眩い猫 ※フェリクス視点
学園にある閑散とした教会は神聖な空気が漂っていて悪くない場所だ。
この瞳のせいで鬱陶しい視線を感じる度にそこへ逃げ込んでいた。その日は新入生の入寮日でまだ長期休暇中だったが、実家に帰るのも自室にいるのも嫌で適当に外に出てきたのだ。しかし思ったよりも人が多くて煩わしくなった。
暫く休んでいると外から人の気配がして、面倒事が嫌いな俺は認識阻害魔法を発動した。相手が誰であるかはすぐ理解した。現在この国で星眼を持つ女など一人しかいないからだ。公爵家の第二子、しかも令嬢でありながら星眼を持つという、本来であればあり得ないはずだった存在。
あのウィルフリードの妹か。そういえば今年入学だった。大方学園を見て回っているうちにここに辿り着いたのだろう。
俺の魔法学の師の同僚が彼女の先生である関係で、彼女について多少は聞いていた。2年前までは魔法を遊びのようにしか認識していなかった令嬢が急に基礎からやり直したいと言い出した。どこまで続くかと思っていたが終始真剣に学び、今では星眼の持ち主に相応しい魔力操作技術を持っていると。
デビュタント以降、俺の成績と魔法技術を認めてくれたルーカス殿下に側近候補として扱われる中で殿下とウィルフリード、護衛のレオンの間で彼女のことが話題に上ることも多かった。話すのが得意でない俺は沈黙を貫いたが、その可愛がり様には呆れるばかりだった。それだけ過保護に甘やかされているのなら高慢な性格か、無知でか弱い令嬢だろうと信じて疑わなかったのだ。
実際彼女の第一印象は、如何にも甘やかされたか弱い令嬢というものだった。きっと貴族の醜悪さも知らない、憂いたことすらないような奴だと決めつけた。
だが突然跪き星の精霊に向かって祈りを捧げ始めた彼女の表情は陰りを帯びていて、悲痛と後悔のようなものが読み取れた。それでも何かを一心不乱に願っている様子で、見ているこちらまでが切なくなってくる。精霊がその想いに反応したかのように彼女の体が青く輝きだしたときには目を疑った。祈りの表情と相まってその美しい姿は神々しいとさえ思った。
絶句している俺に気づいた上に瞳が綺麗だと呟いた彼女を見て、俺の嫌いな甘やかされた令嬢であることなんてすっかり忘れていた。この瞳を疎ましく思う者、敬遠する者は多い。しかし綺麗だと言われたことなど一度もなかった。
理解の範疇を超えた存在が気になりつい詰め寄ってしまい、転ぶ彼女を庇ったところを殿下達に見られたのはさすがにまずいと思った。あれでは誤解されるのも頷ける。拘束はすぐ解かれたが、彼らの表情と凍った教会を見て彼女に何かあったら国が揺らぐのではと思ってしまったのも大袈裟ではないだろう。
結局殿下のお言葉によって深入りするのを諦めたが、それ以来彼女のことが何となく気にかかっていた。殿下達が口にする彼女の話に耳を傾けるようになったり噂を集めたりするうちに、ミーティアという女性は俺が決めつけていたような令嬢では決してないことが改めて分かった。
彼女は貴族の悪意に敏感だった。上辺だけの言葉を並べ立てる奴らには笑顔で応対しつつもさり気なく突き放している。絶対に傍にはおかず、彼女が進んで一緒にいるのは殿下達を除けば子爵家の令嬢と商会の子息の2人のみ。子息の方はともかく、令嬢に関しては疑問だった。
殿下達から聞くに、その友人は公爵家の援助を受けている。平民の血も混じった没落寸前の子爵家。そんな令嬢が公爵令嬢の友人だと公言していれば絡まれるのも当然だろう。女のそういう部分には虫唾が走るがな。
そしてその度にミーティア嬢は友人を庇い上手く女達を追い払っている。何故知っているかというと噂もあるが、俺自身が認識阻害魔法発動中にその場面に出くわしたことがあるからだ。
試験結果が発表され1位を取ったミーティア嬢への見方は完全に良いものへと変わっていたが、友人が14位だということに呆れ果てた。別に悪い成績というわけではないが、公爵家の援助を受けながらその程度なのかと。その時点でその友人が公爵家に取り入って利用しているだけの恩知らずだとまたもや勝手に決めつけていたのだ。
しかしミーティア嬢に思うところはあっても、その友人にそれ以上興味はない。故に何度か見たことがあるはずの顔すら覚えていなかった。認めた人間以外とはろくに話もしない俺は例のごとく挨拶を拒否した。だがそこでミーティア嬢が現れたと思ったら何故か猫と警戒し合っている。あの時の神々しさの欠片もない彼女を見て、ああやっぱり人間なんだなと思った。というより猫にしか見えなかった。
その後挨拶を拒否した女が例の子爵令嬢だということにやっと気づいた。問いかけた俺に大切な友人だと紹介する彼女に何となく苛ついて、気づけば普段なら面倒でわざわざ言わないことを口にしていた。
地雷を踏んだと気づいたのはそのすぐ後だ。そして目に憤怒の炎を宿し絶対零度の笑みを浮かべて詰め寄る彼女の言葉に打ちのめされた。
