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愛しています


 事件の後処理を終え周囲が落ち着きを取り戻したある日、私はルークと共に展望台へ訪れていた。


 秋が近づき徐々に涼しくなってきて、夜のそよ風は頭を少しすっきりさせてくれる。しかし、この後のことを考えて浮き足立っている私の身体はどことなくふわふわしたままだ。


 控えめに灯された明かりを頼りにルークのエスコートで手摺りの方まで歩き、本物の星空を見上げる。その美しさに見惚れて感嘆の声を上げると、ルークは優しい目で私を見た。


「ここは夜もいいだろう?」


「ええ!星が明るいから、空が一段と近く見えるわ。」


 国中の宝石をばらまいたような満天の星は鮮やかに瞬いて、自分の存在を主張し合う。数多の光に照らされ透明感が増した空は、まるで大きな菫青石のようだ。この美しく幻想的な光景に足りない物があるとすれば。


「……でも、月は出ていないのね。」


 星月夜という言葉が頭をよぎり眉を落とした。先日皇帝陛下から直々に教えられた内容を思い出す。フォルモント公爵家の処遇についてだ。


 まず事件に関与していなかった公爵は監督不行き届きを問われ、一部領地の返還や多額の賠償金も一切の反論なく受け入れた。妻が外交問題を引き起こしたことへの責任を取り、外務大臣も辞職するそうだ。


 公爵夫人はなかなか罪を認めようとしなかったが、シルヴァン様が用意していた証拠を突きつけられると自白した。公爵令嬢で皇太子妃候補、精霊の愛し子という国の重要人物を誘拐し子爵令嬢に罪を押し付けた夫人は処刑になってもおかしくない。知らなかったとはいえ、友好国との関係悪化を招くような行いをした罪は重い。


 しかし今回の件にシルヴァン様の関連は秘匿されることになり、私が誘拐された事実も外聞が悪いため公には出来ない。よって帝国から光が失われた経緯や動機は、夫人が娘を皇后にするために愛し子を害そうとして星の精霊の怒りを買ったと発表された。対外的には未遂の夫人を処刑するわけにはいかない。だが、反省の色を見せない夫人を野に放つと情報漏洩する恐れもある。最終的には帝国の監視下で生涯幽閉に決定した。


 ローザフィア様は誘拐を企てた罪はあるものの実行には反対していたし、主体的に捜査に協力したことで減刑されている。私や皇后陛下の嘆願も考慮されて、一時的に修道院へ入った。生活態度に問題がなければ数年で出てこられるはずだ。事情聴取の際、シルヴァン様の屋敷で公爵夫人が私に言った台詞を聞かされた彼女は、修道院行きを取り乱すことなく静かに受け入れたらしい。


 最後に会った時は別人のように大人しくなっていた。目が覚めたのだと寂しげに笑い、あの日私が公爵夫人に楯突いたことを複雑そうな顔でお礼を言う。皇后陛下にも深々と謝罪した後、辺境の修道院へと出発した。


 身分剥奪や国外追放となるゲームより刑は軽くても、貴族令嬢という立場を考えれば皇室に睨まれたという事実は重い。社交界に戻るのは茨の道であると、心の中で長く重い息を吐き出す。


 彼女のことがこんなに気にかかるのは、定められていた道を奪った罪悪感だけでなく、昔の自分と重ねて見てしまうからだろう。遠い遠い、もう薄れて解けてしまったはずの記憶。両親に愛されたい認めてもらいたいと足掻き、兄を憎んでいた私に。



「星空に月は必ずしも必要ではないが、寂しがる奴もいるだろう。今日を門出とし、戻ったら出迎えてやればいい。」


「門出……。そうね、ルークの言う通りだわ。」


 きっとこれからも彼女と私が友人になることはない。だけどせめて、今度は私がおかえりを言おう。少しでも彼女が貴族として生きやすくなるように。旅立ちだと思えばこんな夜も悪くない。


 そういえば、新月の日に願い事をすると叶うと聞いたことがある。流れ星と同じように新月にも祝福はあるのだ。星の精霊の祝福など使わなくても、星空があるならば歩き出せる。


 私は隣に立つルークを盗み見た。近づく気配のない長身と、程良く鍛えられバランスの良い体格。癖のない光沢のある髪。濃く鮮やかな青と星の金が渦巻く繊細な双眸。狂いなく整った唇。異常な多忙から解放された彼の表情は普段より柔らかい。


 何度見ても格好良い。暫くぼうっと見つめていると視線に気付いたルークがどうした、と首を傾げた。その声は堪らなく甘い。


『決まっている。俺がティアを愛しているからだ。もう随分前からな。』


 私はあれからまだ返事をしていない。気持ちは言い当てられてしまったが、事後処理の慌ただしさに流されてうやむやになっている。両陛下には婚約の意志があるとこっそり伝えてあるが、自分で彼に言うまでは内緒にしてほしいとお願いした。


