ミーティアの発見 ※三人称視点
ミーティアが姿を消した日の晩、帝国中の空から星明かりが消えた。2日目も早朝から激しい雨に見舞われている。
そんな中でも捜索は続けられているが未だ進展はない。騎士隊からの報告書と特殊眼保持者の調査書に目を通すルーカスとウィルフリードの表情には焦燥が浮かんでいる。
現時点で特殊眼を持つ貴族達の行動に不審な点は見つからない。捕らえた裏稼業の者達の拠点も調査されたが、彼らが犯行を起こす前であったのは確実な上、特殊眼保持者との繋がりも見受けれられなかった。
夜のうちに現場まで往復したルーカスのサーチ魔法にも反応はなく、状況は手詰まり状態となっている。
殺伐とした雰囲気の中、執務室の扉が叩かれる。許可を得て入室したのは、神妙な面持ちの侍従だった。
「ギード、何か分かったのか!」
慇懃に一礼をしたギードにウィルフリードが凄まじい早さで駆け寄った。追うように落ち着いた色合いのカーテンが揺れる。
それを視界の端で捉えながら縋る主を見返したギードの脳裏には、『お兄様にとってギードの支えは大きいと思うわ』というミーティアの言葉が過っていた。
「マルクを調査しましたところ、不審な点が見つかりましたのでご報告に上がりました。」
努めて冷静な口調で告げると、二人の瞳には僅かな希望が浮かんだ。捕縛した裏稼業の者達が情報を持っておらず特殊眼持ちの実行犯も見つからない以上、足掛かりになりそうなのはそれしかない。
ギードがマルクについて掴んだのは、ミーティアへの過剰な崇拝と謎の男の存在の2点。
1年程前からミーティアの些細な情報を侍女や料理人達にさり気なく聞き回ったり、本邸や庭でこっそり覗き見たりしていたという声があちこちから上がった。そしてここ1ヶ月の間で数度、ある男との密会が目撃されている。
「僕が屋敷にもっと帰っていたら、そんな行動なんてすぐ気付けたのに……」
ウィルフリードは悔しそうに舌打ちした。
ストーカーじみているとはいえ、長年ミーティアの護衛を勤めている男。慕うのは当然だと考えた使用人達はマルクの行動を見逃してしまったのだ。
「ブラウンの髪にグレーの瞳、それと眼鏡か。それだけでは何とも言えんな。そんな特徴の男はいくらでもいる。」
「はい。ですが聞くところによると洗練された佇まいの美青年だったそうなので、貴族の変装である可能性が高いかと。」
ギードの見解を聞いたルーカスの頭には引っ掛かるものがあった。それが何なのかを考え始めた所で、再び扉が叩かれる。
面会を希望する人物が誰なのかを騎士から知らされたルーカスとウィルフリードは顔を歪め逡巡したが、最終的には許可を出した。今回の件に関係がないとは言い切れないからだ。いつものようにお茶をご一緒になどと言うのならすぐに追い出せばいい。
警戒する二人の前に毅然と立った黒髪の女性は、数枚の書類を差し出した――。
◇◇
少数精鋭の近衛騎士隊を引き連れたルーカスとウィルフリードは、夜の闇に紛れるように馬を皇都の外れへと走らせた。
昨夜に引き続き、雨上がりの空を仰いでも星明かりは見えない。今日は皇城の温室でも異変が起きていた。魔法が解けたように星空が消えてただの無機質な天井となり、ブルースターは枯れ始めている。
慌てて封鎖されたとはいえ、騒ぎになるのはもう時間の問題だった。
小さな集団が慣れたように手綱を握り、人のいない通りを最速で駆け抜ける。水しぶきで足下が汚れるのも構わず、ただ前だけを見据えていた。
やがて小さな屋敷の前に降り立つと、客人を歓迎するように煌々と光る灯りを遮るひとつの影があった。ぼうっと浮かび上がったその影は、突然の来訪者達に驚く様子も見せず頭を下げる。
「お待ちしておりました。僭越ながら私が主人の元へご案内させて頂きます。」
まるで来ることを予想していたかのような態度に面食らった顔をした騎士達は、まさか罠なのではと警戒する。
しかしルーカスが「おまえ達は配置につけ」と淡々と命じると、出入り口を固める者、ルーカスとウィルフリードを護衛する者などに分かれた。
執事に案内されたのは、1階にある小さな応接間。
仮宿でしかない屋敷にあるその部屋はとても簡素で、客人の入室と合わせて立ち上がった甘いマスクの主人は完全に浮いている。
実は彼が力を入れて整えたのは客室だけで、寝泊まりした自室でさえ飾り気がない。
「どうも、ルーカス殿下。ウィルフリード殿と……レオンハルト殿だったかな。想定よりも早いご到着でしたね。」
涼しい顔で挨拶をする高貴な青年は、客人達にソファーを勧めた。彼の傍にいるのは案内役の執事だけで、故意に下げているのか護衛を一人も連れていない。
代表3人以外の帝国の騎士が扉前を守っても何とも思っていないらしく、いくらでもどうぞどうぞと言いたげに部屋が埋まるのを眺めた。
「どうやら隠す気はないようだ。御託はいい、まずはティアを返してもらおう。」
座る様子もなく言い放ったルーカスは、冷静に見えて抜き身の刀のように危うい。一分一秒でもこの男の側にミーティアを居させたくないと思っているのが透けて見える。
それでも無理やり押し入ったりしないのは、相手が友好国の王太子だからだ。大きな国際問題に発展しかねないこの状況は帝国にとっても好ましくない。
「ミーティアの能力について話がしたい、と言えば?」
シルヴァンがわざとらしく笑みを浮かべて爆弾を投げると、ルーカスはピクッと眉を動かした。
さほど驚いていないのは、マルクについての調査といくつかの情報を照らし合わせた結果、シルヴァンとマルクが公園で何かを見た可能性に気付いていたからである。
「時間はそう取らせないよ。話が終わればちゃんと彼女を解放するつもりだし、昨日から現在に至るまで怪我ひとつ負わせていないと王太子の名で誓おう。」
捕まってからでは遅い。
国家間のやり取りを挟まない場でなければ不都合もあるだろうと考えたシルヴァンは笑みを消し、彼らを安心させるために真面目な表情で宣言する。もちろん僕の身柄もそちらにお任せするよ、と抵抗しないことを示すように両手を上げた。
帝国はシルヴァンを一般的な罪人として扱う事は出来ない。この先がどうなろうとも、現時点でシルヴァンが王太子である事実は変わらないのだから。まして特異な存在だ。王国はシルヴァンを簡単に切り捨てたりはしない。
シルヴァンはどちらにも迷惑をかけるなと心の中で謝罪しながら、無言で腰を下ろす二人のナイトを眺めた。




