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皇室の決断 ※ルーカス視点


「本当にこれでいいのか。」


 皇城から緊急の呼び出しを受けた帰り道。学園に戻る馬車の中で対面に座るアルに問いかける。後ろめたさを隠しきれない質問に、アルは頬杖をついたままおかしそうに笑った。


「気にしすぎだ。そりゃまああの話は驚いたけど、納得もした。むしろ嬉しいよ。これでフォルモント公爵令嬢を姉と呼ばなくてもよくなるかもしれない。」


「だが、おまえは」


「昔から言ってるだろ。俺にとってティアは大事な幼馴染。それ以上でもそれ以下でもない。」


「……そうか。」


 それが強がりだと薄々感じていても、俺は何も言えなかった。



 それ以降は黙ってしまったアルに合わせ無言で手元にあった書類に目を通す。だが存外緊張しているらしく、何度読んでも内容が頭に入ってこない。


 皇室内の意見は纏まったが、まだ公爵家との擦り合わせもある。それに最終的に選ぶのはティア自身だ。もし拒絶されてしまった場合のことを考えると胃が痛い。更にこの後皇室の決定を告げなければならない奴の顔を思い浮かべてしまい頭を抱えた。



 ただの文字列になってしまった書類を放棄して窓の外を見やった。迫り来る学園の白がオレンジ色の光に覆い隠されていて、もう夕暮れ時であることに気づく。


 氷漬けにされる覚悟を決めていると、いつの間にか俺を見つめていたアルが口を開いた。


「兄上。俺は兄上に幸せになってほしい。だから絶対にあいつをものにしてくれ。」


「……ああ。努力する。」




  ◇◇



 生徒会室に入ると、ウィルだけでなくニーナ嬢もいた。道理で扉が開いていたわけだ。俺に気づいた二人はおかえりなさいと声をかけてくるが、その表情はどこか曇っている。


「やはりまだ話さないか。」


「ええ、駄目ですね。聞き出そうとすると頑なに拒まれます。あんなティアは初めてだ。」


「私にも何も話してくれないです。笑っていつも通りに過ごしていますけど、どこか元気がなくて。」


 ティアはシルヴァン殿下との出会いや学園での再会の経緯こそ説明してくれたが、ダンス後の会話については口を閉ざしていた。適当に偽ることもしない彼女に疑問を抱いたが今日城で得た情報を元に考えると、いずれ知られることだと考えていたのだろう。


 元気がないのは彼女にとってそれが好ましい話ではないということ。希望が持てる。あの夜会から1週間経っても、相変わらず俺は避けられているが。



「それなんだが、今日城で判明した。」


 一人掛けのソファーに座り、ニーナ嬢が入れてくれた紅茶を受け取りながら言うとウィルは顔色を変えた。


「城で、って。今日の呼び出しは緊急だと仰っていましたよね。」


「皇室と公爵家にフルラージュ王国から内々に縁談が届いたそうだ。本人には既に告げてあるが婚約は自分の一存では決められないと言われたと。」


 遠回しな断り文句を受けても強引な手段に出たシルヴァン殿下には怒りが湧いた。しかし何でもない風を装って告げると、ウィルは拳を握り締めてぶるぶると小刻みに震え出した。殴り込みに行きたいのを我慢しているのだろう。


 そんなウィルの対面に腰を下ろしたニーナ嬢が恐る恐るといった様子で手を挙げた。


「あの……私が聞いてもいいんでしょうか。」


「ティアの情報はなるべく回す。そう約束しただろう?周りに話さないでいてくれるのであれば構わない。」


 ローザフィア嬢が荒れている。フェリクスからの進言で、再びティアに何かを仕掛ける可能性もあると危惧した俺達は情報を共有することにした。誰よりも長くティアと一緒にいるのはニーナ嬢だからだ。


 夜会でのローザフィア嬢の所業は今日の取り決めにも一役買った。面倒事を嫌うフェリクスが首を突っ込んだのは驚きだが、どうやらティアの影響らしい。一部の人間以外を無視することもなくなり丸くなってきた彼を側近に上げる日もそう遠くはない。


「父上め……僕が騒ぐのを見越して、ルークから話が伝わるのを待っていたな……」


 俯いて怒りに震えながら呟くウィルには狂気が潜んでいる。ここにアルがいたらまた俺の後ろに隠れていただろうと思った。平然としているニーナ嬢は肝が据わっているのか慣れたのか。



「それで。皇室の決断は?」


 がばっと体を起こして俺を見たウィルの顔には、言い逃れは許しませんよと書いてあった。


「選択させる。シルヴァン殿下の縁談を受けるか…………直ちに俺の婚約者候補になるかを。当然、皇室が望むのは後者だ。ある程度誘導することになるだろう。二大公爵との会議が終わり次第、ティアを皇城に召喚する。」