俺は魔力が自分より優れているというだけで息子を目の敵にする父上が煩わしくて、跡取りを放棄して家を出たいとすら思っていた。他者など信用できない。頼れるのは自分のみ。そう思った俺は望んでもいなかった特殊眼を使い研鑽を積んだ。そうして己の努力のみで皇太子の側近候補にまでなれた気でいた。持っている能力を上手く活用できない奴らや、身分や権力を笠に努力を怠る奴らなんて皆甘えだ。
そんな頑なな俺の考えを彼女は粉々にした。
俺の努力と結果は人や環境の支えの上に成り立っていたものだった。一流の教師陣。一日中勉学のみに集中できる裕福な侯爵家跡取りという立場。数多の使用人。プライベートスペースに他人が入るのを嫌い、着替えやお茶入れくらいは自分の手で行っていたが、炊事や洗濯など気にしたこともない。
正直なところ彼女の友人がどれ程のことをこなしていたのか、彼女に言われても尚想像もつかなかった。人の境遇や努力は表に見えない。その通りだった。そんなことも分からないから、1年経っても側近候補のままなのかもしれなかった。
自分の思い上がりを後悔している俺に、彼女と対等になって支えることが目標なのだと笑い、あげく礼まで述べてくる友人を甘えているなど誰が言えようか。彼女達は友人として深く想い合っているのだ。他者が口出すことではなかった。
家の力になりたいという気持ちは俺にはない。誰かを大切に想うことも、支えになりたいと思うことも。想い合う彼女達を見て少し寂しい気持ちになった。それ故に友人が言った言葉が印象的で、つい考え込んでしまった。
大切な友人だと紹介する彼女に苛ついたあの気持ちは心配だったのだろうか。教会で泣いていないか思わず確認したのもそうだったのか。
希少性の高すぎるオッドアイとも似た、本来ならあり得ない星眼保持者。その望まないはずの境遇と恵まれた裕福な環境という意味で、俺達は少し似ている。だが俺は父親に疎まれ周囲から敬遠され、彼女は家族に愛され周囲から守られている。出会いで彼女に興味を持つまでは無自覚にも嫉妬していたのかもしれない。
しかし今はただただ彼女が眩しい。恵まれた立場でありながらもそうではない人間がいることを正しく理解している。思い上がった俺とは違い、自分の努力と結果は誰かの支えの上に成り立っているのだと、決して己の力だけではないのだと、謙遜ではなく当然のこととして受け入れている。
家族にも皇族にも慕われ、貴族中から注目されるシリーズを立ち上げ、学年トップを取り、絡まれる友人のフォローをして回っても尚自分は甘えてばかりだと言う彼女にはもしかしたら俺の知らない事情があるのかもしれない。境遇は表に見えているものだけじゃないと分かったから。
謝罪してやっと挨拶を返したユングフラウ嬢に週に数度魔法を教えることを約束したが、その方法には悩まされた。俺達は学園では何かと目立つ人間だ。二人でいるところを見られたらあらぬ誤解が広まるだろう。そのため俺は個人用の魔法訓練室をユングフラウ嬢の名で予約することを提案した。周囲には一人で訓練すると思わせて、俺は認識阻害をかけたまま入室すれば見咎められることはないだろう。
問題は男女が密室で2人きりになってしまうことだったが、そこはミーティア嬢が解決してくれた。訓練中は信頼のおける専属侍女をユングフラウ嬢につけると申し出てくれたのだ。どうせ自分は放課後自室に戻らず図書館やカフェに入り浸っているからと笑って。
ミーティア嬢の言葉で色々と反省した俺は他人への態度を少し改めることにした。相手を決めつけることも思い上がって挨拶まで無視することも良くないことだと今更ながらに理解したからだ。そうしてそんなタイミングで、ばったり嫌いな女と遭遇した。
その日は取り巻きを連れておらず一人だった。不正疑惑騒動の後その女は自らが容疑をかけられ、だんだんと孤立していっているそうだ。逆にミーティア嬢を崇拝する人間は急激に増え、ファンクラブのようなものまでできたらしい。
「フェリクス様は相変わらず気味の悪い目をしていらっしゃいますわね。前回の試験ではまたどんな邪悪な魔法を使いましたの?」
この女はいつもこうやって俺の不正も疑ってくる。こんな特異な瞳を持っているのだからさぞあくどい魔法を使えるのだろうと言わんばかりだ。自分の不出来さも棚に上げ、勝てないからといって努力もせず相手を貶めようとする。無視しても懲りない。父上とも似たその性格が嫌いでただただ鬱陶しい。
しかし俺はこの女のことも決めつけているのか。毎度毎度2位を取るこの女は本当に努力を怠っているのだろうか。噂通り不正を行っている可能性もあるが、そうであれば既に俺を抜いているはずだ。この女の境遇など知らないし興味もない。だが、もしかしたら。
「君は人に認められたいんじゃないか。そうであればその態度を改めた方がいい。」
ミーティア嬢に無自覚にも嫉妬してしまっていた俺と同じなのかもしれない。
「……なっ!!!」
普段返事もしない俺のその言葉に二の句が継げない様子の女を放置して、ユングフラウ嬢が待つ魔法訓練室に向かった。




