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それぞれの想い


「勝手なことを、申し訳ありません。」


 たった一人となった候補を辞して迷惑をかけることと、私欲で力を使ってしまう恐れのある者が皇太子妃になることの、一体どちらが罪深いのだろう。


 答えは出ないまま頭を下げる。ただ自分の選択に対する罪悪感に打ちのめされていた。


 ややあって、返ってきたのは肯定でも否定でもない。皇太子としてのルークから見た事実に他ならなかった。


「おまえが力を使ったという証拠はない。一連の事件に奇妙な流れがあったわけでもない。捕まった者は皆それぞれ確かな動機を持っている。心身を操られでもしない限り、悪事を選択した者に責任が生じるのは当然のことだろう。」


「……使っていない証拠もないのです。」


 求めてはいけない。こんな力で好きな人を縛りたくない。頑なに皇太子の言葉を跳ね除ける私を、彼は怒らなかった。


「分かった。ティアを候補から外そう。」


 申し出を受け入れられたことに目を閉じる。これでよかったのだと自分に言い聞かせて、お礼を口にしようとしたそのとき。


「そして俺の婚約者として内定させる。」


「え。」


 正反対の方向へと話が進み、理解が追いつかず頭を上げる。馬鹿みたいにぽかんと口を開けると、彼は不敵に笑った。


「ティアを手放す気はない。俺には権力も帝国一の魔力もある。無理やり婚約者に据えることくらい可能だ。相手に選択権がある祝福の力より、その方が余程たちが悪いと思わないか?」


「なぜ、そこまで……」


 精霊の怒りに触れるかもしれないのに、それでも私を望んでくれるというの?


 これでは、まるで。


「決まっている。俺がティアを愛しているからだ。もう随分前からな。」


 慰めではないとすぐに気付いた。注がれる視線に込められた熱情は、妹に向けるものではない。私の欲しかった想いが凝縮されている。


「皇太子妃候補になるのも元々は俺が望んでいたことだ。ティアが願っても願わなくても結果は何も変わらない。」


 語られたのは、ひとりの男としてのルークから見た真実。


 そう認識した途端、一気に顔へと熱が集まった。湧き上がる喜びに、震える手を口元に当てて隠そうとするが上手くいかない。


 言葉を返せないでいると、ルークは心の底から嬉しそうな顔をした。端正な顔立ちが笑み崩れ、喜色満面といった様子で頬を染める。初めて見る表情に、心臓が壊れそうなくらい脈打つ。


「やはりティアも俺を好きになってくれたのだな。」


「……ぅえ!?え……なん、……ちがっ」


 つい先程まで手放そうとしていた想いを、返事もしてもいないのに言い当てられて狼狽する。欲張りになってはいけないのに、現金な私はその先が続かない。


 ルークは紅潮した私の頬に触れ、軽く親指でなぞった。まるでそれが証拠だと示すように。触れたところから彼の熱が伝わって、沸騰した思考が揺れる。


「無意識な力の発動を疑うほどに、俺を強く望んでくれたということだろう。それにおまえはあの元護衛に“想いはもう決まっている”と告げた。ならば答えはひとつだ。」


「っ!」


 自分の間抜けさに絶句した。誰が聞いても明らかなくらい自爆している。


 愉しげに何度も頬を軽く摘ままれたり撫でられたりして固まっていると、お兄様が笑顔でルークの手を強引に引き剥がした。


「実の兄の前で何をいちゃついているのですか。そもそも無理やり婚約者になど許すはずがないでしょう。」


「……それは言葉の綾だ。」


「貴方ならやりかねません。」


「ティアが離れていこうとするからだ。どんな手を使ってでも引き留めるのは当然だろう。」


「開き直りましたね!」


 席を外して離れた所でルークとお兄様が言い争いをする中、ニーナは気にした様子もなく立ち上がってベッドに腰掛けた。私の背中を押してくれたときのように優しく、けれど懇願するように微笑む。


「願うことを恐れないで。大丈夫。ティアなら絶対、力の使い方を間違えたりしない。だってあんなにも努力していたんだから。ティアはもっと自分を信じるべきよ。」


「ニーナ……」


「もう一度聞くね。ティアがいたいと思う場所はどこ?隣にいてほしいのは誰?」


 あの日と同じ質問をするニーナの瞳を探るように見つめても、そこには頬を染めた私しか映っていなくて。どんなに避けようとしたところで隠しきれないのだなと自覚する。


 だからこそもう、確かめずにはいられなかった。


「ニーナは?ルークを好きだったりしない?」


 馬鹿正直に聞いてどうするのだと自分に呆れる。お兄様達には聞こえないよう声を潜めたが、それでもこんな場で尋ねていいことではない。


 訂正しようとすると、目を丸くしたニーナは大きく首を振った。


「私が殿下を?ないない!まさかティア、ずっとそれを気にしていたの?あ、そうか。“ゲーム”のせいね。」


 ニーナは私の懸念をあっさり大声で否定した後、信じられないことを口にした。


「え?」


 納得したと言わんばかりに頷かれて体が凍りつく。特に隠す意思もないニーナの声が聞こえたお兄様達も、ピタッと言い争うのを止めた。


 どうしてゲームを知っているの。カイ以外に話してはいないのに。


 ぎこちなくお兄様達に顔を向けると、申し訳無さそうに頷いた。それは既に知っているという合図。元の椅子に座り直した二人と、私の隣に座ったままのニーナを困惑顔で見つめる。


