§ 1-5 殺意の斧槍
ミノタウロスは殺意に満ちた目を血走らせ、ハルバードを持つ右腕を真横に伸ばし、横一文字に切り裂こうと歩み寄ってくる。圧倒的な威圧感。咄嗟に構えた刀の切っ先が震える。
そのとき、襲い掛かってくるミノタウロスの後ろに血を流し倒れている、髪の長い女性が目に入った。刹那に頭によぎる。封印されていた父のあの姿を。トラックにひかれた彼女のあの姿を。そして、前日に見た母のあの姿を……
守れなかった自分への怒りが恐怖を凌駕する。ぶつけようのない怒りを、身勝手に目の前の化け物に向ける。震えは止み、足は前に走り出していた。
「ふざけるなぁっ! いい加減にしろっ!」
叫びながら走り、ミノタウロスの間合いに入る。そこにきっちりハルバードが薙ぎ払われる。大きく薙ぎ払われたハルバードは予測どおりだった。それを膝に力を入れ全力で飛び越える。勢いそのままに、天に届けと刀を振りかぶり、地を裂けと頭部に振り下ろす。
咄嗟のことにミノタウロスは首を曲げると、振るわれた刃はミノタウロスの右の角に衝突する。鈍い音とともに、衝撃で角が折れ、作用反作用で蓮の身体も弾け飛ぶ。
受け身もとれずに倒れこんだからか、痛みで身体がすぐに動かない。それでも顔を上げ奴を見上げる。苦悶の叫び声をあげたが、その顔はすぐに怒りの表情になり、蓮を凝視する。
「ぬぅああぁぁぁ!」
怒気の雄たけびを響かせ、睨みながらこちらに走りこんで、ハルバードを真横に振るってくる。動けないながらも上半身を必死に起こし、刀でなんとか斬撃を受ける。が、尋常ではない膂力で吹き飛ばされる。5mほど飛ばされ、そのまま神殿の土台部分に叩きつけられる。
「ぐぅっ! あぁぁ……」
全身に激痛が走る。受け止めた腕もろっ骨も背骨も折れているだろう。痛みだけが意識を支配する。目を微かに開くと、奴がハルバードを逆手に持ち、振りかぶっている。陸上競技の投げやり選手のフォームのようだった。
まさか!
その想像どおり、ミノタウロスのハルバードは放り投げられた。凶事に満ちた音をたてながら一直線に飛来する。
「ぐはぁぁ……」
ハルバードは蓮の腹部を貫き、土台をも穿つ。
自分の腹を貫かれた光景と、その光景どおりの痛みを最後に、蓮の意識は断たれた。