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ミーティアの捜索 ※三人称視点


 ミーティアが攫われた――


 皇太子執務室にその一報が入ったのはお茶の時間。ウィルフリードがルーカスに「一息いれませんか」と声をかけたすぐ後だった。


 硬い表情で入室し跪いた騎士団長が謝罪と共に報告すると、ルーカスは持っていたペンを見事に二つ折りにし、ウィルフリードは顔を真っ青にして椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「どういうことです!貴方達は一体何をやっていたんだ!!」


 ミーティアがユングフラウ領へ向かうにあたり、ルーカスの指示でレオンハルトを筆頭とする近衛騎士隊が隠れて護衛していた。当然その中には魔力の高い者もいる。ミーティアを徒に怯えさせない為と、公爵家の護衛の矜持にも配慮して二重の警戒を伝えてはいなかったが、警備体制は万全のはずだった。



「説明しろ。」


 ルーカスはウィルフリードの怒号など聞こえていないかのように、ただ謝罪を続ける騎士団長のみを見ていた。


 見慣れた無表情に変化はないが驚くほど声が低い。内に込み上げた静かな怒りは魔力となって外側に漏れ、皇城中の明かりを数回点滅させた。


 ウィルフリードは初めて魔力コントロールを失った主の怒気に息を呑んだ。レオンハルトの父親である騎士団長は突き刺さる激しい殺気と奪われた視界に目が眩んだが、一瞬で立ち直り当時の状況を報告する。



 皇都を出て数時間後、立ち往生している馬車が道を塞いでいた。車輪が溝にはまって動けなくなっていると聞いたミーティアは、護衛を一人だけ残して手伝いに向かわせた。その時騎士隊は離れた位置から辺りを警戒し、周囲に人影はないと確認している。


 残された護衛のマルクが馬車の扉を開けたことには気付いていたが、ミーティアが呼んだのだろうと誰もが思っていた。しかしなかなか外に出てこないので他の護衛が確認に戻ると、馬車の中には誰もいない。慌てふためく彼らを見て只事ではないと判断した騎士隊も合流し付近を捜索したが、ミーティアと専属侍女、マルクの三人は忽然と姿を消してしまった。



 報告を聞き終えたルーカスは唸った。


「認識阻害魔法を使ったか。」


「我々もそう睨んでおります。しかし高い魔力を持つ騎士は馬車から目を離していないと主張しておりまして……。彼より優れた人物となると、もはや特殊眼持ち以外には考えられません。」


「マルクという男が中に入ってから護衛が確認に戻るまでの時間は。」


「10分もなかったそうです。」


 ルーカスは考え込むように腕を組んだ。騎士団長からウィルフリードに視線を移しマルクについて尋ねる。


「身元は確かで、公爵家の使用人からの評判も良い男です。長年ティアの護衛を務めていて、主として慕っていたように思えました。」


「……そうか。だが状況から見て、その男が協力者であるのは間違いない。最近の様子で不審な点はなかったか確認させろ。」


 頷いたウィルフリードはギードに連絡を取り、公爵邸での情報収集を任せた。騎士団長は星眼持ちのミーティアが自ら行方を眩ませた可能性も少し考えたが、二人の不興を買うと理解しているため口には出さない。


「とにかく付近を探せ。決して外部には悟られるな。関係者には箝口令を敷け。」


 貴族令嬢の誘拐は醜聞となる。無事に戻れたとしても、皇太子妃候補であるミーティアには致命傷になりかねない。ルーカスの懸念を正確に受け止めた騎士団長は任務を果たすべく部屋を出て行った。



「ウィル。彼女は。」


「派閥のお茶会に出席しています。皇都外にいたティアに直接手出しは不可能かと。」


 ウィルフリードはルーカスの短い問いに首を振った。


 ウィルフリードは試験前、ニーナからローザフィアについて相談を受けている。


 ミーティアを陥れる作戦に協力しなければガラス事業を潰すと脅されたと聞き、約束通り子爵家を守るために行動した。公爵家の力を使って事業を一時的な庇護下に置き、学園ではルーカスやレオン達と協力してミーティアとニーナに危険が及ばないよう目を光らせる。


