辿り着きたい場所 (1)
※すみません、サブタイトル変更しました。
「貴女、随分世渡りがお上手なのね。公爵家の方々に取り入るなんて。」
「子爵令嬢がウィルフリード様に案内をお願いするなんて失礼でしょう。」
「似合ってるなんて社交辞令を言われて図に乗っているのではなくて?」
講堂裏に向かうと、やはりというべきかニーナを責める声が聞こえてきた。物陰からこっそり覗くと、3人の令嬢とニーナの姿が見える。あれは確か、園遊会でも会った有力貴族の令嬢達だ。全員挨拶を交わしたことのある伯爵令嬢だから覚えている。
取り入ったなんて言い方こそ公爵家に失礼だと分からないのだろうか。それに何故ニーナがお願いしたことになっているのか。攻撃材料を増やしたお兄様に文句を言いたい気持ちにはなったけれど、まああれがあってもなくても結果は変わらなかっただろう。
それにこういったことは珍しくない。むしろ直接相手にぶつけるだけましとも言える。それが言いがかりでもただのやっかみでも、今のニーナ相手では彼女達の言葉が正しいとされてしまうのが貴族社会。彼女達だって家の期待を背負っている。完全に悪だと決めつけるのは間違いだ。どうしても家の格というものはあって、そこからはみ出した関係は良しとされないのが一般的なのだから。
「私はミーティア様とお友達なだけです。取り入ったりなんてしていません。」
「なっ!あのミーティア様が貴女なんかを友達と思っているわけないでしょう!身の程を弁えなさいよ!!」
う、我慢だ。怒りに任せてここで出て行っては出会いイベントが台無しだ。
どうしようかな。この後ルークお兄様が入学式の後始末を終えて、ニーナの背後にある講堂裏口から出てくるはず。今も扉前で話を聞いていて出て行く頃合いを見計らっている可能性もある。裏口以外は今私が隠れているこの道しかないので、ルークお兄様が彼女達を追い払った後はこちらに来てしまう。
令嬢達やニーナは認識阻害魔法で誤魔化せるだろうが、ルークお兄様にそれは効かない。となれば令嬢達が逃げた後に私もこっそり去るしかない。そう考えてとりあえず魔法を発動しようとすると。
「何やってんの?」
後ろから突然声をかけられて肩が思いっきり跳ね、悲鳴が出そうになるのを手で庇い必死に抑える。恐る恐る振り返ると不思議そうな顔でこちらを見ているカイがいた。事情を話せる相手だったことにほっとして、ひとまず彼女達に気付かれないよう静かにの合図を送る。
頷いてくれたカイを巻き込んで認識阻害魔法を発動させると、小声で手早く事情を説明した。
(へー出会いイベントね。で、こんな隠れて様子を窺っているわけだ。)
(だって心配だったから。)
(数人で取り囲むとか、どの世界でもやることは一緒だな。大体男絡みだが。)
(あら、修羅場体験済みだったりする?)
(まあ昔は色々と、って何言わせるんだ。)
私達がそんな会話をしている間にも、令嬢達はエスカレートしていく。平民の血が混ざっているだのミーティア様と釣り合うわけがないだの酷い言葉ばかりだ。ニーナはその一言一言をしっかり受け止め、貴女達の言うことは事実だがこれから努力していくのだと真摯に告げている。
あれ、この場面のヒロインってそんな風に返していたかな。もう少し怯えていたような気がするのだけど……と記憶を辿ろうとした時。
「つまり君達は、ティアが付き合う相手を正しく選べないほど愚かだと言っているんだな?」
裏口の扉に寄りかかり腕を組んで立っているルークお兄様に、彼女達も私も固まった。え、いつの間に現れたの。扉が開く音なんてしなかったのに。
「こ、皇太子殿下!」
「い、いえとんでもありません!」
「私達はミーティア様が心配だっただけで……。」
ルークお兄様は慌てて礼を取った令嬢達を何の感情も読み取れない無表情で順に眺めた。たったそれだけなのに威圧感が凄くて、この場の空気がピリピリとしている。
「そうか、その気持ちには感謝する。だがそれならばティアに直接言ってはどうだ?聡明な彼女ならば分け隔てなく話を聞いてくれるだろう。」
(~~っ!)
(どうしたんだ?)
皮肉も混じったルークお兄様のその言葉に私は声にならない悲鳴を上げて目を見張った。そんな私の様子をカイがじっと見つめているのは感じたが、それに答える余裕などない。
胸が締め付けられたように苦しい。徐々に顔が火照っていくのが分かる。
実際に彼女達が私に言うとは思っていないのかもしれない。今回は穏便に済ませたかっただけなのかもしれない。でも今までのルークお兄様ならばきっと「ティアは心配ないから口出す必要はない」と彼女達の行動をご自分の範囲内で留めたはずだ。ウィルお兄様ほど過保護でなくても、面倒事をわざわざ私に近づけることはしなかったもの。それなのに今は。
ルークお兄様は、たとえ彼女達が私に詰め寄ったとしてもきちんと対処できるのだと信じてくださっている。
真綿に包んで裏で守るのではなく、危なっかしいからと除け者にするのでもなく。
私には任せるだけの力があるのだと認めてくださった。
嬉しい。
胸を押さえていた手をぎゅっと握り締める。こんなに胸が高鳴っているのは、目標にほんの一歩でも近づいた気がするからだろうか。ずっと守護者の背中しか見えなかった視界が少しだけ広がったように思えて。
(……ぃ。ミイ!)
