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デート (2)

 ルークお兄様が選んだのは丘の上にある展望台だった。皇城や学園からは離れた場所にあり皇都が一望できる。


「わあ!皇都って上から見るとこんなに美しいのね!」


 当然だが、日本の景色とはまったく違う。帝国の建物は屋根が色鮮やかで全体的に明るい印象だ。ジオラマみたいで可愛らしい。


「ここまでの高所は初めてだろう。怖くはないか?」


「大丈夫よ。ずっと眺めていられるわ!」


 仲夏の季節。少し汗ばんだ肌に微風が当たって気持ちいい。泣いた後ということもあってか清々しい気分になる。



「ここは夕日が綺麗なんだ。おまえに見せてやりたくて。あと星を見るにも最適なんだが、流石に夜まではいられないからな。」


 それはまた今度にして、日が落ちるまで時間があるから少し待とうと言う彼に一つの提案をする。


「それなら待つ間はお茶にしましょう!」


「そうだな。侍女に――」


 手を挙げて合図をしようとした彼の袖を引き、慌てて止めた。ここで侍女を呼ばれるわけにはいかない。今日は計画があるのだから。


「お茶、私に入れさせてもらえないかしら。」


 私の言葉に彼は虚をつかれたように目を丸くする。あ、レアな顔いただきました。美形はどんな表情も絵になる。


「それは嬉しいが。なら道具を持ってこさせよう。」


 再び侍女の方を振り返ろうとした彼を、今度は首を振って止める。


「大丈夫、持っているわ。」


「――は?」



 私は彼を引っ張るようにして近くにあった休憩所まで誘導する。手をテーブルの上に翳し魔法を発動させると、青い光が保存しておいたティーセットへと変わった。


「収納魔法か。いつの間にこんな高度な魔法を習得していたんだ。」


「つい最近なの。フェリクス様にコツを教えて貰って。」


 そう言う彼も当然使えるはずだから自慢にはならないけれど。


 皇太子妃候補になって気合いが入った私は、夜会でフェリクス様が収納魔法を使っていたのをふと思い出した。そこで魔法指導を受けているニーナに同行し駄目元でお願いしてみたのだが、あっさり引き受けてくれて最短で習得。ニーナが言っていた通りフェリクス様は教え方が上手い。



 座っていて欲しいと告げて、紅茶の準備を始める。どんな場所でも入れられるなんて魔法って便利だ。彼は作業をする私の手元を興味深そうに眺めていた。


「どうぞ。」


 出来上がった紅茶と持参していた手作りの餡子入り苺タルトを出し、彼が口につけるのを固唾を飲んで見守る。


 彼はどちらも美しい所作で味わうと、ふっと口元を綻ばせた。


「美味い。菓子は知っていたが、紅茶もプロ並みだ。すごいな、ティアは。」


 嬉しそうなその表情を見てほっとする。

 紅茶を入れることは前世から慣れていたが、それでも所詮は素人知識。プロの技術をソフィーに教わって何度も練習した甲斐があった。入学以降は手作りスイーツもご無沙汰だったので、この機会にプレゼントできたらと思っていたのだ。


「ところで、このカップだが……」


「ふふ、覚えてる?ルークお兄様から頂いた物よ。私のお気に入りなの。」


 自身も紅茶を口に運んでから返事をする。うん、練習通りに入れられたみたい。


 2年以上前、前世を思い出すきっかけとなった日にウィルお兄様経由で渡された物。傷めてしまうのは嫌なので毎回ではないが、大事に使わせて貰っている。


「そうか、気に入ってもらえて何よりだ。」



 和やかな雰囲気になったところで、観劇の感想を話し合った。


「全体的に完成度が高かったな。主人公を演じた俳優は相当剣術を練習したようだ。演技であそこまで動けるとは。まあ一番楽しめたのはティアのくるくる変わる表情だが。」


「どうして上演中に私を見ているの!そ、そんなに変わっていたかしら。」


「笑ったり怒ったり、かと思えば涙ぐんでいたり。忙しなくて飽きなかった。そういえば泣き顔を見たのは久々だったな。」


 私の顔に出る癖はまだ直っていないらしい。ずっと見られていたかと思うと恥ずかしい。更には泣いたことを懐かしそうな表情で指摘されて顔から火が出そうだ。皇后になりたいのなら人前で泣いたりしてはいけない。


