勝負の結末
暫くして、事情聴取と異常現象への対応に追われているお父様が短い空き時間で私の顔を見に来てくれた。
昨日は寝ていて話せなかったこともあり笑顔で近寄ると、眦を緩めて頭を撫でられる。改めて無事と再会を喜び合ってから、お父様は穏やかだった表情を引き締めた。
「聞いたそうだね。」
何を、なんて聞かなくても分かる。はい、と返事をするとお父様は複雑そうな顔で溜息を吐いた。
「私は宰相として国の為の判断をせねばならない。親としては避けたいことではあったが、こうなってしまった以上、ティアのことを公表する必要があるんだ。」
「あ……」
当然とも言えるお父様の言葉に目を見開く。
私は早く復旧させることしか考えていなかった。しかし異常現象が治まったところで、原因不明のままでは混乱が続くだろう。再発を恐れる民を安心させるにはそれしかない。
「能力の詳細や誘拐のことは伏せるはずだ。精霊の“愛し子”であるティアを害そうと企んだフォルモント公爵夫人が精霊の怒りに触れた、という説明になるだろう。」
「でも、それは……」
――ますますローザフィア様の立場が失われてしまう。
同情すべきではない。私が祝福を授かっていなくても、公爵令嬢誘拐は計画を立てた時点で罪に問われるのだから。いくら捜索に協力してくれたといっても無罪になることはない。
甘いことを言っていてはいけないのだと、その先は口を閉ざす。お父様は私の気持ちを読んだかのように、それでいいと目を細める。
「今の内に考えておきなさい。フォルモント公爵令嬢は既に皇太子妃候補から外されている。民は愛し子が皇太子妃になるのだと信じて疑わないだろう。もしティアが嫌だと言うなら策を講じなければいけないからな。」
「……っ」
「本当は猶予をあげたかったんだが……ティアの身の安全を考えると時間がないんだ。」
婚約なんてまだ早いというのに……とぶつぶつ言うお父様の不機嫌そうな声を聞きながら、私は見えないようにぎゅっと拳を握り締めた。
◇◇
「本当に来るとは思わなかったわ。」
鉄格子が嵌められた窓のある一室で、対面にいる黒髪の女性が静かに呟いた。煌びやかで妖艶なドレスではなく、質素なワンピースドレスを身につけている。その腕には目を逸らしたくなるような手枷があった。
「呼んだのは貴女よ。」
呆れが混ざったようなその声に、こちらも敬語を取り払って言葉を返した。
事情聴取で黙りを決め込んだフォルモント公爵令嬢がティアと話したいと言っている――
あのあとお父様にそう告げられ、私はすぐに会うことを決めた。当然二人で話すことは許されず、事情を知る数人の近衛騎士が周囲を固め、正式にルークの側近となったフェリクス様が立会人として同席している。
初めはお父様かお兄様の予定だったが私が拒んだのだ。忙しい彼らをわざわざ付き合わせたくはなかったし、その二人がいるとローザフィア様は本音で話せないと思ったから。
結果、万が一の時の魔法対策としても頼りになるフェリクス様に決定した。彼曰く「あの女は俺ならば本性を見せる」と。
「貴女の勝ちよ。いい気味だと思ってるでしょう。」
「……そんなことは思っていないわ。実際に行動を起こしたのは貴女のお母様よ。それに貴女が密告してくれなければ、私の捜索にもっと時間がかかっていたかもしれないもの。」
決してお礼は言わないけれど。私の為だなんて自惚れてはいないから。
ローザフィア様は夫人と違い、犯行を偽装したところで隠しきれるものではないと分かっていたのだろう。だから少しでも罪を軽くする為に動いたのだ。
彼女は私の否定を鼻で笑い、苛立たしげに足を組む。周りの男性の目など気にしていないようだ。
「あらそう?これで皇太子妃は貴女のものになるのだから、もっと喜びなさいよ。」
