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お兄様は地獄耳


 入場した瞬間、大きな拍手で迎え入れられる。飛んでくる視線には歓迎や好奇、羨望だけでなく値踏みや嫉妬も含まれている。それらをすべて受け止めて笑みを崩さずに歩く。


 会場奥に座するのは両陛下とルークお兄様。デビュタントは入場後、皇帝陛下からお言葉を頂けることになっている。私にとってはそう珍しいことではないが、大抵の貴族は陛下と初めて謁見する重要な場だろう。


「皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下にご挨拶申し上げます。」


 お兄様と深く礼をし、お言葉を待つ。入場の際に名を呼ばれているため改めて名乗る必要はない。


「ああ。この良き日、そなたの節目を言祝ぐとしよう。」


 柔らかく目を細めた皇帝陛下のその一言に親愛が凝縮されている気がして、温かい気持ちになった。


「おめでとう、ミーティア。それが例の?」


 皇后陛下は最優先事項と言わんばかりに私の指先を見た。その勢いに気圧されそうになるがこちらとしても早速話題にしてくれるのは好都合というもの。


 この会話は周囲の貴族達に聞かれている。どのデビュタントを皇族方が重んじているか、見定める要素にもなり得るからだ。広告塔としてこれ以上ないほどの機会。先に入場したニーナも別の種類をつけているはずだが、周囲の影響を考えて彼女には声をかけなかったのだろう。


「はい、こちらが明日発売予定のミーツシリーズ新作でございます。」


 皇后陛下に見えやすいよう手を軽く上げた。

 私が今つけているのはピンクゴールドだけど、色は全部で6種類。これだけあれば暫くは飽きることもないと思う。ちなみにニーナは明るいオレンジだ。今後は要望も取り入れながら開発していくことになっている。最終的には前世のようにネイルアートを楽しめるようにしたい。


「キラキラしているのは細かく砕いた宝石なのよね?素晴らしいわ。ねえルーク。」


「…………ええ。本当に綺麗だ。」


 ルークお兄様は眩しそうに私を見ながら相槌を打ったので、油断していた心臓が跳ねた。そんな言い方では私自身が言われたかのように錯覚してしまうのに。


 勘違いした胸を押さえていると、隣からヒヤリとした空気を感じた。皇族方に失礼にならない程度にウィルお兄様の方を見る。彼は何故かルークお兄様に黒い笑みを向けていた。喧嘩でもしているのかな。


 挨拶を終えて最後のアルを迎えるべく両親と並ぶと、お兄様に「ティア、獣には気をつけてね」と笑顔で念を押された。どうしてこのタイミングなの。



 パートナーのいるデビュタントは一斉にダンスフロアに上がる。必然的にフロアの中央で踊ることになってしまったが、相手は昔から共に練習を重ねてきたウィルお兄様。楽しそうに合わせてくれるので、特に緊張もせず踊ることができた。


「その調子だよ。ふふ、皆がティアに見惚れているね。」


 優しく穏やかに包み込んでくれるようなリードに身を委ねつつ、軽く周りを見渡す。


 お兄様に向けられた恍惚とした表情なら分かるが、自分への視線の種類が同じ様には思えない。ただでさえダンスは苦手なのだ。同じくフロアで踊っている令嬢達までもがお兄様に夢中のようだが、パートナーに集中しないでステップを間違えないのだろうか。あれ、そういえばニーナがいない。


「そんなことないわ。公爵令嬢がやっと顔を見せたから興味があるだけでしょう。それとこんな素敵なお兄様を持つ私への嫉妬の視線なら感じるけれど。」


 それはもうビシバシと。特に赤いドレスを着た黒髪の女性から。


「……はあ。前から思っていたけれど、ティアは自己評価が低いよね。身分や立場は正しく理解できているのに、男女のこととなるとかなり鈍感だ。」


 あのウィルお兄様が私をそんな風に言うなんて。

 前世では恋愛経験なんてないし、この2年は目標のために封印していたようなものだから鈍いと言われても仕方ない。そして今は――。


 思考の渦に飲み込まれそうになって軽く頭を振る。


「でも実際、直接お誘いを受けたことなんてないのよ。殿方は意中の女性をデートに誘うものだとディアナ様から聞いたわ。」


 ディアナ様やユリア様、リリー様とは時々学園でお話する。つかず離れずといった距離感で付き合いを続けていて、最近では恋愛についての話題が多い。自分達の経験を語ってくれるだけならいいが、何故かいつも気がつくと私の話になっている。良い仲の方はいるか、好みのタイプは決まったか、夜会で兄弟をぜひ紹介させてくれ、と。