「そうですか。分かりました。」


 あっさり頷いて受け入れられ拍子抜けする。半ば強制のような手段に怒り出すと思っていたのだが、その表情はむしろ安堵しているように見える。

 代わりに何か言いたそうにしているニーナ嬢の視線に気づきそちらを向くと、膝の上で組んだ手をぎゅっと握り締めながら口を開いた。


「で、殿下!ティアが登城する際、私も同行させて頂けないでしょうか?お話に同席させろとは言いません。せめて行き帰りだけでも傍にいてあげたいんです!」


「ああ、分かった。謁見中はティアの専属侍女と共に待っていてくれ。構わないな、ウィル。」


「ええ、もちろん。……ニーナ嬢、悪いけどティアの様子を見てきてくれないかな。あの子は最近根を詰めすぎているからカフェにでも連れ出してやってほしい。」


 優しい笑みを浮かべたウィルの頼み事に快諾したニーナ嬢は部屋を出て行った。気配で彼女が完全に遠ざかるのを確認したウィルが笑みを消す。ティアが心配なのは事実だろうが、彼女をこの場から連れ出したかったのだろう。情報共有にも限度はある。




「シルヴァン殿下は、本気でしょうね。彼が女性を呼び捨てするのも様付けで呼ばせるのも見たことがありません。いつも女性を侍らせ賛辞を振り撒いていますが、その実誰にも興味を示していない。女好きどころか僕と同じ類いの人間です。まあ僕なら外堀も埋めないままいきなり求婚などしませんが。」


 ウィルは腕を組んで溜息を吐いた。そもそも誰かに求婚する気があるのか聞いてみたい。


「まさか帝国が断るとは思っていまい。」


 友好国の王太子と我が国の公爵令嬢など本来であればこれ以上ない縁談だ。ティアに婚約者がいない今、断られる理由もない。引く手数多な彼女をさっさと繋ぎ止めてから口説くつもりなのだろう。


「貴方の婚約者候補になったところで、彼が本当に諦めるとお思いですか。」


「いや。ただでさえ口実としても弱い。」


 ウィルの鋭い質問に首を横に振る。


 自国の皇太子とはいえ婚約者ではなくその候補だ。ティアに強制することも事情を他国に説明することもできない以上、これが限界だった。今すぐ他の男と婚約を結ぶ手もあるが、想い人がいないならそれも政略結婚にしかならない。俺の婚約者候補になることが彼女にとって一番の逃げ道。


「ティアを他国にやるわけにはいかない。だが彼女が強く望めば認めざるを得ない。だからこそティアが彼を慕うことになるのは避けたいんだ。その為にも父上は俺に努めろと仰った。……反対するか?」


 本当はこんなつもりではなかった。彼女の意思を尊重しつつ、ゆっくり俺を兄でなく男として見てもらえたらと思っていた。夜会で婚約者候補の打診をしたのは、その道があることをまず意識させないと始まらないからだ。候補でないことを理由に避けられていては口説きようもない。


 国としては、ティアの結婚相手は自国の人間であれば俺でなくとも構わない。例え俺の婚約者候補になった後でも。だが貴族達の反応やローザフィア嬢の性格、ティアの能力、今日父上達に告げた俺の意思などを加味し、最終的に俺とティアが正式な婚約者になるのが一番だという結論に至った。誘導するようで気は引けるが、俺だってティアを他の男に取られたくはない。


「いいえ。個人的にかなり不愉快ではありますが。」


 そう言ったウィルはしかしいつもの笑みを向けてこない。落ち着いた様子で紅茶を口に含んでいる。


 こんなやり方は彼ならば大反対して邪魔してくると思っていただけにその姿は意外でしかない。訝しむ視線を送る俺にウィルは苦笑した。


「王太子の毒牙から守るのが第一です。僕はティアを遠方にやるつもりはない。その方法がこれしかないというのも理解できます。貴方が国のためだけにティアを口説くというのであれば如何なる手を使ってでも排除するところですが、そうではないでしょう。それに、……どうやら手遅れのようですしね。」


 仕方がなさそうに肩を竦めたウィルに何が手遅れだ?と聞き返したが、こちらのことですと誤魔化された。


「とはいえ、貴方のことを認めるわけではありませんよ。主君が義弟になるなんてやりにくいことは御免被りたいですし。」


 そうか、ティアと婚姻すればウィルは義兄になるのか。それは楽しそうだと口角を吊り上げる。そんな俺に嫌な予感がしたらしい彼は顔を引きつらせた。


「そうなれたら公務以外では義兄上と呼んでやる。」


 側近で、幼馴染で、友人でもある目の前の男はさぞ面倒な義兄になるだろう。



 それも悪くはない。



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