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翻弄される (1)

 ウィルお兄様とニーナは談笑していた。あの様子だとお兄様はあの方の件をニーナから聞き出したりはしなかったようだ。問われたら拒否できない彼女の立場を考えてくれている。


「おかえりなさい!ってどうしたの?」


「ルーク、何を言ったのですか。」


 余程困惑した顔をしていたのか、二人は私を見るなり様子がおかしいことに気づいた。ウィルお兄様が笑顔でルークお兄様に詰め寄っている。それに対し涼しげな表情で「また今度話す」と答える彼の考えが分からない。



 ルークお兄様の婚約者候補になる。そんな選択肢が本当に存在するのなら、この気持ちに名を付けることもできるかもしれない。だけどローザフィア様を追い落とし、ニーナのルートを断ち切り、数多のライバルに打ち勝つ強さと覚悟が私にあるのかな。自分の手ではもう誰の人生も壊したくないと思っている甘ったれで偽善者の私に。

 それに彼は私を婚約者()()にしたいだけで、実際に婚約者にするつもりはない可能性もある。


 それでも、彼からそんな話をされたことはやっぱり嬉しい。少しは女性として見てくれたのかな。今まで話がなかった事情が何なのかは分からないが、避けられたくないからとはいえ妹としか思えない相手を今更婚約者候補にしようとはしないだろう。



 期待と不安が入り乱れる胸を抱えながらじっとルークお兄様を見つめる。彼の本心が知りたい。


 そんな私の気持ちに答えるかのように彼は口を開いた。


「ティア、惑わせてしまってすまない。」


「ルークお兄様……」


「だが、俺は」


「ふぅん、ミーティアはルーカス殿下のことをお兄様と呼んでいるんだね。」


 ルークお兄様の言葉を遮るように割り込んできた甘い声に驚き、そちらを向く。いつの間にか近寄ってきていた男性は興味深げに私達を見ていた。私とニーナはひゅっと喉を鳴らしてしまう。まさかこんなタイミングで現れてしまうなんて。



「シルヴァン殿下。貴方でしたか。」


「どうも、ルーカス殿下。先程のダンスは拝見させて頂きました。」


 二人が挨拶を交わすのを礼を取りながら眺める。ルークお兄様が言い掛けた言葉は気になるが、一旦脇に置いて集中すべきだろう。主にシルヴァン殿下への対処と……ミーティアと呼ばれたことで、どういうことだという視線を投げてくるウィルお兄様への弁解に。


「ウィルフリード殿。本日は妹御のデビューおめでとう。」


「ありがとうございます、シルヴァン殿下。」


 ああ、お兄様が警戒心剥き出しの笑顔だ。気づいているのかいないのか、シルヴァン殿下はそんなお兄様を気に留めることなく今度はこちらに顔を向けた。


「二人は先日ぶりだね。そのドレスよく似合っているよ。ミーティアは星の天使のように美しく輝いているし、ニーナ嬢は清らかな光の聖女のようだ。」


 甘い声でさらっと褒め言葉を吐く殿下。やっぱりこの方の詩的な表現は苦手だ。周りの女性皆に言っているのだろうな。レパートリーがどのくらいあるのか聞いてみたい気もする。


「感謝申し上げます、シルヴァン殿下。ですがそんな風にお褒め頂いても何も出ませんわ。」


「過分なお言葉痛み入ります、シルヴァン殿下。」


 それぞれ言葉を返すと、私に向けられた彼の目つきがすっと剣呑なものに変わった。その瞬間をまざまざと見てしまい嫌でも先日のことを思い出してしまう。何が駄目だったかなんて考える必要もないくらいあの時と同じ瞳だった。


「ミーティア、もう忘れちゃった?」


「……失礼しました、シルヴァン様。」


「うん、よく出来ました。」


 やめて、こんなやり取りをウィルお兄様の前でしないで。恐る恐るそちらに目を向けると、意外にも驚愕したような表情で彼を見つめていた。いつもの黒い笑みを浮かべているかと思っていたのに。



「さて、約束を果たしてもらいにきたのだけど。どちらのお兄様に了承を取ればいいのかな?」


 彼は横に並んだお兄様達を見て、ふむっと顎に手を当てた。その態度がどこか二人を挑発しているように見えてヒヤヒヤする。


「約束?まさか殿下……」


「……あまり軽率な行動をなさらない方が宜しいのでは。」


「君には言われたくありませんね。」


「俺は親戚を祝っただけですので。」


「留学中の王太子が友好国一の公爵令嬢をデビュタントの代表として祝うことにも問題はないでしょう。」


「「……」」


 バチバチと火花が飛んでいる。話題が自分なだけに居た堪れない。この間にニーナと逃げちゃ駄目かな。そもそも約束した覚えはない。彼が強引に決めただけだ。


「無言は了承と取らせて頂きますね。」


 彼は反論できない様子のお兄様達から視線を外すと、あろうことか私の前で跪いて手を差し出した。


「麗しの姫君。是非私に節目を迎えた君と一曲を共にする幸福を与えて頂きたい。」


 本来ならドン引きしてしまいそうなキザ台詞だが、彼が言うと様になるのが何とも言えない。ご令嬢方だけでなく夫人までもがうっとりしている。ルークお兄様の時ほどの衝撃はなかったが、私を下から見上げる彼の妖艶な上目遣いに先日のキスを思い出して少しだけどぎまぎしてしまう。


