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祈りの光 ※ルーカス視点

 ティアは怯えた小動物のようにカタカタと震えていた。俺が聞いた話はそれほどに重大なことなのだと理解する。


 そんなティアとは対照的に、カイは冷静だった。ティアの様子を確認し、仕方ないなと言いたげな表情を浮かべるカイに重苦しい苛立ちが胸の内に沈む。



 図書館で話す二人を見て以来、引っ掛かりを感じていた。

 商会子息と友好関係にあるのは知っていたが、身分差のある公爵令嬢の頭を撫でる程だとは誰も思うまい。ティアは表面上人当たりはいいが気を許した者にしか近寄らせないし、大人しく撫でさせるなんて論外だ。だがそれだけであれば想定以上に親密だった、で済んだだろう。


 気になったのは彼の前での態度だ。ティアは誰もが見惚れる程の完璧な所作を身につけており、人前で崩すことはない。俺とウィル、ニーナ嬢の前では気を抜くこともあるが、それよりも更に力が抜けているように見えたのだ。


 カイは成績優秀で落ち着いた態度が魅力と評判の美青年だ。近年業績を伸ばしている商会の跡取りで将来も有望。ティアが惹かれる可能性は十分にある。まさか二人は恋仲で、カイが平民故に隠しているのではと疑った。


 だが外で会ったことがないという言葉に嘘はないようだし、婉曲的ではあるが皇后になりたいという言質も取った。絶大な権力を持った皇太子の俺を守りたいなどと言うティアが愛おしく、我慢が出来ずに口付けてしまったがそれにも嫌悪は示さない。勘違いだったと胸を撫で下ろしたばかりだ。



「皇太子殿下。恐れながら、発言をお許し頂けますでしょうか。」


「……ああ。」


 ティアが話せる状態にないと悟ったのだろう。恭しく礼を取り発言の許可を求めたカイに頷く。内心は疑念と嫉妬で荒れ狂っているが、冷静に対応しなければならない。


「まず始めに、私とミイは殿下がご心配なさるような関係ではありません。良きビジネスパートナーで友人、そしてある意味では親子のような仲であるとお考え頂ければ幸いです。ここで会うのも今日が初めてであり、偶然に過ぎません。」


 カイは臆することなく言葉を重ねた。

 つまり男女の密会ではないと。親子は無理があるだろうと思ったが、彼の表情から嘘や誤魔化しは感じられない。


 ティアはカイの平静な態度に少し落ち着いてきたようで、目で確認を取る俺にこくりと頷いた。ティアの言うことを信じないという選択肢は俺にはない。


「分かった。信じよう。」


 恋仲でないことは理解した。それでも二人には他人に入れない何かがある気がしてならない。


 ティアのことならば大抵のことは知っていると思っていた。ウィルよりもとまでは言えないが、それ以外の誰より近しい存在であると。二人目の兄として接してきた時間は長く、弱音を吐く時はウィルより俺へが多い。だがそれはただの自惚れでしかなかったのだと、二人のやり取りから思い知らされる。


「感謝致します。御前で大変失礼かと存じますが、彼女を説得するお時間を頂けませんか。先程の会話について、殿下にお伝えする為にも。」


 彼にしか出来ないのだという態度にまた打ちのめされたが、二人の秘密であればそれも道理だろうと申し出を許可し見守る体勢に入る。



 ティアはカイの提案を聞いて、子供が駄々を捏ねる時のように大きく首を振る。


「カイは信じて貰えると思うの?私だけじゃない、カイや商会の信用に関わるのよ。」


「さあ?俺には分からないな。だからミイ自身が判断して決断しろ。俺はそれに従う。ミイの方がよく知っているはずだ、殿下がどういうお方なのか。」


 おい、説得するんじゃなかったのか。


 口の中でボヤいたが、その言葉は大きな効果を齎したらしい。

 ハッと目を見開いたティアは小さな唇をきゅっと噛み締めた。その瞳が不安に揺れたのは一瞬のこと。


「まったく、カイは私の扱いが上手いわ。」


 ティアの体から明らかに力が抜け、ふっと柔らかい笑みを零す。そうしてまだ少し青褪めながらも、俺を真っ直ぐに見据えた。冬の星空のように澄んだ瞳には強い意志が宿っている。


「今から話すことは、嘘偽りないと約束するわ。だから信じてほしいの。」


「信じるよ。おまえが俺を信じてくれるのと同じように。」


 俺の言葉を素直に受け止めてくれるティアがそう言うのなら。皇太子だからかと尋ねる俺に、ルークお兄様だからだと答えたおまえのことだから。この信頼は兄としてだとか、側近の妹だからなどではない。ティアがずっと積み重ねてきてくれたものだ。


 俺の言葉をじわじわと浸透させるように頬を染めたティアは、蕾のような口元を緩ませて幸せそうに微笑んだ。





 カイは気を回したらしく「どうぞお二人で」と自室に帰ったため、二人で教会に入る。適当な長椅子に並んで腰掛けた。


 そこで聞いたのは、ティアの前世についてだった。こことは別の、魔法のない世界にある日本という国。19歳で亡くなった女性の記憶を2年前に思い出したのだと。


「カイはすぐに私が前世持ちであると気付いたわ。彼も前世持ちで、元々はお父様と同世代だったみたい。だから私のことは娘のように思っているのでしょうね。自立したいと言った私に、商品のアイデア出しを提案してくれて。それで前世の記憶を頼りにシリーズを立ち上げたの。」


