競争相手
デートから数日。まだルークとまともに話せていない。
帰りの馬車では放心してしまったらしく、気が付いたら自室にいた。私の顔色を見て何かを察したソフィーにぽいっと放り込まれたベッドの中で、朝まで悶々と考えた結果。あれはきっと、そういう雰囲気だったからだろうという結論に達した。
現時点ではローザフィア様ではなく私を選ぶ予定らしい彼に“国と貴方を守りたい”発言は、いいよと返事をしたようなもの。更には夕日を眺めながら彼の胸に寄り添ってしまったのだから。
我ながら、なんて恥ずかしいことをしてしまったのか。そう思うと翌日はルークと顔を合わせただけで赤面してしまい、そんな私を見たウィルお兄様が溢れんばかりの笑顔で彼を連れ去ってしまった。止める間もなかった。お兄様のご機嫌が急降下したのは分かったが、問い詰めたりはしないでほしい。実兄には知られたくない。
今月には2度目の試験がある。このままふわふわしていてはいけないと自制心を働かせ、魔法訓練室がある研究棟へと向かった。その建物は学園敷地の奥まった場所にあり、その周辺は用がなければ立ち寄らないので人通りは少ない。
もうすぐ研究棟に辿り着くという所で、視界に飛び込んできた光景に目を疑う。蒼白な顔で地面にへたり込むハニーベージュの女性と、彼女の前に立つ緑髪の男性――
「ニーナ!」
ニーナに何が。
その姿を見た瞬間、私は一目散に駆け寄った。何事にも冷静さを保たなければとか、令嬢が走ってはいけないとか、そんな考えは今の頭にはない。
彼女は力の抜けた様子だったが私に気付くと、まずいという顔をした。そうして何事もなかったかのように立ち上がる。
「何があったの!怪我は?」
それとも体調でも、と矢継ぎ早に尋ねる私に笑顔を向けて首を振った。
「ちょっと立ち眩みしちゃって。もう大丈夫。」
「それなら保健室に……」
「平気平気!大袈裟よ。心配ありがとう。シルヴァン殿下も、ありがとうございました。」
「……うん、体調には気をつけてね。」
ニーナは急ぐからごめんね、と狼狽えた様子で研究棟に入ってしまった。彼女のその態度に違和感を覚える。今日はフェリクス様との訓練日のはずだから、彼を待たせまいと急いだだけかもしれないけれど……。
「ミーティア。」
首を捻っていると、シルヴァン様に声をかけられる。しまった、ニーナに気を取られて完全に無視してしまっていた。慌てて彼を見ると、特に気を害した様子もなく笑みを返される。
「ご挨拶もせず、失礼を致しました。」
礼を失してしまったと謝罪する。
彼がニーナと一緒にいたのは偶然だろうか。倒れた彼女を介抱しようと声をかけてくれたのかもしれない。それか何かのイベント?
「友人を心配する姿を見て、改めて惚れ直したよ。」
「……」
妖艶な流し目で軽い口説き文句を言われ、つい胡乱な目を向けてしまう。
彼からは婚約の申し込みを辞退した時に「諦めないよ」と宣言された。しかし会う度に甘い言葉をかけられる以外は何もなく、強引な手段には出てこない。今ではやはり戯れなのではと思うくらいだ。女性達に囲まれているのも変わらないし。
「まあそれはともかく。君は今後、ニーナ嬢の動向には一応注意した方がいい。それに皇室も信用しすぎるのは良くないね。君が傷つくことになる。」
「……え」
どういう意味?
