寝てしまったらしい。日はまだ昇り始めた頃の、早朝のことだった。トニアが、キャロルの傍に行って、彼女のことも起こす。キアレはというと、既に目を覚ましていたのか出発の準備をしていた。


「早起きだね……」


 目を擦りながら、リリムが呟いた。キアレが早起きなのはいつものことなのだが、トニアもここまで早起きだとは思わなかった。


「昔から、この時間に目が醒めちゃうの」


 だからって起こさなくても、とリリムは思ったが早く出発するのも悪くないか、とも思った。キャロルは、トニアがいくら起こしても、不機嫌そうな顔をして目を覚ますことは無い。


「キャロル、起きて。行くよ」


 リリムが声を掛けても、それは変わらない。しょうがないか、と思い、魔法で無理やり起こす。リリムが手をかざすと、その手がぱちぱちと瞬く。ぴょんと、キャロルが飛び起きた。


「もう少し寝たかったのに……」

「移動中寝て良いから」


 キャロルの文句をリリムがばっさり切り捨てる。まあ、リリムの使った魔法は眠気を飛ばす魔法なので寝ようにも眠れないはずなのだが。少しむすっとした顔をしながら、キャロルは出発の準備をした。


「さて、行きましょっか」


 リリムの言葉をきっかけに、キアレが走り出す。三人の義姉妹を乗せて。もうすぐエガリテにつくはずだ。昼前には着くだろうと、リリムはそう考えていた。


「私がお姉様!」

「嫌だ! 私がお姉ちゃんがいい!」


 ……後ろで言い争う二人を横目で見ながら。彼女たちの論争の種は、リリムが一番上の姉として、どちらが二番目なのか、という話だった。リリムからすればどちらでも大切な妹なのだが、本人たちにとってみれば大事なことなのだろう。ぎゃいぎゃいと、激しく言い争っていた。


「私の方がトニアより年上!」

「そんなこと言ったらキャロル三人の中で一番上じゃない!」


 トニアの言う通りではある。まぁ好きにすればいいと考え、あえて何も言わない事にした。そのうちに、四人はエガリテのあった場所へたどり着いた。リリムの予想通り、昼になる少し前に。

 妹達の言い争いは、一旦止まった。リリムの肩が少し震えているのを見たからだろうか。トニアはリリムの手を握り、キャロルは頭を撫でた。


「大丈夫だよ、お姉様」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん」

「……ありがとう」


 彼女は、現実と向き合うことを決めた。妹と従者を連れて、崩れた壁の中に入る。中の景色は、あの頃と変わっていない。建物は崩れて、人もいるようには思えない。


「少し、一人にさせて」


 それを嚙み締めて、一人で街を歩いて行く。街の真ん中に、崩れながらも形を残す城へ向かって。その間には、当然誰も居ない。悔しかった。自分があの花畑で休んでいたころ、この国の人たちは蹂躙されてしまった。自分が知らないうちに、大事な民は苦しんでいた。それがどうしようもなく悔しかった。


「……ごめんなさい」


 一軒一軒、通り過ぎていく度に、リリムの脳裏には人々の顔が浮かぶ。逃げるように、その場所を離れた。城の前まで来ると、彼女の足が止まった。門の前に一つ、見たくないものが転がっていた。


「……アルト」


 激しく抵抗したのだろう、激しい傷を全身に負い、もう原型はとどめていない門番の死体。息が詰まるように苦しくなる。彼女はその場に、力なく座り込んだ。


「ごめんなさいごめんなさい……」


 彼女は何かに取り憑かれたかのように、ただそう繰り返し続ける。きっと、この国の住民だった者たちは誰も彼女を責めたりなんかしないはずなのに、自分のことを責め続ける。現実を受け止めると決意したのに、彼女に突き付けられた『現実』はあまりにも苦しく、残酷で。すぐに逃げ出してしまいたかった。全部を投げ捨てて、どこか遠くに。


「リリムは悪くないぞ」


 彼女を肯定する声が聞こえた。


「オベイ……」


 声の主は、小さな妖精だった。手のひらに収まりそうなサイズの、妖精の少年。頭には、黄金の王冠がきらりと輝いていた。


「略すな、ちゃんとオベイロンって呼べ」


 彼の名は、オベイロン・エイヴリー。妖精の森(ワーグナー)を統べる妖精の王。リリムの幼い時を知る友人の一人だった。


「今回のはお前は悪くないだろ。悪いのは、あの人間達」


 その言葉を聞いて、リリムは泣き出した。自分を肯定してもらえて、嬉しかった。自分は悪くないと言ってもらえるのが嬉しかった。


「泣くなよ。お前らしくない。トップが辛気臭い顔をしてると、誰も付いて来ないぞ」


 誰もついてこない……その言葉で、リリムの涙は止まった。失ったものは多い。でも、残ったものだってまだあった。それを考えると、泣いてなんかいられなかった。


「もう大丈夫そうか? いつでも妖精の森(俺たち)頼っていいからな」

「大丈夫。ありがとうオベイ」


 略すなよ、とため息をつきながら、彼はどこかへと飛び去った。わざわざこのために来てくれたのだろうか。彼の真意は確かめられなかった。ただリリムの中にあったのは、ありがとうの言葉だけだった。立ち上がり、城の重い扉を押す。少し引っ掛かりながらも、扉は開いた。中には……やはり人は居ない。リリムの足は、まっすぐ書斎へ向かった。中は全く荒れておらず、ここだけ時間が止まっているかのようだった。時間が動いているのを表すのは、本を貪るように読み続ける小さな青い鳥。


