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叔母様の想いと私の選択

 ついに皇城から召喚状が届いた。


 恒例の顔見せやミーツシリーズについてであれば休日を指定してくれる皇室が、学園をお休みしてまで来いと言うのだから婚約の件で間違いない。その証拠にウィルお兄様も同行している。何故かニーナまで移動中は付き添ってくれるというので遠慮しつつも甘えてしまった。




 正式な謁見用の正装を身に纏い、重苦しい気持ちを抱えて皇族方の前で礼を取る。ルークお兄様、皇帝陛下、皇后陛下と並んで座している後ろにはお父様の姿もあった。見るからに心配そうな顔をしている。


「面を上げよ、ミーティア。ウィルフリードも。学園があるのにすまなかったな。」


 許しを得て顔を上げ、お父様を安心させるためにも微笑んで言葉を返す。


「いいえ、とんでもありません。」


 王族からの縁談だ。返事を急ぐためにも次の休日を待っていられなかったのだろう。忙しい中こうして直に会う時間を取ってくれるだけでも破格の待遇だと思う。


「今日呼んだのは他でもない。フルラージュ王国から内々にそなたへ婚約の申し入れがあったことについてだ。夜会の折、王太子殿下から直接求婚されたと聞いているが間違いないな?」


「――はい。」


 黙っていた罪悪感から誰の顔も見られなくて目を伏せる。


 王太子殿下からの求婚なんて大事、本当なら直ぐにでもお父様に報告しなければならなかった。でも口に出して話が進んでしまうのが怖かったのだ。このままなしになったりしないかなんて意味のない希望を持っていた。



 申し訳なくて震えてしまう背中を隣にいるウィルお兄様が擦ってくれる。


「ミーティア、我は責めてはおらん。そなたが望んでいないのであればこの話を進めるつもりはないのだ。」


「え?」


 優しい口調で告げられて、驚きから目を大きく見開く。陛下に聞き返すなんて失礼なのに思わず声が漏れてしまった。それを誤魔化すように一度首を振る。


「王太子殿下がお相手なんて光栄なことです。お断りするなどとても出来ません!」


 国としては絶対に進めるべきなのに、まさかここでも私の意思を尊重してもらえるのか。


 希望に縋りたくなるのを堪えて訴える。けれど望んでいるから問題ないとは嘘でも言えなかった。絞り出した声が震え、本心では嫌なのが伝わってしまっていると思う。


「案ずるな。こちらで何とかしよう。ただな、断りを入れるには相応の理由が必要だ。故にそなたにはルークの婚約者候補になってもらいたい。」


 そのお言葉に、今度は一音も発することができず固まった。今自分が耳にしたことが信じられない。



「王国を納得させるには、そなたには相手がいると申し出るしかない。だが急ぎ婚約者の選定を行うにも時間がない。それは分かるな?」


「……はい。」


 夜会でシルヴァン様が仰った通り、私には身分等の条件で辞退する理由がない。少なくとも帝国内では王太子妃として私以上に都合の良い令嬢はいない。となれば、残る方法は一つだけ。


 しかし事は急を要する。今から選定するなんて書面上の調査だけでも時間が掛かりすぎる。ましてや呑気にお見合いして仲を深めて、なんてしていられない。



「ルークの婚約者候補ならばあちらも無下には扱えず、時間稼ぎにもなる。今後そなたが添い遂げたいと思う相手が現れたとしても、婚約解消などのリスクを背負うこともない。」


 低く威厳のある声で誘惑され、心がぐらぐらと揺れる。


 それでは私に都合が良すぎる逃げ道じゃないか。寮の部屋の家具とは比べ物にならないくらいの特別待遇。どうして皆何も言わないの?……そうか、ここにいるのは私に甘い方々ばかりだった。



「で、ですが……いえ、申し訳ございません。」


 口答えしてしまいそうになるのをぐっと堪える。皇帝陛下はそんな私を見て目を細めた。


「よい、ミーティア。思うところがあるならば言ってみよ。」


 寛大な言葉を受けちらりとお父様に視線を向けると頷かれたので、今度は逆に黙することができない。



「恐れながら。そんな理由で婚約者候補になるなど、皇太子殿下にも幼少から候補であられるローザフィア様にも、その立場を熱望する数多くのご令嬢にも申し訳が立ちません。」


 いくら私に優しくても、皇后陛下にとってローザフィア様は姪。長年皇后の座を引き継ぐべく教育を施してきた大切なご令嬢なのだから、決して気分の良い話ではないだろう。


 しかしそんな私の言葉に皇后陛下は力強い眼差しを向けた。


「ミーティア。どんな理由があろうとも、今更資格のない令嬢を候補にはしないわ。そんな風に意見ができる、聡明で思慮深い貴女だからこそなの。履き違えないようになさい。」


「っはい。大変失礼致しました。」


 厳しく言葉を返されて頷く。


 皇太子妃候補の立場を軽視した形になり、かえって失礼なことを言ってしまった。身内に甘いからというだけで選ばれたわけではないのだと自覚しなければならない。



 反省していると、何を思われたのか皇后陛下は突然立ち上がった。


 美しい動作でゆっくりと歩き、私の前で足を止める。ほっそりとした片手を伸ばし私の頬に当て、優しく撫でられた。先程の厳しさが消えたその表情はくしゃりと歪んでいて、とても苦しそうに見える。



