罪を重ねた過去
両親の愛を一身に受ける兄が、昔は大嫌いだった。
“未依”の家は有名な製菓会社を経営していた。
望んで生まれた優秀な跡取りである兄と、偶然出来てしまった8歳年下の平凡な妹。
両親がどちらを可愛がるかは一目瞭然だ。甘えれば冷たくあしらわれ、笑顔を向ければ可愛くないから笑うなと言われて。躾と称して叩かれたり、食事抜きにされたことも一度や二度ではない。
兄自身はそれなりに優しかったように思う。けれどお互いに忙しくて、顔を合わせることは殆どなかった。私は沢山の習い事をさせられていたし、兄もあまり家にいない。
それでも時々遠目に見かけると、いつも大勢に囲まれて笑っていた。各方面に優れた兄は、度々大きな賞を取り注目される。対して私に近付いてくるのは兄に用がある人だけ。幼いなりに努力しても、同じようにはなれなかった。
どうしてあの人ばかりが認められるの?
そんな嫉妬心から兄をますます遠ざけた。私の力が足りないのだから仕方ないと受け入れて、せめてこれ以上見ないように。
その一方で、隣の家の“お姉ちゃん”には懐いた。甘い春の香りがする素敵な女性。他の人のように私を利用することも比べることもなく、頑張ったね、凄いねと褒めてくれる彼女が大好きだった。
生活が一変したのは、私が12歳の時。両親が事故で亡くなったのだ。
会社の経営権は、役員だった父方の叔父夫妻が引き継ぐことになった。子供のいない彼らは成人したての兄に「未依は引き取るから何も心配するな」と当たり前のように告げる。兄ばかりを気遣い、同じ両親を亡くした私には声ひとつかけることもなく。まるで私が厄介者であるかのような言い方で。
事実そうなのだろう。まだ学生の兄にとって、ろくに交流もない年の離れた妹など邪魔なだけだ。
それでも優しい兄は私を見下ろして、どうしたいと尋ねた。私は兄の袖をぎゅっと握り、縋るような目を向けて答える。
『お兄ちゃんと一緒にいたい。』
初めて私が兄を呼んだ瞬間だった。
そうして兄妹の二人暮らしが始まった。幸い両親が残してくれた蓄えも十分にあるようで、引っ越すことも兄が退学することもない。兄は私に習い事や勉強を強要したりせず、好きなことをしていいのだと言う。
初めは何をしたらいいのか分からなかった。途方に暮れている私を見かねた兄が、隣の家の“お姉ちゃん”を頼った。兄とお姉ちゃんが同級生で幼馴染だと知ったのはこの時だ。
二人が根気強く向き合ってくれたおかげで、“したいことをする”楽しさを知った。読書やお菓子作りに勤しみながら、お姉ちゃんにお願いして家事も教わっていく。
両親が生きていた頃から通いの家政婦さんはいたが、私がこなせるようになれば経済的な負担が減ると考えたのだ。しかし一通り覚えても、兄は家政婦さんを雇い続けた。
『無理をすることはないよ。未依は自由に生きていいから。』
そう繰り返すくせに、兄はどんどん過保護になっていった。大学の講義が終わると、毎日のように迎えに来る。一人で外出させることは殆どない。
やがて兄は後継者として叔父の会社に入社。時を同じくして実家を出たお姉ちゃんとは、残念ながら疎遠になった。仕事が忙しいらしいと兄から聞いたので、迷惑だろうと思い連絡は取らなかった。
友人は出来ない。両親がいないこと、門限が早いことを揶揄う人が多かった。兄を紹介してほしいという言葉に一切頷かないこと、長い間笑わなかったことも一因だろう。小中高一貫校で、人の入れ替わりがないのも大きい。
社会人の兄のお迎えはさすがになくなったが、私を一人にしないよう定時で帰宅して持ち帰り仕事をしていた。跡取りなのに大丈夫なのかと尋ねても、叔父さんに許可は貰っているから心配しなくていいと笑う。