(え、あ……。)
(何ぼーっとしてるんだ。あいつらもう行ったぞ。)
少し場が静かになったことであちらに声が聞こえる事を危惧したのか、先程よりも顔を寄せていたカイに軽く肩を揺らされて我に返った。気付けば令嬢達はすでにその場から去っていて。こんな状況で暫く放心状態だったことに後悔しつつ、二人の様子を窺う。
「え、そんな申し訳ないです!私なら一人で……!」
「遠慮するな。ティアは今取り込み中なのだろう?この一年の彼女の話も聞きたいしな。」
やはりイベント通り、ルークお兄様はこの後ニーナの学園案内を引き受けるつもりのようだ。令嬢達も去ったことだし、もう何も問題はないだろう。彼に見つかる前に退散しなければ。そう思った私はカイと一緒にその場を離れることにした。
二人の邪魔はしないよう講堂前からも距離を取った私達は、魔法を解いてそのままカフェで落ち着くことにした。わりと奥まった席を選び、隣との間隔はそれなりに離れているとはいえやはり目立ってしまう。
会話が聞こえる距離ではないが念のため防音魔法は張っておく。人目はあるが学園の生徒でこれが見破れるのはお兄様2人とフェリクス様くらいだから問題ないはずだ。彼らが近づけば周りの反応ですぐに分かるだろう。
「はあ、バレるかと焦ったぞ。」
「ごめんごめん、ここは奢るから許して。」
「いやいらんわ。子供に奢らせるほど困ってない。」
カイに子供と言われてもまったく腹が立たないのはやはり年齢差のおかげか。大人の余裕を感じさせる彼の態度と貴族顔負けのマナーを見て、彼が平民だと気付ける人はどれくらいいるだろう。整った顔立ちのカイに熱い視線を向けている令嬢も多い。
「ふふ、カイはさっそく人気者みたいね。どの子がお好み?」
「は?10代になんて興味ない。それよりミイの方が……ってまあいいか。気付いてないなら。」
「……?」
ああ、令嬢達の嫉妬の視線や公爵令嬢に対する興味の視線のことかな。確かにビシバシ刺さってくるが何だかもう慣れてしまった。気にしていても仕方ないし、きっと暫くしたら飽きて落ち着くはずだ。
それよりもカイは結婚とかどうするつもりなのだろう。前世では独身だったと聞いたけど、商会に跡継ぎは必要だ。年上狙いなら学園で探す気はないのかな。転生前と後で年齢が違いすぎるとこういう支障が出るのか。
「連れて来ておいてなんだけど、私と一緒にいても平気?カイが平民だと知られたら……」
「ああ、それは気にするな。おっさんに嫌がらせは効かねえよ。それに知ってるだろ?商会におまえが関わってるってそろそろ貴族達に知られ始めている。この場だって商談としか思われないさ。令嬢方だってミーツシリーズを中止させたくはないだろうしな。」
確かにカイの言う通りかも。心配するだけ無駄……というか失礼だろう。彼ならのらりくらりと躱しそうだ。
「そういえば、どうしてあそこにいたの?」
講堂裏など用がなければ通りかかることもないはずだ。
「ミイを見かけたから追いかけただけ。ちょっと話もあったし。」
そう言って彼はコーヒーを口にした。紅茶よりコーヒー派らしい。この学園のカフェは飲み物もスイーツも種類豊富で味も良いみたいだ。寮ではお菓子作りが出来ないので、今後お世話になることも多いだろう。
「話って?商会の件で?」
「いいや。俺達友人にならないかってお誘い。」
「……はい?」
「おまえ、俺が最初に対等なビジネスパートナーだって言ったせいか無意識に線引きしてるだろう。前世のことも基本的には商会に関する話しかしないし。」
確かに友人とするような深い話をしたことはないかもしれない。線引きしていた自覚はないが、大人な彼と対等なパートナーでいられるよう意識はしていた。
「前世仲間としてはそれじゃ寂しいだろ。せっかく学園に入ったんだしいい機会だと思ってな。あとさっきの様子見たら尚更だ。」
「友人になるのはこちらとしてもかまわない、というか嬉しいけど。様子って?」
「ああ。ミイは皇太子のことをどう思ってるんだ?」
その唐突な質問に紅茶を吹き出しかけた。慌ててハンカチで抑えて、周りに聞こえなかったか視線を巡らせたところで防音魔法のことを思い出す。聞こえるはずがない。動揺しすぎだ。
「どうもなにも……優しいもう一人のお兄様よ。」
「ふぅん……。そんなら自分の恋愛についてはどうだ?ヒロインのことばかり気にしているが。来月にはデビュタントで婚約解禁だ。」
「ニーナの恋が定まるまでは考えないことにしているの。それに目標を達成しない限り、恋をしても叶うと思えないし。」
「目標というのは、妹キャラ脱却のことか?」
「そうよ。」
急にどうしたのだろうか。乙女ゲームのことも私の目標のこともビジネスパートナーになって以降は話していなかったのに。てっきり興味がないのかと思っていたのだが。
「それは具体的に、どこまで行けば達成なのか決まっているのか。」
カイの鋭い眼差しと言葉に、ドクンッと心臓が跳ねたような気がした。