 そもそも何故あんなに止まらなかったのか。前世を思い出して以降、目が潤むことはあっても涙を流したことはなかったのに。



「恥ずかしいから言わないで。きっと物語に入り込みすぎちゃったのよ。長年想い合ってきた幼馴染が障害を乗り越えて結ばれるなんて素敵だもの。」


「幼馴染か。俺とティアもある種幼馴染のような関係だが、結ばれたら上々だと思わないか?」


「……え。」


 冗談か本気か読めない表情で見つめられて困惑する。いや、彼は冗談でこんなことを言う人ではない。間違いなく本気なのだと、直感で理解した。


 ルークお兄様は不仲なローザフィア様ではなく、私を婚約者にするつもりなのだろう。でもそれは婚約者候補2人のうち、どちらかを選ばなければならないという中でのこと。私の望む形ではない。比較した結果で選ばれてしまっても、ニーナが舞台に上がってしまえば――


 まだゲーム終了まで半年以上ある。この時点で二人の気持ちを量ることなんて出来ない。



「そ、そうかもしれないけど。ルークお兄様と私は幼馴染というより兄妹でしょう?」


 私は交わっていた視線を逸らして逃げの台詞を吐く。

 本当はこんなことを言いたいわけではないのに。誰よりも兄妹から抜け出したいと思っているのは私なのだから。でも今の状態で答えを出されるのは怖いのだ。一度手にしてしまえばきっと縋りついて放せなくなってしまう。


 そんな私に彼は残念そうに溜め息を零した。


「ならまずその呼び方を改めよう。今後、お兄様は禁止だ。……嫌か?」


 強気な言葉で押したと思ったら、最後には不安が滲んだ瞳で尋ねてくる。


 私はこの強引になりきれない彼に弱い。私の意思を尊重しようとする態度は昔から変わらない。


「い、嫌じゃないわ。」


 赤くなった頬を隠すように俯いてぽそぽそと答える。絡め取られているようで悔しいが、そんな彼を前にして拒否など出来なかった。


 ほっとした様子の彼は、今試しに呼んでみて欲しいと頼んでくる。心の準備も出来ないままにせがまれて。


「ル……、ルー………………」


 もうやけだと口を開いたものの、その先が続かない。顔を真っ赤にして口を閉じたり開いたりする私はさぞ滑稽に見えるだろう。


 無理!!

 お兄様を省くだけなのに、どうしてこんなに照れるのか。皇族への愛称の呼び捨てはアルにしているのだから今更なのに。



「……ふっ。……くくく」


 言い掛けては止めてを繰り返していたら、彼が突然肩を揺らして笑い出した。いつまでも呼ばない私に呆れているのかと思ったが、その表情は心底楽しそうだ。


「もう!なんで笑うの!!」


 こっちは必死なのに。拗ねた気持ちになり、恨みがましい目で睨んで頬を膨らませる。


「……いや、すまない。嬉しいやら可愛いやらで。ティアがちゃんと俺を意識してくれているのは十分に伝わった。」


「……!」


 膨れた頬をつつきながら愛おしそうに言われて絶句する。


 彼は私をどうしたいんだ。そんな風に期待させて楽しいか。婚約者候補になってからというもの、態度が変わった彼に動揺させられてばかり。



 彼の言葉をどう受け止めていいか分からずパニックになり立ち上がった。もう日が落ちるわ、と告げて手摺りの方へ向かう。そんな私を彼はまた笑って引き止めた。


「くくっ。いいのか?そちらは夕日とは反対側だ。」


 その揶揄うような声に、進めていた足をぴたっと止める。


 こんな所で方向音痴が治っていないのを曝してしまうなんて。いや、日はもう落ち始めているのだから空を見れば一目瞭然。間違ったのは動揺していたせいだ。……決して方向感覚がないとかではなく。


