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ビジネスパートナー (2)

「そ、そうだったのですか。あんな素敵な曲を作られたなんて凄いですわ。でも商会長様が、あの曲はある商会員が提供したと……。」


「はい、父はこの事実を知りません。私に作曲の才能があると思われるのは困るので、匿名希望の商会員から提供されたオリジナル曲と言って皆に紹介したのです。何せ、前世の曲を偶々覚えていただけですから。」


 カップを傾け紅茶を飲みながらしれっと告げられたその言葉に、今度こそ絶句した。


 話の流れからそうではないかと思ってはいたが、転生者。別に驚くことではないはずだ。私という実例があるのだし、他にいても全くおかしいことではない。


 でも人払いしてまで私だけに告げるということは、私も転生者だと気づいたってことで。


 明かしていいのか迷うが、もしこんな短時間でばれたのなら隠していても仕方ないだろう。でもいったいどこでばれたの。


 額に手を当てて俯き考え込んでしまった私を見て、カイ様は先程までの丁寧で真面目な雰囲気をがらっと変える。


 深く腰掛け直して足を組むと、ソファーの背に片腕をだらしなく乗せてニヤニヤと笑った。その茶目っ気のある表情は、どこか大人の余裕を感じさせる。おそらくそちらが本性なのだろう。


「何でばれた、と言いたげだな。おまえ分かりやすいから気をつけな。きらきら星を聴いたときの驚愕した目と懐かしそうな表情ですぐ分かったぞ。それに転生者でなければ、前世の曲なんて言われたら普通、意味が分からないって顔をするもんだ。言葉を失って考え込んでたらだめだろ。」


 ものすごく馬鹿にされている気がする。


 表情を取り繕えないのは貴族令嬢として不適格だ。前世からわりとよく分かりやすいと言われていたし、ミーティアも公の場に出ないので隠す必要がなかった。これからは対策を考えなければならない。


「お互い転生者なんだ。この場ではこの口調でもいいだろ?貴族の口調は鬱陶しいし、おまえも普通にしゃべれよ。」


「……分かった。」


 ばらした瞬間あっさり本性を見せる、どこかマイペースなこの人に取り繕っても無駄な気がする。なんというか、勝てそうにない。私は貴族口調に慣れているが、前世持ちの平民であれば面倒なのは分かる。


「改めて、俺は魁希。今と似たような名前だし、カイって呼んでくれ。最期は30代後半に入ったとこだったかな。仕事は今とあまり変わらない。夢中になりすぎて、ずっと独り身生活だった。3年前に前世を思い出してからは、その知識を使って気楽に製作を楽しんでるってわけ。お仲間に会ったのは初めてだ、宜しくしてくれ。」


 ニカッと笑ったその顔には曇りがなく、確かに嬉しそうだった。余裕のある堂々とした態度は間違いなく前世の年齢からくるものだろうが、茶目っ気がある雰囲気はどこか子供のようでもある。


「私は未依。ミイでもティアでもいいよ。私も日本人だけど、成人前に死んじゃったからカイの方が随分年上ね。元製菓専門学生で、記憶を取り戻したのは数週間前。今は妹キャラ脱却に向けて邁進中よ。」


「は?妹キャラ?」


 年齢と性別からそうではないかと思っていたが、ここが乙女ゲームの世界であることは知らないようだった。


 簡単にではあるが、『星かご』の世界と酷似していること、ミーティアはサポキャラであること、その性格や今後の流れを軽く説明する。


「私は過保護な兄を持つ世間知らずの妹の自分を変えたくて、実家を出たの。なのに公爵令嬢ミーティアになってしまったら、前世以上に甘やかされるだけよ。与えられる幸せを享受するんじゃなくて、自分で動きたいの。」


「はーーなるほどなぁ。異世界転生だと分かってはいたが、乙女ゲームね……。そういうジャンルがあるのは知ってるが、生憎おっさんには分からん。いくら箱入りでも、おまえも俺と同じで平民生活の方が慣れてんだろ。過保護が嫌なら、窮屈な貴族生活を捨てて市井で暮らそうとは思わないのか?」


 理解不能といった様子で頭をがしがし掻いている。それでも私の話は真摯に聴いてくれているので、元々面倒見がいいタイプなのかもしれない。


「ゲームを壊す気はないの。私がいなくなればヒロインは公爵令嬢の友人という後ろ盾を失ってしまう。そんな状態で攻略対象者と恋仲になったらどんな酷い虐めを受けるか。私はヒロインが好きなの。それに公爵令嬢が家出なんてしたら、外聞が悪すぎて家族に迷惑もかかるし。自立したいのと、家族を大切にするのは別よ。悲しませるのは絶対に嫌。」


 甘いと、小娘の戯れ言だと思われるかもしれない。結局権力もお金もある生活を続けたいだけだろうと。


 でもどんな風に見られても、前世の兄と大喧嘩したときのような顔を今の家族にさせてしまうのだけは嫌だった。死んでしまっては謝ることもできない。


 目を伏せ過去に思いを馳せるように俯いてしまった私を見て、カイは何かを察してくれたようだった。


 組んでいた足を戻し身を乗り出すと、私の頭を手でポンポンと叩いた。


「ミイ。アロマストーンを商会にくれないか。それ以外にも今後、アイデアがあれば教えろ。」


 急な話題の方向転換に戸惑い、近づいていたカイの顔を見上げる。尊大な態度で片側の口角を上げているがその瞳は優しく、真剣な色をしていた。


 真意を問うようにその眼差しを受け止めると、そのままの状態で口を開く。


「俺はものづくりが好きだ。好き勝手に作りたいが、先祖代々の商会次期会長となるとそうもいかん。オルゴールやアロマストーンのように、貴族に受け入れられるものをという制限がある。うちはどちらかというと質重視の貴族向けだしな。幾ら前世の知識があるとはいえ、感覚が平民の俺では結構難しくてな。」


 物凄く面倒そうに溜息を吐くと、頭に置いたままだった手に少しだけ重さが加わる。


「ミイには俺にはない、貴族感覚と女性目線での前世の知識がある。ビジネスパートナーとしてぴったりじゃないか?これは対等な契約だから、もちろん対価は払う。自分で得た資産が欲しいんだろ?俺にも商売のしやすさ以外に、前世の話ができる仲間を得るというメリットもある。……だからな、肩の力を抜け。これは甘えじゃない、支え合いだ。」



 外見は同い年の子供のくせに。


 剣を持たないその指は、女性のように細くて。

 でもお世辞にも綺麗とはいえない傷だらけの職人の手は、なぜか大きく感じられるから。

 

 頭から離れていくその温もりに少しだけ、ほんの少しだけ泣きたくなった。



「分かった。願ってもない申し出だわ。」


 目が潤んだりしないよう、未練を感じないよう、敢えて目線を下げ決してその手を追わない。だってこれは契約。


 父のようでも兄のようでもない、私を対等と言ってくれる大人で、同い年のパートナー。


 だから、お礼を言う代わりに今度は私から手を差し出す。頭に置かれていた手とは反対になるように。


「宜しくお願いします。フライハルト商会次期会長、カイ様。」


「こちらこそ。シュテルンブルーメ公爵令嬢、ミーティア様。」


 にこっと微笑んで握手を交わした私達は、何事もなかったかのようにソフィーを呼び戻したのだった。


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