そんな兄のお金を使うことが申し訳なくてバイトを提案するも、帰りが遅くなるのは危ないと一蹴された。
そんな生活が窮屈だったこともある。私に友人が出来ないのは過保護な兄のせいだ、と責任転嫁をしたことも。相変わらず優秀な兄を妬んでもいた。
それでも感謝の気持ちを忘れないでいられたのは、両親が亡くなってからは寂しさを感じたことがないからだ。一緒にいたいと言ったのは自分で、優しい兄にいつの間にか依存していた。嫌われるのが怖くて、兄の愛情を繋ぎ止めることに必死だった。
17歳のとき、進路を兄に相談した。趣味のお菓子作りを仕事にしたいと。
お菓子作りは母との唯一の思い出だった。機嫌の良かった母に一度だけ教わったことがある。私が作った物は兄がいつも美味しそうに食べてくれる。それが嬉しくて、もっと上手くなりたいと思った。
兄は嬉しそうに言う。
『夢が出来たんだね。好きなことをすればいい。未依は自由だ。』
ただし家から通える範囲でという条件がついた。
高校卒業が間近に迫ったある日のこと。
珍しく一人で出た街で、偶然お姉ちゃんに会った。4年ぶりに見るお姉ちゃんは、とても綺麗な大人の女性になっていた。男性と並んで歩いていたので躊躇したが、今を逃すと次にいつ会えるか分からない。挨拶だけでもしたいと思い切って声をかけた。
お姉ちゃんはかなり驚いていたが、変わらず優しく接してくれる。ちょうど解散するところだったらしく、そのまま二人で近くのカフェに入った。
久しぶりに会えたことで上機嫌な私とは反対に、お姉ちゃんの笑顔は陰りを帯びている。声をかけてはいけなかったかなと悲しくなったが、話したくなければお茶に誘ったりしないだろうと楽観的に考えていた。
ぽつぽつと近況報告をする中で、私は「さっきの人は彼氏なの?かっこよかったね!いいなー」と燥ぐ。それがどれほど残酷なことなのかも知らないで。その時のお姉ちゃんの能面のような顔が忘れられない。
冷たい空気を感じたので話題を変えると、お姉ちゃんは再び笑ってくれた。そのことにほっとして、またくだらない雑談を始める。お姉ちゃんは兄の話を特に聞きたがった。だから私も望まれるままに沢山語った。いつも一緒にいる兄の話題ならばいくらでもある。
けれど、私は再び地雷を踏んでしまう。
「春から製菓専門学校に通うことになったの。お兄ちゃんに相談したら、夢を見つけたんだねって喜んでくれて。お兄ちゃんは最近、和洋折衷スイーツがお気に入りで――」
“夢”
無知は罪だ。自由を謳歌する人間の隣で、不自由を全て引き受けた者がいることなど考えもしていなかった。
どうして気付けなかったのか。
『未依は自由に生きていいから』
『好きなことをすればいい。未依は自由だ』
兄の口癖には必ず、“未依は”がついていたことを。
「――あなただけが夢を叶えるというの?」
かつて私に甘えを教えてくれた、春のような女性が私の罪状を告げる。温もりを与えてくれた手で、何も知らない罪人を突き放した。
「あなたが世間知らずな子供で甘えてばかりだから、彼は夢を捨てて私とも泣く泣く別れたのよ!彼から幸せを奪ったことも知らずにのうのうと自分だけ夢を叶えようとしてるなんて、いいご身分ね!!」
私を睨み付ける真っ黒な瞳の周りは、慟哭した後のように潤んで充血していた。きっと私が能天気に笑っている間も、彼女は見えない涙を流し続けていたのだろう。兄と別れてから何年も、ずっと。
お姉ちゃんは語った。兄側の人生を。
