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辿り着きたい場所 (2)

 この2年、妹キャラを脱却したいのだと思い続けてきた。けれど“どこまで”なんて深く考えたことはない。


 お兄様達の過保護がなくなったら。甘えたミーティアのイメージを払拭できたら。人の役に立てるようになったら。私が何となく基準にしてきたものはどれも漠然としていて。他者に判断を委ねているようでその実、自分が納得しなければ意味がないことに初めて気付いた。


 呆然とした私の様子を見てカイは察したようだった。


「その目標を達成することで辿り着きたい場所がどこかを考えてみろ。何のために脱却したいのかと言い換えてもいい。」



 辿り着きたい場所。何のために。


 カイに言われたことを頭で繰り返すと、何故か警鐘を鳴らすように酷く胸騒ぎがした。

 これは何だろう。頭の中で、見るなと暗い声が響く。


 だけどカイの言葉を拒否したくはなくて、思考を停止させようとする声を振り払い一度目を瞑る。


 与えられた幸せじゃなく自分で幸せを掴みたい。まだ見ぬ恋を叶えたい。


 皆に迷惑をかけないため。嫌われないため。公爵家やお兄様の力になるため。

 

 転生以降に考えたことをいくつ挙げてみても、後付けの言い訳のようにしか今は思えなくて。



 自立したい、甘えたくない。その気持ちは確かなはずなのに。

 だって教会でも誓った。家出をしなきゃよかったことにしないためにも、前世から続く目標を達成しなければと。そしてそれは間違いなく自立だった。今世で妹キャラ脱却に名前を変えても、本質は同じだと思っていた。



 それなら前世の目標は何のためだった?



 そこまで考えた時、私は目を大きく見開いて凍りついた。

 前世の自立したかった理由と、今世の妹キャラを脱却したい本当の理由が同じだとしたら。



 目標はあるのに彷徨ったままだったのは。カイやルークお兄様が思い詰めるなと言ってくれたのに、何度も繰り返してしまうのは。



「2年前はこう言っていたな。『世間知らずな妹の自分を変えたくて実家を出た。与えられた幸せを享受するのではなく自分で動きたい』『自立したいのと家族を大切にするのは別だ、悲しませるのは絶対に嫌』だと。そしてそれ以降、前世話の中でも家族のことだけは頑なに出さない。だから俺は“前世の家族”がキーワードだと思った。」


 カイの的確な言葉に、私は縋るように彼に目を向けた。けれど彼は私の奥を射抜くような鋭い視線を変えずに見つめ返してくる。



 やめて、言わないで。

 暴かないで、気づかないで。



 ――これ以上気づかせないで。




『あなたが世間知らずな子供で甘えてばかりだから、彼は――たのよ!彼から幸せを奪ったことも知らずにのうのうと――してるなんて、いいご身分ね!!』




 耳を塞ぎたい。




 思い出したくないの。自分の罪も愚かさも。

 ずっと不自由な生活を送る私が不幸で、過保護な彼が悪だと思っていた。でも彼を不自由にして不幸にして、何も知らないまま守られていたのは私だった。



 気付きたくなかったの。自分の狡猾さも身勝手さも。

 ミーティアを変えることで過去の自分も許されると思っていた。今の家族を大切にしたい気持ちは、思いやりや愛などではなくきっとただの罪滅ぼしだった。



 やっと分かった。どこまでいっても納得なんてできるわけがない。

 許すよと言ってくれる人はこの世界にいない。とっくに失ってしまっていた。目標達成の必須条件も、叶えたかったその先も。



 許されないという現実から目を逸らしたかった。もう償えないという事実を受け入れたくなかった。

 だから辿り着きたい場所をすり替えるしかなかったのだ。後付けの言い訳を本物だと偽ることで目標を達成させようとした。



 自立したいと願うくせに一人が怖くて、守護される立場を失いたくなくて。


 失いたくないのに逃げ出したいから、他者を気遣うふりで重荷を手放して。


 己のことで精一杯のくせに嫌われるのが怖くて、いい子の自分を守りたくて。


 守りたいのにそんな私はどこにもいないから、懺悔するように彼の幸せを祈って。



 俯いて震える手で顔を覆いそうになるのを必死で堪える。でも歪む顔も見せられない。商談の雰囲気を保たなければ、カイを巻き込んだ悪い噂が立ってしまう。



 泣くことなど許されない。隠していた奥の奥をちゃんと受け入れなければならない。



「前世に囚われてるなら今のミイはただの迷子だ。目的地も道も見失ったまま足掻いて思い詰めてる。別にそれが悪いとは言わんが、将来を決めるにも恋愛するにも時間はあまりないだろ。なのにミイはそのどちらも考えてるようでいて、その実わざと避けてるようにしか見えない。目標に固執して後で後悔しないよう気をつけろ。」


 カイはそこまで言うと一度言葉を止め、今度こそその鋭い眼差しを和らげた。その間と優しい瞳に何か含みがあるように感じてまた胸がざわりとする。


「あとな、ヒロインの選択を待つ必要は本当にあるのか?そう思うのならその理由もしっかり考えた方がいい。」


 ヒロインの選択を待とうとしたのは、これ以上何も壊したくなかったから。ゲームを守りたかった。自分勝手にも程があるが、ニーナに私が憧れたヒロインの道を歩いてほしかった。


 でもミーティアの婚約は後日談で描かれるのみ。攻略対象者が相手だから危惧していたけれど、それがなくなったからといってヒロインのストーリーに影響があるとは思えない。だったら攻略対象者以外が相手なら今からでも恋愛できるはずだ。


 それなのになんで待とうと思うのか、なんて自分でも分からない。


 あまりにも途方に暮れた顔をしていたせいなのか。カイはテーブルに置いていた手を持ち上げ、私の方に差し出しかけて中途半端な位置で止めた。自惚れでなければ、頭をポンポンと叩こうとしてくれたのだろう。


 しかしこんな人前でできるはずもなく、その手は元の位置に戻っていく。

 偶然か必然か、ビジネスパートナーとして握手した時とは反対の手だった。だからその手を頼りたくなって、泣きたくなって、あの時のように目線を下げてこれ以上は追わない。


「……悪かったな、色々踏み込んで。ミイが本音を打ち明けられる相手は俺じゃないだろうから、これ以上は止める。だが今これを言ってやれるのは前世を知ってる俺だけだと思ったんだ。年食った友人のいらん世話としてでいいから覚えておいてくれ。あ、ビジネスパートナーとしての俺にこれを持ち込むのはやめてくれよ。」


 空気を変えるように茶目っ気のある笑顔を見せたカイに、私もなんとか口角を上げる。笑えている自信はないが、とりあえず気持ちが伝わればいい。


「ありがとう。」


 厳しく言ってくれて。鋭い目で見てくれて。

 面倒な役を、わざわざ新しい関係を作ってまで引き受けてくれて。


 

 この世界での生き方を間違えていたと教えてくれて。



 まだ何が正解なのか分からない。結局何も変わっていなくて、私は許されないままなのだろう。

 それでももう私は逃げたくない。過去からも、この世界にいる大切な人達からも。


 罪滅ぼしではなく、ちゃんと向き合っていきたいの。大好きな気持ちに嘘はないから。



 まずは自分の汚さを受け入れるところから始めよう。

 そして今度は誤魔化さないそのままの自分で教会に通おう。理解しても行動は変えられない今の私ができるのはそれだけだから。



 いつかこの世界での辿り着きたい場所が見つかるように。



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