 長期休暇中も動向に注視していたが、予想に反してローザフィアの行動は大人しいものだった。


「なら他の特殊眼持ちを全員調べろ。フェリクスを呼んでツテを当たれ。俺は父上と今後の方針を話してくる。」


「分かりました。」


 動き出した二人の胸にはミーティアへの心配と敵に対する憎悪が渦巻いていた。




 ◇◇


「大変なことになったな……」


 皇帝ルートヴィヒは宰相と共に頭を抱えていた。そこに入室許可を得たルーカスがやってくる。


「陛下。」


「ルークか。話は聞いた。極秘裏に近衛をつけていたそうだな。」


「はい。高魔力の騎士にも感知不可だったため、現在ウィルフリードに特殊眼持ちを探らせています。それと、公爵家で雇われたマルクという護衛についても。」


 ルーカスは礼を取った宰相を一瞥した。視線を向けられた宰相は目で了承を示す。


「分かった。この件はおまえに一任し、執務は全て我が引き受けよう。必ずミーティアを探し出せ。長引けば帝国に何が起きるか分からない。」


 強張った表情で厳命するルートヴィヒにルーカスは神妙に頷いた。


「殿下。此度は私の不徳の致すところではありますが、どうかあの子を……我が娘をお願い致します……」


 マルクのことで責任を感じている宰相は震える声で助けを求めた。本当なら自ら現地に赴いて捜索に加わりたいという気持ちを抑え、深く頭を下げる。他の貴族にミーティア誘拐を悟られないためにも、政治のトップである陛下と宰相が動くわけにはいかない。


「ああ。絶対に助け出すから待っていてくれ。」




 ◇◇



 怪しい者を複数捕まえたと連絡が入ったのは、それから数時間後。ミーティアが通る予定だった道に潜伏し機を窺っていた裏稼業の男達は全員「馬車に乗っているストロベリーブロンドの女を襲えという依頼を受けた」と供述しているらしい。


「まさか、その雇われた内のどれかがティアを……」


「決めつけるな、何かがおかしい。実行犯に特殊眼持ちがいて何故何グループも別々に雇う必要がある。フェイクの可能性が高い。」


 最悪の想像をしてしまい震え出したウィルフリードに、ルーカスが言い聞かせる。だがそんなルーカスも真っ白になるほど手を強く握り締めていて、爪が食い込んだ掌から血を流していた。



「それで、雇った者の名前は聞き出せたのか。」


 再度報告に来た騎士団長に尋ねると肯定が返ってきたが、その表情が微妙なものであったため怪訝に思う。


「それが……ミーティア様のご友人で今回の旅の目的でもあった、ユングフラウ子爵令嬢に雇われた、と。」


「「……は?」」


 躊躇いがちな騎士団長の発言を受け、同時に声を漏らしたルーカスとウィルフリードは目を丸くした。


「レオンハルトによるとその令嬢は特殊眼持ちだそうですが、拘束にかかる前に殿下方のご意見をお伺いしたく。」


「あり得ませんね。そもそも今彼女は子爵領にいるはずです。実行犯にはなれませんし、何者かが罪をなすりつけただけでしょう。」


 ウィルフリードが真っ先に否定した。その表情はどこか憤っているように見える。対してルーカスは眉根を寄せて暫し沈黙した。


「……ユングフラウ嬢には子爵と共に緊急の帰還命令を出す。子爵領近辺にいる騎士隊に彼女達を迎えに向かわせろ。証拠が見つかるまで罪人扱いはするなよ。」


「御意。」


 騎士団長が退出すると、ウィルフリードがルーカスに詰め寄った。


「ルーク、まさかニーナ嬢を疑っているのですか。」


「そうではない。しかし名が出た以上、事実確認の為にも相応の対応をする必要がある。ウィル、私情を挟むなんておまえらしくないぞ。ティアを助けたくないのか。」


 鼓舞するように両肩を叩かれたウィルフリードははっとした顔をした後、唇を噛み締めた。何より大事な妹を取り戻すためには冷静な判断をしなくてはならない。


「……申し訳ありません。短慮が過ぎました。」


「分かればいい。おまえは引き続きフェリクスと共に特殊眼持ちを探れ。人手が足りなければアルに協力を要請しろ。」


 ミーティア誘拐を知らされたアルドリックは顔を真っ赤にして怒り狂い、現場に向かって馬で飛び出そうとした所を捕獲されていた。あのままではとても捜査に参加させられなかったが、そろそろ落ち着いただろう。