「……こんな結末を、望んでいたわけではなかったわ。」
思わずぽつりと本音が漏れる。
事実を知った今、正々堂々戦いたかったなんて言えないのに。どこが対等だったのかと笑いたくなった。
「被害者のくせに、相変わらずいい子ちゃんだこと。まあそうよね。貴女、攫われたといってもあの王太子殿下に匿われていたそうじゃない。よかったわね、危ない目に遭わなくて。」
「……」
「貴女はいつもそうよ。本当に狡い女だわ。その庇護欲を掻き立てるような顔で甘えて笑顔を振り撒いていれば、沢山の人が守ってくれる。後から出てきても簡単に認められて愛されて…………だから、そんな風に綺麗なままでいられるのよ……!」
憎悪と嫌悪に満ちた視線が私を突き刺す。大声で喚き散らしたいのを我慢するかのように、彼女は苦しげに言葉を吐き出した。
「私だって同じ公爵令嬢よ。皇族の親戚よ。ずっと唯一の皇太子妃候補だったのよ。なのになぜ、社交界にも出てこなくて世間知らずだった貴女ばかりがそんなにっ……。地位も、名誉も、愛も。全部全部、多くのものを持っているくせに。なぜ私から全てを奪うの……!」
将来の皇太子妃として誇り高く育った彼女の張り詰めていた糸が切れ、溜め込んだ感情が爆発する。それでも泣かない、泣けない悲鳴が痛い。
一通り吐露した彼女は、それでも猛烈な痛みを燻らせるように荒く呼吸をした。
「……綺麗じゃないわ。」
幸福な日々は、誰かの犠牲で成り立っていることを知っていた。それでも想いを貫き通すと決めた私は立派な加害者。それなのに皆、ティアは悪くないと口を揃えて言うのだ。
私はきっと、責められたくてここへ来たのだろう。
「だって私は、貴女に嫉妬していたわ。大人っぽい容姿も自分の足で立てる強さも私にはないものだから。私の友人や平民を貶める貴女がなぜ唯一の皇太子妃候補なのって恨んでもいた。」
何不自由なく暮らせるお金があっても、大抵の貴族を一言で黙らせられるほどの身分があっても。どんなに愛されていても、大切にされていても。
恋をした欲張りな私は満足しない。自分からも他人からも隠しても誤魔化しても、黒い感情を消すことなどできなかった。
自嘲気味に笑うと、彼女は驚いたように目を見開いた。紅をさしていなくても真っ赤な唇を小さく開き、言葉を紡ごうとして閉じる。一見無表情なフェリクス様からも強い視線を感じた。
「綺麗な言葉を並べ立てて誰かの為にと行動すれば許されるような気がしていた。貴女の言う通り、私は狡いのだわ。恨んでくれて構わない。一生憎んでくれていい。」
それでどちらが楽になるか、と考えてまた自己嫌悪に陥る。どうして私はこんなことしか言えないのだろう。彼女の為に出来ることなんて何も思い付かなくて。
「だけど、それでも譲れないわ。帝国を、皇太子殿下を支えたいと思ってしまったの。――ごめんなさい。貴女の夢を、努力を、時間を奪ってしまって。」
立ち上がって頭を下げると、痛いくらいの沈黙が流れる。暫くそのままでいると、ローザフィア様は一つ息を吐き出した。
「もういいわ。出て行ってちょうだい。」
その言葉にいち早く反応したフェリクス様が口を開く。
「これで捜査に協力するか?」
「ええ。」
その返事に頷いたフェリクス様に促されるまま頭を上げると、彼女は顔も見たくないというように目を閉じて横を向いていた。けれど私が背を向けて退出する間際、小さな声が耳に届く。
「…………色々、悪かったわ。貴女はやっぱり綺麗よ。」
同じ言葉なのに、今度は悪意が感じられなかった。
多くの感情を含んだその声色に一瞬足を止めるが、彼女は私が振り返ることを望んでいない気がして。
数人の騎士に守られながら、そのまま部屋を後にした。