「なんで……」


「すまない。脱線したが、元々それを話に来たのだった。婚約の件は、まあひとまず後回しにしよう。落ち着いて聞いてくれ。――現在この城で、ティアの前世の兄を名乗る男を保護している。」


「………………え」


 耳を疑うような事を言われて頭が真っ白になった私に、ルークは一から説明してくれた。


 精霊の声を聴き私を迎えに行った教会で、異国風の男性を極秘裏に保護したこと。男性が発した日本という国に覚えがあったルークが、カイを城へ呼んだこと。話を聞いていくうちに私の兄であると判明したこと。


 その男性が私と話したい、謝りたいと言っていること。


「ティアが嫌がっていたから、二人の過去については誓って聞いていない。ただ話の途中、その男は俺やウィル、ニーナ嬢を見ながら『妹はゲームの世界に転生していたのか』と呟いたんだ。その流れでゲームの概要を聞いてな。」


「……そう。黙っていてごめんなさい。」


 処理しきれていない頭ではそれしか返せない。確かにそんな話を聞けば、皇太子妃候補の件もルークの告白も考える余裕がなくなってしまった。


 本物なのだろうか。ルークが聴いた声によると、精霊は私の願いを叶えるためにお兄ちゃんを連れてきた。


 でも私は、会いたいと願ったわけではない。ただ幸せになってほしかっただけで。


「ニーナには謝らないといけないわ。本当なら貴女は星の精霊の加護を得るはずなのだけど、私が原作と違う行動をしたせいで物語が狂っているの。“悪役令嬢“がいないと、どうなるか分からなくて……」


「謝る必要なんてないわ!ティアはいつも私を助けてくれたのよ。実家の再建も学園で上手くやれているのも、全部ティアのおかげ。だから物語の中の私より、今の方が絶対に幸せよ!」


 ごめんなさい、と頭を下げても、ニーナは両手を振って即座に否定してくれる。お兄様は何か考えるような素振りをした後、ニーナを見て口を開いた。


「“祝福の乙女”は自然が豊かな領地を持つ下位貴族の出身だったらしいんだ。もしかしたらユングフラウ子爵家のことなのかもしれないな。」


 お兄様の推測に、ニーナと顔を見合わせた。祝福の乙女に縁のある者だからこそ、ニーナは元々精霊に気に入られていた?証拠のない思いつきであっても、その考えは胸にすとんと落ちた。


「私とニーナが出会ったのは、精霊に導かれてのことかもしれないわね。やっぱり、近日中に祈りを」


 聞けば聞くほど、ニーナが加護を得るのは当然のことに思える。“悪役令嬢”なんていなくても問題ない。気が逸る私を、ニーナは「待って!」と制止した。


「私は格好良い殿方と恋愛してハッピーエンドよりも、ティアの隣に立ちたいの。“愛し子”ではなく、可愛くて優しくて、誰よりも努力を欠かさない大切な友人の隣よ。だから祝福とか加護とか、そんなことはどうだっていいの。」


 ニーナは曇りのない眼差しで私に訴えた。本人がいらないと言うのに、押し通すことは出来ない。


「……ありがとう。でも私の方こそ前向きで真っ直ぐな、陽だまりのように暖かい大切な友人の隣に立ちたいと思っているのよ。」


 こんな素敵なニーナを前にしてゲームを意識するのは失礼だと再度認識を改める。いずれ彼女が恋をしたときには全力で応援しよう。祝福の力はなしで。



 微笑んで手を取り合っていると、お兄様達の話し声が聞こえてきた。


「あちらの方がいちゃついていないか?」


「これは立ち入れない二人の世界ですね。見守りましょう。」


「おまえ……俺の時と態度が違いすぎるな。」


 二人の方が何だかんだ仲良しなのでは?という言葉は呑み込んで、彼らに向き直った。


「正直まだ、混乱しているのだけど……。兄を保護してくれてありがとう。」


「ティアの兄ならば当然だろう。精霊の声のおかげでもあるがな。」


「僕としてはちょっと複雑なんだけどね。どうする?今日は安静だから、明日彼に会う?」


「……うん。」


 私のせいで異世界まで連れてこられたのだから、会わなければいけない。そして早く元の世界に返してあげなければ。既に3日も経ってしまっているのだから。


 何よりも、直接謝罪出来る機会に恵まれた。お兄ちゃんも面会を望んでくれている。ならば迷うことなどない。


 だけど向き合うのが怖い。


「明日は僕も一緒に行くよ。彼に改めて挨拶させてほしい。同じティアのお兄さんなら、安心させてあげたいからね。」


 私の不安を感じ取ったのか、お兄様は微笑んで頭を撫でてくれる。


「もちろん、私も!ティアの友人ですって挨拶したいわ。」


「彼は真にティアを想っている様子だった。ティアだって彼の為に毎日祈っていたのだろう。何も怖がる必要はない。」


 彼らの温かい言葉に勇気を貰う。


 ルークに兄の幸せを祈る理由はと問われたとき答えられなかったのは、嫌われたくなかったからだ。私の罪や愚かさを知って、そんな女は皇太子妃候補失格だと思われたくなかった。


「ありがとう。お兄ちゃんに会う前に、聞いてくれる?私達のこと。」


 本当の意味で、目標を達成するために。辿り着きたい場所を見つけられたのは彼らとカイのおかげだから。



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