「それとローザフィア嬢の動向確認も怠るな。ニーナ嬢の件、どうも引っかかる。無関係だとは思えない。」


「承知しました。――ルークはこれからどうされるのですか?」


 執務室を出て行こうとしたウィルフリードはふと疑問に思い振り返った。首を傾げるウィルフリードにルーカスは口角を吊り上げる。


「ミーティアの魔力をサーチできるのは俺だけだ。既に一度試したが皇都内に反応はなかった。今度は馬で現場方面を確認してくる。」



 ◇◇


 夜、家路についた夫人は機嫌が良かった。計画が上手くいった上に、平民とはいえ極上の見目を持つ男に優しくされたのだ。


 これでローザフィアが皇太子妃に選ばれる。優秀で美しいローザフィアは皇太子に寵愛されるに違いない。未来の皇后の親である自分はさぞ注目されることだろう。あの生意気な現皇后よりも。


 夫人はフォルモント公爵邸に帰宅したその足で、ローザフィアの部屋の扉を叩いた。返事が来る前に激しい音を立てて開けるのだから、その浮かれっぷりは相当なものだ。



「ローザフィア!」


 ローザフィアは部屋のソファーに座って物思いに耽っていた。はしゃいだ声を上げて突然入室してきた夫人の姿に驚き顔を上げる。


「お、お母様。おかえりなさいませ。」


 考え事をしていた上に不意打ちだったため、咄嗟に立ち上がることも出来ないまま挨拶を口にする。そんなローザフィアに夫人は夜であっても派手な化粧が施されたままの顔をしかめた。


「なあに、ぼーっとしちゃって。そんなにだらけていては駄目でしょう。貴女は皇太子妃になるのだから。」


 咎めるようなその言葉に眉を下げ悲しそうな顔をしたローザフィアは首を横に振った。


「お母様、私はもう自分が選ばれるとは思えません。派閥の令嬢達でさえ私と距離を置き、皇太子妃になるのはシュテルンブルーメ公爵令嬢だと噂しております。お父様だって……」


「あの邪魔な女なら今日私が排除したわ。これで予定通り貴女が選ばれるわよ!」


 ローザフィアは喜色満面な夫人から告げられた事実に瞠目し立ち上がった。


「ど、どういうことですか?まさか、あの計画を本当に実行したと?」


「ええ、ちゃんとユングフラウ子爵家の犯行だと偽装しといたわよ。皇太子に媚びを売っていた女は二人とも消えたから、もう心配ないわ。だから貴女は気を抜いていないでしっかり励みなさい。」


 隣国の大貴族の遣いとはいえ平民と取引したことなど言いたくなかった夫人は、元の計画を実行したとだけ告げることにした。隣国に売るのも適当な男に襲わせるのも、今後ミーティアが自分達の前に現れないという点で結果は同じなのだから。


 夫人は言いたいことを言えて満足したらしく、話は終わったと軽い足取りで部屋を出て行った。その後ろ姿を呆然と眺めたローザフィアは再びその場に座り込む。



 最近のローザフィアは夫人ほど盲目にはなれなかった。


 離れていく取り巻き達。苦言を呈した皇后陛下。皇太子のデビュタントから増え始め、不正疑惑騒動で一気に増した貴族中からの嘲笑。話しかける度に冷たい視線を向けてくる皇太子とウィルフリード。


 その全てが今のローザフィアに対する評価を表していたからだ。そんな状態でミーティアとニーナに何かあれば、皇室は間違いなくローザフィアを疑うだろう。彼女には現実が見えていた。


「もう無理よ……」


 ローザフィアは消え入りそうな声でぽつりと呟いて俯く。



 どんなに脅されても屈せず、大切な友人を裏切るような真似は絶対にしませんと言い切って真っ直ぐ睨んできた生意気な女。


 ローザフィアの努力してきた時間を肯定し、対等な競争相手だと、勝ったなんて思えないと闘争心に溢れた眼差しを向けてきた狡い女。


 どちらに対しても腹が立って仕方がないのに、凛とした二人の姿が頭から離れない。


 二人は“ローザフィア”を正面から見てくれたのだ。娘を夫人と同じだと思い込み決して認めようとしないフォルモント公爵や、娘を皇后にすることで妹を見下して優越感に浸りたい夫人とは違って。



『君は人に認められたいんじゃないか。そうであればその態度を改めた方がいい。』



「…………」


 ローザフィアはきゅっと赤い唇を引き結んだ。


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