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公爵令嬢の重圧

 翌日、入学式。

 学園寮の玄関口でニーナと待ち合わせた私は高揚していた。制服を身に纏ったニーナは本当に可愛い。やはりこの制服はヒロインのためにあると思う。平均的な身長でスタイルの綺麗な彼女が羨ましい。


「ニーナ!とてもよく似合っているわ。その赤リボンも素敵ね。」


「本当に?嬉しいわ!お父様が買ってくれたのよ。それとね、うちで1人家政婦さんを雇えることになったの。これもティアや公爵様のおかげ!本当にありがとう。」


 冬に出したネイル用品第一弾は大成功だった。美しさを保つことに力を注ぐ貴族女性達は、爪の手入れという新たなジャンルをすぐに受け入れてくれたのだ。


 繊細で美しいデザインのガラス瓶も人気理由の一つで注文が殺到しているので、子爵家にも少し余裕が出てきたのだろう。

 雇った人は侍女というよりも家政婦扱いだそうで、ニーナが抜けた分の穴埋めとして家事を担当してくれるらしい。驚いたことに、その人選にはお父様が関わっているとか。それならば身元がしっかりしていて安心だ。


 これでニーナも学園生活に集中できるはず。ただ入寮によるクルトロスだけはどうしようもない。時々は会いに帰るつもりだそうなので、私もたまにはついて行っちゃ駄目だろうか。


 そんな会話を楽しみながら寮を出た私達は、その先に進むのを躊躇った。式開始まで余裕のある時間に待ち合わせたにも拘らず、外には早くも多くの令嬢が集まっていたからだ。だが深く考えるまでもなくその原因は明らかだった。これが本来の出会いイベントなのだから。


 寮から少し離れた位置に立っているその人物を取り囲んでいた令嬢方は、手前で立ち止まった私達に気がつくとさーっと道を空けてくれた。私は最早慣れてきているからいいがニーナは少し怯えている。


 子爵家の現状や私と友人関係にあることで、ニーナは入学早々によく絡まれることになる。一緒にいない方がいいのかと考えなくもなかったが、それではゲームが進まない。それに私だって大事な友人と過ごすのを諦めたくはない。だからイベント以外の出来事であれば私が彼女を守ろうと思ったのだ。


 私は覚悟を決め、堂々とした足取りで真ん中を歩いた。公爵令嬢が視線に怯んで侮られるような真似をしてはいけない。ローザフィア様のような、見る者を圧倒する大人の美しさや誇り高さなど私にはないのだから。


「ウィルお兄様、おはようございます。」


「お、おはようございます!ウィルフリード様。」


 軽く礼を取った私に続いたニーナは少し緊張している様子だった。しかしその瞳は緊張していてもキラキラと輝いていて、紅潮している頬と相まってとても魅力的だ。ここが令嬢の園でなければ男性の目は彼女に釘付けだろう。


「おはよう、ティア。ニーナ嬢は久しぶりだ。制服とても似合っているね。会場まで僕が案内するよ。」


 だが残念ながらここにいるのは、朝から爽やかな笑顔を振りまくお兄様に惹かれて部屋から出てきたご令嬢達なのだ。聞き耳を立てている彼女達に会話は筒抜けなのだから、当然多くの嫉妬の眼差しが主にニーナに向けられてしまう。ここは早く退散するのが正解だろう。


 恐縮した様子のニーナを少し強引に引っ張りその場から連れ出した。二人の自己紹介はないが、これで一応出会いイベントはクリアだろう。


「お二人とも平然としていて凄いですね……。」


「そのうち嫌でも慣れるよ。ティアの友人ならこのくらいは覚悟してもらわないとね。」


「が、頑張ります!」


「もう、ニーナを脅さないでちょうだい。」


 もしかして皆の前でニーナを褒めたのはわざとだったのか。腹黒お兄様と呟いたらショックを受けそうなので胸の内に留めておく。


 結局初対面でどんな会話がなされたのか私は知らないままだ。お兄様にもニーナにもはぐらかされるので諦めた。しかしこの様子を見る限り、お兄様はニーナを相当認めているようだ。