「ローザフィアのことは聞いたわ。貴女の美しい頬に傷がついてしまうところだったのだから、あの子のことを意識しても仕方ないわね。あの子があんな風になってしまったのは私にも責任があるの。本当にごめんなさい。」


 皇后陛下から謝罪されて驚く。

 フェリクス様からお兄様達に報告がいっているのは薄々気づいていたが、まさか陛下にまで伝わっていたなんて。姪のそんな話など聞きたくなかっただろうに。



「いいえ、いいえ叔母様。あれは私もいけなかったのです。私が偉そうなことを言ってしまったばかりに。」


「経緯は全て知っているわ。あらぬ疑いをかけられた上に、友人を愚弄されたのですもの。怒って当然だし、何も間違ったことは言っていない。皇后の重みや心構えを、長年皇太子妃教育を受けてきたローザフィアよりも貴女の方が余程理解しているわね。これでは指導者失格だわ。」


 悲しげに目を伏せられて慌てる。陛下を悲しませたかったわけではない。


「そんなことありません!幼少の頃から叔母様を見てきましたもの。私が理解できているというのであれば、それは叔母様のおかげです。その、ローザフィア様だってきっと」


 下手な慰めの言葉しか出てこない。いつの間にか口調も皇族に向けたものではなくなってしまっている。ゲームのローザフィア様を知っていて、尚且つ今の彼女に思うところもある私はその先を言うことが出来なかった。



 不自然に言葉を止めてしまったが、陛下はそんな私にふわっと笑ってくれた。


「ありがとう。貴女は昔からそうよね。思い悩む私にいつだって愛情と憧憬に満ちた眼差しを向けてくれた。何度も救われたのよ。……幼い頃の貴女はその素直さ故かどこか頼りなかったのに、いつの間にか優しい所はそのままで芯の強い素敵な女性になってくれた。」


 嬉しいわ、とぎゅっと抱き締められる。そんな風に思ってくれていたなんて。芯の強い素敵な女性という言葉に疑問はあるものの、陛下の温かい言葉と優しい体温に胸を打たれた。



 こちらからも軽く抱き締め返していると、恐る恐るといった様子の皇帝陛下の声が聞こえてきた。


「皇后よ。そろそろ本題に戻っても良いだろうか。」


 そちらに目を向けると皇帝陛下は気まずそうな顔をしていて、皇后陛下が思い悩んできた原因に心当たりがおありなのだろうと察する。頭が上がらないようだ。皇后陛下はそんな皇帝陛下にふふっと笑顔を向け「そうね、ごめんなさい」と返し元の位置に戻っていった。



「あー、ミーティア。先程は時間稼ぎと言ったが、そなたを候補にするのは決して王国への口実の為だけではないのだ。」


 気を取り直すように言われ、思い出したのはシルヴァン様から告げられた事実。


「私が皇太子妃候補ではないことに対し、貴族の間で疑問の声が上がっているからでしょうか。」


「知っておったか。誰から聞いたのだ?」


「……夜会の折、シルヴァン王太子殿下からお聞きしました。」


 ずっと私に寄り添うように立っているウィルお兄様の肩がぴくっと動いた。あの時の会話については全て内緒にしていたから、シルヴァン様に皇太子妃候補について言及されたことも言っていない。


「そうか。求婚する前にそなたのことを調べたのだろうな。」


 陛下は納得したような顔をされた。

 調べるどころか分析までしていたみたいですとは言えない。



「そういった色々な事情を吟味した上での打診だ。そして最終的にローザフィア嬢とどちらをという話にはなるが、我らはそなたを正式な婚約者としても良いと思っておる。まあ判断はルークに任せるが。」


 私の想像とは違い、皇室は私を候補に留まらせず婚約者にするつもりがあるらしい。事情、とやらはいいのかな。


「色々と述べたが、そなたに強制するつもりはない。よって選んでもらいたいのだ。フルラージュの王太子殿下との縁談を受けるか、ルークの婚約者候補になるか。今そなたに他の好い人がいるのであればそちらも検討するが……」


「いいえ、そのような方はおりません。」


 即答すると何故かあからさまにほっとした顔をされた。



 私が選ぶ。


 シルヴァン様の婚約者となって隣国へと嫁ぐか。

 ルークお兄様の婚約者候補となって時間を稼ぐ、もしくはそのまま婚約者になれるよう努力するか。



 閉ざされかけていると思っていた道が、目の前にある。



「――陛下。恐縮ですが、1日だけ考える時間を頂けないでしょうか。」


「そうか、分かった。また明日返事を聞かせてくれ。」


 時間がない中でのそんなお願いにも、陛下は渋る様子もなく了承してくれた。


 話を終えて退出の許可が下りたので謁見室を出る。



 ルークお兄様の顔を一度も見ることなく下がっていく私の背中を、彼がどんな表情で見つめていたかは知らないままだった。



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