寒いのは苦手だが炎よりまし
「つまり、無体を働かれたわけではないと。」
ルークお兄様の問いかけに、自分の足で立った私はこくこくと思いっきり首を縦に振る。詳細は省き私が転んだのを庇ってくれただけだと必死に釈明したおかげか、フェリクス様の拘束はすぐに解かれた。よかった、誤解で権力者2人と騎士に囲まれるなど悲惨すぎる。
珍しく厳しい顔をしていたルークお兄様はやっと無表情に戻ってくれたが、ウィルお兄様は未だに真っ黒な笑顔だった。事情が分かってもあんな場面を見せられたのだ。相当にご機嫌斜めらしい。これなら先程の険しい顔の方がマシだ。
「フェリクス様、色々と申し訳ありません。お怪我はありませんか?」
転んだ私を庇った上に締め上げられたのだ。どこか痛みがあってもおかしくない。私が治療できたらいいのだが、残念ながらこの世界に治癒魔法は存在しないのだ。
多少状況が落ち着いたところで、怪我をしているならすぐに医者をと思い声をかけた。
「問題ない。こちらこそすまなかった。興奮しすぎて少し我を忘れていたようだ。」
本当だろうか。心配にはなるが言い切られてしまってはこれ以上追及も難しい。
せめてもとフェリクス様の表情に隠している様子はないか探るためにじっと見上げるが、特に変化は見られない。それよりも先程の行動を恥じているのかほんのり頬が赤い気がする。
「へえ……君が興奮しすぎて、ね。ねえティア。転んだって一体何があったの?昔はともかく最近そんなことなかったよね。」
「え、えっと。それはその。ちょっと驚いたというか……」
確かにただ転んだと言うには色々ありすぎたが、どう説明したらいいか分からない。魔法使用中のフェリクス様を目視できたことや謎の発光現象について話したところで信じてもらえるだろうか。
そもそもお祈りしていたことを知られるのも恥ずかしい。いっそこの履き慣れない靴のせいにしておきたいが間違いなく通用しない。
身内相手だと取り繕うことも出来なくてしどろもどろになっていると、お兄様の目つきはどんどん剣呑なものになっていく。それでも笑顔のままなのだから随分器用だ。
「フェリクス。説明できるか。」
ルークお兄様の言葉は柔らかいが有無を言わせない口調で、実質命令でしかない。これでは口出しできなくなってしまった。
それにしてもやはり彼らは知り合いなのか。ルークお兄様の呼びかけには気安いものを感じたし、お兄様もフェリクス様のことをよく知っているようだ。この時点でもう側近候補として仲を深めているのだろう。
「認識阻害魔法が効かなかったことと、祈祷中に彼女の体が一瞬青く光ったことについて理由を知りたいと俺が詰め寄ってしまったのです。申し訳ありません。」
その端的な言葉を聞いたルークお兄様の眉がぴくっと動いた気がした。何か気になることでもあるのだろうか。考え込むように顎に手を当て目を伏せてしまった。
「……ティアは魔法学も優秀だからそんな時もあるだろう。発光はおまえの見間違いだ。――フェリクス、レオン。それが俺の、皇太子の判断だ。その件はこれ以上口外することを禁ずる。そしてティアもだ。祈祷するなとは言わないが、今後人前では注意しろ。」
「……??分かったわ。」
「仰せのままに。」
「御意。」
何でお兄様の名前が入ってないのだろう。それにかなり引っかかる言い方だ。
しかし皇太子としてのお言葉に反論するわけにはいかない。発光など信じられないのは分かるし、元々人前で祈るつもりなどなかった。ただ雰囲気に呑まれて行ったことを言及されるのは恥ずかしい。
後から考えるとおかしいと思うことは多いのだが、ルークお兄様の言うことは絶対だと自分の中に刷り込まれているからか私はそれ以上考えるのを止めてしまった。
それに頭が回らなくなっていたのだと思う。大量の氷に囲まれているせいで。
「ルークお兄様、この教会って一体何なのでしょう。凍るように出来ているの?」
寒くて震えが止まらない体を擦りながら尋ねる。ずっと前から聞きたかったのだがそんな雰囲気ではなかったし、誤解を解くために説明を優先したのもある。
しかしどうして皆そんなに平然としていられるのだろう。ペンギンか。
「そんなわけないだろう。ウィル、ティアにまでダメージを与えてどうする。」
「ちょっとまだ制御が利かなくて。そうだティア、もっとこっちにおいで。」