 だから今日の彼のお誘いは好機だった。



「つ、伝えたいことがあるの。」


 ミーティアになってから、人に好意を伝えるのは何度もしてきた。ルークにだって妹として言葉を惜しまなかった。だけどこれから言おうとすることは違う。


 強張った頬が染まっていく様子に、ルークの切れ長の目が軽く見開かれた。今から告げようとする内容に気付かれたかもしれない。二人を囲っている空気に緊張が混ざる。


 どう伝えればいいのか何日も悩んだ。婚約者候補から降ろしてと一度言ってしまっているのだから、今度は自分から申し込むべきだろう。


 ドレスの下でガクガクと震える足を踏ん張って、ゆっくりと口を開いた。


 まずは返事が遅れたことを謝って。辞退を取り消してほしいとお願いして、愛を伝えて、婚約者として誠心誠意ルークと国の為に努力すると誓って――


 そのとき、見上げたルークの後ろですうっと星がひとつ流れた。瞬く間に消えたその光に焦り、頭の中の声とは別の言葉を告げてしまう。


「……好き。」


 合ってるけどそうじゃない。


 いきなり自爆した。諸々をすっ飛ばした気がする。今すぐ逃げ出したくなったけど、口元を片手で押さえて目を逸らしたルークを見て突拍子が無さ過ぎたとパニックに陥り、その勢いのまま言い連ねてしまう。


「ち、ちがっ……わなくて。ルークが好き、だから、遅くなっちゃったけど私と、こ、こんやくを……」


 ああ、情けない。一世一代の告白をこんなたどたどしくするなんて。


 恥ずかしすぎてもう顔も見れず俯くと、一歩近付いてきた彼の靴とこちらに伸ばされた手が視界に入った。その長い骨張った指は私の顎を捉え、くいっと上を向かせる。


「それ以上は駄目だ。」


「な、んんっ」


 何故かと問う前に、唇を塞がれた。初めてと同じ場所で、あのときとは比べ物にならないくらい深く。


 驚いて思わず逃れようとする身体をかき抱かれ、息をする暇もないほど熱い口付けを繰り返される。告白は止められたけど、拒まれたのではなかったのか。息苦しいのに胸がいっぱいになって、気付けば彼の背に手を回していた。


 お互いの身体が離れる頃にはすっかり息が乱れ、思考が麻痺している私を見てルークは満足そうな顔をする。はっきり言えなかった私が悪いとはいえ最後まで聞かずにするなんて。抗議の視線を送ると、目を細めながら言った。


「告白は嬉しいが、俺の台詞まで取るな。元々このために連れ出したんだから。」


 ルークは真剣な面持ちで私の足下に跪いた。戸惑う私の手を掬い取り目を合わせて微笑む。


「ミーティア・レニャ・フォン・シュテルンブルーメ嬢。心から愛しています。どうか俺と結婚し、唯一の妃として共に歩んでいただけませんか。」


 告げられた言葉に歓喜が押し寄せた。感極まって泣いてしまうが、ゆるゆるになった頬が自然と笑みを作る。


「っはい。私もルークを愛しています。ずっと側にいさせてください。」


 その返事を聞いて嬉しそうに頷いた彼は懐を探り、握ったままだった左手の指に何かを通す。そのまま手の甲に優しく口付けを落として立ち上がった。


 掲げてみると、薬指に可憐な星の花(ブルースター)が咲いていた。永遠を意味するダイヤモンドが中央に輝き、それを囲う花びらは深みのあるロイヤルブルーサファイア。アーム部分はピンクゴールドで、私の好みにぴったりの繊細で華奢なデザイン。


「ティアにはやはりこの花が一番似合うと思って作らせた。気に入ってくれたか?」


「すごく綺麗……ありがとう、嬉しい……」


 じっと指輪を見つめていると、求婚の実感がわいてくる。妹でしかなかった私がルークに女性として愛され、隣に立てる日が来るなんて。この喜びをどう表現していいのか分からなくて、自分からその胸に飛び込んだ。


 ぎゅっと縋りつくと強く抱き締め返してくれる。安心する、けれど胸の奥がそわそわするような温もりに包まれながら幸福を噛み締めた。


 たとえこの先多くの苦労が待っていても、彼がいればどこまでだって強くなれる。祝福の力が必要になるときももしかしたらあるかもしれないが、私は自分の足で歩いていきたい。


 そろそろ帰ろうかという言葉に同意を返し、寄り添いながら帰路についた。


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