 立ち止まったままふるふると震わせた私の肩を、彼は仕方ないなと言いたげに優しく抱いて反対側へ誘導した。



 ぐしゃぐしゃだった感情は空を見上げたことで霧散する。


 黄金色の夕日は、空と街の境界線を帯状に染めていた。しかしその柔らかい光が空の鮮やかな青を損なうことはなく、雲のピンクと混ざり合って美しい配色を作り上げている。


「綺麗……」


 高所でなければ見られないその景色に、ほう……と吐息を漏らす。彼に肩を抱かれたまま少しでも近づこうと手摺りに手を置いた。


 見下ろした街が明るく見えるのは、この帝国が平和だからなのだろう。あの中にいるのは家族や友人、知り合った多くの貴族だけではない。


 フライハルト商会の従業員。街巡りの際、はぐれた私に声をかけてくれた青年達。上手くお金を出せない私に怪訝そうな顔をした店員さん。


 それ以外にも、まだ会ったことのない沢山の人達がこの世界に生きている。



 歴代の皇族が発展させてきた帝国。今現在も両陛下が守っている国。



 そして――それを引き継いでいく彼。



「この場所に来ると、毎回身が引き締まる。皇太子として。ゆくゆくは皇帝として。この美しい国を守らなければならないと実感する。」


 真剣な目をして前を向く彼の横顔を見上げて思う。“皇帝”は孤独なのだと。


 ルークお兄様は決して孤独などではない。だがこの国の行く末を最終的に決定するのは皇帝だ。意見を出せる立場は他に多くあれど、皇帝のたったひとつの印で大勢の未来が変わる。たとえそれが誰かを不幸にしてしまう決断でも、覚悟しなければならない時はある。


 ならばせめて、私はそんな地位に身を置く彼を支えていきたい。代わりにはなれなくとも、隣で印を押す彼の手を握って負担を半分にしてあげることは出来る。彼の届かない部分に手を伸ばすこともきっと出来る。


 今日観た劇のような、夢を追う人達を。想い合う二人の愛を。


 ――皇帝を支える皇后という立場から、守りたい。



 それが私の、辿り着きたい場所。



「私も、守りたいな。この帝国を。――ルークを。」


 まだこの先どうなるのかは分からないけれど。


 私の肩を抱く彼の胸にこてんと頭を置き、夕日を眺めながら告げた。不思議と名を呼ぶことにもう照れはない。明言はせずともその台詞は皇后になりたいと言ったも同然。


 正しく伝わったのか、彼の息を呑む音が聞こえた。


「ティア。」


 どこか掠れた声で呼ばれる。肩から手を離した彼は懐から長方形の箱を取り出した。箱の中には、ブルースターを模した美しい髪飾りが。それを見て私は思わず可愛い、と呟いた。


「受け取ってほしい。これはティアの花だから。」


 そう言って出会った日と同じようにブルースターを私の髪に飾る。その言葉の意味を尋ねる前に、彼は私の体をそっと引き寄せた。反対の手が顎を捉え、優しく上を向かされる。


 夕日に照らされた彼の顔が近づいてきて、私の呼吸が止まった。思考が追いつかないまま、近距離で見つめ合うことに耐えられずぎゅっと目を瞑る。吐息が触れる距離で「それは了承と取るからな」と囁かれ、え……と声を出そうと薄く開いた瞬間、唇が重なった。



 初めて触れた彼の柔らかい唇は少しだけかさついていて。さっき食べた苺タルトの名残なのか、とても甘い味がした。



 一瞬なのか、数秒なのか。もっとずっと長い気がしたけれど、きっとほんの少しの時間。


 熱を帯びた唇が離され彼との間に距離が出来たところで、やっと私はそれがキスだと認識した。

 はっと息が漏れた口元を押さえて顔を真っ赤にする。ちろりと彼を見上げると、熱い眼差しをこちらに向けていた。その顔が赤いかどうかは夕日で判断できない。



「えっ……ええ……!」


 何かを言わなければと思うのに、間抜けな声しか出てこない。しかし私の表情から嫌がってはいないと分かったのだろう。彼は戸惑う私にふっと笑って一度抱き締めた後、帰るか、と呟いた。



 その響きがどこか名残惜しそうだったのは、きっと私の願望が投影された結果だ。



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