そう離れていたわけではないが手招きされたのでウィルお兄様に近づくと、再び抱き締められてしまった。温めてくれているのかと思いそのまま大人しくしていたら、暫くして教会内が元の状態にゆっくりと戻っていく。
この現象はお兄様の魔力が漏れ出たせいだったのか。魔力自体には属性などないはずなのに何で氷なのだろう。一番相性がいいのかな。火柱が上がるとかじゃなくて本当によかったと思う。
ルークお兄様が以前「ウィルの魔力攻撃に慣れている」と言っていた意味も分かってすっきりした。理由が分かるとこの現象も仕方ないとあっさり受け入れられるくらいには私もお兄様のシスコンに慣れているらしい。
「なるほど。それは一石二鳥だな。」
……落ち着こうとするのに使わないでほしいが、原因が私なのだから文句は言えまい。しかし学園でくっつきすぎるのもどうかと思う。ルークお兄様やレオン様は慣れていて問題ないだろうが、ここにはフェリクス様もいるのだから。
実際彼からは呆れた目で見られている気がする。せっかく嫌われていなさそうなのに甘えキャラの印象に戻ったらどうしてくれるのだ。
周りが完全に落ち着いたところで、ルークお兄様が教会とここに来た経緯について説明してくれた。
この教会は大昔から学園にあるそうで、その経緯はよく分かっていないらしい。判明しているのは星の精霊に関わる場所だということと、魔力が非常に高い者、具体的には星眼クラスの魔力がないとこの一帯は認識できないようになっているということだけ。
それならレオン様はと聞いてみたが、認識できる者が誘導すれば誰でも入ることはできるようだ。
そしてフェリクス様がここにいたのは単純な理由で、他と違って静かで人目もないからよく休憩に使っているそうだ。目立ってしまうのは攻略対象者の宿命なのだろう。
それと何故彼らがここに来たかだが。
「サ、サーチ魔法!?」
「ああ。荷物搬入が落ち着く頃にティアを訪ねたのだが侍女から見学に出かけてまだ帰ってこないと聞いてな。迷っているのかと思っておまえの魔力を辿ってみてもどこにもいない。感知できないのはここくらいだからそれで分かった。」
道具すらいらないなんてGPSよりレベルが高いのでは。そう思ったが相手に魔道具も持たせずに探知できるのは魔力の質が分かる身内くらいだそうだ。試しに聞いてみたところローザフィア様は無理なのだとか。技術も相当必要らしく、それでは汎用性は低い。
しかし探知範囲は少なくともこの広い皇都全域はカバーできるのだとか。特殊眼2つ持ちは恐ろしい。もし家出することがあれば皇都は出ないといけない。特にそんな予定はないけれど。
「はとこくらいの血縁でも分かるものなのね。」
はとこが近いと言えるかは人それぞれだ。従姉妹であるローザフィア様が無理ならば血の近さよりも星眼のおかげかもしれない。おそらく皇族の血が関係しているのだろう。
そう思って何気なく言った私に対し、何故かルークお兄様はふっと優しく笑った。
「いや、宰相は無理だ。」
「どうして?私よりお父様の方が近いし、星眼だって」
「血は最低条件にすぎない。おまえのことはよく知っているからという理由の方が大きいな。」
「……そ、そう。」
なんだろう、一瞬胸の奥に痺れが走ったような。8歳の頃から頻繁に会っているのだから特におかしなことは言われていないのに。前世という大きな隠し事をしているせいだろうか。
一通り聞き終わると、護衛任務に徹していたレオン様に話しかけられた。
「ミーティア嬢、私の下の弟ですがあれから随分元気になってきたのです。剣の稽古までできるようになって、父も本人もとても喜んでおります。きっとあのお守りのおかげでしょう。本当に感謝しております。」
「そうなのですか、よかった!ということは弟さんも騎士に?」
「そのつもりなようです。ミーティア嬢にも鶴やケーキのお礼を言いたいそうなので、今後機会がありましたら是非会ってやって頂けますか。」
「ええ、もちろん。お礼を言われるほど大したことはしていませんが。」
お守りに効果があったなんて思っていないし、折り鶴だって心の気休めになれたならいい方だろう。ケーキだって余り物だ。それでも感謝の気持ちは無碍にしたくない。
レオン様の弟さん、どんな子だろう。レオン様と同じ真面目なタイプ?案外兄を振り回すやんちゃ君もあり得そうだ。クルトと出会って子供好きになってしまったかもしれない。
会える日が来るのを楽しみに思いながら皆で教会を後にし、結局最後はお兄様に寮まで送られてしまうという情けない結果に終わったのだった。




