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ひとつひとつ掬い上げて ※シルヴァン視点

「本当に救われたいのは貴方の方ではないのですか?」


 星空を写した猫のような瞳に見つめられて心臓がひとつ跳ねた。籠の鳥であっても飼い主に愛を向けるその純粋さは、僕には眩しすぎる。



「それは、僕の愛を信じて貰えていないということかな。」


 強引な手を2度も使っておきながら、見栄をかなぐり捨てて君が欲しいのだと素直に足掻くこともできない癖に。信じて欲しいなんて調子の良いこと、どの口が言うのかとつい頬が緩んだ。


「愛かどうかはともかく。シルヴァン様が真実、私を想って下さっているのは分かります。貴方は優しいですから。」


 口元に仄かな笑みを浮かべた彼女に唖然とする。女性を攫って軟禁している男に言う言葉ではない。


「閉じ込めるような男にそんなことを言ってはいけないよ。調子に乗ってもっと酷いことをしちゃうかも。」


 誘惑を意識し流し目を送りながら、冗談めかして告げる。しかし残酷な彼女は頬を染めることもなく、本当に酷い人はそんなこと言いませんと笑った。


 その態度が火をつけるのだと、いっそ行動で教えてしまおうか。



「例えば。夫人は予定をずらせと指図されたと言っておりました。ニーナに罪を着せる為だと思ったようですが、それなら子爵領に入ってからの方が確実です。とはいえ、普通は疑われるような日をわざわざ選んだりしませんよ。」


 続けられた冷静な分析に興が削がれ苦笑する。


 まったく、小悪魔な子だ。長年一緒にいる男達の苦労が偲ばれるよ。思惑とは関係なく、囲いたくなる気持ちが理解できてしまう。


「醜聞が広まらないよう配慮して下さったのでしょう?私がお茶会等の予定を確実に入れていない、お忍び旅行初日を選んだのは。」


「……さあ、どうだろうね。」


 もしそうだとしても、それは僕にとって不都合だったからだ。君が王妃になるには妙な噂などない方が良い。優しさなどではなく僕の為だよ。



 手持ち無沙汰な気分になり、目の前に置かれていたカップを手に取った。少し冷めた紅茶を口に含むと、抽出時間を間違えたようでやや苦い味がする。


 公爵家に雇われるほど優秀な侍女の精神状態を感じ取って、罪悪感を覚えた。


「ここに来てからも、私が怯えないよう最大限配慮して下さっています。目覚めた時はソフィーと一緒でしたし、貴方がこの部屋に来る時も連れてきてくれた。お茶も本も、商会の品々だってそう。一切私に近付こうとしないのも全部、シルヴァン様が優しい証拠です。」


「……」


 ああ、そうか。この子は人の善意を拾うのが上手いのだ。当たり前だと見逃してしまわず、一つ一つを掬い上げては大切そうに抱き締める。いつか抱え切れなくなって壊れてしまいそうなほど。


 誘拐犯の好意など見ない振りして捨ててしまった方が楽だろう。被害者として泣いていればいいのに。


 本当はまともに食事も睡眠も取れないくらい、心細い思いをしているくせに。



「僕には君と同い年の弟がいるんだ。歴代の王族の中でも一番に優秀で、皆に好かれて、民を思いやる心もある第二王子。」


 こんな話をする気になったのは、あまりにも不憫だったからだ。利用されていることに気付かず、僕を厭わない彼女が。


「対して僕は、この顔で女性を口説くしか能のない愚劣な男だ。しかし我が国で唯一、特異な力を持っている。詳しくは言わないけれど、フルラージュの名産である花に影響するものでね。力を使ったり森に入ったりすると体が緑の光に包まれるんだ。君の青い光と同じように。」


 力について言及すると、彼女は驚いたように目を丸くして何事かを小さく呟いた。



「第一王子であること、この力を持っていること。たったそれだけで次期王に選ばれている。誰が見ても弟の方が相応しいのに、王室はこの力を手放そうとしない。煩わしい王太子の座を棄ててしまおうと女性を利用して足掻いても、王は僕を留学させただけだった。諦めるしかないと思っていた所に現れたのが君なんだ。」


 今年王国の学園に入った弟は学年首位どころか間違いなく学園一の成績だろう。


 父上が僕を昨年から留学させたのは二人を比較させない為だ。帝国での成績を見れば違いは明らかだった。皇太子や側近の公爵令息どころか、騎士団長子息にさえ負けているのだから。


 この力のことを知らない貴族達は尚更、弟が王になるべきだと思っている。王族として不適切な女好きに見せかけてもその声が大きくならないのは、皮肉なことにこの顔のおかげだった。