何故そんなことを言うのかと問いたかったが、彼は言うだけ言ったあと背を向けて歩き出してしまった。後ろ手で手を振って。
彼はいつも私を翻弄してばかりだ。
◇◇
休日。皇太子妃教育を受け、学園に戻るべく皇城内を歩いていた時。少し先にある曲がり角の奥から男女の話し声が聞こえてきた。
「まだ…………などと…………」
「当然ですわ!諦めろだなんて、何故今になって!」
男性の声はよく聞き取れないが、女性は興奮しているらしく声が大きい。どうやら揉めているようだ。
そんな所に顔を出すのは気が引けるが、ソフィーの待つ公爵家専用部屋に行くにはここを通る必要がある。道を覚えたので案内は断っているが、遠回りするには自信がない。
どうしようかと迷っているうちに近くまで来てしまい、二人の声が鮮明になった。
「何度も言うが、あの方に失礼をするな。両陛下からも厳重注意を受けているんだ。また問題を起こすようなら辞退を申し出る。」
「どうしてお父様はあの女ばかり評価するのですか。皇后になるのは私ですわ!」
「……っ!」
聞き覚えのある声とその言葉に息を呑む。まさかこの先にいるのは。
「諦めろと言っただろう。成績、実績、世間や皇室からの評価。その全てにおいて劣っているのだから。おそらく確定も近いはずだ。」
「っ劣ってなど!長年候補であったのは私なのに、何故認めてくださらないのですか!」
……ローザフィア様。彼女がお父様と呼ぶのだから、男性の方はフォルモント公爵様だろう。
これ以上聞いてはいけないと思うのに、足が動かない。彼女の切実な訴えに胸が痛んだ。
「事実を言ったまでだ。おまえに勝ち目はない。これ以上無駄な教育を受けるのは止めて、皇后陛下のご負担を減らして差し上げろ。」
「そんな……!」
肉親の情などまったく感じさせない冷ややかさで彼女を否定する。
話の流れからして、公爵様は私が選ばれると確信しているらしい。彼の中でそれが事実である以上、早めに諦めさせるのが娘のためだと思っているのかもしれない。皇后陛下のご負担を考えるのは貴族として正しいことだ。
でも。
長年唯一の候補だった彼女が、そんな言葉で納得できるはずもない。
何よりも、彼女の一言一言に“お父様に認めてもらいたい”という想いが込められている気がして。
「無駄ではありませんわ。」
無関係ではない。それに直接名を出されずとも、こんな場で話す方も悪い。そんな言い訳を胸に、つい口を挟んでしまっていた。
二人は突然現れた私に驚き目を見開いた。しかし公爵様はすぐに立ち直り謝罪を口にする。
「これは、申し訳ありません。お恥ずかしい所をお見せしてしまった。ミーティア様、お久しぶりです。貴女がまだお小さかった頃に一度お会いしましたが、覚えておいででしょうか。」
「ええ、もちろんですわ。ご無沙汰しておりました、フォルモント公爵様。」
軽く礼を取り、挨拶を交わした。
何故彼は私に対し敬語を使うのだろうか。いくらシュテルンブルーメ公爵家の方が序列が上でも、ただの令嬢と公爵家当主では比べ物にならないのに。
「それで、口を挟んでしまって申し訳ないのですけれど……。皇太子妃教育は、ローザフィア様と私の二人に与えられた正当な権利であり義務。無駄などという仰りようは、長年受けられてきた彼女のことも、ご指南頂いている皇后陛下のことも否定するものではありませんか?」
候補の身で教育を受けているのだから、報われない可能性があることは分かっている。けれどもし最終的に選ばれなくても、得た知識は何一つ無駄ではないはずだ。
「それは…………そうですな。陛下を否定するのは本意ではない。先走り過ぎてしまったようです。」
この方、娘に愛情はないのだろうか。娘を否定するのは構わないというのか。詰め寄りたくなるが、親子関係にまでは口を出せない。ローザフィア様だって私には言われたくないと思うし。
歯噛みしていると、彼は穏やかな表情で私を見た。
「私はミーティア様には感謝をしております。」
「え?」
「お引き留めしてしまいました。仕事がありますので私はこれで失礼を。――ローザフィア、分かっているな。」
「……はい、お父様。」
感謝?何を??
意外すぎることを告げられて首を傾げている間に、彼はローザフィア様に厳しい目を向けた後慌ただしく去っていった。
その後ろ姿を悲しそうに見つめていた彼女は、公爵様が離れたのを確認し私を睨みつける。
ですよね、そうなりますよね!
何に感謝されたのか分からないけど、冷たく当たる娘の前で他の令嬢を優遇することないんじゃないかと思う。
「お父様まで味方につけるなんて。いい気味だと私を馬鹿にしているのでしょう!」
私は彼女に良い感情を持ってはいない。カイへの侮辱を忘れていないし、アルに向ける態度も酷いと聞いている。救いたいとも優しい言葉をかけたいとも思えない。
でもいい気味だとも思えないのはきっと、……家族に認められない悔しさを知っているからだ。
「対等な競争相手を蔑む趣味はありません。一度学年1位を取ったくらいで成績が上だなんて言えませんし、皇太子妃教育のキャリアも負けているのになぜ馬鹿になど出来ましょうか。私は貴女に勝ったとは思っていないのです。」
ルークの親愛は勝ち取れていても、皇后はそれだけで務まる地位ではない。ローザフィア様の方が優れているとなれば評価はそちらに傾くし、彼がニーナを愛してしまえばそこで終わる。
貴族や皇室の評価はローザフィア様に、ルークの愛をニーナに取られてしまえば、候補でしかない私に何が残る?優位だなんて過信していてはいけない。
皇室が判断を下さず本人も諦めていない今、離脱などしてほしくはない。決めるのは彼女だが、出来れば最後まで正々堂々戦いたい。そう思いながら真っ直ぐ見つめると、彼女は押し黙った。
「お二人のお話を邪魔してしまったことをお詫び申し上げます。私はこれで失礼させて頂きますわ。」
このまま話していてもお互いにいいことはない。ソフィーも待たせているし、これ以上余計なことを言う前に今日は退散しよう。
礼を取り、彼女の返事を待たずに目的地へと歩き出した。
私が立ち去った後。
「……甘えてばかりで狡い女のくせに。何故こんなに」
綺麗に見えるの、と呟いたローザフィア様は悔しげに俯いていた。




