秘密の露見
最近、ニーナの様子がおかしい。
「ねえカイ。どう思う?」
教会前の木陰にハンカチを敷いて座り、隣にいるカイに問いかける。
日課になっている朝の教会に向かう途中、早くに目が覚めて散歩に出てきていた彼と遭遇した。
早朝から二人で話していると面倒な噂を立てられかねないが、星眼クラスの魔力を持つ人間が誘導しないと出入りの出来ないここならば誰にも見られない。よく利用しているというフェリクス様も朝は見かけないため、気を抜いた私は膝を抱えた状態で座り込んでいた。
ニーナは先日の立ち眩みから数日間は元気がないようだった。しかしそれとなく聞いても「何でもないよ」と言って笑う。試験前で忙しい時期だったこともあり話す時間が取れないでいると、いつの間にか普段の調子に戻っていた。
ただ、何か隠し事をされているような気がする。避けられたりはしていないけれど、お兄様やルークと話し込むことが増えた。そんな時は皆揃って私を遠ざける。
私も放課後や休日は予定が詰まっているので、結果的に彼らと話す時間が減ってしまった。代わりにアルやレオン様、フェリクス様がよく話しかけてくれるので寂しくはないのだけど……。
「やっぱりイベントが進んで、お兄様かルークのルートに入ってるのかな。」
もしルークだったら。この先のことを考えて溜め息を吐く。
一緒にいられないので記憶を頼りに状況を把握することも出来ない。そもそもゲームとの相違点も多いので当てにならない。
シルヴァン様に注意をするよう言われたけれど、皇太子妃候補になることを後押ししてくれたニーナが私を騙すとは思っていない。ただ競争相手の一人として加わり、正面から戦うことになるのは大いに考えられる。そうなると不利なのは私だ。彼女は近い将来、星の精霊の加護を得る令嬢なのだから。
アル達が私の側にいてくれるのは、ヒロインに選ばれなかったキャラのランダム婚約が始まっているからなのかも。シルヴァン様が定期的に声をかけてくるのも実はその一環だったりして。
「それは分からんが。試験も終わったんだ、そろそろ話す機会もあるんじゃないか?」
カイはあんまり心配するな、と優しく微笑んでくれる。
「うん、そうよね。」
弱った私の様子に気付き、こうして耳を傾けてくれるカイの言葉に頷いて笑みを返した。
もうすぐ夏の長期休暇がやってくる。皇太子妃教育もそれなりにあるが、お休みを貰ってニーナの領地に泊まりで遊びに行く約束をしているのだ。話ならそこで出来るはず。
ちなみに試験結果は無事、2度目の満点1位を取った。今回はアルも同点1位で安心したように笑っていた。3位は変わらずカイで、順調に成績を伸ばしているニーナは9位。
子爵家も立ち直ってきているし、成績優秀で努力家なニーナの評判が良くなっているのは嬉しい。今では私との友人関係に文句を言う者などいない。
「ありがとう。お礼は新作のネタでどう?長期休暇中は開発するんだよね?」
「助かるが、それよりミイは少し休んだ方がいい。後悔しないようにしろとは言ったが、最近ちょっと頑張りすぎだ。商会だって案出しだけならまだしも、デザインだの微調整だので何だかんだと最後まで関わってんだろ。」
「自分がやりたくてやってるから。カイだって昔は寝食も忘れて仕事に没頭してたって言ってたじゃない。」
私はそこまでじゃありませんと冷やかすように言うと、カイは苦々しい顔つきになった。
「あー……おまえ、過労死って言葉知ってるか?」
「え゛。まさか、前世のカイの死因って」
「そういうことだ。気をつけろ。」
神妙な面持ちで注意を促され、頷くしかない。驚愕の新事実だ。
過労死。学生のまま人生を終えた私には縁がなかった。今世では存在すらしない言葉だ。でも言葉がないだけで、意外と周りでは起きていることなのかもしれない。
お父様やお兄様、ルークにもなるべく休むよう言った方がいいかな。彼らこそ働き過ぎだと思う。体を壊したりしないか心配になってきた。でも立場上、限界はあるだろうし……。
