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ゲームが正しかった


 その日、教会から天に向けて青い光の柱が伸びた。


 星空に打ち上げられた神秘の光は、やがてシャボン玉のように弾け飛ぶ。その小さな光達は数多の星へと姿を変え、帝国中の空に降り注いだ。


 誰もが目を奪われた流星雨は、翌日の日の出まで絶え間なく続くだろう。それは闇に怯える人々に向けられた、一人の少女の愛だった。


 深く澄んだ夜のような髪を持つ青年は、その瞳に少女の愛を映して地を駆ける。聞き分けのない大切な女の子が隣に並ぶ未来を、脳裏に描きながら。青年の耳には涼やかで優しい響きがまだ残っていた。


『愛し子の願い、叶えるよ。()()()保護してあげて。』


 青年が息を吐きながら扉を開いたとき、その言葉の意味を静かに悟る。


 眠り姫のように美しく横たわっている少女の傍には、仕立ての良い黒を身に纏う異国風の男性の姿があった。




  ◇◇



『ティア、起きて。――まるでお寝坊さんに戻ったみたいだ。』


 お兄様ったら、いつの話をしているのよ。


 本当に起きてもいいの?


 私はとっても図太いみたいなの。真実を知っても尚、一緒にいたいと懲りずに願ってしまうのだから。



『ティア、無茶なことして……本当に心配したわ。』


 ニーナ!急いで帰ってきてくれたのね。


 貴女には謝りたいことがあって。


 加護のことなんだけど……ううん、大丈夫よね。ゲームの貴女よりもっとずっと素敵な女性だから。魔力が回復したら試してみるね。



『ティア、おまえの本音が聴きたい。』


 私にも分からないわ、ルーク。


 分からないということにしておいて。


 ローザフィア様には譲れないなんて言っておきながら、貴方の隣にいる私を描けなかったから。



『やっと、やっと見つけた……――っ会いたかった。』


 だれ?懐かしい声だ。


 きっとこれは夢ね。


 泣かないで。恩知らずな妹でごめんなさい。一人にしてごめんなさい。あれから、幸せになれた?私の声がそっちの世界に届いていたら嬉しいな。



 暖かな光を瞼の裏に感じながら微睡む。目覚めることを躊躇う真っ白な意識は夢と現を彷徨った。


 けれど、何度も何度も私を呼んでくれる人達に答えたいと思ってしまう。求めるように手を伸ばせば、あっ!と期待に満ちた声がする。陽だまりのような手に握られて、揺蕩っていた心が現を選んだ。


「んん……」


 水面から顔を覗かせた意識が呼吸するような感覚に声を上げる。ゆっくりと目を開くと、大好きな3人の顔が私を覗き込んでいた。


 一様に心配そうな表情をした彼らに


「お、おはよう…………?」


 と掠れた声で挨拶をすると、ハニーベージュが視界いっぱいに広がってシーツの上から温もりに包まれる。


「ティア!よかったあ……」


 顔を伏せたまま泣きそうな声を上げるニーナの後ろで、二人がほっとしたように口元を緩ませた。



 聞けば、私は3日間眠り続けていたらしい。魔力が回復してもなかなか起きないため、3人は度々様子を見に来てくれていたそうだ。


 また心配をかけたと謝罪とお礼を述べると首を振られ、話は私の身支度と診察が終わってからにしようと言って一度部屋を出ていった。その時の表情が何か言いたげに見えて違和感を覚える。


 もしかして勝手な行動を取ったことに怒っているのだろうか。対応に追われるお兄様達の助けになりたかったのに、魔力切れを起こしたことで結局面倒をかけてしまった。ただそれでも窓から入ってくる日差しを見て、無事に成功したのだと心底安堵する。


 着替えや軽い食事を終えて、皇族専属の侍医による診察を受けた。もうどこにも異常は見当たらないが、今日1日は安静にするようにと念を押される。誘拐直後の寝ている私を看たというのだから、その翌日に抜け出したことも知られているのだろう。



 診察後、暫くして彼らは再び部屋を訪れた。その神妙な面持ちから大事な話があるのだと察し、座っていたベッドからソファーに移ろうとする。しかし私の行動を敏感に察したニーナに肩を押さえつけられて動けない。


「安静にって言われているでしょう?」


 有無を言わせない類の笑顔を浮かべるニーナに、ひくりと口角が引きつった。彼女の笑みがお兄様と被って見え、いつの間にそんな迫力を身につけたのかと戦々恐々とする。


 部屋の主ではない、重病というわけでもない私がベッドに座った状態で話すのはどうかと思うが、ここは大人しくした方が良いと判断して従う。満足そうに頷いたニーナに、出番を奪われたお兄様達は苦笑する。


