表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
102/138

百二話 番狂わせ

 ――剣戟。ドラテアの夜空に浮かぶ四面体(ブラックボックス)の内側で、二つの刃が激しく交差していた。片や極限まで研ぎ澄ましたもの。対してもう一方は、体術を織り交ぜての亜流ながら、自身に都合が良いように練り上げられたもの。

 切り結ぶ、アルとセレスティアの二人には、明確に魔力量の差が存在する。勝っているのは、魔竜であるセレスティア。それは当然だ――無論、アルの魔力は小さいのでは無く、むしろかなりのもので、比べる相手がおかしいだけである。


「……何故だ」


 魔力の量は、そのまま強さに直結する。故にこの二人の勝敗は、ほぼ決まっていると言うのに。


「何故、我が」


 幾ら技量があろうとも、その差は覆ることなど無い――弱肉強食の世界、それが理である筈なのに。


「……押し負ける!」


 戦局を優位に進めていたのは、セレスティアではなくアルだった。

 二人の刃が重なる度に、大きく弾かれているのは、セレスティアの純白の直剣。明らかに異常な、眼前の男の力に彼女の斬撃は少しずつ正確さを落としていく。


星屑の白鴉(スターダストレイヴン)!」


 苦し紛れか、それとも戦局のリセットを狙ってか……兎も角、無数の鴉を模した魔力弾を撃ち出しながら、セレスティアは大きく飛び退いた。


「……邪魔だ」


 吐き出すような一言と共に、乱雑にアルの右腕が払われる。空間に煌めく一度の剣閃は、当然のように渡鴉を飲み込み、消滅させていた。牽制の為の技とはいえ、魔竜の魔力から解き放たれたその魔力弾は相応の威力を持っているというのに、それを感じさせない程。

 二人の間合いが、大きく開く。互いに獲物を構えたまま、動くことはない。勝利では無く時間稼ぎが目的のアルに自分から仕掛ける必要は無く、セレスティアは落ち着いて彼を観察していた。

 ――空間に、一時の静寂が訪れる。


「……なるほどな」


 無音を破ったのは、セレスティアの呟き。一度距離を取り、その全身を見据えて漸く、彼女は理解した。何故目の前の男が、自身と互角以上の力を持って剣閃を結ぶことができるのかを。


()()()()を今でも使えるような者がいたとはな」


 彼女の目に映ったアルの魔力は、その手に握られた舶刀(カットラス)にのみ注がれていた。戦闘時は全身に魔力を纏い、攻撃の強化と同時に反撃(カウンター)への、最低限の防御を成立させるのが魔術師の常識である。だが彼は違った。


「代償強化……見るのは随分と久方ぶりだ」


 アルの、魔力の扱い方こそが、自身の魔力量以上の出力を扱うことができた理由である。

 魔法は、魔力は足し引きの上に成り立つものである。例えば、詠唱を破棄し隙を消すと言うプラスの代わりに、威力が下がるというマイナスを払う、といったように。


「防御を捨て、軽い攻撃でも致命傷となり得るという代償を払う代わりに攻めの威力を格段に上昇させる……といったところか。諸刃の剣というやつだな」

「……看破が早いな。もう少し動揺して欲しかったところだが」


 手に握った獲物をくるくると回しながら、アルはその呟きと共に溜め息を吐く。


「あまり舐めるでない。腐っても我は最古の魔竜であるぞ? 本来はもっと手早く処理したかったところだが……仕方があるまい」


 距離を取ったまま、彼女の背後に展開されるは無数の魔法陣。


「昔は代償強化の使い手は実に多かった。そしてその誰もが最終的にお前と同じ場所へと辿り着いた」


 その矛先が自身に向いても尚、アルは一歩も動くことはない。


「しかし対策が容易でな。故に相伝は途切れたのだ」


 直後、魔力の弾丸が空間に降り注ぐ。光の魔竜、その卓越した技術と魔力量から高密度で展開されたそれに、回避の隙間などは存在しない。


「……面倒、だな」


 微かな舌打ちの音と共に、迎撃しか選択肢が存在しないことを判断。同時に空いた左腕にも右手と同じ舶刀を作り出し、魔力の雨を、自身の間合いに入ったものから撃ち落とす。至極単純にして、一発でも外せばそのまま終幕へと繋がる綱渡り。それを彼は黙々とこなしていた。


白鷹の速弾(グリフォン・バレット)


 その中に放たれた、一筋の光。降り注ぐ雨よりも、明らかに速く、重く、そして()()()()()()()()()()()()()()()速度の、小さな魔力の塊。

 ――それまで澱みなく行われていたアルの迎撃が、一発の不穏分子に崩れた。最適化していた動きの中、噛み合った歯車の間に挟まりこむ小石が、全ての段取りを崩していく。


「くっ……」


 一発の弾丸が、アルの肌を掠める。そこから連鎖的に巻き起こる、魔力の炸裂。瞬く閃光と、駆け抜ける衝撃波が箱の中に満ちていく。


「防御せざるを得ぬ状況に陥った瞬間が、代償強化の弱さだ。いくら優れた矛があろうと、装甲が脆ければ意味は無い……まぁ、その程度分かっているだろう?」


 セレスティアは、その魔力の炸裂をじっと見据えていた。抜身の刃を右手に握ったまま、ただ静かに。防御は無く、生身で魔竜の魔力を受けたアルが、雨が収まるまで生きている筈がない……事象だけを見れば、そうなのだ。だが彼女は、()()()()()()()()()()と判断していた。


