謎の光と再会
無理やりな暴力行為があります。苦手な方はご注意をお願いします。
一人になった室内で湯浴みを終えて早々にベッドに入った。訪れる気配のない眠気を諦めてレシピ本をパラパラと捲る。フルラージュは食用の花が豊富なようで、屋敷に帰ることが出来たらカイに頼んで取り寄せてみようと思う。
昼間は雨音がしていたが、今はただオルゴールの音が鳴り響く。試しに止めてみたら静寂が煩くて堪らなくなり、すぐにまた宝石箱の蓋を開けた。もう空は晴れたのだろうか。
シルヴァン様のお話は私に衝撃を与えた。第二王子殿下がいるのは知識として知っていたけれど、まさか出会いから自信満々に見えた彼が劣等感を持っているとは思わなかったのだ。すべてを諦めてしまったのも、きっと長年苦しんだ結果だったのだろう。
彼の力というのは精霊の加護なのかもしれない。私とあんな形で出会わなければ、誘拐なんて手段を考えることもなかったと思うと複雑な気分だ。
でもあの様子を見る限り、おそらく近いうちに家に帰ることが出来る。ソフィーもフランツの元に返してあげられる。暫くはお休みをあげて、ゆっくり二人で過ごしてもらおう。
そんなことをつらつらと考えていた時、下の階から複数人の足音が聞こえた。この屋敷は限られた使用人しかいないらしく、ここまで人の気配があったことはない。
慌ててオルゴールを止め、念のため薄い夜着の上からガウンを羽織った。
もしかして助けが来たのかと扉に近付いて耳を澄ませても、どこかの部屋に入ったのか何も聞こえてこなくなった。お客様だったかと少し落胆する。暫くはそのまま立ち尽くしていたが、諦めて踵を返した。
しかしベッドまで戻ったとき、解錠の音が聞こえ静かに扉が開いた。足音もノックもなかったことに驚き振り返って「だれっ!?」と声を上げる。
「お嬢様、お静かに。」
焦ったように言う人物を見て、彼もここに滞在していたのかと驚いた。がっしりした体型の、ダークブラウンの髪を持つ男性は私のよく知る人だ。
「マルク、こんな夜にどうしたの?」
「ここがバレてしまったようです。今のうちに私と逃げましょう。」
やっぱり助けが来たの?それなら逃げるなんてとんでもない。
必死な形相で私を逃がそうとするマルクに首を振った。
「私は帰りたいの。だから逃げないわ。」
「っ何故ですか!皇室はお嬢様を騙しているのですよ。それに最近のお嬢様はいつもお忙しそうで見ていられません。昔はあんなに無邪気にお過ごしだったではありませんか。」
「私は望んで皇太子妃候補になったのよ。夢を叶えるために行動しているだけで、無理なんてしていないわ。」
心配しないでと笑って言い聞かせる。
攫われてもなおマルクを信じ、言葉で伝えれば納得してもらえると思っていた私は甘かったのだ。彼がどうして鍵を開けられたのかをもっと考えるべきだった。
「そんな……これではなんのために…………もういっそ、私が……」
マルクは私の言葉を聞くとショックを受けたように俯き、ぶつぶつと何かを呟く。暫くして顔を上げた彼の瞳には剣呑な光が宿っていた。
「な、なに……?」
本能的に危険なものを感じて後退りすると肩を掴まれ、視界がぐるりと反転する。
「――きゃあっ!?」
気が付けばベッドに押し倒されていた。二人分の重みが加わったことでマットレスが軋み、端に置いてあった本が床に滑り落ちる。
衝撃で閉じていた目を見開くと、間近にマルクの顔があった。覆い被さったまま手首を押さえつけられて理解が追いつかない。
「私はお嬢様をお慕いしているのです!この気持ちは恐れ多いと、今後も護衛としてお仕えしていくつもりでしたが……その立場さえ奪われるのなら、このままお嬢様を私のものにさせて頂きましょう。」
痛いくらいに手首を強く握られたまま、血走った目でギラギラと見つめられる。
本気なのだと理解して、あまりの恐怖に動転した私はバタバタと暴れた。
「離してっ!」
しかし日常的に鍛えているマルクはびくともしない。護身術さえ習っていない私の抵抗などものともしていないようだ。せめてもと顔を必死に背けると口付けは諦めたのか、迫っていた顔を離した。
一瞬ほっとしたものの、ガウンの紐に手をかけられて血の気が引く。ひっと息を詰めた私を気にすることなくスルリと解かれた。
こわい。いや、こんなのはいや。じわりと視界が滲んでいく。
「やめて、いやっ……いやあーーー!!」
はしたないなんて言っている場合ではないと絶叫する。その声量に驚いたマルクに口を塞がれ、切れた息を整えることも出来ず生理的な涙が零れる。
しかしこれで手が解放された。声を出せなくなった代わりに今度は腕を振り回す。敵うはずがないと分かっていても無我夢中で抵抗した。今の声が下の階に届いてくれればいいが、ただ助けを待つなんてしたくない。