 公爵家と縁繋ぎしたい彼女達の気持ちも立場も分かっているが、どうしても乗り気になれずやんわりとお断りを入れている。家が絡む紹介では良い関係を築けない気がして。彼女達が自発的にしていることなのか家族に頼まれているのかまでは分からないが、失礼ながら私ではなく公爵令嬢が欲しいだけなのだと思ってしまう。


 そして学園でも男性とは挨拶程度しかしない。話していても相手が周囲の何かを気にしていたり、途中で呼ばれて会話を中断したりすることも多い。それを伝えるとお兄様は複雑そうな顔になった。


「それは皆、牽制し合って……いや。まあこればっかりは兄である僕が何を言っても、か。」


「……?」


 お兄様は仕方無さそうに私を見て笑った。そうこうしているうちに曲が終わったのでその場を離れニーナを探す。その間何度も話しかけられて囲まれそうになったが、お兄様が上手く捌いてくれた。それでも初めてお会いする方々に挨拶をしないわけにもいかないので、それなりに時間を取られる。


 そうしてやっと見つけた彼女はユングフラウ子爵様と一緒にいたのでほっとする。ダンスフロアで見かけなかったのは何か問題があったわけではないらしい。


「ニーナ、ここにいたのね。」


「ティア!わあ、近くで見るとますます綺麗ね。二人のダンス、とても素敵だったわ。」


 白のベルラインドレスを着て笑うニーナの方こそ可愛い。オレンジのネイルがとてもよく似合っている。


 子爵家はガラス技術に力を入れたおかげで少しずつ持ち直してきているそうだ。それもあって子爵様は多少無理をしてでもデビュタント用のドレスをニーナの為に購入しようとしていたそうなのだが、カイがそれに待ったをかけた。商会でドレスを用意すると。さすがにそれはと遠慮しても「先行投資だから気にしなくていい、その代わり広告塔の役目をしっかり果たしてくれれば」と言われて最終的には頷いたらしい。


 子爵様は気を遣ったのかこの場を離れていってしまった。ウィルお兄様も知人を見つけたらしく、私達とは距離を開けて言葉を交わしている。私に紹介する様子がないところを見ると、あまり良い関係ではないのだと思う。



「ニーナは踊らないの?」


「お父様がダンスは苦手なのですって。私も公爵家で教えてもらったとはいえ、まだあまり自信がないの。それにお父様以外お相手もいないわ。」


 貴族についてやマナー教育の一環としてダンスも練習したが、ニーナのパートナーは私か先生のみ。学園生活のことを考えると作法を重点的に学ばなければならず、時間はあまり取れなかった。


 しかしせっかく着飾っているのだから、ニーナにも楽しんでほしい。それに本番を経験した方が上達するし自信もつく。


「新作の宣伝もしないといけないし、せっかくの夜会なのだから踊りましょうよ。パートナーは私が頼めそうな方でよければお願いしてみるわ。」


「気持ちは嬉しいけれど、ティアの周りは高貴なお方ばかりよ。恐れ多いわ。」


「でもニーナだって、最近はよく彼らと言葉を交わしているそうじゃない。お兄様達か、アルか、レオン様もさっきお見かけしたわ。フェリクス様は……貴女からの方がいいかしら。」


 先日のことを思い出しつい苦笑してしまう。あれから会っていない私より魔法を教わっているニーナからの方がまだ良いはずだ。でもフェリクス様って踊るのかな。頼んでも目立ちたくないからと断られそうだ。


 ニーナは誰がタイプなのだろう。そういう話はまだ早いと思って聞いていなかったが、すでに気になる人がいてもおかしくない。これも良い機会だと問いかけてみると、彼女は首を横に振った。


「特にいないわ。それよりティアの方こそ、例のあの方は?」


 周り、というより近くにいるウィルお兄様を気にしたらしいニーナは顔を寄せながら声を潜めて尋ねてきた。先日の一件について随分心配してくれているようだ。


「まだよ。やっぱり社交辞令だったのではないかしら。」


 誰がとは言わずにこちらも小声で返事をする。


 このまま忘れてくれるならその方がいい。戯れで声をかけられても良くない噂が立つだけ。連れ歩いている令嬢達のようになるつもりはないが、あの方にかかると私など簡単に丸め込まれてしまうだろう。身分の問題で強く拒否することもできないのだから。


「それならいいのだけど。あの方のティアを見る目がなんだか怖くて。気のせいか、執着の色が見えるような」

「ねえ、一体誰の話かな?」


 突然降りてきた、故意に作ったような明るい声。体を寄せ合ったまま二人揃ってばっと振り向くと、それはそれは美しい笑みを浮かべたウィルお兄様がこちらを見ていた。じ、じごくみみ……。


「お、お兄様。いつから聞いていらしたの?」


「最初から全部。僕も人と話してはいたけどね。」


 他の人と会話しながらもこちらに意識を向けていたのか。その器用さが羨ましい。どうしてそういうところはお兄様に似なかったのだろう。


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