 ルークは控えていた侍女に人数分の椅子を用意させると、人払いを行った。礼をして去っていく侍女達を見届けた後、睨みつけるほど真剣な眼差しで私に問いかける。その表情は図書館で叱られた時のものと似ていて、思わず肩をビクッと揺らしてしまう。


「ティア、どうして言い付けを破った?」


 あの時より更に複雑な色を含ませた低い声に唇を噛み締め、チラッとニーナを見る。


 答えるのが躊躇われたというのもあるが、それ以上に力の話を彼女の前でしていいのか分からなかった。ルークはそんな私の考えを正確に読み取って「問題ない」と言う。


 私が寝ていた間にすべて説明したらしい。勝手に話したことを謝られたが、事件に巻き込まれた当事者でもあり信頼のおける友人でもある彼女ならば当然のこと。


 どうせ後々公表するのだ。皇室が話しても良いと判断したのなら構わない。


「結果的に匿われていただけの私が、探し回ってくれた皆を差し置いて休んでいるのが申し訳なくて……」


「本当にそれだけか?」


 罪悪感から目を合わせられず俯いたまま答えると、何故か目を眇めたルークに追及される。


「どうして?」


「おまえは俺達に黙って抜け出したりするような人間ではない。攫われて心配をかけたと落ち込んでいた直後なら尚更な。いつものティアならば、どんなに反対されてもまず説得に走っただろう。」


「……っ」


 膝に掛かったシーツをぎゅっと握る。


 ルークは信じてくれていた。私の行動はそれを裏切るもの。道中の危険がない方法を思いついたからというのは言い訳にならない。確かに普段ならば、先にその手段を提案して再考を願い出ただろう。


 だけど、あの時は一人で何とかしなければと思ったのだ。これ以上彼らに迷惑はかけられないと。そしてそれは今も―― 



「……信じられなくなったか?俺達を。」


 切なさを滲ませたその言葉に、一瞬私の中の時が止まる。


「どんなに言い訳したところで、ティアを騙したまま傍に居続けた事実は変わらない。信頼が揺らぐのも当然だろう。」


 彼は何を言っているのだろうか。どうしてお兄様もそんな苦しそうな表情をするの?私は二人を悲しませたかったわけじゃないのに。


「っ違うわ!」


 昏い瞳で見つめる彼らに、私がそんな顔をさせてしまったのだと胸が締め付けられた。蓋を閉めることさえ出来なかった水瓶に雨が降り、中身の水が溢れるように感情を止められない。


「だって……このままでは私、お荷物どころか疫病神よ。国の為に何も出来ていないのに守られて、それなのに誘拐されて光を奪った。」


 皇室さえ機嫌を損ねられない面倒な令嬢をずっとずっと見守って、忌避せず受け入れてくれた彼らを、シルヴァン様の推測だけで少しでも疑って。よく分からない力のせいで皇太子妃にする気がないのだと勝手に絶望して。きっとその感情が帝国から乙女の愛を奪った。


 皇室が私の意思を異常なほど尊重してくれていることは分かっていたはずなのに。縛ることはしないという陛下のお言葉の真意をもっと考えていれば。


「それはティアのせいじゃないんだ。僕達が隠していたからで……」


 真綿に包むような優しい言葉に首を振る。攫われた理由が“愛し子だから”であれば、お兄様の言うように私は何も知らなかったと逃げることができた。


「私が選んだから……願ってしまったからなのよ。皇太子妃候補になりたいって。ローザフィア様が立場を追われたことも、力を使っていないって保証がどこにあるの?」


 皇太子妃候補にならなければ、フォルモント夫人は私に手を出さなかった。シルヴァン様も私が候補として飼われていると思わなければ、誘拐なんて方法を取ることもなかっただろう。


 人の心まで操れるはずがないと、頭の冷静な部分では分かっている。万能な力などないのだと。


 でも小さなきっかけで未来など変わってしまうのだということも、私は知っていた。そのきっかけを、力が作り出したのだとすれば。


「そんなのって……っ!」


 どこが対等なんだ。結局、ゲームが正しかった。ハッピーエンドを迎えたヒロインを影から見守るミーティアが。たった一度の発動で、精霊に気に入られたニーナを幸せにして終わる方がいい。


 ローザフィア様に「譲れない」と言ったのは本心じゃない。だって私がそう祈るだけで叶ってしまうのなら。


「ルーク、……お兄様。」


 呼び方を戻して。身勝手な想いなど断ち切るように。ただ、地上の願いを聞き届ける流れ星のようになりたい。


「私は元通り妹として、皇室と共にあると誓いましょう。他国へは行きません。だから私を、皇太子妃候補から降ろしてください。」



 欲しいものを欲しいとなんて。


 ――もう願えるはずがない。



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