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デート (1)

「お、お待たせしました。」


 早めに出たつもりだったのに、もう来られていたなんて。駆け寄りたいのを我慢しておずおずと近づいた。



 デート当日。


 寮の前まで迎えに来てくれたルークお兄様は、全体的に黒でまとめた皇族らしい服装をしていた。洗練されたその姿は見る者すべてを魅了する。寮を出入りする令嬢達がきゃあきゃあと黄色い声を上げて見惚れていた。


 腕を組み目を閉じて壁に背を預けていた彼は、私が声をかけるとはっとしたようにこちらを見た。視線が合うと、眩しそうに目を細められる。


「――綺麗だ。」


 自然と口から零れた感嘆。私に伝えたかったのか独り言なのか。それが“可愛い”ではなく“綺麗”であることに喜びが湧いた。もちろん前者でも嬉しいのだが、お兄様達からの可愛いはいつも“妹だから”がつくのだ。


 嬉しくて、へへっと締まりのない笑い方をしてしまう。


 今日のドレスは爽やかな水色。ルークお兄様の隣に立っても見劣りしないように、明るめだが落ち着いたデザインのものにした。帰ったら服選びに付き合ってくれたニーナとソフィーにお礼を言わなければ。



 差し出してくれた手を取り皇室の馬車に乗る。柔らかい長椅子に腰を下ろすと、彼は何故かすぐ隣に座った。少しでも身動ぎすれば肩が触れ合ってしまいそうな距離。


「る、ルークお兄様……?あちらに座らないの?」


 上擦った声で向かい側を示しながら言うと、少し首を傾けた彼は口角を上げた。やめて、この距離で色香を振りまかないで。


「離れがたくてな。」


 っなにこれデート効果なの?

 積極的すぎるんですけど!!


 破壊力のある台詞と距離の近さに顔を赤らめて挙動不審になる私を見て、彼は満足そうに笑った。




 カイのアドバイスを参考にして悩みに悩んだ末、私が選んだのは劇場だった。幼い頃から何度も庭散策やお茶をしている私達にとっては、こういった貴族らしい大人のお出掛けの方が新鮮な気がして。


 お忍びで街にというのも考えたが、皇太子を連れ出すのは護衛が大変なのではと思い今回は見送った。彼も「もう婚約者候補なのだから人目は気にしなくていい」と言ってくれたので、貴族が集まる場にこうして堂々と降り立っている。


 昼公演とはいえ観客は多い。ロビーに現れた皇太子に場が騒然としたが、明らかにデート中といった様子の私達を見て話しかけようとする人はいなかった。ひそひそと何かを囁き合う声だけが聞こえてくる。


 手を引くルークお兄様に誘導され、最上階にある貴賓席に座る。扇形の会場内は夜会のホールとはまた違った煌びやかさがあり、その非日常的な空間に開始前から物語を見ているような気分になった。



「楽しそうだな。」


 開演が待ち遠しくてそわそわしていると、私を見守っていたらしいルークお兄様が上機嫌に声をかけてきた。


「ええ!ずっと憧れていたの。観劇もだけど、デートのお誘いも。」


 デートは準備段階から幸せな気分になるのだということを初めて知った。誰でもいいわけではなく、好きな人が相手だからこそ。照れも緊張もあるけれど、せっかくなら存分に楽しまないと損だ。


 彼にも楽しんでもらうためにはまず自分から。

 カイの教訓『男性はデート中、女性が喜ぶ姿を見るのが何より嬉しい』


 そんなことでいいのかと首を傾げたが、ミイはそれで十分だからと言われた。



「……あの商会の子息と出掛けたことはないのか?」


「カイと?いいえ、外で会ったことはないわ。」


 フライハルト商会の本店に行ったことはあるがそれだけだ。カイとお出掛けも楽しそうだとは思うが、きっとウィルお兄様に大反対される。


 今回何も言われなかったのは私の気持ちを知っているということと、相手がルークお兄様だからだ。皇太子がいる時点で護衛の面では文句なし。自分の主君なのだから信用がどうこう言えるはずもない。


「そうか。」


 首を横に振って答えると、彼は顎に手を当て何かを思案しているようだった。


 何故そんなことを聞くのかと尋ねようとしたとき、開幕のベルが鳴り響いた。同時に会場内の明かりがひとつひとつ落ちていく。


「始まるわ!わあ、雰囲気ある……!」


 劇場は初めてだが、その暗転と静寂は映画館に似ていると思った。音楽が鳴り始めるまでの間は妙な緊張感がある。ごくりと唾を飲み込むと、その音がやけに大きく響いた気がして彼に聞こえなかったか心配になった。