優秀な跡取りの兄には、画家になるという夢があった。当然誰もが反対したが、隣の家の幼馴染だけは応援してくれた。
名門校で学ぶ傍ら有名な画家に師事し、その技量の高さに周囲は兄の夢を次第に認めていく。支えてくれた幼馴染とも交際を始め、幸せな日々を送っていた。ようやく両親からも許可が下り、成人後に留学が決定する。
そんな兄の代わりに、両親は渋々妹を後継者とする。しかし習い事を増やしても勉強させても、納得がいくレベルには到底達しない。兄だけを見続けた彼らの理想は高かった。
それなら余所で優秀な人材を見つけて結婚させればいい。そう考え始めていた両親は、兄の留学を前に突然亡くなってしまう。
そこで会社を継いだ叔父が兄に言った。
『我々が未依を“未来の後継者の妻”として立派に育てるから、何も心配せず予定通り留学しなさい。』
だが、今まで自分に笑顔ひとつ見せなかった妹が初めて告げた願い。
『お兄ちゃんと一緒にいたい。』
――だから兄は夢を捨ててしまった。
兄は留学を諦めて、再び後継者の道を歩き出す。後に大切な彼女にも時間を作れないからと別れを告げて。定時帰りを徹底するという無理を押し通してまで、妹の傍に居続けた。
それでも彼女は兄を待ち続けた。手伝えることはないかと声をかけ、妹が独り立ちしてからでいいからまた一緒になろうと懇願する。
でも兄は妹が嫁ぐまで側にいてやりたいからと断り続けた。適齢期の女性を縛りたくはないと。
そうして彼女が26歳になり、やっと他の男性に目を向け始めたところで私と再会してしまった。
あなたはいつまで甘えるの?早く解放してあげなきゃ彼が可哀想よ、とお姉ちゃんは最後に言い残して去っていった。
両親が亡くなるまで兄を嫌い、避け続けていた私は何も知らなかったのだ。知ろうともしなかった。
兄の夢。
私が後継者の妻になると決められていたこと。
二人が付き合っていたこと。
大学卒業と同時に別れたこと。
――今でも愛し合っていること。
兄の夢を支え続けたお姉ちゃんが側にいられないのに、夢を壊した私がどうして一緒にいるのだろう。
怖かった。知らないまま大好きな二人の人生を壊していたことが。
嫌いだった。18歳を過ぎてもなお兄を縛り続けている自分が。
少し疎ましかった。嫁ぐまでずっと私を守ろうとする過保護な兄が。
その感情をすべて兄にぶつけてしまった。
「どうして何も教えてくれなかったの!夢を捨ててまで、恋人と別れてまで一緒にいてほしくなんてなかった!お姉ちゃんが可哀想だよ!」
自分の非を認められない愚かな子供は吼える。そうしてまた罪を重ねた。
兄には内緒で苦手だった叔父を訪ねた。進学をやめて働くから、一人暮らしに必要なサインをもらえないかと頭を下げる。兄をもう解放してあげたい。過保護にしなくても大丈夫だと分かってもらいたいと説明した。
叔父は、確かにおまえ達は一度離れた方がいいかもしれないなと頷く。知らない間に雰囲気が丸くなっていた叔父から条件を出された。
『一人暮らしはいいが、進学はしろ。卒業したらうちの会社で雇ってやる。きちんと就職すればあいつも安心して、自分のことを考えられるようになるだろう。』
何度も引き止める兄に、素直になれない私はまた残酷な言葉を吐く。
「もう放っておいてよ!あんまり煩く言うなら嫌いになるから!!」
傷ついた顔をする兄をひとり残して家を出る。だって依存し合う私達は離れた方がいい。
いつかは謝ろう。自立できたそのときには、今までありがとう、大好きだよと伝えたい。そう思いながら1年半、叔父経由以外の連絡を絶った。
もう二度と会えなくなるなんて思いもせずに。




