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飲酒は禁止のデビュタント


 その日、公爵家はお祭り騒ぎだったらしい。


 そわそわ落ち着きのないお父様とお兄様、それを鎮める執事長とギード。あれやこれやと指示を出すお母様とソフィー。準備で駆け回る侍女達と皆の軽食を作る料理人達。庭師までもが屋敷中を花で飾り立て、全てがお祝いムード一色。


 私が社交デビューを迎えたことで、本日の夜会が初の公爵家全員参加になるからだ。特に侍女達は裏で「お嬢様が一体何人の殿方に見初められるか」と予測し合っていたとか。それ、結果出るの?


 しかし私がそれらを知る余裕はなかった。朝から湯浴みで体を磨かれマッサージやエステを受け、髪やらメイクやらネイルやら、全身を長時間に渡って整えられた。


 今回ばかりは目立たないようになんて注文はできなかった。最低でもウィルお兄様の横に堂々と立てるくらいに、そして新作の広告塔として役目を果たせるように着飾らなければならない。公爵家や商会が侮られるなんてことはあってはならないのだ。


 用意されていたのはコーンフラワーブルーのAラインドレス。ネックラインは肩が出過ぎないオフショルダー。お母様は私が低身長や幼い見た目に悩んでいたことを知っていたらしく、年頃の女性らしさを強調した少し大人っぽいデザインにしてくれた。繊細なチュールスカートは光を当てると星を散りばめたように見える。


 髪型はあえて甘めのダウンスタイルでとソフィーが主張してお母様も同意したので、綺麗に巻かれた後髪飾りをつけて終了。似合うかどうか心配だったけれど、着てみると違和感はない。2人の見立てに任せてよかったと感謝した。



「疲れた……」


 夜会の準備がここまで大変だとは思わなかった。やはり皆の本気度が違う。おかげで肌もつやつやだ。途中でフランツ特製の軽食も頂いたがコルセットが苦しくて大変だった。学園のカフェ通いをもっと減らすべきかもしれない。


「お嬢様、本番はこれからですよ。気合いを入れてください。」


「うう、分かってるわ……これからお兄様の隣に立つのですもの。」


 私は一度奮い立たせるように頬を叩き(メイクが落ちますと怒られた)、皆が待つ玄関ホールへと向かった。



「お待たせしました。」


「「…………」」


 目を丸くしたお父様とお兄様、そんな二人を見てしてやったりという顔をしたお母様に出迎えられる。


「これは……。ティア、本当に綺麗だよ。今日の主役はティアで決まりだね。」


 お父様、同じくデビューする第二皇子殿下をお忘れではありませんか。


「……」


「ウィル?」


 お父様の呼びかけにも反応しないウィルお兄様は、これは駄目だ、虫が、などと呟いている。駄目という言葉に落ち込んでしまいそうになるが、お兄様のことだ。悪い意味ではなく過保護からくる言葉だろう。


「父上、今日の夜会は中止に致しましょう。我が家の天使に変な虫がついたら大変だ。いやそれよりも、獰猛な獣を起こしてしまう方がまずい。」


「まったく相変わらずなやつめ。虫からはおまえが守ればいいだろう。獣には麻酔銃を用意しろ。」


「まあ、リアムこそ親馬鹿は変わっていないわね。銃なんて物騒よ、せめて睡眠薬にしましょう。」


「ウィルフリード様、中止してしまわれると楽しみになさっていたお嬢様とのファーストダンスが踊れませんよ。」


 どうしよう、お兄様だけでなくお父様とお母様までおかしくなった。ギードが一番穏やかだ。


 虫は男性のことを言っているのだろうが、公爵家と縁繋ぎしたい貴族は多いのだから今までと変わらないと思う。


 だが、不穏な会話のもととなっている獰猛な獣は何のことか分からない。ぱっと思い浮かんだのはシルヴァン殿下だけど、あの件はお兄様に伝えていないし。まさかローザフィア様じゃないよね?



