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祝福の乙女


「星の精霊の祝福………生まれ変わり…………」


 ルークの言葉を切り取り、ふわふわした口調で繰り返す。私が転生者でゲームを知らなければ夢物語だと思っただろう。


 大きく瞬きをしていると、ルークは懐から一枚の紙を取り出して私に見せた。そこに書かれていたのは帝国民なら誰でも知っている有名な歌。


星の花が咲いたよ

精霊は乙女を祝福し

溢れる願いを聞き届け

星空を愛で満たした


精霊は星空を見守っているよ

どうか乙女の愛が消えませんように


「これが伝承だ。ただし美談だけの、な。」


 そう言って皮肉な笑みを浮かべ、皇室と二大公爵家に語り継がれている隠された歴史を語ってくれた。



 遠い昔、星の精霊は星の花(ブルースター)を咲かせた少女に祝福を授けた。その効果は、魔力を使用し祈ることで願いを叶えるというもの。善良な少女は家族のため、友人のため、知人のため、そして帝国のために祈り続ける。“流れ星になりたい”が少女の口癖だった。


 やがてその力に目をつけた貴族達が、少女を皇后にしようと考えた。しかし少女には既に相思相愛の恋人がいる。少女は恋人と引き離され、囚われの身のまま皇太子の婚約者となった。


 少女は“流れ星になって逃げたい”と嘆き悲しみ、星の花は枯れてしまう。貴族達は少女が未練を断ち切れるよう、恋人を亡き者にしてやろうと企む。怒った精霊は帝国を星も太陽もない暗闇で覆った。


 焦った貴族達が祈りを捧げよと命じても、酷い扱いを受けて窶れた少女の魔力は枯渇している。当時の皇室は少女を気遣ったが、貴族達の声を抑えるほどの力はない。恋人の手によってなんとか逃げ出した少女は祈った。祝福の証である自身の星眼を、皇室へ授けて欲しいと。


 星眼による高魔力と求心力を得た皇室は少女を虐げた貴族達に罰を与え、少女と恋人の結婚を認める。感謝した少女が祈りを捧げたことで星の花は再び咲き、帝国には光が戻った。



「その少女――祝福の乙女の恋人というのが、僕達のご先祖様だよ。我が家は祝福の乙女の血を引いているんだ。」


 祝福の乙女が亡くなった日の夜、皇帝は星の精霊の声を聞いた。「星の花が次に咲くとき、乙女とまた会えるよ」と。

 

 それから長い年月を経て約16年前。シュテルンブルーメ公爵家に星眼を持つ第二子が生まれた日、ずっと蕾だった星の花(ブルースター)が咲いた。


 祝福の乙女の生まれ変わりとされた女の子は、伝承からミーティア(流れ星)と名付けられる。



「当時はそれなりに議論が交わされたらしい。祝福の力が露見してしまえば、貴族達は伝承と同じようにこぞって利用しようとするだろう。だから幼いティアを極力外部から遠ざけた。」


 それが、私が隠されて育った理由。そして幼い私が早々に皇太子妃候補から外されたのも今まで婚約話がなかったのも、伝承からの教訓故だった。


 2年前、陛下が仰った『我らはそなたに関しては決して縛るまいと決めておる』という言葉の真意をやっと理解する。皇室は星の精霊の怒りに触れないよう、細心の注意を払って私に接していたのだ。



「今まで私に黙っていたのはどうして?」


 想像以上の話に気が遠くなり、唇を震わせながら問い掛ける。


 祈ったら願いが叶うなんて、本当に御伽噺のよう。私が昨日強く思ったのは『指一本触れられたくない』だ。その結果があの結界なのだとしたら。


 この力はとんでもなく危険なものではないのか。


「幼少から力を持つ人間は歪みやすい。自他共に悪用を防ぐためにも、自覚するまでは告げない方が良いと判断された。まあ伝承以外に具体的な情報がなかったせいもあるが。」


 ルークは気まずそうな顔をした。おそらくは彼らも能力については半信半疑だったのだろう。


「だが、いずれ話さなくてはと思っていた。入学以降の目撃情報で、無意識下でも力が開花しているのは分かっていたからな。」


 それでも皇室が私に望んだのは、帝国から出て行かないでということだけ。それも私の意思が最優先だと分かっているからこそ、あの控えめな打診だったのだ。


 社交界から遠ざけて甘やかしていたのは、帝国に愛着を持って貰うためと、歪んだものを見せないようにして私を祝福の乙女のような善良な人間に育てる思惑もあったのかもしれない。ルークの表情を見て、シルヴァン様が言っていた“懐柔”も間違いではないのだろうなと思った。


 そこでふと気付く。シルヴァン様も力を使ったり森に入ったりすると緑の光に包まれると言っていた。


 あの腕輪はそれを防ぐためだったのではないか。うっかり人に見られたりしないよう、魔法や能力使用時以外はずっと腕輪をつけさせられているのだとすれば。“飼われている”と感じているのはきっと彼自身。あれほど私の待遇に過敏になってくれた理由も理解はできる。


 シルヴァン様もおそらく精霊の祝福持ちなのだろう。――ならばニーナは?