「……せめてマッサージ器とか開発する?人をダメにするクッションもいいかも。ヘッドスパ……ホットアイマスク……」
「おい、人の話聞いてたか?更に忙しくしてどうすんだよ。」
お父様達を休息させる方法を思案していたら、気付かぬ間にぶつぶつと声に出してしまっていたみたいだ。
呆れたカイが私の頭を小突いた。大した力は入っていなかったがその衝撃でハッとあることを思い付き、私はカイを期待に満ちた眼差しで見つめる。
「カイ!温泉って掘り当てられないかな!!」
「ブハッ……お、落ち着け。そんな暴走するキャラだったか?」
もう呆れを通り越してしまったらしい。吹き出したあと笑いを堪え、どうどうと宥められる。
その姿を見て、思考が明後日の方角に向かっていたことに気付く。
すでに商会の範疇ではない。これでは領地開発だ。
「やっぱミイ、疲れてんだろ。朝だってこんな早くに出てきて何してんだ?」
疲れている自覚はないが、そう思われても仕方のない発言だった。温泉なんて私の知る限りこの世界にない。探せばあるのかもしれないけれど。
「あー……えっと。お祈り、かな。ほら、教会って何となく願いが叶いそうだし!」
「まさか毎朝か?本当に倒れるぞ。そんな熱心に何を祈ってるんだ。」
敢えて茶化して言うと、カイは眉を顰めて怒ったような表情をした。
「…………お兄ちゃんが、幸せでいてくれますようにって。」
逡巡したが、正直に話すことにした。
前世話なんてカイ以外には出来ない。それにトラウマを刺激してしまったようなのに、こうして心配してくれているのだから。
「……それは今の、じゃないよな。――なるほどな。」
間を置いたあと納得したように頷いたカイは、お祈りなんて無意味だろうとは言わなかった。その優しさに救われる。
いくら祈ってもそれで叶うわけではないし、お兄ちゃんに伝わることもない。ただの自己満足。それでも、どうしても止める気になれなかった。
「止めろとは言わないが無理はするな。その兄貴は多分、ミイが体調を崩す方が悲しむんじゃないか?」
「あ……そう、かも。」
お兄ちゃんはそういう人だ。優しくて、過保護で――私を失うことをとても怖がっていた。
思い出して泣きそうになったので、目を閉じて抱えた膝に顔を埋める。カイはそんな私に気付かないふりをしてくれた。
「さ、教会に入るんだろ?俺は一回部屋に戻るな。」
朝の空気も十分吸えたし、と立ち上がって大きく伸びをしたカイの横で遅れて私も立ち上がる。突然動いたことで目の前が一瞬暗くなった。確かにカイの言う通り、少し休んだ方がいいのかも。
「うん。じゃあまた――え?」
軽く頭を押さえたが直ぐにカイの方に向き直る。そこで私はぴしりと固まった。
先程まで私達が座っていた木陰とは別の、少し離れた位置に植えられた木。その木に背を預けて立っている人がいた。先日寮の前で待ち合わせた時と同じように腕を組んだ状態で、こちらを静かに見つめている。
座っていたせいで視界が狭くて気付けなかった。図書館でもそうだったが、私達はよほど気配察知が下手らしい。それとも文武両道の彼が気配を消すことに長けているのか。
誰か嘘だと言って。
硬直した私の視線を辿ったカイが、あー……と呟いて指で頬をかいた。さすがのカイもこの想定外の出来事に驚いたのか、商人の仮面を被れていない。いや、もう手遅れだと諦めたのかも。
彼は硬い表情でこちらに歩いてきた。
「盗み聞きしてすまない。声をかけるタイミングを失った。」
「る、ルーク。その、いつから……」
一番初めに聞かないといけないことを尋ねる。全身が震えて、嫌な汗が背中をつたっていく。この状況で呑気におはようだなんて言っていられない。これはもしや、フォルモント親子の話を盗み聞きした罰だろうか。
「お礼は新作のネタで、くらいからだ。」
「……」
返ってきた答えはもう、どうやっても誤魔化せないタイミングで。唯一の救いは、ゲームの話が聞かれていないこと。
でも私、前世って口に出したよね。それにカイから何度も“ミイ”と呼ばれている。
あまりの事態に気が遠くなるのを感じた。