 騒ぐ皆を馬車に無理やり押し込んだ執事長。さすが公爵家に長年勤めているだけあって慣れている。


「いいかい、ティア。今日はくれぐれも、くれぐれも!お酒を口にしてはいけないよ。」


「ええ!そんなー……」


 皇城に向かう馬車の中、密かに楽しみにしていたことを禁止されて落ち込む。前世では成人する前に死んでしまったので、まだ一度も飲んだことがない。この国ではデビューと同時に飲酒が可能になるので今度こそはと思っていたのだ。


 あまりのショックに涙目で懇願したりあざとくおねだりしてみたりしたが、お兄様は決して首を縦に振ってくれなかった。ちっ、ちょっと負けそうな顔はしたのに。


「ティアちゃん、私も今日はやめておいた方がいいと思うわ。緊張やダンスで悪酔いしてはいけないもの。今度お屋敷で一緒に試しましょう。」


「ぐす……はい……」


 お母様にまでそう言われてしまっては諦めるしかない。


「もう到着だ。ほら、落ち込んでいないで笑いなさい。馬車から出たらどうすればいいか、分かっているね?」


 泣いている場合じゃない。ここからは気を引き締めなければ。


「はい、分かっておりますわお父様。」


 お兄様のエスコートで馬車を降り、既に人気がなくなった廊下で先に会場へ向かうお父様達と別れた。デビューを迎える者は身分順に入場するため、私とお兄様は待機だ。


 公爵家の控え室は個室のようで案内された部屋に入っても誰もいなかった。私達の入場は最後から二番目ということで暫く休んでいると、扉を叩く音がする。


「もう時間になったのかしら。」


「いいや、まだ早いと思うけど……」


 首を傾げながらお兄様が応対すると、顔を覗かせたのはロイヤルブルーの衣装を身に纏ったアルだった。


「待っている間暇で来てみたんだが、入ってもいい、か……」


 アルは入ってくるなり言葉を不自然に止め、皇族相手に立ち上がった私を見てぽかんと口を開けた。


 やはり幼馴染だけあって、このドレスのチョイスは意外だったらしい。ミーティアといえばふわっと広がったプリンセスラインのドレスや可愛らしいリボンの印象が強いのだろう。肩もここまで開いているのは初めてだ。


 しかしアルがあまりにも長く硬直したままなのでそんなに変かと心配になってくる。


「何よアル、そんなに意外かしら。似合わない?」


「い、いや……」


 気安い口調で問いかけると、ふいっと顔を背けられた。感想すら答えてくれないアルにムッとして詰め寄ろうとすると、その肩をウィルお兄様に引き寄せられる。


「……?お兄様、いきなりどうしたの?」


「いや、虫がいたからね。ティアは虫が嫌いだろう?こっちにおいで。」


「え!やだ、どこ?」


 私が嫌いな虫だというのだから、公爵邸で言っていた意味とは違い今度は本物だろう。お兄様に従ってその場を離れ、ソファーに並んで座る。


「ウィル、おまえ」


 やっと起動したアルが何故かお兄様を睨んだ。お兄様はそれを受けてもにこやかに流し、アルも対面に座るように促す。


「どうしました?アル殿下もどうぞこちらへ。歓迎致しますよ。デビューおめでとうございます。」


「……ドウモアリガトウ。」


 二人の間に流れる空気が冷たいように感じたが、お兄様が和やかに会話を振ってくるのでまあいいかと気にしないことにした。


 暫くして入場の順番が来たと呼ばれたので、3人で会場に向かう。


「そういえばアル、パートナーはどうしたの?」


「別に男には必須じゃないだろ。兄上の時と違って先陣切って踊る必要もないしな。気が向いたら混ざるさ。」


 そのあたりは第二皇子だからというより、アルを目立たないようにさせる皇室の意向だろうか。複雑な気分になったが、アル自身が望んでいないのだから周りがどうという問題ではない。



 会場入り口の荘厳華麗な扉の前に立ち、深呼吸する。帝国一の公爵令嬢として視線に怯まないよう、背筋を伸ばして歩かなくては。


「僕が隣にいるから、安心して笑っていて。」


「ええ、お兄様。」


 大丈夫、お兄様が一緒にいてくれる。そう思うと緊張で強張っていた体の力が抜けていくのが感じられて、お兄様に感謝の笑みを向けその腕に手をそっとかけた。私の様子を確認したお兄様が扉前に立っていた進行役に合図を送り、名前が読み上げられる。


「ミーティア・レニャ・フォン・シュテルンブルーメ公爵令嬢。並びにウィルフリード・エリアス・フォン・シュテルンブルーメ公爵令息の入場です。」


 両脇に立っていた騎士によってゆっくりと開いた重い扉を潜る。私は柔らかな微笑みを浮かべながら会場に足を踏み入れた。


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