「オカエリ」


 パランはそれだけ言うと、リリムの肩に留まった。彼は不思議だ。いつの間にか書斎に住み着いて、いつも本を読んでいて……リリムのことを、全て分かっていた。


「もう本は読まないの?」

「ゼンブ ヨンダ」


 小鳥の言葉を聞いて、リリムは書斎を出た。そのまま、玉座の間へ向かう。今は座る者の居ない、空っぽの玉座の元へ行き、座った。


 リリムは、綺麗な花畑にいた。従者とよく行く、あの花畑に。死んだはずの父と一緒に。


「お父様、私ね、妹が二人増えたんですよ。二人共、とっても優しくて、元気なんです」


 何が起こっているのか、何を話すか。戸惑った末に出てきた言葉はこれだった。


「そうか、それは良かった……リリム、エガリテをお前はどうする?」


 父の問いに、リリムは黙り込んだ。どうする、という質問はとてもアバウトで、だからこそ具体的な内容を求めるものだと思ったから。もう今、エガリテという国は無い。リリムがたどり着いた答えは――


「創り直します。『魔物と人間が共存できる国』ではなく、『全てが共存できる世界』を」


 その答えに父は満足そうに頷いた。愛娘の答えを、何度も噛みしめるように。


「お前ならやれる」


 リリムにとって、その言葉は予想外のものだった。リリム自身でさえ、夢物語だと、できるはずのない目標だと、そう考えていたから。でもよくよく考えてみたら、必然のことだったのかもしれない。リリムの父もまた、共存できる国という、できないと思われていた夢を追って来た家系の一人だったのだから。


「まだ、こっちに来るのは許さないからな。せめて俺より長生きしなさい」


 父の姿が薄れていく。リリムの体は、反射的に父に抱き着いていた。


「ありがとう、私を男手ひとつで育ててくれて、大切にしてくれて。お父様……大好き」


 最後の最後に、リリムはありったけの感謝を伝えた。アンプルも、満足そうな表情を浮かべていた。リリムの腕の中にあった、確かなぬくもりは、父が消えると共に無くなってしまった。リリムは、不思議と悲しくは無かった。心の底から、あったかいと思えた。


 ふと気が付くと、視界に映るものはがらりと変わっていた。眼前に広がるのは、綺麗な花畑ではなく、崩れかけの玉座の間。


「……夢?」


 夢とも、現実ともとれる不思議な時間は、短いものだった。ただそれは、間違いなく彼女の原動力になっていた。立ち上がり、小さく礼をしてそこを後にする。たとえ夢だとしても、父に感謝を告げることができたのが、リリムにはとても嬉しかった。城を出ると、リリムは城の一番高い塔のてっぺんへ跳び乗る。そこからは、荒れたエガリテの街が全て見えた。


「絶対にやって見せる。異種族の共存ができない世界なんて、間違ってるもの」


 静かに宣言する。漆黒の翼を広げて、魔力を高めていく。左目がキラリと、怪しく煌めいた。エガリテ全体が、激しく揺れる。まだ辛うじて残っていた建物や、屈強な外壁も、崩壊し始めた。エガリテを一度、全て壊す。これが彼女なりの、けじめの付け方だった。それを察してくれたのか、キアレたちは彼女を邪魔することなく、王都の外に一度避難しているのがリリムには見えた。

 リリムが人差し指を、まっすぐ顔の前に立てる。その指先には、水晶のように綺麗に透き通る、小さな魔力の塊が浮かんでいた。様々な想いを込めたそれを、リリムは静かに弾いた。ゆっくりと、ふわりふわりと魔力の玉は落ちていく。


「さようなら。お父様達の創ったエガリテ。遠くない未来で逢いましょう」


 彼女はそう言って、上空に飛び立った。魔力の玉が地表に触れると、一瞬で破裂し、閃光を放ちながらエガリテを飲み込む。閃光が止むと、そこには文字通り何も存在していなかった。振り返ることなくキアレ達のそばに降り立った。


「さて、私のわがままでゼロから国を作っていく訳だけど……ついて来てくれるかしら?」


 今更不安になったのか、リリムは三人に尋ねた。


「私はリリム様の従者ですので、当然お供いたします」

「当然だよ。付いて行きたいって言ったのは私。お姉様の力になれるように頑張るよ」

「ちょっともったいないとは思うけど、お姉ちゃんの判断なら何も言わないよ。当然ついていく」


 当然という三人が、リリムにとって、とても頼もしかった。

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