「なるほど。“ミイ”というのはティアの前世の名前。“温泉”は日本にあった施設。“お兄ちゃん”は前世の兄、か。まさかカイの中身がそんな年齢だったとはな。」


 親子というのは前世の年齢差によるものだったのか。ティアが男であるカイにまったく警戒していない理由も分かった。


 ……というか、俺はそんな奴に嫉妬してたのか?余裕なさすぎだろう。


 自分の狭量さに呆れつつも頷くと、ティアは目を丸くした。


「そんな簡単に受け入れられるの……?」


「合点がいく部分も多いからな。それにティアの言う転生者とは違うが、生まれ変わりの存在は伝承されている。知っているのは皇室と二大公爵家くらいだが。」


 話せる範囲のことを教えてやると、相当驚いたらしくぽかんとした表情に変わった。そんな設定、ゲームにあったっけ……?と呟いている。


「ゲーム?」


「な、なんでもないわ!そ、そういえばルークはどうしてここに?」


 話題の逸らし方があからさまに怪しい。しかしこんな秘密を勇気を出して教えてくれたのだ。これ以上問い詰めるのは酷だろう。


「最近すれ違い気味だったからな。ティアが朝教会に通っているのはウィルに聞いていたし、ここに来れば会えると思ったんだ。」


「あれ?私そんなことお兄様に話したかしら。」


「……ああ、なるほど。多分おまえの専属侍女から聞き出したのだろう。」


 不思議そうに小首を傾げたティアを見て事情を察する。

 相変わらず過保護な男だ。愛妹の行動はなるべく把握しないと気が済まないらしい。


 それを聞いたティアは気分を害したようだった。ムッと頬を膨らませて「お兄様ったら。ソフィーを困らせないでもらいたいわ」とここにいないウィルに向かって怒り出す。


 怒る所がズレていないか?と言いたいが、ティアはウィルのシスコンに慣れすぎて感覚が麻痺しているせいか、過干渉には寛容だ。それでいて甘えを嫌い、守られたくないと必死に一人で立とうとする。そんな彼女を大事に大事に腕の中に閉じ込めてしまいたいと思う俺も重傷なのだろう。


 ティアの意思を尊重する。その誓いをどこまで守り通せるのか。彼女がもし他の男を選んだ場合、国を犠牲にしてでも囲ってしまわないだろうか。ずっと側にいたティアが自分から離れることなどもう想像も出来ない。


 行動すると決めてまだ2か月程しか経っていない。しかし男として意識し始めてくれて、口付けも受け入れてくれたティアならば、そろそろ想いを伝えても上手くいくのではないか。


 そんなことをつらつらと考えている俺の横顔を、何かを言いたげなティアがじっと見つめていることに気付く。


「どうした?」


「ルークは最近……その、ニー…………ううん、やっぱり何でもない。」


 言い掛けた言葉を取り消したティアは立ち上がった。その表情はどこか曇っているように見える。


「ごめんなさい、まだ今日のお祈りを終えていなくて。そろそろ登校時刻になっちゃうし、始めてもいいかしら。ルークはお部屋に」


「いや、ここで待つ。」


 ティアには悪いが、いい機会だから確かめるとしよう。


 ティアは戸惑った顔をしたが、分かったと頷いて祭壇の前に向かう。星の精霊の壁画を静かに見上げた後、そっと跪いて手を胸の前で組んだ。そのまま目を閉じて祈り始める。


 ああ、やはり。そう時を置かず、ティアの小さな体が青く輝いた。


 切実な想いに反応し、願いを叶える祝福の光。


 見る者すべてを魅了する、清らかな乙女の祈り。



 枯らしてはいけない、踏みにじることなど誰にも許されない、神秘の花。




 暫くすると青い光がちかちかと瞬きを繰り返し、やがて消えていく。程なくして目を開けたティアの表情には疲労の色が滲んでいた。おそらく彼女も気付かないうちに魔力を消費しているのだろう。


 そんな彼女を見つめながら、独り言を囁いた。


「兄の幸せを祈る、か。理由を知りたいな。」


 言いたくなければ答えなくていい。その為の独り言だ。


 家族の幸せを祈る理由など、大切だからに他ならない。しかし毎朝わざわざ教会でとなると度を超えている気がした。ティアが俺の婚約者候補として前向きに、毎日忙しく頑張ってくれているのを知っているからだ。


 ティアを大切に想う家族に囲まれていながらも、生存すら確認できない前世の兄の幸せをひたすらに願うのは。


 ティアは前を向いたまま、呟きを空気に乗せる。


「ごめんなさい。」


 示されたのは小さな拒絶だった。線を引かれたことを少しだけ寂しく思いながらも、誰にでも言いたくないことはあるだろうと受け入れる。



 俺は跪いたままのティアに近づき、目の前で立ち止まった。不安そうな表情で見上げられる。その手を取って立ち上がらせると、安心させるように口角を上げた。


「ただの独り言だ。忘れてくれ。」


 そんなことよりも、立ち上がるだけでふらついている疲労困憊の大事な女の子を休ませる方が大切なのだから。


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