 君が僕を優しいと言うのなら、その幻想を壊してしまいたい。好かれたいのに嫌われたいと願う矛盾を抱えながら立ち上がる。


 空いていた距離を詰め、彼女のすぐ隣に腰を下ろした。視界の端で侍女が動いたのは見えたが、本当に危なくなるまでは手を出したりしないだろう。


「ミーティア。同じような力を持つ君が隣にいてくれたら、……僕が愛すべき花より美しく愛しい君を守っていけたら、王としてやっていける気がしたんだ。」


 戸惑ったように僕を見上げる彼女の、やや血色の悪くなっている頬を温めるように片手で触れる。


 手から伝わる温度は夏なのにひんやりとしていて、その小ささも相まって呆気なく溶けて消えてしまうような気がした。



 少しでも拒否反応を起こされたら離してあげようと思っていたのに、彼女は驚くべき行動に出た。


 華奢な手を精一杯伸ばし、恐る恐る僕の頭をそっと撫でる。自ら触れてくる彼女の意図が読めず、らしくもなく固まってしまう。


「ご自分を卑下されないで下さい。シルヴァン様は素敵な方です。ダンス中のリードや会話はとても楽しめました。そんなシルヴァン様だから女性達が放っておかないのです。利用していると気にしているからこそ、せめて喜んでもらおうとなさっているのではないですか?」


 だんだんと大胆になったその手は親が子を甘やかすようなものに変わった。男女の色など感じさせない触れ方が心地良く思える。


「それに、嫉妬もせず相手を認めるってとても難しいことだと思います。弟さんが大好きなのですね。口に出された時、とても優しい表情をなさっていました。私といるときのウィルお兄様と同じ顔です。」


 自分の兄を思い出しているのだろうか。愛情の籠もった瞳が優しく細められて、胸がきしりと痛んだ。


 これ以上触れていてはいけない気がして彼女の頬から手を浮かせる。彼女は撫でるのをやめ、代わりに僕の手を両手で包んだ。


「だから……お願いです。逃げないで、ちゃんと弟さんと話をしてください。何も言われないまま、お兄様に全てを諦められるのは悲しいのですよ。」


 きゅっと手を握りながら懇願の眼差しを向けられて、頭を強く殴られたような衝撃を受けた。


 彼女は気付いた。彼女か、弟か。そのどちらかを救えたらいいと思っている中途半端な僕の企みに。弟を救うには自らの破滅しかないと逃げていることに。



「君は……それが分かっていて、何故怒らないんだ?」


 君が僕を選ばないなら、破滅の手段として利用されただけで終わる。この誘拐は半分以上君の為なんかじゃなかった。君を想う多くの人達に刺されてもおかしくないことをしているという自覚はある。


 息を吸うのに苦労する中、僅かに掠れた声で問い掛けると彼女は苦笑した。


「確かに、周囲の人達に心配をかけていることや、ソフィーやマルクを巻き込んだことは許せません。でもそれ以外の、ローザフィア様やニーナが受けた被害はフォルモント夫人の責任です。それにもし貴方が何もしなければ、私はもっと早く襲われていたかもしれない。」


 夫人から助けて頂いたことは感謝していますとお礼を言われて困惑する。そんなもの、計画段階で僕が密告すれば済んだ話で。


「貴方を叱るべき人は私じゃありません。この後迷惑をかけるであろう国と弟さんから、存分に罰を受けて下さいね!」


 僕が見たものの中で一二を争うくらいの、弾ける笑みでそんなことを言う。呆れるほどお人好しなお姫様だ。



「君はこのままでいいの?力について何も教えられないまま利用されていて。」


 君は僕を選んだりしない。


 本当は皇太子妃候補としてひたむきに努力している君を見て、嫌というほど分かっていた。いいや、早い段階から予感はあった。夜会でのルーカス殿下と君を見た時から。


 彼女は困ったように眉を寄せ、まだ力についてはよく分かっていないと答えたあと、


「私は守られるのではなく、皇太子殿下の支えになりたいのです。どんな事情があっても、その気持ちは変わりません。だから貴方に救って頂くことは何もありません!」


 キリッとした顔で宣言した。


「……っ!ふふっ……そ、そう……」


 その心強い言葉と、表情の可愛さのギャップにやられてつい吹き出してしまう。



 ああ、敵わないな。ルーカス殿下が羨ましい。


 君が好きだ。あれこれ理由をつけたけど、本当は一目惚れだったんだ。寝ている男の子に向けた慈愛の表情が眩しくて。


 でも僕はやっぱり君の為だけには足掻けないから。せめて最後に、一度だけ手を伸ばそう。



 笑われたことに不服そうな顔をした彼女の後頭部に手を回し引き寄せた。自分の胸に押し付けて、彼女が顔を上げられないようにする。


 甘い綿菓子のような髪を梳くように撫でた。本当はその華奢な体を力いっぱい抱き締めたいけれど、僕にそんな資格はないから。


「……えっ、えええ?」


「ミーティア。ごめんね。……本当に、ごめん。それと――ありがとう。」


 ちゃんと無事に帰すから、もう少しだけ待っていて。


 目を閉じると、ポツンと小さな音がした。


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