「はい。」


 衆人環視の中で友好国の王太子に跪きながら請われて拒否できるはずもなく、私は軽く微笑んで差し出された手に是と答えるしかなかった。


「私は大丈夫だからニーナをお願い。広告塔はやっぱり踊らなきゃ。」


 心配そうに見つめるお兄様達に小声で言い残し、丁寧にエスコートをするシルヴァン様に誘導されてダンスフロアに再び向かった。





 ルークお兄様より細身のシルヴァン様は、組み合うとき壊れ物を扱うようにそっと私の背に触れた。先程までのひんやりとした手の感触が消えていくようで少し寂しい。


「ふふ、ミーティアは彼に余程愛されているね。さっきから視線が痛いよ。」


「……ウィルお兄様は過保護ですから。」


「え。あーうん、そうだね。なるほど。」


 歯切れ悪く同意されて何かおかしなことを言ったかなと疑問に思った。


「でもまあ、君が安心して身を任せられないようではリードはまだまだだ。僕の方が上手いね。君を今日一番に美しく舞わせてあげられる。」



 前奏が終わった。


 音楽に合わせ軽やかに足を踏み出した彼につられステップを踏む。私を誘うように優雅な足取りで何度か弧を描いた。自分のペースに引き込むのではなく、相手に合わせて穏やかに見守るでもないその絶妙なリードに自然と力が抜けていく。相手を安心させる類の微笑みを浮かべる彼を軸にくるりと回ると、余韻を残すように軽く私の背を反らせた。整えられた髪がふわっと舞い、どこからともなく歓声が上がる。


 さすが、踊りやすい。安心して身を任せられないなんて言われる理由は思い付かなかったけれど、彼が上手いのは事実だ。導きに任せるまま足を踏み出せば、誘導されていると感じない程自然にリズムに乗れる。


「どう?」


「ええ、こんなに楽に動けたのは初めてですわ。」


 苦手な男性、しかも隣国の王太子と踊ることに腰が引けていたのに、いつの間にか音楽を楽しむ余裕すら出てきている。素直に感想を告げると、彼は嬉しそうに笑った。


「ダンスは女性が力を抜いて楽しめてこそだからね。」


 その妖しさのない笑顔を見て、ただの女好きだと思っていたことを少し申し訳なくなった。私は彼のことを何も知らないのだから、勝手な印象で決めつけるのは良くない。


「君が開発に関わったというそのネイル用品は素晴らしいね。遠目からでもキラキラ輝いて見えて、皆の目を引き付ける。何より女性は自分の手元が目に入る度に心が弾むだろう。化粧と違って鏡がなくてもすぐに見られるからね。」


「そこまでご理解頂けて嬉しい限りですわ。ガラス瓶もとても美しいので、何種類か部屋に置いておくだけでも楽しい気分になりますのよ。」


 ダンス中の会話まで楽しめるよう心配りをしてくれているのだろう。話題の選択が効果的だ。女性側に立って物を見られる彼に翻弄される女性が後を立たないのも仕方がないと思える。今はあの美辞麗句も使ってこないし、身の竦むような眼差しも感じない。


 それから暫くミーツシリーズに関して色々と話を振ってくれ、私は苦手意識を抱いていたことも忘れて存分に一時を楽しんだ。学園では商会の話題を出されても媚びと思惑に塗れた言葉ばかりだったので、含みのない感想が本当に嬉しかったのだ。




 曲の終わりが近づき、彼と共にステップを踏みながら中央に戻る。何気なく辺りを見渡すと、ウィルお兄様がニーナと踊っていることに気づく。良かった、ウィルお兄様なら踊り慣れていないニーナを上手くリードしてくれる。


「ミーティアは本当に素敵な女性だね。そうやって友人を気にかけて。」


 私の視線に気づいたらしいシルヴァン様が話題を変えた。


「大切な友人ですもの、当然ですわ。ウィルお兄様の過保護が移ってしまっているのかもしれませんが。」


 鬱陶しがられたくはないので少し自重すべきかもしれない。彼女はもう十分貴族の作法を身につけている。後は攻略対象者である彼らに任せた方がいい。


「いいや、なかなか出来ることじゃない。君は身分も高く美しい。成績優秀の上、貴族中に愛されたシリーズの開発者だ。――そんな女性が、どうして皇太子妃候補ではないのかな?」


 その発言の後半、彼は適度に開けていた距離をぐっと詰めると耳元で妖しく囁いた。突然変わった声色と雰囲気に胸騒ぎがして、緩んでいた体がぞくっと震える。


 彼は止まってしまいそうだった私の足を滑らせると、腰を片手で支え上半身を倒してくる。迫ってくる彼に驚いてバランスを崩しそうになり肩に置いていた手を首に移動させ、彼から顔を離すように大きく仰け反った。その瞬間曲が終わり、拍手が鳴り響く。



「ふふ、上手上手。」


 どうやら狙ってやったらしい。呆れつつも先程の発言の意図の方が気になって無言で彼を見つめた。そんな私に少しお話しようか、と告げてそのまま壁際の人気がない方に連れて行った。



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