 その後は呼吸すら押し殺して舞台の方を注視していると、ほどなくして幕が上がった。




 上演されたのは幼馴染の恋物語。


 文官の家系に生まれた男の子には騎士になるという夢があった。しかし両親からは反対されており、文官になるよう説得を受ける。悩み苦しむ男の子を幼馴染の女の子だけが応援し、様々なサポートを続けた。


 男の子が成長とともに騎士の才能を開花させると、次第に両親も夢を認めるようになった。支えてくれた幼馴染との交際も始めて、幸せな日々を送る。


 だがそんな時間も長くは続かず、男の子の才能を妬む者の陰謀で二人はすれ違い別れてしまう。騎士への道も妨害され自暴自棄になった男の子は、文官への転向を考えた。


 それを止めたのが、初めは反対していた両親。意志を貫き通せと叱咤し、女の子への橋渡しも行った。感謝した男の子は女の子との誤解を解き、夢も叶えた。陰謀を企んだ者は罰を受ける。


 ラストは二人の結婚式だ。


 男の子は女の子に告げる。

 ずっと支えてくれてありがとう。今度は僕が君を幸せにする番だ。


 鳴り響く美しいオーケストラ。


 笑顔で見つめ合う二人。



 明るい明るいハッピーエンド。



 会場中の喝采に合わせて大きく拍手をする。


 これ以上ない結末が嬉しくて顔が緩んだ。よかったね、叶ったね。とってもお似合いだよ。そう思うと鼻の奥がつんとして、視界が歪んでいく。幸せな二人をもっと見ていたいのに、不透明になった世界がそれを阻む。



 幕が降りる。

 愛すべき二人が、私の乞い願った幸福が、遠く遠く、手の届かない場所へと消えていく。




「ティア?」


 ルークお兄様の訝しげな呼び掛けに、ん?と返そうとした。けれど喉が張り付いていて声が出せない。あれ、と不思議に思い口を開く。それでも出てくるのは噦り上げるような呼吸音だけ。


 そんな私を見て眉を寄せた彼がこちらへ手を伸ばした。小首を傾げていると、節くれだった指で目元を優しく拭われる。そこでやっと自分が泣いていることに気づいた。


「そんなに感動したのか?」


 彼の問い掛けに頷いた。顎まで伝った涙が振動でぽつりぽつりとドレスへ落ちる。このままでは染みになってしまう。


 僅かに残る理性でハンカチを取り出そうとすると、彼の手が私の後頭部に回りぐっと引き寄せられた。服越しでも分かる硬い胸板に顔が当たる。そのまま髪を梳くように撫でられて。


「……っく……っひく……ルー……クおに、い……服、よごれ、ちゃう……」


「いい。落ち着くまでこうしてる。」


 反対側の腕も背中に回された。とくん、とくんと鳴る鼓動が、いま私がいる世界を教えてくれる。好きな人に抱き締められて胸が高鳴っているのに、涙は流れ続けたままで。とまれとまれと念じながら彼の服の裾を握った。


「っ……ふ………」


 私がいたいと思った場所が、たとえ仮初めでもこの手の中にあって。縋るように彼の胸に頬を寄せる。彼は何も言わず、ただひたすらに撫で続けてくれた。



 暫くするとようやく涙が止まった。一度深く深呼吸をする。物語と現実の境界線を理解したことで衝動が落ち着き、後に残されたのは泣いたことによる羞恥とぐしゃぐしゃな顔。そして、触れ合ったままの体。


「……もう、大丈夫。ありがとう。」


 離れがたくなる前にと顔を起こすと、ルークお兄様の手がゆっくりと離される。数度瞬きをして視界を良好にさせると、やはり彼の服に涙の跡が多く残されてしまっていた。


「ごめんなさい、濡らしてしまって。」


 その跡を手で押さえて謝る。皇太子の服をハンカチ代わりにしてしまうなんて。


「すぐ乾く。気にするな。」


 私の手を取って優しい力で外し、そう言ってくれた彼の穏やかな顔を見て、今更ながらに抱き締められたという事実が恥ずかしくなってきた。彼にとっては泣いた子供をあやしているような気分だったのだろうが。実際子供の頃は、転んだり迷子になったりアルの口の悪さに心を痛めたりでよく泣いては彼に慰められていた。


「あ、あー……。えと、そ、そろそろ出ましょう!次はルークお兄様の行きたい場所に連れて行ってくれるのでしょう?」


 落ち着かない気持ちで目をうろうろさせながら言うと、何がおかしいのか彼はくくっと笑って頷いた。


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