指一本触れられたくないと強く願う。
すると暴れたおかげなのか、小さな金属音が聞こえて手首がふっと軽くなった。枷が外れたことで体から魔力が溢れ出る。それは青い光となって私の体を中心に外側へ広がっていった。
その光は結界のような力を発揮し、私の上に乗っているマルクを弾き飛ばす。
「ぐっ!!」
その勢いのまま壁に激突し、床に倒れ込んで呻いた。気絶はしていないが背中を強く打った衝撃ですぐには動けないようだった。
ひとまず助かったことにほっとして、荒い呼吸を繰り返しながら上半身を起こす。しかし何が起きたのか分からず、光り続ける空間の中で呆然としていると、
「「ティア!!」」
派手な音を立てて扉が開いた。大好きな二人の声と誰かの息を呑む音が聞こえる。
かたかたと震える体をそのままに視線を向ける。驚愕の表情で私を見た彼らは咳き込んでいるマルクを一瞥し、大凡の状況を把握したようだった。
ロイヤルブルーの青年が一番に足を踏み出すが、二歩進んだ辺りで躊躇したように立ち止まった。ぐっと何かを堪え目を閉じた彼の代わりに、プラチナブロンドの青年が私に駆け寄る。
「お、にい、さま……?まって、だめ!これ止められないの。」
お兄様が弾き飛ばされたら大変だと焦る。この光は私以外の人間を拒絶するかもしれないのだ。自分の魔力によって作られているのは分かるので制御できるはずなのだが、昂った感情がそうさせてくれない。
しかしお兄様は私の制止を無視して一層速度を上げた。その体が光に届いたとき、お兄様を傷つけてしまうのではと怖くなって目を閉じる。けれど予想していた衝突音はなく、私の体は温もりに包まれる。
「ティア……!落ち着いて、大丈夫だから。……遅くなってごめんね。」
優しい声が降ってきて体から力が抜けた。泣いている子供をあやすように何度も何度も頭を撫でられて、マルクと異常な光への恐怖心が和らいでいく。その気持ちに反応したのか光は次第に弱まりやがて消えた。
「お兄様、会いたかった……」
背中に手を回して言うと、更に強く抱き締められる。昨日の朝には一緒にいたのにもう随分会っていない気がした。甘えるようにぐりぐりと頭を押し付ける。安堵の溜息まじりの笑い声が耳に届く。
お兄様を見上げてにっこりと笑いかけた、その時だった。生々しく鈍い音が響いたのは。
発信源の方を見ると、昏い瞳で拳を握り締めているルーク。倒れ込んだマルクを取り囲んで剣を向ける騎士1人とレオン様がいた。マルクの頬は赤く腫れており口から血を垂れ流している。
ルークは立てと言わんばかりにマルクの胸倉を掴んで持ち上げ、殺意を込めて再び拳を振り上げた。それを認識した私はお兄様から体を離して飛び出す。
「ティア!」
お兄様の慌てた声も聞かず、震える足を叱咤してルークの元まで走る。なりふり構わず抱きつくと驚いたルークはマルクから手を離した。
「駄目、もう殴らないで。」
「ティア、どうして止めるんだ。こいつは護衛のくせにおまえを……。ティアが優しいのは知っているが、こんな奴にまで慈悲を与える必要はない。」
「いいえ。ルークの手が傷つくのは見たくないだけよ。それに私自身の手で引導を渡させて欲しいの。」
真剣な表情でじっと目を見つめて告げると、諦めたように嘆息した。
「分かった。」
受け入れてくれたことを嬉しく思いつつマルクの前に立つ。後ろからルークに上着をかけられて、ガウンの紐が解かれたままだったのを思い出した。下に夜着を着ているとはいえ夏用は薄い。少し顔を赤くしながらありがたく上着を掛け合わせる。
「お、嬢様……。私は、ただお嬢様のことが……」
マルクはこちらに手を伸ばし掠れた声で独善的な愛を告げようとする。レオン様が冷たい眼差しで剣を突きつけ、それを制した。
「私の想いはもう決まっているから、貴方の気持ちには応えられないわ。好きなら何でもしていいなんて思わないで。……護衛としての貴方を信頼していたのにこんなことになって残念です。正式に解雇して、二度と私の前に姿を現せないようにして貰います。」
私に出来るのははっきりと拒絶することだけ。小さく痛む胸を無視して失望を伝えると、マルクは絶望した表情になってがっくりと項垂れた。
元々マルクはシルヴァン様に唆されたのだから、護衛を続けるのは無理でもせめて罪を軽くするようお願いするつもりだった。王族の頼みを拒否するのは難しいと思ったからだ。
しかしこうなってしまった以上、情状酌量の余地はない。嫌がる女性を押さえつけるなんて言語道断だ。新たな被害者を出さないためにもしっかり反省してほしい。
涙を流しながら大人しく連行されていくマルクを、私は最後まで見届けた。
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