「あの……星の精霊の加護を受けた人はいないの?」


 恐る恐る聞いてみると、祝福の乙女の恋人である公爵が加護持ちだったという答えが返ってきた。


 他人想いで努力家だった公爵を星の精霊が気に入り、彼を亡き者にしようと企む貴族達から守ってほしいという少女の願いを聞き届けて加護を与えたと。



 まさか、ニーナが加護を受けるのは精霊に好かれたからというだけでなく。悪役令嬢からニーナを守ってとミーティアが願ったから……?


 公爵令嬢のミーティアは何不自由なく暮らし、いつも誰かに守って貰っていた。世間知らずな彼女から見た小さな世界は笑顔で溢れている。だから強く祈るほど叶えたい願いなんてなかった。


 恋をした友人(ニーナ)が悪役令嬢に傷つけられるまでは。


 だとすれば。ローザフィア様が捕まって子爵家も再建できた今――ニーナに加護は与えられるのだろうか。



 俯いて考え込んでいると、いつの間にか移動したルークが目の前に立っていた。絨毯に膝をつき、伸ばした手で私の顔にかかっている横髪に触れ、そっと耳にかける。


「すまない。――軽蔑したか?」


「……?」


 謝罪と質問の意味が分からず、俯いていた顔を上げて彼を見る。感情が読めない無表情でも、私を見つめる瞳の奥には怯えがあった。


「シルヴァン殿下から聞いたのだろう。彼の言う通り、皇室は“祝福の乙女”を他国に出す気はなかった。それに昔から、親戚であることを隠れ蓑にして行動制限と監視をしていたようなものだ。」


 やはり、婚約者候補の打診は私をフルラージュへ嫁がせないためだったのだ。定期的になされる両陛下との謁見も、ルークやアルとの交流も思惑あってのことで。


「軽蔑なんてしないわ。危険分子を見張るのは当然で、国の為の最善策を取っていただけだもの。寧ろ、色んなことに納得したくらい。」


 まったく傷つかないといえば嘘になるが、それ以上に今までの好待遇の理由が分かってすっきりした。安心させるように微笑めば、ルークはほっとするどころか顔を歪めた。その反応に首を傾げると、そっと頬を撫でられる。


「それならなぜ、そんな苦しそうな顔をしているんだ。」


「え……」


 笑ったはずなのになぜ苦しそうと言われるのか分からず困惑する。


 どんな事情があろうと、私は彼らの行いが全て打算だったとは思っていない。胸にあるのは感謝の気持ちだけなのだ。こんな爆弾ともいえる存在を受け入れてくれているのだから。


「そう?きっと情報量が多くて少し疲れただけよ。」


 そう言っても納得しない様子のルークを、皇太子に膝をついたままにさせるなんてとんでもないと説得し、元の位置に戻ってもらった。お兄様もずっと心配そうに見てくるので、私は意識を逸らすためにも話題を変える。


 伝承を聞いて、確認しなければいけないことがあった。



「外がこんなに暗いのは、私が攫われたせいなの?」


 朝食後にもう一度外を見ても、空はまるで星のない夜のように真っ暗なままで。悪天候のせいではないと気付いてから、何が起きているのか不安だったのだ。


「……ああ、おそらくな。だが、おまえは無事に戻った。この異常もじきに収まるだろうから気にしなくていい。」


「でも、伝承通りなら私が祈った方が確実なのでしょう?」


 自分で言って何だそれと思わなくはない。願いが叶った実感なんてまだ一度しかないのだから。


 でもルークの話を信じるならやってみるべきだと思う。二人は何も言わないけれど、きっと今頃は皇城内も混乱しているはずだ。


「……これだけ規模が大きいと、学園の教会に移動する必要があるだろう。あの教会は元々乙女の祈りの為に建てられたとされている。」


「それなら今すぐ学園に」


「駄目だ。首謀者を捕まえたとはいえ、まだティアを狙う者がいるかもしれない。それに祈りには魔力が必要だと言っただろう。おまえの体調が万全でないうちは許可出来ない。」


 行かないと!という言葉は遮られた。はっきりとした強い口調で反対されてたじろぐ。それならばとお兄様に視線を移しても、にこやかに首を横に振られてしまった。


「体調はもう問題ないわ。民からすれば原因不明の異常現象よ。一刻も早く何とかしないと。」


 事情を聞くと、落ち着いて話している場合ではないことくらい分かる。けれど二人は焦りもせず冷静な顔をしていて、私に心配をかけまいとしているのが伝わってきた。


「ティア、さっき疲れたと言っていたよね?」


 適当に言った言葉をお兄様に指摘され、うっと変な声が出た。さすがお兄様。記憶力が良い。


「誘拐された翌日くらい大人しく休んでいろ。俺達はもう行く。」


 説得の方法を探していると、二人は話は終わりだと立ち上がった。どちらも私の頭を撫でてから部屋を出て行く。


 私は有無を言わさない二人に肩を落としながら見送った。


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