「……当然だ。デメリットをそのまま享受しているようでは、強力なメリットがあったとて運用し難いからな」


 その判断は、正解であったというよりも他ない。輝く雨の明けた景色の中に、アルは静かに立っていたのだから。但し先程までとは違う点が二つ。一つは、左腕に機械で作られた、拳より一回りほど大きい手甲(ガントレット)を纏っていた事。そしてもう一点は――


「アルくん、今回はどうする……?」


 彼の首に手を回し、背中にピッタリと張り付いた一人の女性の姿である。純白の羽衣をその身に纏い、アルと同じ銀髪に、翡翠のような綺麗な瞳を持つ彼女は、生物とは違う魔力を纏っていた。


「時間を稼ぐ。無理に倒す必要は、俺たちには無い」

「分かったよ、私頑張るね」

「あぁ。いつも通りだ、カナリア」


 どうやら彼女の名は、カナリアというらしい。アルに背負われるようにピッタリと張り付き、その細身の体をふわふわと浮かばせながら、穏やかな笑みを浮かべていた。


「……錬金術、精霊術、魔法術の複合か。なるほど、確かに強いと自称するだけはある。ただ、代償強化を捨てては攻撃は届かぬぞ?」


 アルは、全身に魔力を滾らせていた。それは防御を捨てた先の姿とは違い、攻撃と防御を両立させた魔術師の基本の姿。ただ、その魔力の総量は魔竜を上回ってはいない。

 それならば実力勝負、負けることはないとセレスティアは跳躍。二人の間に開いた距離を、一気に詰める。

 間合いに踏み込む直前で、攻めの足がかりとして突き出した直剣の一突きは、確かにアルの右腹部を捉えた――瞬間、金属音にも近しい甲高い音を響かせ、その鋒は弾かれた。


「何……?」


 魔力で上回っているならば、弾かれることなどない。相手が攻撃を捨て、()()()()()()()()()()()()()()()


「……何か勘違いしているようだが」


 アルの、空気を後方に吹き出す手甲を身につけた左の拳が構えられる。それを引き金に、一気に場の空気は変わる。


()()()()()()()()()()()()()()()


 セレスティアに生まれた隙に、鉄拳が振り抜かれる。拳圧と、そこに纏われた魔力が引き起こす破壊力は、彼女の鉄壁の鱗を、魔力の防御を貫き、その体を吹き飛ばす。


「ぐっ……がぁ……!」


 箱の外縁に激突し、勢いが死ぬと同時にセレスティアはその身を起こす。追撃に備えて獲物を握るも、アルは彼女を殴り飛ばした場所から動かない。なぜなら、彼が勝負を焦る必要はないのだから。


「……光粒子砲(フォトン・ストライク)


 先の事象に一つ、セレスティアは疑念を抱いていた。それを確かめる為に、輝く一つの光弾として魔力を解き放つ。


「カナリア」

「分かってるよ……白亜の城(ホワイトキャッスル)!」


 解き放たれた凶弾に対し、防御魔法をアルは――正確にはその背、カナリアは展開する。小さな、純白の城を模った結界は、光に飲み込まれながらもその勢いを殺し、完全に相殺する形でアルを守り切った。魔力の量で劣っているのにも関わらず。


「やはりな。防御の代償強化を行い、攻撃を弾かせる……そのための精霊か」


 それが意味するのは、限界以上の出力を引き出していたこと。それが確認できただけで、セレスティアがその答えを導き出すのには充分であった。



「あくまで別の存在の魔力……自身の魔力では無い、故に互いの強化は阻害されない、と。実に厄介この上ない」


 そうは言うものの、セレスティアの口角は僅かに上がっていた。勿論、彼女の計画の為には今すぐにでも彼を倒し、メレフと激突しているであろう暴食の厄災(ベルゼブブ)の元へ向かうべきなのだ。だが、そんなことは今、彼女の頭の中には存在しない。


「……人の子よ、名は?」


 目の前の存在を、久方ぶりの好敵手と認めていた。この存在と、もう少し戦いたいと。無窮の時の中で、摩耗と共に彼女の中に積み重なっていた、並び立つ強さを持つ存在への渇望が、その思考を突き動かしていた。


「アル・プライマルだ」


 一方で、アルは全く調子を崩すことはない。変わらず淡泊な表情で、刃と手甲にのみ魔力を注ぎながら敵を見据える。興味が自分に向いているのならば好都合と、臨戦の姿勢を取り直す。


「本当に楽しそうな笑顔を見せぬな」

「戦闘など楽しいものではないからな」


 二人の間に、最後に交わされたのはそんな言葉だった。

 数秒の沈黙を経て、互いに地を蹴り飛ばす。間合いに入った瞬間交差する、二人の刃。それが引き起こす衝撃は余りにも大きく、強く。メルディラールという超一流の錬金術師が組み上げた四面体に、大きくヒビを入れるほどだった。それに構うことなく、強者達は互いの凶刃を振るい続ける。


「……まったく、直してる私の負担も考えて欲しいね」


 ()()の外側、天辺に座り、四面体の創造者はそうぼやく。その興味の先は、箱の内部で魔竜相手に互角以上の立ち回りを繰り広げる同僚――ではなく、漆黒の大きな球体に飲み込まれた王城だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