「そうだ、ティア。寮で何か困ったことはない?部屋は気に入った?」


「ええ、とても過ごしやすいわ。もしかしてお兄様が手配してくださったの?家具類がやけに屋敷の物と似ているのだけれど。」


 本当は昨日のうちに聞けばよかったのだが、教会の騒動で忘れていたのだ。お兄様なら何か知っていると思い聞いてみると。


「あれは皇后陛下のご指示だそうだよ。母上とのお茶会でティアの好みを聞いて、二人で楽しそうに手配していたとルークが呆れ顔で言っていた。」


 思いも寄らない人物の名前にギョッとして、令嬢モードだった自分の仮面が剥がれそうになるのが分かった。

 お母様は一体何をしているのか。お二人の仲が良いのは知っていたけれど、まさか皇后陛下を巻き込むなんて。好みのデザインなのは事実だし手配してくださったお気持ちには感謝だが、VIP待遇すぎて引く。ルークお兄様も知っていたなら止めてくれればいいのに。


「ふふ、ティアは愛されているわね。今度お部屋に遊びに行ってもいい?」


「え、ええもちろん。ニーナなら大歓迎よ。いつでも遊びに来て。」


 これは愛されているで済む問題だろうか。時々何か狙いがあるのではと思うほど皇室から贔屓にされている気がする。ただより高いものはないと言うし、後々何かで返礼を要求されるかもしれない。ゲーム開始したからなのか終了以降の世界が少し怖い。


 それに生まれや身分による好待遇は居たたまれなくて逃げ出したくなることもある。私という個人はどこかに行ってしまって、ただの公爵令嬢という記号になったような感覚。『溺愛された子』『皇室に目をかけられている令嬢』なんてその立場を失ってしまったら何が残るのだろう。……ただのゲーム設定に過ぎないのに。


 押しつぶされそうで、耐えきれない重さを自分の手元から放したくて、だからこそ公爵家に還元できるよう使用人達にも自分なりに気遣ってきたつもりだけど、私に手の届く範囲だけでは追い付かない。それなのに手から零したくなくて、必死に立場を守ろうといい子でいようとする。


 転生直後は妹キャラから抜け出したいから自立したいというだけだったのに、どんどん言い訳が積み重なって混ざり合って複雑になっていく。


 こんなことを考えている私に、ここまでしてもらう資格などあるのだろうか。だが私から皇后陛下に物申すことなど出来ないのだから、今回も素直にありがたく受け取るしかない。そもそも今こんな風に考えていること自体不敬なのだから。


 社交界への露出が少しずつ増えて疑り深くなっていた私はモヤモヤしたものを心に残しつつも、そのタイミングで入学式会場に着いたので考えるのを止めた。



 入学式は新入生と教師陣、生徒会役員で執り行われる。その日は式のみで終了し、その後は自由に行動できることになっている。大抵のご令嬢は声を掛け合ってカフェでお茶をしたり施設を見学したりするらしい。在校生はまだぎりぎり長期休暇中なので、全体的に空いている今日が狙い目なのだ。


 粛々と式が進む中で二度、新入生達から歓声が上がる出来事があった。在校生代表挨拶と新入生代表挨拶である。前者は当然ルーカス皇太子殿下で、後者はアルドリック第二皇子殿下。どちらも皇族らしい威厳に満ち溢れていて、令嬢だけでなく令息までもが皆惚れ惚れした様子で聞いていた。壇上にいる二人とそれぞれ目が合ったような気がしたのでにっこり笑っておいたが、これで勘違いならば恥ずかしい。


 式が終わると私は令嬢方に囲まれてしまった。挨拶やお茶のお誘いがひっきりなしに続いて抜けられず、ニーナからも「私のことは気にしないで行ってきて」と言われしまい申し訳ない気持ちで一人会場を出る彼女の後ろ姿を見送った。


 口を挟む間もない程の皆の勢いに負け、ニーナを友人として紹介することも出来なかった。大体隣にいる人を無視して一人だけに声をかけるなど失礼だ。同じ新入生なのだから挨拶をするのなら平等にすればいいのに。


 こういう時に上手く誘導できるようになりたいのにな。自分の無力さにも呆れて内心苛々しながら応対していると、ニーナを追いかけるようにして会場を出る数名のご令嬢の姿が偶々視界の端に見えた。


 あれ、そういえばこの後は……。私はふとある重大なことに気づき、挨拶が一段落するタイミングで「ごめんなさい、先約がありますので」と告げてその場をなんとか逃げ出した。


 おそらく今の令嬢達はニーナに声をかけて講堂裏に向かったはずだ。そして私やお兄様と会場へ来たニーナに対して身の程を弁えなさいと忠告をする。これはメインヒーローの出会いイベント。


 イベント通りルークお兄様が助けに来ればいいが、ウィルお兄様の時のようなこともある。何が原因で状況が変わるか分からないのだ。万が一にもニーナに危険が及ぶことのないように見守っておかなければ。


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